30話 タニアとシャインの密談 その1(タニア視点)
私の後ろには、2人の男女が付いてきている。1人はネルと言う青年、もう一人はシャインと言う女性だ。
今、クラッツの研究所に彼等を案内している。
クラッツの頼みを断る事など私にはあり得ない。私はクラッツの為に生きているのだから……
コーラル村から半日程度歩いた所にクラッツの研究所がある。研究所と言っても普通の家屋と大きな違いは無く、少し部屋数が多い事と中には山から集めた資料が多くある事位だ。村の周りと研究所は大河の傍にあり、精霊の加護が働いている為、魔獣がでる事はない。だが2つを繋ぐ道の途中では魔獣に遭遇する事もある。森の地形は高低差や木々などの障害物で河の近くを一直線に進むことが出来ず迂回しなければならない為だ。
今日は2度、魔獣と遭遇している。そのどちらも私とシャインで倒している。出会った魔獣は強い種類では無く、数も少なくかったので実際に3人も必要は無かった。
ネルは男として女達に守られどう思っているのだろう?
ネルが思っている事はクラッツも同じ様に思っているのだろうか?
私はそんな事を考えていた。
魔獣との戦闘は、ネルが動く前に終わっていると言った方がいい気がする。
シャインは魔獣が何処にいるのか知っているかのように、突然走り出すと、魔獣の姿が確認出来た時には斬りかかっている。シャインの取りこぼしを私が処理して終わっている。
「今は丁度、半分位だ。昼一番位には着くだろう」
私は後ろを振り向き、後ろの2人に現状を報告する。
目的が明確な方が人は頑張れるからな、知らない山道をひたすら歩き続けるのは結構堪えるはずだ。
「わかりました。ペースはそのままで結構ですので、よろしくお願いします」
ネルはそう言って、シャインと共に疲れた様子も無く、私に離されずに付いてきた。
結構体力もあるじゃないか、さすが変異種を倒した事はあるな。
昨日、クラッツの口から語られた言葉を思い出しながら私は歩き慣れた道を進んでいった。
研究所に向かう途中に二股に道が分かれている場所がある。私はそこで足を止めた……
この場所で私とクラッツは魔獣の変異種に襲われた。下山し研究所に帰る途中の事だった。今でも眼を閉じると、その時の事をハッキリと思い出す。
「タニア、夜になる前に研究所に戻ろう」
「クラッツは心配性だな~。魔獣が出てきても私が守ってやるよ!」
「森の様子が普段と違う気がする……」
私達はそんな会話をしながら帰っていたが、突然森の奥から魔獣同士の叫び声が聞こえてくる。1つは威嚇する様に、凶暴で地響きの様で体の底から震えるような大きな声であった。もう1つは襲われた方が叫んだ断末魔のようであった。
「タニア! 走れ、ここから逃げるぞ!」
「わかった。私が先導するから付いてきて」
山で集めた化石などをその場に投げ捨て、私達は全力で走った。大河まで行けば魔獣は襲ってこない、それだけが希望であった。
急げ! 急げ! 声にならない気持ちが焦りを生んでいった。
遠くから、小枝を踏みつけ、草木を押しのけて迫ってくる音が聞こえて来る。
そして、二股の分かれ道に達した時に横の森から1匹の魔獣が飛び出してきた。その姿は、頭が2つある魔獣であった。一方の口には断末魔を叫んでいたと思われる魔獣が咥えられており、今も咀嚼音を響かせていた。もう一方は涎を垂らし、私達を狙っている。
この魔獣は尋常な奴じゃない!
