23話 剣術大会(本大会)その3
エルは宿で回復魔法を受けている。大会2日目で予想以上に体に負担が掛かっており。多数の傷や筋肉疲労などエルの身体は限界に達しようとしていた。
試合後エル達が宿へ帰ると、回復術士が待機していた。どうやらフィルターが呼んでいた様である。すぐに診察そして治療に入っている。ベッドに転がるエルの横には母が声を掛け、水を飲まし看病に当っている。
「母さん、父さん俺は大丈夫だから食事でも食べてきてくれ」
ベッドの傍で椅子に座っていた母へエルは懇願する。父は窓の傍にある椅子に腰掛け遠目ではあったが、エルの事を気に掛けている。
「大丈夫よ。エルは明日も大事な試合があるから、私達の事は気にしないで今はゆっくり休みなさい」
「俺も回復魔法でかなり楽になった。傷も明日には良くなる。もう大丈夫だ、安心してくれ」
そう言って、エルは両親に食事や風呂に入るよう説得していた。
その頃ネル達はフィルターの部屋で話をしていた、ネルの横にはアリスが座り正面にはフィルターが座っていた。明日は兄の決勝戦である。話題は尽きなかった。
シャインは窓際の椅子に座り本を読んで大人しくしている。
ダンは護衛任務で入口ドアの横に待機している。部屋に入る者には毎回、最初はダンが対応している。
バタバタと走る足音が聞こえてく、ダンは警戒し腰の剣に手を乗せた。
「誰かが走って部屋に近づいて来ている。気を付けてくれ!」
ダンが部屋の者に伝える。
「近づくのは1人のだけです」
ダンの言葉に続いたのはシャインであった。ドアに近付いてきた者が、力強くドアを叩いた。
「俺だ、開けてくれ! 数人に襲われた。ジルダ・ダブルが攫われてしまった!」
その聞き覚えのある声を確認し、ダンはドアをあける。ドアの前に居たのは、肩を斬られ血を流している傭兵であった。
「大丈夫か。何があった?」
ダンが傭兵に尋ね、状況の説明を求めた。
「夫妻が食事を取る為に食堂へ向かう途中に襲われた。母親はなんとか守ったが、父親が連れて行かれた。人数は確認出来ただけで、4名! 去り際に【明日の試合を棄権するなら、無傷で返す!】と言って去っていった。」
その時シャインが声を上げる。
「今、宿の裏口から走り去る者が6名います。東に向かっています。2区出入口方面です」
「シャインさん、すぐに追って下さい。僕も母の様子を確認しだい追いかけます。相手が全員で何名いるのか解らない。術者がいるかもしれません。1人で手を出すと父を人質に取られる可能性があります。アジトを見つけたら、手を出さずに見張って下さい。2人で父を救いましょう」
ネルの指示を受けたシャインは窓を開けそのまま夜空へ飛び出していった。
「おい! ここ3階段だぞ」
ダンが唖然とし、驚いていた。
ネルは回復術士を呼び、怪我をしている護衛を治療して貰いながら、母の様子や襲われた状況をもう一度詳しく確認した。
母親は既に部屋に戻っていると教えてもらう。
「状況を聞くと父さんが攫われたのは、明日の決勝戦の相手の関係者の可能性が高いです」
ネルがあごに手を沿え、予想する。
「それは一概に言えません。難しい所です。賭けで相手選手に大金をつぎ込んでいる者かも知れません」
ネルの予想にフィルターは答えた。
「今の状況では誰の仕業なのか解りませんね…… エル兄さんもこの事知っているのですか?」
「いえ、エル・ダブルさんは、今は疲れて眠っています。この事はまだ知りません」
護衛の言葉を聞いてネルは安堵の表情を浮かべる。
「それは良かった。では母さんと話してきます」
ネル達は母の元へ移動する。
「ネル! お父さんが……」
「母さん、その事はすでに知っています。父さんは僕達が必ず助け出します。エル兄さんが父さんの事を知れば、心配して明日の試合に影響がでます。この事は黙っていてください」
その後の事を話し合いフィルター親子は、今日はエルの部屋で泊まり、母の傍に居てくれる事になった。
