24話 剣術大会(本大会)その4
ネルとジルダは馬車に乗り、宿へ向かっていた。誘拐犯は警備隊の人達が対応しており、シャインは今回の事件の経緯を警備隊に詳しく説明する為に残っている。
「思った以上に時間が掛かってしまった。御者さん急いで下さい。エル兄さんの出発時間に間に合わない」
そう伝えるネルの顔には焦りが見えている。宿に到着した二人は部屋に走って行く、だが部屋には誰も見当たらずエル達が闘技場に出発した後の様であった。
ネル達は闘技場へ向かう事を決め、宿を出て行こうとした時、受付の男性がネル達に声を掛けた。
「ジルダ・ダブル様とネル・ダブル様ですか?」
「はい、ネル・ダブルは僕で、隣にいる人はジルダ・ダブルです」
「良かった! エル・ダブル様より手紙を預かっていますのでお受け取り下さい」
ネルは手紙を受け取ると、その場で封を切りジルダと共に読んでみた。
事情はフィルターさんに教えて貰った。父さんが大変な事になっている間、呑気に寝ていた自分が恥ずかしく思っている。もし試合までに父さんを助け出す事ができなくても、ネルを責める積もりは無いから気にするな。父さんが無事ならそれだけで十分だ。
俺もネルを信じて限界まで待つ。
手紙を読み終え、ネルとジルダは目を合わせる。互いに頷き、再び馬車に飛び乗り行き先を伝えた。
「闘技場へ全速でお願いします!」
父が解放されて宿に戻るまでに2回鐘が鳴っている。宿から闘技場までは普通の馬車なら鐘1回分位、掛かる距離であった。残された時間に余裕は無かった。御者は急いで馬車を出発させ、どんどん速度を上げていく。その結果、昨日より確実に短い時間で闘技場へ到着する事ができた。
「御者さん、ありがとう御座います」
「構わないよ、急いでいるのだろ? 早く行きなさい」
ネル達は入場口へ走るが、予想以上の人の多さに思う様に進む事が出来ない。
「父さん! 今の人の流れのまま移動すると、試合開始までに間に合わない! 僕は先にエル兄さんの元に父さんの無事を伝えてきます」
「ああ、私も出来るだけ急いでいく。ネルは早くエルの所に行ってくれ」
ネルは父の言葉を確認すると、父の目の前から消えてしまった。
「ネルが術士とは今でも信じられん……」
ジルダはそう言うと、気持ちを切り替えてエルの元へ向かっていく。
壇上にはエルとロックが上がっている。エルの表情は焦りの色が伺えていた。今は審判が2名に規定事項を説明している。
だが、その説明をエルが遮る。
「審判、ちょっといいか? 俺は決勝を棄権したい」
そのエル発言に審判とロックそれに最前列の観客達は驚き騒然となる。それが後ろへ伝わっていき会場全体がざわめき始めた。
「エル・ダブル選手、貴方は怪我で試合が出来ないと言う事ですか? もしそうで在ったのなら何故、事前に連絡を入れない。 試合開始直前に棄権など前代未聞です」
「怪我はしていません。だが、事情があって試合は出来ません。すみません」
頭を下げて、それだけを伝えたエルを審判は怒りの表情で睨んでいる。
「あ~! ちょっといいか? お前、何かあったのか? 俺を見て怖気づいたのじゃないだろうな?」
ロックは拍子抜けた感じでエルに声を掛ける。エルはロックを睨みつけたその表情は審判以上に厳しい表情であった。
「何とでも言えよ。だが俺はお前など怖くは無い!」
エルがそう言った時に選手入場口から1人の男が走って出てきた。全身を布で覆い顔は良く見えない。会場全体の人が男に注意が向く。壇上の周りに配置されている衛兵が男を止める為に駆け寄って行く。
「エル兄さん! 父さんは無事です。 全力を尽くしてください」
