32話 アスリカ山
2人はアスリカ山の山頂を目指し、山を登っている。今回で2度目の登山であった。整備された山道などある訳でもなく、予想以上に時間が掛かっていく。
一度目は登山に不慣れなネルの為に、ゆっくりと時間を掛けながら登っていき、登り5日間費やし下山で3日を掛けた。補給と休養で1日を費やし再度山へと登っていく。
今回は登山速度も上がっており、前回と同じ道を通る事で約半分の時間で前回の折り返し付近まで登る事が出来た。そしてこの付近で見つけていた岩小屋の中へ食料の一部を置いていく、登りでの荷物を少しでも減らす為である。
岩小屋で一夜を過ごし、次の日は朝日と共に2人は登山を再開していった。
「シャインさん、見てください雲が僕達の下にありますよ。すごく綺麗だ……」
「雲海ですね。朝日に照らされて綺麗ですね」
まだまだ、余裕があるのだろう、2人は笑いながらも歩みを止めずに登り続けていく。
精霊もネル達に味方しているのだろうか、登山中の天気は良好であった。その日の夜は岩場で身を隠せる場所で、夜空を見ながら野宿を行った。大分標高も上がってきており、毛布無しでは肌寒く感じてしまうそんな夜だった。
2人は寝転びながら、夜空の星を見つめていた。
「朝の景色も綺麗でしたが、夜になると星に手が届きそうですね」
「ネルさん……少しいいですか?」
「何ですか?」
「クラッツさんの話で山にはドウラの変異種も居ると言っていました。本に絵付きで書いてましたが、ドウラは体も大きく、力も強い4本足で立ち尻尾もあります。私の居た世界ではドラゴンと呼ばれる生物に近いです。空想上の生物でしたが、実際にいれば相当危険だと思います。つまらない事を言って、集中力を乱し危険な目に会ってもいけません。
ネルさんが精霊に会い、目的が叶ったら伝えたい事があります。その時は話を聞いてくれますか?」
その言葉を聞いてネルはシャインの方へ顔を向けた。シャインは星空を見上げたままであった。
「シャインさん…… その時は僕も伝えたい事があります。どうか聞いてください……」
今度はシャインがネルの方へ顔をむけた。2人は見詰め合う形となっていた。
互いに目が合い「ぷっ!」と、2人は吹き出して笑った。
翌日からネルは速度を上げて登っていった。シャインは急ぐネルを押えるのに苦労しているようであった。
「シャインさん、勾配が行き成り急になってきました。これはかなり歩き難いですよ」
「ネルさん、無理をせずにゆっくりと確実に登って行きましょう」
2人は声を掛け合い、手を差し伸べあって山頂へと進んでいく。
周りは急勾配の斜面に浮石が点在しており、迂闊に体重を預けると転がっていきそうな感じであった。ここまで来る間に、魔獣や動物と遭遇はしていたが何かに怯えているのか、襲ってくる事もなく、こちらから近づかなければ戦闘になる事もなかった。
「結構登って来ましたね、まだまだ先は遠そうですけど……」
「はい目視程度ですが、標高5,000m程、登っているはずです……。 でもおかしい、外気温が思った程に下がっていません。普通なら多少の積雪が残っていてもおかしくないはずです……」
「そうですか? 僕には難しい事は解りませんが精霊の加護ですかね?」
「そう言われると何とも言えませんが、標高も高くなって来ました。ネルさんそろそろ息苦しくなってきていませんか? 高山病の危険もあるので、一度この辺りで体を慣らした方がいいでしょう」
「僕の体は…… 今の所は大丈夫そうですが、ここは僕より詳しいシャインさんの指示に従います。この辺りで休憩できる場所を探しましょう」
そう決まると2手に別れ後周囲を捜索していった。辺りは岩場であったが、所々に木々も生えていた。
「普通なら考えられない状況ですね…… 木まで生えているなんて…… 本当に精霊の加護でしょうか?」
シャインは捜索を続けながら、そんな事を言っていた。
「シャインさ~ん! ここに洞穴があります。この中はどうでしょう?」
100m程離れた場所を探していたネルが手を振っていた。
二人は洞穴の安全確認の為、光魔法石を使い奥へとはいっていった。奥行きは思った程深くはなく、20m程で行き止まりとなっていた。
「シャインさん見てください……」
先を歩いていたネルが立ち止まり、シャインに声を掛けた。
「これは…… 人の死体ですね。 全部で10名ですか…… 腐敗も終わっていて、白骨化しています」
「シャインさん、もしかしてフィルターさんが兄さんの祝賀会で話していた、調査隊の人達かも知れません。魔獣に襲われたのでしょうか?」
「その可能性が高いと思います。入り口は私が警戒しますので、ネルさんは彼等の遺品を確認してください」
シャインはそう言うと、入り口の方へ進んだ。
「これは……?」その時、シャインが呟き何かを拾ったようである。
ネルも近くに置いていたリュックを拡げ中の荷物をだしていく。2人の予想通り、調査隊の様であった。
「ネルさん、彼等の遺品の一部と人骨を少し持って帰りましょう、クラッツさんに見てもらい真相を明らかにした方がいいと思います」
「解りました。僕もその方がいいと思います」
調査隊が持っていたリュックに、遺品を詰め村へと下山を始める。もう一度ここへ来られる様に目印を付けながらの下山していく。帰りも行きと同様に危険と呼べるのは悪道くらいであった。
