17話 ダンの決意その2(ダン視点)
「その女に簡単に剣を突きたてられた人が何言っているのですか? 貴方が居ては邪魔でしかありません」
やばい! 辛辣な言葉に俺の心が折れそうになった……
「油断しただけだ。アンタここへ戻る時、身体強化魔法使っただろ? その速度に俺も付いて来たじゃないか? 俺も剣術士だ! 力になれると思っているし、足手まといと思ったら置いていって貰っても構わない」
心で負けを認めているのか? 下手な言い方になってしまった。
「ダン君だったね。 今回、ネルさんとシャインさんを付回している相手には見当が付いている。
アリス嬢をさらった者の仲間だと考えられる。仲間を捕らえられた報復なのか? それは解っていないが、多分近い理由だろう。
私は、敵をかなりの強者だと予想している。たった2人で術士2名を含む5人をなぎ倒し誘拐した犯人の仲間、今回はもっと強い奴も出てくるかもしれない。それほど危険な状況だって事だ。
私もこれから兵を召集し、対策を立てる積もりだ、凶悪な者が街にいるだけで、一般人が巻き込まれる可能性が高いからな。ダン君も本当にやるのかい?」
デスク隊長は、彼等が対峙しようとしている敵の情報を教えてくれた。隊長の話を聞くと俺が相手できるのか実際不安になってくる。勢いで言ってしまった部分も在ったので、余計にそう感じてしまう。だが今更引き返す事は出来ない。俺はこれ以上、情け姿を見せたくはなかった。
「勿論やります! ネル、お前の実力がどれ程なのか俺は知らない。危険だから囮として出て行くなら俺の後ろを付いて来いよ」
シャインには情けない所を見せた俺は、未だ実力を知らないネルに向かって兄貴風をふかしていた。ネルはシャインとなやら話していた様であったが、俺の方を向き「よろしくお願いします!」と頭を下げていた。
今は夕方を少し過ぎた位で、周りは明るさをドンドンと失っていく、俺たちは暗くなるのを待つ事となった。衛兵召集に少し時間が掛かると言われた。又安全の為、魔法組合から回復術士も詰所に来てもらう。
作戦は衛兵の装備を来た俺が、ネルとシャインを宿屋へ送っていくのだが、最初に食堂で夕食を取る振りをして時間を稼ぐ。その間に衛兵を召集させ、適所に配置していく事となった。そして帰る道は人気の無い道を通り、そこで敵を誘き出す。そんな感じであった。
俺は傭兵団に在籍して4年になるが衛兵と共同作戦は初めての事で、最初の不安な気持ちが、いつの間にか興奮へと変わっていた。
「よし、そろそろいいか。じゃあ行くぞ!」
俺はネル達へ声を掛け、詰所を出て行く。作戦通りまずは商店街にある食堂で半鐘程度、時間を潰した。食事中は入口の横で立っているが、俺も食事したら駄目なのだろうか?
その後商店街を抜け、人気がどんどん無くなっていく。俺は噴出す汗を手で拭い、後ろを振り返ると2人で楽しそうに話をしている。緊張している様子もなく、星を指差して何か説明している様だった。
緊張感の無い奴等だ。何処で襲ってくるか解らないのだぞ。俺1人緊張している事に馬鹿らしく思えてしまう。その後丁度廃屋が一軒ある場所を通りかかる時にシャインが小声で声を掛けて来た。
「来ますよ。警戒して下さい」
俺は左右を見渡して様子を伺う。光魔法石を明かり代わりに照らしているが、遠くは真っ暗な闇に包まれていて。敵を確認する事が出来なかった。突然、闇の中からナイフが飛んでくる。俺はしゃがんでそれをかわす。剣を抜きナイフが飛んできた方を見据えた。暗闇の中から男が3人現れた。
「お前らは何者だ? 何故襲う?」
俺は男達に問いただす。
「衛兵は引っ込んでいろ! 用があるのは後ろの2人だ! 二人を渡すなら見逃してやってもいいぞ」
お決まりの言葉を吐いてきた。
「渡す訳無いだろ? お前らこそ、武器を捨てて大人しくしろ」
「じゃあ力ずくで、大人しくさせてみろ」