男はそれだけ伝えると、突然消えてしまった。残されたのは姿を隠していた布地だけであった。エルは安堵の表情を浮かべ審判の方へ向きなおす。
「審判、事情が変わった。 俺に試合を、決勝戦を戦わせて欲しい」
その一連の流れに、周囲の者は呆気に取られている。
「今の男は貴方の知り合いか? 棄権をすると言って来たり。試合をするって言って来たり。貴方は何を考えているのだ?」
審判は声を荒げていた。だがそれを制したのはロックであった。
「何かあった問題事が片付いたみたいだな。 審判さんよ! この大会はよく色々と悪い噂が出るだろ? 俺は構わないから今回の事は多めに見てやれよ」
ロックは口角を吊り上げて楽しそうな顔であった。審判も渋々ロックの言葉に頷く。
そして、一定の距離をおき互いに向かい合う。その行動を見た観客も突然乱入し消えた男の件は大丈夫と判断しのだろう、少しずつ落ち着いていく。
「悪いな、最強。俺は優勝する為にここへ来た。
本当は諦めていた試合をやる事ができる。もう何も気負う事は無い。後は目標の為にお前を倒す。最強の名前も今日までだ!」
「ヘッ! 俺に向かってくる奴は大概同じ事を言ってくるんだよ。お前もそいつ等と同じだよ。精々俺を楽しませる為に頑張ってくれや!」
一方、観客席にはダブル家の面々も全員揃っていた。父も先ほど席に到着しており。母親が涙を流しながら父親の無事を喜んでいた。ネルはその状況に笑みを浮かべて見ていたが、ネルが座る横にある空椅子を見て寂しそうな顔に変わっていく。
だが湧き上がる声援に包まれ、小さな音など聞き取れない、そんな会場の中を歩く足音が聞こえてくる。
「コツ、コツ、コツ……」
次第に大きくなってくる音の方にネルは顔を向ける。ネルの顔は足音が近づくにつれて破顔していく。
「ネルさん、戻りました。何とか試合にも間に合ったようですね」
「シャインさん、お帰りなさい」
これで全員が揃い、皆がエルの試合に注意を注ぐ。
「それでは、はじめ!」
審判の声を合図に、ロックはエルに向かって飛び込んでいく。顔は笑ったままで余裕な表情であった。
「フン!」
剣を垂直に構えたエルに向かって横一文字に剣を振るう。エルはそれを一歩前進しタイミングをずらして受け止めた。
剣を前にして押し合う両者、ロックは力任せに剣を振り切る。エルは一歩後退し当初と同じ構えをとった。ロックは更に追撃を開始する。上段からの下段へ力の篭った剣を振り下ろした。半身ずらして交わしたエルに今度は剣の跳ね上がりを利用して下から斜め上段へ切り上げる。
エルは半身ずらした時に数歩前進しており、自分の剣をロックへ振るう、ロックは切り上げていた剣を手首だけで角度を変えネルの剣を受け止めた。その後は一度後方へさがる。
「やるじゃねーか。そんなに俺を倒して国最強の剣士の名前が欲しいのか?」
「いや、俺には国最強の名前は必要ない、必要なのは国で2番目だ!」
「言っている事が解らねぇーな! 2番なら俺に負ける気なのか?」
「そこまで教える気は無いが、この試合で俺に勝ったら教えてやるよ!」
その後、2人は互いに突っ込み切りっていく。ロックが3撃放って、エルが一撃を返すそんな状況であったが、エルは強打を剣でいなし、勢いを殺し相手の剣を誘導していく。
その試合を固唾を呑んで見守っていた。ネルがシャインに語る。
「あの技も僕が使っていた……」
「はい、お兄様はネルさんをかなり参考にして自分に取り込んでいるようです。でも、お兄様本来の良さも消えては居ません。もともと才能のある人でしたから、ネルさんとの試合で開花したと思われます」
「やっぱり、エル兄さんは凄いや!」
ネルの顔が興奮でどんどん赤みを帯びていく。ネルはいつの間にかシャインの右手を掴んでいた。