ダン達傭兵も今日はこの部屋だけを守る事を決める。明日になればエルは父の事を知る事となる。ネルは母に手紙を書いて渡した、兄が起きたら渡して欲しいと伝えた。
そして、ダンの元に寄り頭を下げる。
「ダンさん家族の事、宜しくお願いします」
「今回は俺達、護衛の失態だ! 後の事は任せてくれ、今後は俺が命を掛けてでも守ってみせる!」
ダンは片手で胸を叩きながら言った。
ネルは宿を飛び出し2区出入口へ向かう。出入口に到着したがシャインの姿は見当たらない。ネルは周囲を見渡してみる。
すると出入口石垣の隙間に紙が挾間っているのを見付ける。高さは3m程の高さで普通の人なら取れない場所であった。ネルはテレポートでそれを取り、紙を確認する。
それは本の切れ端だった、紙には【誘拐犯は3区へ城壁沿いを北へ移動中】と書かれていた。
ネルはそれを読み取ると、3区とは逆に走っていく。少し走り続け、到着したのは警備団本部詰所であった。衛兵に声を掛け、サートンかバッカスに面会を頼んでいた。衛兵も何度か此処へ来ているネルを覚えていたが、今は深夜で帰宅していると教えられる。ネルは紙を借り手紙を書いて衛兵に渡していた。
その後、また3区へ向かって走り出す。
休まず走った為、息も荒くなっているが、それでも3区の城壁沿いを北へと進んでいく。店舗街を抜け、橋を渡り住宅街へ入っていく。そのまま進んでいくと、家屋の傍に大木が生えてあり、その木の上から声が聞こえてきた。
「ネルさん、ここです。枝のまで上がってきてください」
ネルが木の上を見上げるとシャインが枝の上にいた。高さは約6m程度であり、ネルは枝の上へテレポートを行う。飛んだ先はシャインの後方でシャインはネルを確認すると一軒の家屋を指差しネルに伝える。
「誘拐犯が居るのはあの家屋です。誰一人出てきていません。全員の存在を確認しています。5人の者が家の中を動き回っており、一つだけ動かない者がいます。それがお父様でしょう」
「解りました。父はすぐには手を出されないと思います。少し様子をみましょう」
ネル達は今後の方針を話し合った。それから少しの間2人は監視を行っている。
「ネルさんドアの前に1人移動してきました、出てくる可能性があります。どうしますか?」
「アジトから離れる様でしたら、捕らえて中の様子を聞きだしましょう」
2人は枝から降りるとアジトの傍まで近づいた。ドアが開き1人の男が出てくる。全身マントに身を包み、顔も良く解らない。男は商店街の方へと歩いていった。
2人は話し合いシャインがアジトを見張り、ネルは出て行った男を捕らえる事に決めた。ネルが捕らえる際に声を出されて応援が出てきた時はシャインが対応する手はずだ。マントの男は商店街へ向かってひた歩くだが人気の無い路地で動きを止めた。瞬時に男の額から汗がながれた。男の背後から突然ネルが喉元にナイフが突き立てたのである。
「声を出しても、動いてもナイフを突き刺す事になります。理解できましたら両手を上げてください」
ネルの脅しに男は両手を上げる。男の手足を相手のマントを切り裂いて作ったロープで縛り上げる。動けない男にネルは尋ねた。
「何故捕まったか理解していますよね? 連れ去った男は無事ですか?」
その問いに男は黙って答えない。
「早く言った方が自分自身の為ですよ」
ネルがそう言った時に、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。ネルはとっさに男の口を手で塞ぐ。馬は3名程度であった。ネルは緊張した顔をしていたが、すぐに顔がゆるむ。現れたのはバッカスと衛兵であった。
「バッカスさん、来てくれたのですね。今1人捕まえたところです」
ネルはバッカスに声を掛ける。
「遅くなりました。急いできたので今は3名だけですが、ほかに10名程こちらに向かっています」
「ありがとうございます。この人なかなか口を割ってくれなくて困っていました」
ネルは困り顔で吐露をする。その顔を見たバッカスは笑みを見せた。
