13話 少女の帰還
ネルはアリスを背負って街の近くまで歩いてきていた。隣にはシャインが台車にアリスを連れ去っていた。男達を乗せている。幸いな事に2人ともまだ起きる様子は伺えない。
昨日の夜ネルはアリスとの出会いを思い出していた。
「ネルだよ。だから安心して出ておいで。そして僕に君の名前を教えてくれないか?」
そう言ってネルは手を差し伸べた手を小さな手が強く握ってきた。
「アリス…… アリス・フィルター」
少女は自己紹介として名前を言葉数少なく告げる。
「アリスちゃん! 怪我は無い? もう悪い人は襲ってこないから安心していいよ」
ネルはアリスを立たせ、怪我かないか見渡してみる。アリスは赤い服をきた金髪の少女で、年齢は7歳前後、肌は白く、目が大きくて可愛らしい顔をしていた。髪は綺麗な金髪で縦ロールと呼ばれる、髪を螺旋状に巻いた髪型をしていた。髪の長さは腰辺りまであり、大事に手入れされていた。
「アリスちゃんは、ファーストブルグの街から連れてこられたんだよね?」
アリスは頷く事で肯定の意思をネルへ伝える。
「僕たちもファーストブルグへ向かっている途中だから、僕たちと一緒に行こう」
「うん……」
ネルはアリスの前で背中を向け、方膝を折り曲げる。そして背中に乗るように促す。最初乗ろうとしなかったアリスだが、ネルはアリスに森の中を移動するのは難しい事を説明する。アリスは渋々了解しネルの背に乗った。
ネルはシャインの方へ向かう。現地に着いた時、シャインは台車を作り上げていた。超振動の手刀により各部品が作成され、丁度組みあがった。男達は失血が多いのか? 地面にうつ伏せになったまま、動く事は無かった。
シャインに確認を取ったが、2人とも生きているとの事である。
ネルは最初にアリスをシャインに紹介する。ネルの友達だとそしてシャインさんが居なければ君を助ける事が出来なかった事を説明していった。
「ありがとう……」
ネルの背中から降りた、アリスはシャインへお礼を述べた。
「いえ気にしないで下さい。アリスさんを助ける事を決めたのはネルさんです。私はそれのお手伝いをしただけ。お怪我とかはないですか?」
シャインの言葉に対してアリスは、怪我をしていない事を、首を縦に振る事で伝えた。
男2人を台車へのせ、ロープで縛っておく。もろもろの作業が終った時、空は少しずつ明るくなっていた。ネルはこのまま街へ向かう事をシャインに相談し、街に向かって歩き出す。
アリスはネルが背負って、シャインが台車を引く事となった。最初、ネルが台車を引くと言ったが、シャインには臭いの魔法が効かない事を説明し。用心の為、今の形となる。シャインとネルは男の臭い魔法の事を考えて5m程度は距離を空けている。
歩き続け2時間程度たった。その間すれ違う人はチラチラとネル達を見ていく。最初は気になってしまったが、今はさほど気にもならなくなって、足早に街に向かって急いでいた。
アリスはネルの背で眠っている。余程精神的に疲れていたのだろう。歩き出してすぐに眠りに入っていた。
それからすぐ、遠くに高い塀が見えてきた。ファーストブルグの街は防衛の為に周囲に防衛壁を建造している。
「やっと、ついた~!」
ネルは安堵の声をだす。
街の入口には衛兵が配置されており、出入りする者をチェックしていく。ネルは衛兵に近づき声をかけた。
「あの、すみません」
ネルの声に衛兵が振り向き、ネルの姿を頭から足元へ向けてマジマジと見てくる。
「街へ入りたいなら。向こうの列に並びなさい。妹さんにも起きても……ん!?」
衛兵はネルの背中で眠っている少女に注目していた。
「君!この少女は妹さんかい?」
衛兵は尋ねる。そこでネルは昨夜の経緯を簡潔に説明していった。衛兵は少女が連れ去れた事を知っていたのか、話の筋が通っている事を確認すると。
ネル達を詰所で待機するよう指示を出し。関係者に連絡を取った。ネルはシャインを呼び、事件の犯人である2名を引き渡す。もちろん術者である事と使用魔法の情報も提供する。
「ネル君だったか? すまないが上司が来るまで、待っていてくれ」
ネルとシャインは指示通り、詰所で椅子に腰掛け待機している。アリスはベッドに寝かす事になり、今は別の部屋で眠っている。
ネルの前には最初に声を掛けた衛兵が目の前で待機している。ネル達を警戒している様であった。そうこしていると、上等な鎧に身を包まれた男性とやつれ気味の顔をした中年の男性が部屋へ入ってくる。
中年の男性の方は走ってきたのか? 肩で息をしており。部屋へ入ると部屋の中を右へ左へと動かす。中年といっても、目力があり、顔つきも整っている。今は、目の下に隈が出来ており、無精ひげも生えている。もしそれが無かったならば知的な男性に見えると推測された。
「アリス! アリスがここにいるって聞いて! アリスは何処ですか?」
