18話 首都リプレースへ
ネルとシャインはファーストブルグを出発し、10日が経過していた。目的地である首都リプレースへは、徒歩で20日程度の距離である。馬車や馬を使えば7日程度でたどり着く距離にあった。
フィルターが馬を用意すると言っていたが、ネルは馬にのった事が無いため断っていた
ネルはシャインと会話などを楽しみながら街へと続く街道を進んでいく。
「シャインさんは食事を取る事が出来たのですね」
ダンとの夕食の際、シャインが少量であるが食事をしていたのをネルは覚えていた様であった。
「私は人で無い事がバレない様に、擬似的に食事をする事も可能となっています。ですが食事を行っても、エネルギーは補給出来ません」
「ではシャインさんは、どういう原理で行動する力を蓄えているのですか?」
ネル以前から気になっていた事を確認する。
「私の身体には特殊な鉱石が埋め込まれています。埋め込まれた鉱石にある周波を与える事によって、鉱石から高出力の熱量が発せられます。その熱量を身体に設置されている機関でエネルギーに換え行動しています。後、鉱石は特殊な金属で保護もされていますので、私が破壊されたとしても爆発の危険はありません」
シャインの説明を聴いていたネルだが、難しそうな顔をしており余り理解はしていない様であった。
そんなネルを見たシャインは、要所だけを再度伝えてみる。
「そうですね。簡単に言いますと、私の中にある石の力で動いています」
「へ~! 石ですか、何だか魔法石の様ですね」
「その様に考えて頂いて結構です」
その様な会話をしながら2人は、街道を進んで行った。
「ネルさん、すぐに雨が降ってきます」
それまで、青く澄みきっていた空が、突然厚い雲に覆われる。
「雨が降る前に、何処かに避難しましょう」
シャインの提案にネルが頷き、二人は街道を離れ雨宿り出来そうな場所を探していた。
「街道を50m程先に進んだ所に大きな木があります。その下で雨を越しましょう」
シャインが見つけた場所へ二人は走って行く。その場所に到着した二人は、辺りを見渡す。幹のから3m程度は木の枝が伸びており、幹の傍に居れば雨に濡れる事は無さそうであった。
腰を掛けるに丁度良い石が数個配置しており、ここを通る人の休憩場所として、利用されている形跡が見て取れた。その石に2人は座って雨が止むのを待っている。
「シャインさん、今日は此処で野宿でしょうか?」
「そうですね。まだ止みそうもありませんから、野宿の準備をした方が良いでしょう」
ネルはシャインの意見を聞き、背負っていたリュックの中から毛布を取り出し、幹に背を預け、毛布にくるまっている。目の前の街道は徒歩の旅人はおらず、時折馬車が通っている位であった。
ネルの横にはシャインが座っており、特に何も語らず街道の方を見ていた。
雨は今も降り注いでいるが、当初に比べ雨量も減っている。
「シャインさんは、何もする事の無い時、何をして過ごしますか?」
ネルの質問にシャインは以前の姿を思い出す。
「そうですね、次の指示があるまで、待機しているだけでした。何もしていなかった事になりますね」
シャインの答えに、ネルが励ますように言う
「僕の場合ですと、本を読んだり、後…… 歌なんか歌ったりしていました。殆ど1人で歌っていて、たまに母さんが傍で聴いてくれていました。やはり1人より大勢の人と歌う方が楽しいですね。
まだ、雨も降っていますし、僕の歌を聴いてくれますか?」
「喜んで、聴かせて頂きます」
シャインの了解を得ると、ネルはシャインの方へ体を向け、「コホン!」と一度咳きをつき、歌いだしていく。テンポの良い、明るい歌詞の歌であった。そして数曲を歌い上げる。
ネルが歌い終えると、シャインは肘と手を使って拍手を送った。
「どうでしたか?変では無かったですか?」
「いえ、大変素晴らしかったですよ」
シャインの賛辞を受け、ネルは恥ずかしそうに頭を掻いた。
その時、目の前に一台の馬車が止まる。馬車の窓から1人の男性が顔を出し、ネル達に声を掛けた。
「馬車が振動で歪みが出来てしまって、雨漏りをしている。良かったら、一緒に休ませてくれないか?」
ネルは一度シャインに確認を取った後、了解の意思を相手に送った。
馬車から降りてきたのは、鎧を着た30台前半の体格の良い男性と上等な服を着た60前後に見える男性であった。主人と護衛といった様子である。
「君達、すまないね。雨が止んだらすぐに離れるから」
年配の男性がネルに声を掛けた。
「大丈夫ですよ。良かったらこの石に腰を掛けてください。それと体を拭く布と毛布も使ってください。僕達は反対側に回りますから、雨が止むまで休んでください」
ネルは男に拭き布と毛布を手渡すと、シャインと共に裏側へ移動する。
「ありがとう。遠慮なく使わせてもらいます」
今度は護衛の男からお礼の声が届いた。
その後、ネル達は最初と同じ様に反対側の幹に背を預けていた。長い時間が過ぎ反対側の男達の会話は聞こえて来ない。ネルは男達がいる事さえも忘れていた。
横ではシャインが遠くを見つめている。
ネルはシャインの方を見ていた。そしてシャインへ声を掛ける。
「シャインさん、先ほどの歌の事なのですが、シャインさんがいた所でも歌は歌われていましたか?」
「え? はい! 色々と歌われていたようです」
「もし良かったら、何か歌ってくれませんか?」