「アジトはどの家ですか?」
バッカスの問いに、ネルはある一軒を指差しバッカスに説明する。
「あの家です。中にはまだ4~5人いると思われます」
2人が会話しているとマントの男がバッカスに助けを求めた。
「この男の言っている事は嘘だ。俺はナイフで脅されて捕らえられている。殺されかけているんだ、この男を捕らえてくれ」
バッカスはマントの男に近づいた。
「解りました。今から彼が言っている家屋に突入します。中に彼が言っている人が居なければ、彼を捉えるとします。中の状態が彼の言っている通りなら、犯罪者を拘束し貴方と面会させます。もし貴方が仲間と判明しましたら、嘘の証言をした事で罪は更に重くなるでしょう。それでいいですか?」
バッカスの発言に男は黙り込んでしまった。沈黙を了解と取ったバッカスがネルと打ち合わせを進める。
男が出て行き、大分時間もたっている。中の仲間もそろそろ不審に思い警戒すると考えられた。相手が愚かな行動に出る前に捕らえる方が良いとなった。
ネルはその時、自分とシャインは術者だと明かした。衛兵の増援はまだ到着していないが、術者もいる事で突入すると決まる。
衛兵2名が窓の外を押さえ、シャインとバッカスが正面ドアから入る。シャイン達に気を取られている間にネルが父親を救い出す。と決まった。
シャインには経緯をネルが伝えた後、いよいよ作戦が開始される。全員の配置が終了した後、ドアの前にバッカスとシャインが立ちバッカスは詠唱を開始する。
【精霊よ!我が両手にその力を宿せ!ロッグレイズ!】
そして、ドアに向かって拳を叩き付けた。ドアは轟音と共に弾け飛んだ。中の者は確認できた数でも3名で、各々が警戒し剣を抜いていた。
「大人しくしろ、警備隊だ!」
バッカスは相手に声を張り上げる。中の男達は舌打ちしたが構えを解く事はなかった。バッカスは腰にぶら下げている2本のメイスを取り出す。メイスは金属の塊で作られており、先端には丸く大きくなっている。それを両手に持ち、相手に向かって突っ込んでいく。
「おい、仕方ない、やってしまえ!」
1人の男がそう告げると、他の2人が同時バッカスへ飛び掛る。
「奥は私が始末します」
バッカスに言葉を放ったのはシャインであった。その言葉と共にシャインはバッカスの横を通り抜け向かって奥の男を切りつけて行く。
「速いな」
バッカスは一言だけ呟くと、バッカスに切りかかって来る残りの2名に向かってメイスを振り回した。相手の剣とメイスが接触する。相手の剣は弾けとび2人の男はバランスを崩した。バッカスはそのまま1人ずつメイスで叩きつけ吹き飛ばした。その後男達は立ち上がることは無かった。
「残り1人が奥の部屋にいます」
シャインの言葉に従い、2人は奥へと進む。奥にはジルダ・ダブルの首に剣を当てている男がいた。
「お前ら全員この家から出ろ! さもないとこの男の命は無いぞ!」
そう言って男が脅している。手足を縛られ、首に剣を当てられている。ジルダはシャインに向かって叫んだ。
「シャインさん、私の事はどうでもいい。こいつを捕まえてくれ」
「お前は黙っていろ!」
男はそう言って首に当てている剣に力を込める。その様子を見ていたシャインがジルダに声をかけた。
「お父様大丈夫です。もう終っていますから」
シャインは力強くそう言葉を放った。その瞬間、男が剣を持っている腕から血が飛び散り、床に剣を落とす。
「グァァッ! お前どこから来た!」
男は腕を押さえながら言葉を放った相手はネルであった。
「僕は貴方の質問に答える義理はありません。これで終わりです」
そう言って。相手を取り押さえた。男をバッカスに引渡し、父を縛っているロープを解く。
「ネル、ありがとう。お前のお陰で…… いえ皆さんのお陰で助かりました」
そう言って、ジルダは頭を下げた。ネルは父親に向かって声を掛ける。
「父さん早く帰りましょう、エル兄さんの試合が始まってしまいます」
その時、空には日が昇り、丁度朝一番の鐘が鳴り響いていた。