私の頭には危険を回避する為に何を行えば良いのか瞬時に考えた。剣を抜き、気合を入れる雄叫びを上げ魔獣の注意を一心に受け止める。
「私が時間を稼ぐからクラッツは大河の方へ逃げて!」
私がそう伝え、目線だけをクラッツに向けると、クラッツ自身も剣を抜き、構えを取っていた。
「クラッツ! 何をする気だ! 貴方の手に負える相手じゃない!」
「タニア、それは君にも言える事じゃないのか? 僕は君を見捨てて逃げる位なら死を選ぶよ。共に助かる道を探そう」
後ろから掛けてくれた言葉に、私は死を目の前にしている状況であるが、嬉しいと感じてしまった。
「タニアの魔法なら魔獣の動きを阻害できるはずだ、私が注意を引くから詠唱を始めてくれ!」
私はクラッツの指示を聞き入れ、詠唱を唱え始めた。
クラッツは私の数m前で剣を構える、魔獣は凶悪な爪を振るい上げクラッツに襲い掛かっていた。
【森の精霊よ! 我の意思に答えろ! 先住の木々よ、悪意に満ちた魔獣を拘束せよ! アルランデル!】
私の詠唱が終わった時にはクラッツは魔獣の放った前足の攻撃で吹き飛ばされていた。さらに追撃を放つ魔獣は口を大きく開き鋭い牙をむき出しにしていた。そのままクラッツを喰う体勢であった。
「クラッツ!」
クラッツに襲い掛かっていた魔獣に四方から大木の枝が伸びていく。両手、両足、胴体、首元へと螺旋を描きながら絡みつき、魔獣の動きを止めた。
声を張り上げクラッツの元へと駆け寄った。クラッツは気絶しており、肩から腕にかけ大量の血を流していた。
私はすぐさま、落ちている小枝をクラッツの脇の部分に当て、泣き声で再度詠唱を唱えた。
「森の精霊よ! 我の意思に答えろ! 先住の木々よ、どうか…… クラッツの血を止めてくれ……」
小枝はリングの様に脇から肩へと巻きつき、縛り上げ出血を少なくしていった。
私は一度魔獣の方を見直す。余り長くは持ちそうでは無かった。木々が悲鳴を上げながら何とか持ち堪えている感じだ。
「急がなくては!」
私はクラッツを担ぎ上げ、大河に向かって走り出した。大河に着いた私達は川沿いの道無き道を必死で下り村へ辿りついた。そして村へ入り、エルアナ婆に助けを求め、村に警戒するように伝えた。
「タニアさん! タニアさん! どうしたのですか?」
その声に私はハッと気付く、声を掛けていたのはネルだった。
「この場所で突然黙り込んで、動かなくなっていたので心配しました。」
「ああ、悪い。 ちょっと嫌な事を思い出して……。 研究所はもうすぐだ、急ごう」
私は記憶を振り払う様に先を急いだ。
「ここが研究所だ。とりあえず中へ入って適当に座っていて欲しい。登山用具もあるから持ってきてやるよ。あと中の備品で必要な物があったら言ってくれ。大切でない物は使ってもらって構わない」
私は2組の登山用具を持ち出して、テーブルの上に置いていく。マントやロープそれに靴なども並べていった。
靴などの大きさも、大きな差異は無く十分使用出来る範囲で安心した。
ネルはこの研究所に興味がありそうであった。周りをキョロキョロ見渡し、ソワソワしている。
「見たいなら、見て回ってもいいぞ。但し資料を落して壊すなよ」
「ありがとうございます」
ネルはそう言うと、椅子から飛び出し、資料の保管室へと走っていった。今はシャインと私だけだ。
「シャインは行かなくていいのか?」
「いいえ、私は結構です。ネルさんの気が済むまで見学させてあげて下さい」
シャインは頭を下げてきた。
「そんな事で頭を下げなくてもいいよ。こっちはクラッツを助けて貰っているから。好きなだけ見ていってくれ。 ……そうだ、少し話をしないか? 聞きたい事があるんだ」
「私の方は構いませんよ、何を聞きたいのですか? お答えできる事であればお答えします」
「そっかぁ~、じゃあ教えてくれ。シャインとネルはどんな関係だ? 恋人か?」
「私とネルさんですか…… 私はネルさんを守る者です。……恋人ではありません…… 」
「そうなのか~? てっきり恋人かと思っていたよ。傭兵とかで雇われているのか?」
「その様な契約関係でもありません。私がお願いしまして、付き添っています」
「奇遇だね。私もクラッツにお願いして傍に置いさせて貰っている。 同じだな」
同じ思いの女性を見つけ、私は嬉しくなっていた。きっと笑顔になっていたのかもしれない。
「シャインはネルを大切に想っているのだろ? 好きなのか?」
「好きって言う感情が私には解りません……。ただネルさんを守り、ネルさんがやりたい事に私は力を尽くします」
意思の強い眼でそうシャインは言ってきた。きっと彼女は自分の気持ちに気付いてないのだろう……
そう思った私はシャインに秘密を打ち明けて、その気持ちを教える事にきめた。
「ここだけの秘密なんだけど、私はクラッツの事が好きだ! 誰にも言うなよ。私はクラッツの為なら何でも出来る……。 そう思っている。
きっとシャインは気付いていないだけだよ。恋は知らない内から始まっているからさ」
私は得意気な顔で語ってしまい、恥ずかしくなってしまった。でも私から見てもこの2人は好き合っている。歯がゆくて仕方ない。
「タニアさん、貴方とクラッツさんの出会いを聞いてもいいですか?」
おっ! シャインから質問してくるとは思わなかった。いい傾向だと思う。私もシャインには近いものを感じていたし、彼女になら教えてもいいと思った。
「いいよ。教えてやる。私とクラッツの出会いを!」




