16話 ダンの決意その1(ダン視点)
俺はダン・ベンチャー、今は20歳になった所。傭兵集団【グロッグス】の有望株と言われている。
グロッグスのメンバーは約50人程度。その内術士は10名程度在籍している。
傭兵集団に入る術士は、身体能力強化魔法を使う者が多い。実は俺も術士の端くれである。俺の魔法は脚力強化、傭兵にとって喉から手が出るほど欲しいと言われている魔法の一つで、魔法のお陰で有望株とか言われているのが現状である。
朝日が昇る少し前に配置を完了させ、宿屋にある大木の裏に身体を潜め奴等を待っている。今の服装はフード付きの全身マントで顔を隠しており、目立つ事は無いはず。魔獣討伐を終えた翌日から俺は奴等を観察している。
「討伐したのは、あの2人だ! 俺達は何も出来なかった。それが真実だ」
俺はジョーイ隊長の言葉を思い出しながら、歯を食いしばり、手に力を込める。
ジョーイ隊長達が、最初に攻撃を加えたと聞いている。きっと瀕死のナーガを仕留めただけだ。手柄だけ横取りしたに違いない。絶対に強くない証拠を見つけてやる。
決意を再度確認し、自分自身に気合を入れ直す。猶予は3日しかない。討伐に参加した隊員は特別に3日間休暇を与えられている。身体は疲れていない。実際は戦闘に参加していなかったので、体力が在り余っているほどだった。
魔獣討伐から2日目。ネル達は商店街に来ている。ファーストブルグの街は1日や2日位では周り切れない程に大きい。入った事の無い店舗を見つけては、寄り道を繰り返してばかりだ。
「ちくしょ! あのネルって奴、何件入る気だよ。全ての店に立ち寄る気じゃないだろうな!」
今日の夕方に詰所で、誘拐犯を捕まえた経緯を説明するとフィルター邸で話しているのを聞いていた。
当初の約束日を過ぎているが、フィルターより衛兵に事前連絡が入っており。本日の夕方へ変更になっている様だ。
今はネルが魔法石店で魔法石の説明を受けている。シャインと言う女の方は、店舗入口横の壁に背を持たれ1人で待っている状態。
「君、何しているの?」
彼女に笑顔を向け話しかける男性が現れる。男は長身で髪が長く顔も整っていた。
「何故あなたに私の事を話さなければいけないのですか? 邪魔です。消えてください」
彼女が本日何回目だろう、辛辣な言葉を返していく。
「良かったら僕と一緒に食事しませんか?僕も時間余っていて1人じゃ退屈していました」
今回の男は諦めが悪い奴だ。確かに彼女は誰が見ても美しく、魅力的であった。男が食い下がるのも頷ける。
「貴方と関わる気はありません」
「そんな事言わないで、最近出来た美味しい食堂を知っているよ。一緒に行こうよ」
男は彼女の言葉を軽く流し、自分の言いたい事を伝えながら、笑顔で彼女の肩に手を掛けてこようとしていた。だが突然「ブォーン!」なにか空気が振動する音が聞こえた。
「しつこい人ですね。それより貴方は病気でしょうか? 後頭部の髪の毛が抜けていますよ?」
「え?」
男は自分の後頭部に手で触った。手に伝わった感触は髪では無く、皮膚の感触であった。男はパニックに陥り、その場から足早に立ち去っていった。その状況を見ていた俺は驚愕していた。
「今の男をハゲにしたのは、多分…… 彼女がやったのだろう。全然見えなかった。 ひでぇことをするよなぁ~! あの男街を歩けないぞ」
昨日から数えて20回以上、それ以上は数えるも疲れた。次々と声を掛けられている。俺が見てきた間でも、男前から金持ち風など様々な男が声をかけていた。彼女はその全てを拒絶している。
あのネルって言う少年の彼女なのか? いや、そんな風には見えない。兄弟? それも違う! 仲間? 考えていても答えは出ない。イライラした感情のみが溢れてきた。
色々考えている間に、ネルが店から出てきた模様。幾つか魔法石を買っている様であった。
次は何処へ行くのか? 見付からない様に、一定の距離を保ちながら後をつける。2人はパン屋と果汁屋に入っていき品物を購入していく。その後、木陰を見つけ、腰を下ろし昼食を始めた。
「おい! おい! おかしいだろそれは!」
食べているのは、ネルの方だけでシャインはネルの食事をみながら話しかけている。シャインは体重を気にしているのか? 見た感じだと、マントで首下から腰の間は見ることが出来ないが、スタイルが良く細く長い脚。