そう言った後、前方の3人の内、両端の2名が俺に切り掛かってきた。俺は1人の剣を受け止め、もう一人は腹部へ蹴りを放つ。そのまま受け止めていた剣を弾き飛ばし、敵の右肩から腹部へと切り裂いていった。切り裂いた男は倒れ動かなくなり、蹴り飛ばした男が、立ち上がり構えを直す。
「早速、1人減ったぞ! もう解っただろ? 命が惜しかったら、武器を捨てて大人しく捕まれ」
俺は男達に問い掛けた。
「意外と強い衛兵だな。だが終わりじゃないぞ」
男が手を上げる。すると周りから、15名程姿を表した。予想以上の増援に額に汗がながれる。 ヤバい、数が多すぎる。俺はネル達へ声をかける。
「ネル、シャイン! お前達は衛兵の所まで走って逃げろ。俺は撹乱させて、スキを作る。」
だが後ろを見ると、二人は既に剣を抜いており、俺が語り終わる前に行動を開始していた。
バラバラの方向へ走っていく二人は、瞬時に1人ずつ切り裂く。その後も互いが時計回りに敵を倒して行った。 シャインの方は圧倒的な速度で相手を翻弄し切りつける。ネルの方は小さい振りで、敵の攻撃をさけ返す剣で、一撃で倒していく。
「こいつら強い!」
シャインの力は正に人を越えている様に思える。ネルの方も確かに強いが、シャインと比べると差があるように思えた。その後すぐに全ての男が倒された。俺は前の男に目を向ける。
「後はお前ら二人だけだ!」
「チッ!」男は舌打ちをしていた、だか焦りは感じられなかった。
俺は何かあると感じる。その予想は現実となる。俺達の周りから、悲鳴がこだまする。
「やっと来やがったか。遅いんだよ」
男の声と共に奥から、新たに3人の増援が現れた。2人は男で1人は女であった。
ただ3人の雰囲気が尋常じゃない。顔を見ているだけで、息苦しくなってくる。3人の内1人の男は両手に衛兵を引きずっている。衛兵は瀕死の様であった。
「お前ら遅いぞ、何をしていた? お前らが遅れたせいで仲間が大勢やられちまったぞ」
「ああ、来る途中で衛兵を見つけな、遊んでいただけだ。そう怒るな。手土産に連れてきてやった。
それに死んだ奴は全員、魔法も使えない雑魚だろ? ならどうでもいいじゃねーか!」
「衛兵は2人だけだったのか?」
ダンと会話をしていた、頭と思われる男が増援の男へ問いかけた。
「見つけた衛兵はコイツらだけだ。周りにいるかどうか探してない」
俺は一体どうなるのだ? 新しく現れた3人は術士と思われ、頭と思われる男も術士の可能性が高い。速すぎる展開について行くことが出来なかった。
「さて、さっさと終わらせようぜ! おいガキと女! ベルンとバルドの貸しはキッチリ返してもらうぞ。俺達に手を上げた事を後悔させてやる」
どんどん足が震えていく、剣を握る力も感じられなくなっている。相手の雰囲気に呑み込まれている状況が自分でも理解できる。
そんな時ネルとシャインが近づいてくる。ネルは小声で俺に伝えてくる。
「ダンさんは衛兵を連れて、詰所に走ってくれませんか?」
その言葉を聴いた俺の恐怖は吹き飛び。惨めさと悔しさで一杯になった。ネルは俺を足手まといだと言っている。怪我人連れて逃げろと。俺の先ほどの姿を見て言ったのだろうか?
俺がネルを見つめ、文句を言う前に、ネルが自分の考えを説明してきた。
「彼等はまだ生きています。危険な状態だと思いますが、今治療を行えば助かるはず。僕にはダンさん程、力も無く、足も遅い。だからダンさんの魔法で彼等を運んで欲しいのですお願いします」
「それだったら、俺よりシャインの方が速いぞ! 俺達が食い止めて、シャインに運ばせた方がいい」
俺は一度、シャインの速さを見ている。確実に俺より速かった。
「シャインさんには無理です。彼女は片手しかありません。二人は運べません」
シャインの両手を見たことは確かになかった。何時もマントで隠している為だ。ネルの言葉を俺は考えた。筋は通っている。でも言う通りにやったら、俺はネルとシャインを見捨てる事にならないのか?
衛兵二人を助けて、女と子供を見殺しにする?
それで俺は、この先自分を誇る事ができるのか?