「ヒッ!」シャインは小さい悲鳴を上げ、ネルの方を向くが興奮の為か試合を見つめて気付いて無い様であった。
シャインは手を握られたまま下を向いて動かなくなっていた。
試合の方は時間の経過に伴い熱を帯びていく。観客の歓声もそれに伴い大きくなっていく。
当初からボロボロであった装備はロックの過激な攻撃に晒されて時間がたつにつれてその効力を失っていく。ロックの鎧は幾つかの傷跡は出ているが、十分機能していた。
「お前強いな! 名前はエル・ダブルだったな。俺が勝ったら試合前の約束を果たして貰うぞ!」
「もう勝ったつもりか? 俺はアンタに負けたつもりはまだ無いぞ」
エルは誰が見ても満身創痍であり、打ち合いも長くは続かない状況であった。
エルは大きく息を吸い込み重心をしっかりと両足に乗せ、身体の中心部分だけを剣で守るように構えを取った。ロックはエルの雰囲気の変化に気付き、その意味を理解したかの様に突っ込んでいった。
ロックは1撃、2撃と繰り出しているが、エルが最小の傷でそれらを耐える。急所を守られている為、決定打にはなっていない。苛立ちが募るロックの3連撃目は大振りになっていた。エルはそれを見過ごさず、上段からの攻撃をロックにしかける、それは全ての間接を連動させ、体重を全て剣に乗せた攻撃であった。ロックの攻撃より確実にエルの方が先に当たるタイミングであった。
「チッ!」
ロックは舌打ちし攻撃は止めずに無理やり半身だけ身体をずらす。エルの剣はロックの肩当て部分に当り鎧が砕けた。
だがロックはそのままエルの腹へ一撃を繰り出し、エルを弾き飛ばした。
エルは立ち上がることが出来ずに、審判が駆け寄りロックの勝利が宣言された。
会場は熱気の渦に巻き込まれた。ロックも片手で肩を押さえ、片膝を付き動けない状態であった。
「エル兄さんが負けてしまった……」
ネルは悔し涙を流して俯いてしまう。
「ネルさん、何も悔やむ事はありません。お兄様は全力を出しました。暖かい拍手を差し上げてください」
シャインの言葉に頷き救護班に運ばれるエルに大きな拍手を送った。
その後、優勝者である。ロック・スレイヤや上位選手の表彰が執り行われたが、そこにはエルの姿は無かった。
ダブル家の面々は救護室でエルの回復治療に付き添っていた。決勝戦の激しさと同じ様に、エルの身体も傷つき、表彰式にも出る事の出来ない状態であった。
だが、エルの意識は現在回復しており。あと少し治療を行えば歩ける状態であった。
「エル! よく頑張ったな。俺の不甲斐なさで心配を掛けたが、十分な結果だ。胸を張って街へ帰ろう」
「俺も父さんが大変な時に、何も出来なくて…… でも無事な姿を見られて安心したよ」
ジルダはエルの手を握り、母と共に互いの無事を喜び合っている。エルはネルを呼び寄せベッドに寝ているまま頭を下げる動きをする。
「ネル、お前との約束を果たせなかった。俺の力不足だった」
「何言っているのですか、約束なんて気にしないで下さい。僕はエル兄さんの試合を見て誇らしく思っています。あの凄い試合を戦ったエル・ダブルの弟だぞ! って街の人に自慢したいくらいです。
僕は確信しています。エル兄さんなら、来年には優勝すると……」
「ああ、約束しよう。来年にもう一度ここへ来る事を…… そして今度こそ優勝してみせる!」
ネルとエルは強く握手を交わしていた。その時に救護室入口から声が聞こえた。
「エル・ダブル、今大会の優勝者はお前だ!」
入ってきたのは、ロック・スレイヤであった。彼の後ろには男性と女性が1名ずつ付いてきていた。
ロックは首から布をまわして片腕を吊っている。エルとの試合で彼も負傷していたようである。ロック達はエルに近づき回りの者を1人ずつ見渡していく。そしてジルダの前に行き3人で頭を下げた。