俺もこんなに綺麗な人は見たことは無かった。彼女を見ていると少し胸が騒いでいた。だがその気持ちに答えは出なかった。
その後も二人は街を周り続け、5つの鐘がなる頃詰所へと入って行った。
「1日張り付いてこれじゃ~疲れただけじゃないか! 俺は何をやっている!」
自分のやっている事がバカらしく思えてきた。
「あいつ等が出てきたら帰るか……」
二人が入ってから約半鐘位の時間がたった頃、半ば俺はやる気を失っていた。疲れから大きく欠伸をした時、後ろから首筋に剣先が当てられていた。俺は動けなくなり、とりあえず両手をあげる。さまざまな思考が頭を巡りパニックになっていった。
「昨日から付回していますが、何のつもりですか?」
俺はその声には聞き覚えがあった。
「俺はダンだ! 知っているだろ。魔獣討伐で一緒だった」
彼女の剣先に力が加えられ、血が流れる感触が首に伝わる。
「傭兵が私達をつけ回して何をする気ですか?」
「いや…… 俺はお前らが実際に強いのかを確認する為に……」
嘘は言ってない、実際にその通りであったが後ろめたさで声が出なかった。
その言葉の後に首筋の剣圧が無くなっていく。
「下らない! 簡単に背後を取られる者に言われたくないですね」
何も言葉を出すことが出来ず。恥辱と屈辱の感情が込み上げてくる。
「それでは、もう実力は確認できましたよね? 他の二人にも伝えて、おきなさい。次は容赦しませんよ」
ん? 何かおかしい。俺が感じた疑問を彼女に投げてみることにした。
「俺は一人だぞ! 他の二人なんて知らない」
彼女は俺の言葉を聞くとすぐに走り出した。俺は訳もわからず、彼女に追走する。
「速い! 速すぎる」
普通に走っていては置いてきぼりを食らいそうなので、俺は魔法を使う事にした。
【精霊よ。我足にその力を宿せ。ダッシート】
俺は速度を上げる事によって、何とか離されず追いかける事が出来ている。どうやら、詰所の方へ戻っているようだった。
中に入ると、ネルと衛兵を束ねるデスク隊長が椅子に座っており、彼女が何やら話しているようであった。ネルの方が俺に気付き話しかけてくる。
「ダンさん、僕達を付回していたのは貴方だったのですね。驚きましたよ」
年下に見えるネルにそう言われる。俺は恥ずかしくて、みるみる顔に血が上り赤み出していくのを感じていた。
「お前が魔獣を倒したって聞いて信じられなかったのだよ!」
俺の言葉にデスク隊長が反論してくる
「私も彼等の外見だけ見ていたなら、君と同じ事を思っていただろう。だが2人の実績は実力者として証明している。
それに君の上司のジョーイからも話は聞いている。私はジョーイとは昔からの友人で奴は正直な性格だ。ジョーイが嘘を付かない事は私が知っている! 君は信じられないのではなく、認めたく無いのじゃないのか?」
そうなのか? 俺はそうなのか? 自分よりも年下や女性に負けて認めたくない、嫉妬しているだけなのか?
悔しくて息が出来なくなりそうだった。俺がそう思っていた時、彼女が止めを指してくる。
「彼の事は、今は問題ではありません。彼以外にも付け回す者がいた事です。私はこれから、その者達を捕らえに行きます。危険なので、皆さんはここから出ない様にお願いします」
何を言っているんだ彼女は?
「シャインさん、今はどちらが狙われているかハッキリしていません。僕が残った場合こちらに迷惑が掛かるかも知れません。二人でいきましょう」
コイツらなに言っているんだ?
今は詰所で、中には衛兵や隊長それに傭兵の俺までいる。それらを相手に危険なので隠れろだと?
俺は怒りでおかしくなりそうだった。
コイツらは、俺たちを軽く見ている?
「お前ら、調子に乗ってんじゃないぞ! 女子供を危険な所に行かせて大人が隠れてられるか? 俺がそいつ等を捕まえてやる!」
俺は皆の前で啖呵を切った。それは小さなプライドだった。自分のプライドを守るために俺は戦う事を決めた。
その後、俺の決意を挫く様に彼女が俺を攻め立ててくる。
「その女に簡単に剣を突きたてられた人が何言っているのですか? 貴方が居ては邪魔でしかありません」
やばい! 辛辣な言葉に俺の心が折れそうになった……