「歌ですか? そうですね。一応データーはありますので歌う事は可能ですが、どのような曲がご希望ですか?」
「う~ん! 僕はシャインさんの居た場所の歌は一つも知らないから、そうですね…… シャインさんみたいに綺麗な曲がいいです。ありますか?」
シャインは少し考えている様であった。
「綺麗な曲…… 解りました。では何曲か私の居た場所で歌われていた曲を歌いましょう」
シャインの歌は、出だしは細くそして長く、その後少しずつ音量を上げ、ビブラートを効かせながら優しくそして強く歌い上げていく。
ネルはその歌声に吸い込まれ、体に電気が走る。1曲目が終わっても、呆然としてしまい拍手をする事さえ忘れている程であった。その後2曲目をシャインが歌い出す。ネルはこのままずっと歌を聴いていたい。そんな素振りが見て取れた。
2曲目が終わり、お辞儀をするシャインを見て、ネルは拍手を送る。大きく強い拍手であった。
「美しい歌ですね。僕は感動してしまいました」
ネルが賛辞を送る。
「ありがとう御座います。私が居た所で神へ…… いえ此処で言うと精霊に捧げる歌です。最初の歌が【アヴェ・マリア】次の曲が【アメイジング・グレイス】と言う歌です」
「別の機会にも、歌って貰ってもいいですか? 僕は凄く気に入りました」
「ネルさんが聴きたい時に言ってくれましたら、何時でも歌いますよ」
ネルは何時でも聞ける事が嬉しいのだろう、笑顔が絶えなかった。
「パチパチパチ」
拍手の音が後ろから聞こえてきた。ネルが振り向いた先には、主人と思われる男性と護衛の男が拍手を送っていた。
「素晴らしい歌でした。私にもまた聞かせて頂きたいですね。私はアトリー・サートンと言います。そして連れの男は私の護衛でバッカスです。勝手に聞き耳を立ててしまい申し訳ない」
シャインは気付いていた様であったが、ネルの方は気付かず驚いている様子であった。
「僕はネル・ダブルです。ネルと呼んでください。そして彼女はシャインと言います。サートンさん、僕達は何とも思っていないので、気にしないで下さい」
「もし宜しければ、先ほどの歌をもう一度、聴かせて貰えませんか?」
サートンの申し出を聞いたネルはシャインへ頼んでみる。
「シャインさん、僕も先ほどの歌をもう一度、聴きたいと思っていました。お願いできますか?」
ネルの頼みにシャインも頷き、3人の前でもう一度歌を披露していった。何度聴いても歌は素晴らしくネルは目を瞑りながら、笑みを浮かべて聞き入っていた。
歌が終わり、拍手が上がる。サートンはバッカスに目で合図を送る。彼は腰袋の中から金貨を数枚取り出し、シャインへと渡そうとしてきた。
「サートンさん、お金は必要ありません。ネルさんの要望で歌っただけですから」
シャインは金貨の受け取りを拒否する。バッカスも強く押し付けたりせず、サートンの方を向き次の指示を待っている。
その時、サートンの御者が声を掛けてきた。
「サートン様、雨漏り箇所の応急処置が只今終わり、今の小雨程度なら漏れる事無く帰れます。ご準備をお願いします」
「そうか。解った今から向かおう」
御者に手を挙げてそう伝えた。その後、ネル達に声を掛ける。
「素晴らしい歌をありがとう。もし良ければ何処へ向かわれているのか教えてくれませんか? お礼の金品も受け取って貰えない様なので、せめて目的地の近くまで馬車で送らせて貰う訳にはいかないか?」
サートンの願いを受け、シャインはネルに確認をとる。ネルも馬車で送ってもらう位ならいいと思った様で、頷く事で了承の意図を伝えた。
「僕達は首都リプレースへ向かっています。サートンさんが負担にならない所まで、お世話になります」
「それは丁度良かった、私達もリプレースへ帰る途中でした。街までお送りします」
「ありがとうございます。それではお世話になります。でも馬車で運んで頂けるなら、夜営の見張りは僕達が行います。その位はさせてください」
「解りました。今から出発すれば明後日の昼には到着できるでしょう。夜警はよろしくお願いします」
ネルとサートンは互いに役割を決め各々が馬車へと乗り込んでいく。
馬車で移動中は色々と互いの情報を交換していく。
「なるほど、ネルさんとシャインさんは義手を作る為にリプレースに向っている訳ですね。首都には義手職人は数名いますが、どこか決めている工房はありますか?」
「オルスマンって言う方を尋ねる予定です。ファーストブルグで紹介してくれた知人がいまして」
「オルスマン工房ですか! そこは街で一番有名です。私が地図を用意いたしますのでお使い下さい」
「ありがとうございます。サートンさん」
夜になるとネル達は、馬車の周りを交代制で警備を行う。バッカスも順番に組み込む様に言ってきたが、丁重に断った。
そしてネルは首都リプレースにたどり着く。小高い丘から見えるその町はファーストブルグの何倍も大きさに思える。まさに壮大であった。
「これがリプレース…… 凄い……」
ネルは感想が自然と口からこぼれていた。
「ネルさん、シャインさん、前に見えるのが首都リプレースです。この国で一番大きな街になります。この街で揃わない物はございません。人の多さ、品数の多さ、生活水準が他の街と違っています。人が多いので色々な問題も多々ありますが。その分、衛兵の数や質も国一番です。私達は貴方達を歓迎します。ようこそ! リプレースへ」
サートンは街の方へ手をかざし、ネル達を歓迎しているポーズをとった