俺が悩んでいるのを察したのか、ネル言葉を続ける。
「今は衛兵さんを助ける事を考えましょう。この3人の中で彼らを救えるのはダンさんだけです。
僕とシャインさんは術士です。魔法を使えば大丈夫。逃げる事も持ち堪える事も出来ます。詰所に怪我人を運んだ後に指揮をとっているデスク隊長に話して応援を呼んで来て下さい。
僕には、やらなければいけない事があります。それをやり遂げるまで絶対に死にません」
俺に説明するネルの顔は終始笑顔でこれから死ぬかもといった不安など微塵も感じさせなかった。
「直ぐに戻ってくる。それまで持ち堪えろ!」
俺は覚悟を決め、ネルの提案を受け入れた。
「作戦会議は終わりか? 幾ら話しても、今の状況は覆らない。お前らは全員ここで死ぬんだよ!」
頭の男が俺達に言ってきた。俺は自分に気合を入れ直し行動を開始する。
【精霊よ。我足にその力を宿せ。ダッシート】
俺の詠唱を聞いたネルが行動に移す。目の前にいたネルが突然消えたのだ。 俺は意味が解らなかった。シャインはいつの間に用意していたのか? 小石を他の敵に向かって投げつけていた。かなりの威力を感じさせる石に各自が対応していく。その間にもシャインは敵に向かって走り出して行った。
俺はいつの間にか衛兵を持っていた男の後ろにネルを発見する。ネルは背後から両腕を切りつけ注意を引いた。俺は目標へと狙いを定める。
「あの衛兵を絶対に助けてやる!」
俺は投げ捨てられた衛兵の元へ駆け寄ると。両肩に1人ずつ担ぎ上げ、走り出した。俺の行動に気付き敵の女が詠唱に入ったがシャインの妨害が入り中断する。
俺は全速力で走り出した。毎日鍛えていたお陰で何とか担げているが、やはり大人二人は重く、両腕や腰が悲鳴をあげる。俺は歯を食い縛り、走り続けた。
「少し揺れるが我慢してくれ! 貴方達は必ず助ける。もし死なせてしまったら。俺は残したネルとシャインに顔向け出来ない」
自分に言い聞かせる言葉の様であった。
「うぉぉぉ~」
そして俺は更に精神力を注ぎ速度を上げていく。目の前には詰所が見えてきた。襲われている形跡はなく、窓から光が見えている。俺は入口のドアを蹴り開け中へと入った。
ドアを開けた音で中の衛兵が警戒し剣を抜いて構えを取った。奥からデスク隊長が現れたのを確認し、肩に担いている衛兵を下ろし事情を説明する。デスクはすぐに傷ついた衛兵を回復術士の元へ運ばせ、衛兵に指示を与えている。
「衛兵の半分は詰所の警護に当れ、もう半分は俺と共に現場へ向かう。現地付近に配置している衛兵に連絡を取って集まる様に伝えろ。いいな! それと負傷兵は必ず助けろ。彼等の努力を無駄にするな」
その時の俺は、目の前がぼやけていた。魔法の使いすぎで精神が保てなくなってきている。
ここで、意識を手放してはいけない。あの2人を見捨ててはいけない。その想いだけで踏ん張っていた。
「デスク隊長、俺は先に戻ります。出来るだけ速く来てください」
その言葉を残し俺は走り出す。死なないでいてくれ。持ち堪えてくれ。そう心で叫んでいた。走り続けて胸が苦しくなる。それでも歩みだけは止めていない。襲われた場所が近づいていく、そして剣を抜き飛び込んでいく。
「これで最後です!」
俺が飛び込んだ先にはネルの言葉と倒れる頭の男の姿があった。俺は呆気にとられて動きを止めていた。たった2人で、術士4人を倒したのか?