それから、村へと帰った2人はクラッツが療養している家屋へと急いだ。ドアを開けるとタニアが料理を作っていた。
「お! 帰ってきたか? 意外と早かったな! 何かあったのか?」
タニアの質問にネルが答えた。
「はい、途中で調査隊の人と思われる死体を発見しました。クラッツさんに見てもらいたくて遺品を持ち帰っています。今は起きてますか?」
「なんだって! 解った、クラッツも起きているからすぐに部屋へ行ってくれ」
タニアもネルの報告を受け、重要性が理解出来たのであろう。表情は真剣になっていた。
ネルはドアをノックし、部屋の中へと入っていく。
「ネル君ですか、お久しぶりです。登山の方は順調ですか?」
ベッドで上半身を起こし、本を読んでいたクラッツは入室してきたネルに気付きそう問いかけた。
「はい、今回登山中に調査隊と思われる遺体を発見しました。遺品を持ち帰っているので、クラッツさんの魔法で調べて貰えませんか? 出来れば死因も教えて下さい」
ネルの発言にクラッツも驚いていた。
「もし、本当に調査隊の人達だとしたら、すぐに国に連絡した方がいいでしょう。解りました。遺品をこちらにお願いします」
クラッツもずいぶん回復している様で、ベッドから降り部屋に備え付けてある机の前まで移動する。そして、その上に遺品を並べるようにネルへ伝えた。
クラッツの指示を受け、ネルは遺品を並べて行く、出てくる遺品を順番にクラッツも手に取り確認していった。
「確かに、調査隊の人達です。人骨を貸してください魔法を使ってみます……」
クラッツは目を閉じ集中していく。
クラッツの額からは大量の汗が流れていく、魔獣の牙の時よりも長い時間を掛けている。
そして目を開けたクラッツはネル達に話し出した。
「彼等は調査隊で間違いない! 彼等が死んだ理由…… それは多分? 魔獣に襲われたからだと思います」
「多分ですか?」
ネルは率直な意見を口にした、クラッツから出るとは思えない曖昧な答えに何か引っかかっている様であった。
「洞穴で眠っていた魔獣を彼等が起こしたと思われます。
魔獣は4本足で歩行していますが、獣の形ではありませんどちらかで言うと人に近いです。身体は細く大きさも人程度ですが、今はボロボロで欠損箇所も多く見受けられました。人ではありません全身が金属に覆われていて頭部も人の頭蓋骨に似ています。私にはそれを魔獣と呼んでいいのか解りません。
ただ、1つ言える事はその魔獣が調査隊を殺したと言う事です」
そこにいる全員が何も言えなくなっていた。沈黙の時間だけが流れていった。
「タニア、君に頼みがある。 私が今から手紙を書くから、それをロックに届けて欲しい。この事件は危険な気がする……」
「ロックには会いたく無かったが、クラッツの頼みは断れない。任せてよ! 早馬で急いで渡してくる」
タニアは力こぶしを見せて、快く了解し馬小屋がある方へと移動していった。
クラッツもそのまま椅子に座り、手紙を書く準備を始めている。
「僕達はどうしましょう?」
「方向性が決まるまで、待っている方がいいでしょう。ネルさんどうですか? 久しぶりにマウロとノーラに会ってあげたら? 私はクラッツさんを見ていますので、安心してください」
「マウロとノーラですか……。 そうですね、そうします! シャインさんすみませんがクラッツさんを頼みます」
ネルはシャインの提案を受け入れ、手を振りながら家から出て行った。
クラッツも手紙を書き終え、馬の準備ができたタニアに渡す。その後タニアも家から出て行く。クラッツは一息をつき、ベッドに戻ろうとしていた。
「クラッツさん、実はもう1つ見て頂きたい物があります」
シャインはクラッツを呼び止め声を掛ける。クラッツも振り向き用件を確認する。
「見てもらいたい物? 今からですか?」
「はい、お願いできますか?」
「……解りました。シャインさんの頼みは断れませんから、それで何を見ればいいのですか?」
「これです。魔法で見て下さい」
シャインは右手で握っていた物をクラッツに手渡した。
「これは……金属ですか?」
「調査隊が死亡した付近に落ちていました、確かめたい事があります。お願いします」
そう言って、シャインは頭を下げた。クラッツもシャインの気持ちが伝わったのか、何も言わず金属を握り締め集中していく。クラッツは先ほど以上に困惑した表情をしていく。長い沈黙の後に目を開いたクラッツはシャインに問いかけた。
「言葉に出来ません……。 見たもの全てが私の知らない物ばかりでした。知らない物を語る言葉を私は持っていません。
ただ星々が真横に煌く大地で、2人の女性が戦っていました。魔法で考えられない程の大きな爆発を撒き散らし、人並みから外れた戦いをしている。1人は今回の魔獣の原型でしょうか? 普通の女性にしか見えません、だが相手の女性は…………シャインさん貴方でした。
貴方は一体何者ですか?」
クラッツは困惑した表情をしながらシャインに問いかけていた。
「……」
シャインは何も答えなかったが、その後一礼だけ行い。
「クラッツさん、ありがとうございます。それだけ聞ければ十分です」
それだけ伝えると、シャインは走り出しクラッツの前から姿を消した。