「ジルダ・ダブル様ですね。今回、貴方を誘拐の犯人は私の部隊の者という事が判明しました。私は事件の報告を受け、隊長としての責任を取る為、本大会の参加自体を辞退させて頂きました。本当に申し訳ありません」
事件の真相を聞かされた周りの者は、全員言葉を失っていた。ジルダは頭を下げるロック達に目を向けた。
「ロック・スレイヤ隊長、頭を上げて下さい。私共は貴方の謝罪を受け入れます」
「ありがとうございます」
ロック達はそう言って頭を上げた。
「ちょっと待てよ! 俺はお下がりの優勝なんていらない。俺はロック・スレイヤに負けた。闘技場の観客も全員知っている。俺よりもアンタの方が強い事をな」
エルはベットから上半身を起こし、声を張り上げ思いをぶつけた。
「エル、彼は隊長だ、下の者が犯した罪の責任は取らなくてはいけない。彼がこのまま優勝を受け取ると、国民が彼の部隊を信用しなくなる。人の上に立つって事はそれだけの責任を負う事になる。私もそうだが、エルはいずれ自警団の団長を任されるかもしれない。その時は今回の事を良く思い出して、真摯に対応しなければいけない。解ったな!」
ジルダの言葉をエルも重く受け止め、強く頷いて見せた。
「ロック・スレイヤ隊長、今回の事件は私達に大きな衝撃を与えました。私は利権の発生する物事に対する、自分の認識の甘さを確認できました。
エルには長としての責任の重さを貴方の行動を見て、知ることができました。
でもそれは悪い事ばかりでは無く、得るものもあったと言う事です。貴方は真摯な行動をしてくれました。私共は何の恨みもありません。後は国民の信頼回復に全力を尽くしてください」
「ありがとうございます」と言いロック達は再度、頭を下げ今度はエルの方へと歩いていく。
「エル・ダブル、お前は俺が戦ってきた相手で一番強かった! もしお前にその気があるなら王直轄部隊に入って貰いたいと考えている」
エルは少し考えている様であった。
「いや、俺は自分の街も碌に守れていない。今は自分の事で精一杯だよ。自分に自身が付いたらその時は考えてみるよ。それに、このまま勝ち逃げされても俺の方も嫌だからまた何処かで再戦出来ないか?」
「再戦したいなら、いつでも隊に顔を出せ! 道場もあるからそこでなら何時でも対戦に応じよう。
エル・ダブル、一つ気になっていた事がある。お前が試合前に言っていた目標ってやつを教えてくれないか? 国2番を目指すってやつだ」
「俺に勝ったら教えてやるって約束だったな。俺は州代表になってから、一度負けている。そいつは本大会にも出ていない。だから俺が代わりに優勝してそいつを国1番の剣士にしてやるって約束をした」
「なるほどな、お前に勝つほどの者なら、さぞかし腕が立つんだろう。俺も隊に誘いたい位だな」
エルとロックにはもう遺恨も無い、友人の様に話し合った。そしてエルはずっと黙っていた、ネルに声を掛けた。
「おいネル! 隊長さんが隊に入ってくれないかって言っているぞ。どうする?」
エルが声を掛けた相手を隊長が振り向く、そこには青い装備をつけた14・5歳程度の少年が立っていた。両手を前に出しブルブル振っている。
「エル兄さん、何言っているのですか。 僕よりエル兄さんの方が強いですし、そんな所僕は入りませんよ」
その会話の意図を察したロックがエルに確認を取る。
「エル・ダブル、もしかしてお前が負けたって言うのは、あの少年なのか?」
「ああ、びっくりするだろ? 俺よりも9歳も年下でまだ14歳だ」
そういいながらエルは大声で笑って見せた。ロックは信じられないという感じでネルを見ていた。