俺に気付いたネルはこちらへ近づいてくる。その後にシャインも続いていた。ネルが近づくに連れ、彼の戦いの凄まじさが浮き彫りになって行く。
防具の無い所は切り傷や火傷などが多数見えて取れた。体中から汗が噴出しており、疲労困憊といった様子であった。
「お前達が全員倒したのか? 術士が4人も居たぞ?」
「シャインさんが居てくれたので」
ネルがシャインの方を見ていった。その後俺達はデスク隊長と合流し詰所へと向かっていった。
俺は帰り道で何度も自分の不甲斐なさを嘆いた。今回、俺は怪我人を運んだだけだ。全てをこの2人がやってしまった。最初に啖呵を切った自分を思い出しては嘆く。涙が出てきた。
詰所に俺達が帰った時、女性や子供など数人が俺達を出迎えた。彼女達は涙を流している。デスク隊長に詰め寄り、話をしている様だった。隊長との話が終った後、彼女達は俺の元へ駆け寄ってくる。
「お父さんを助けてくれてありがとうございます。」
子供達がお礼を言ってくる。
「主人を助けてくれてありがとうございます」
子供達の母親なのか?彼女もお礼を言ってくる。
「息子を救ってくれてありがとうございます」
中年の夫婦がお礼を言ってくる。その誰もが、俺の手を握ってお礼を言ってくれた。デスク隊長が俺に説明してくれた。
「君が救った衛兵の家族の人達だ。私からもお礼を言わせて貰う、君のお陰で彼等が助かった。ありがとう……」
俺も役に立てた。この人達の大切な人を守れたのだ。その想いが俺の心を動かしていた。いつの間にか俺が流していた涙が変わっていた。情けなく悔し涙が、嬉しくて暖かい涙になっていた。その涙は俺の小さなプライドや羞恥心を溶かしていてくれた。
「俺より彼等にお礼を言ってあげてください。彼等は命を懸けて貴方達の大切な人を守ったのです!」
俺は笑顔でネルとシャインを紹介する。ネルは照れて下を向いていた。俺はネルに向かって声を掛けた。
「本当に助かって良かったな」
「はい、本当に良かったです」
その後、ネルは気を失った。皆が焦ったが、どうやら魔法の使いすぎの様であった。回復魔法を受けた後シャインが背負い宿に帰って寝かせる事になった。デスク隊長は犯罪集団の後始末で、今日は徹夜の様である。俺も体力も気力もギリギリで宿舎へと帰っていった。
次の日の昼過ぎ俺はネルの宿を訪ねた。ネルは起きており、体調も回復したようであった。俺はネルに夕食を誘ってみる。
「昨日、頑張ったから俺が夕食をご馳走してやる。どうだ?」
ぶっきらぼうな言い方になってしまったがネルは喜んでくれた。
「僕でいいなら、喜んで行きます」
その後、俺の行きつけの食堂へ2人を案内し食事を取りながら色々話し合った。ネルが今14歳である事、剣術を7歳から鍛錬している事、彼の目的がシャインの腕を治す事など話をしてくれた。俺は見た目でネルを判断していた事に心で謝罪を行いながら、話を聞き続けた。
それから2日後、ネル達は街を旅立っていく。フィルター邸で最後の挨拶を行う時、俺も同席させて貰った。
「ネルさん、シャインさん、首都への旅路は危険もあると思います気を付けて下さい」
フィルター氏は、そう言って手紙と何か箱を渡していた。
「ネル…… また会いに来てくれる?」
アリス嬢はネルを見つめそう尋ね言葉を交わしていく。そして俺もネルに別れを告げる。
「お前達はきっと、すぐに今より先へ飛んでいくだろう! それでも俺はお前達を追い掛けて行く。俺の目標はお前だ。頑張ってくれ!」
俺はネルと握手を交わした。
「シャイン、貴方に言われた事はその通りだ。これからは、どんな任務でも油断はしないよ」
シャインは俺に告げる。
「そんな宣言より。貴方がネルさんに追い付くのは無理です。諦めなさい」
そう言いながらも笑ってくれていた。俺達は2人を見送っていた。いつまでもネルを見つめるアリス嬢の気持ちを察した俺は近づき声を掛ける。
「アリス嬢、ネルは優しく強く賢い。もしその横に立ちたいなら、彼と同じ様に、弱者を守れる人にならないと難しいと思います。それは凄く大変な事ですよ」
俺が片目を閉じて言った。アリス嬢は俺を見据え頷いてみせた。その後、フィルター氏が俺の元へやって来て、しかめ面で声を掛けた。
「娘を余りけしかけないでくれ。アリスが高みを目指してくれるのは有り難いが、今回は相手が悪い。彼の横にはいつも彼女が傍にいるからね・・・ そう言ってネル達を指差した」
俺は「すみません」と笑顔で答えた。