男性は一緒に入ってきた、鎧の男に答えをせかす。
フィルター様、待ってください。まだ本物のアリス嬢だと決まった訳ではありません」
鎧の男はそう言って、部屋の中で待機している。衛兵に声をかける。
「貴方に聞きたい。今アリス嬢は何処にいる?」
その質問に衛兵が簡潔に答える。
「はっ! 前に座っている彼が背負って連れてきました。どうやら森で少女を誘拐した2人組みの男と遭遇し救助した模様です。少女は隣部屋のベッドにて眠っています」
衛兵の説明を聴き、鎧の男はネルの方へ向かって声を掛けた。
「私は、この街の警備隊の隊長を勤める。デスク・ユウロと言います。詳しい説明は後でお聞きします。まずはアリス嬢を確認したい。お疲れでしょうが、もう少しお待ち下さい」
ネルは椅子から立ち上がり、デスクを正面に見据える。そしてシャインもネルに続いて立ち上がる。
「僕はネル・ダブルです。連れの女性はシャインと言います。デスクさんの隣の人がアリスさんの父親ですか? 僕達の事は気にしないで、早く彼女にお父様を会わせて上げてください」
デスクと男は隣部屋へ消えていく、そして直後、涙声でアリスと男性が互いの名前を呼び合う。その声がネル達まで聞こえてきた。
アリスは「お父様。お父様。」と大きな言葉で泣いている。
男性も「アリス、無事で良かった!」と震えるよう声を掛ける。
ネルは安堵の表情を浮かべ、シャインへ笑いかける。シャインもネルに笑いかけていた。それから先に部屋へ戻って来たのは、団長のデスクであった。
「ネル君だったね。今アリス嬢が確認された。彼女から君達に助けて貰った事も聞いている。まず、衛兵が警戒していた事をあやまりたい。そして今回の協力を感謝します」
「いえ、警戒するのは当たり前だと思います。アリスさんが父親の元に帰れて。良かったです。」
ネルは満足そうに答えた。
「さっそく詳しい話を聞きたいのだが、フィルター氏は直ぐにアリス嬢を家までつれて帰りたいそうだ。私は護衛に付かなければならない。君達の身分は保証されているので、街に入る事も認められる。
そこで、明日もう一度、詳しく話を聞く時間をくれないか? 出来れば、今日泊まる宿など衛兵にでも連絡くれれば助かる」
デスクはネルに言った。ネルは「わかりました!」と了解する。そうこうしていると父親に連れられて、アリスが部屋へ入ってきた。父親はネルの前まで来ると、腰を曲げ、頭をさげた。
「アリスの父親のコウキ・フィルターと言います。今回はアリスを助けていただき。有難う御座います。アリスは私の命と同じだと思っています。後日改めて、お礼に伺います」
「フィルターさん。お礼などいりません。今回の事は偶然です。アリスさんがお父さんの元へ戻る事が出来て僕もうれしいです」
ネルは頭をかきながら、テレながら言った。
「いえいえ、命を助けて貰って。お礼もしなかったら、街の笑い者です。私は恥ずかしくて、街で暮らして行けません。私達の事を考えてくれるなら、どうか……」
フィルターの言葉に、ネルは「解りました。」としか言えなかった。アリスが父親に手を引かれ、ネルの横へやってきた。
「ネル・・・ 助けてくれて・・・ ありがとう」
アリスはペコリと頭を下げて。父の元へ戻っていった。ネルは笑顔で「よかったね」と言い、手を振り見送った。
その後ネル達は街を歩いていた。フウス地区で最大の街であるファーストブルグは流通の拠点であり、人も多く訪れていた。商店街には隙間無く店があり、そこらかしらから客を引き込む声が聞こえてくる。どれもネルの気を引いてしまう物ばかりであった。
「今日はビックビーフのいい肉が入った。だがもうすぐ無くなっちまうよ。早い者勝ちだ! みんな見ていってくれ!」
「最近発表されたばかりの魔法石が入ったよ。暑い季節もこれが有れば涼しくすごせる。優れものだよ。他にもいい物もあるから、試してみてくれ!」
ネルは客引きの声を聞きながら、右へ左へと首をふっている。彼がいた街ではこれほどの店舗や人が溢れる事などなかった。だからだろう、ネルはファーストブルグの街に酔っている様であった。
当初、2人は本日泊まる宿を探す事を最初に行うと話していた。だが宿屋が多く並ぶ通りにたどり着く前に、店舗が並ぶ通りに通りかかった状況であった。
ネルはシャインの方へ何度も顔を向ける。シャインが「何ですか?」と聞く。
ネルは「何でも無いです」と言って少しだけ歩く。
そしてまたシャインの方を向くのであった。
その行為を何度か繰り返した時、シャインは「見てきてもいいですよ」と伝える。ネルは「本当ですか!?」と嬉しそうに笑い。なんと商店街の入口まで走って戻っていった。
「最初から見るのですか!?」
こめかみを指で押えながら言った。
そうして、ネルの店舗巡りが始まり。宿が決まったのは夕方近くになっての事であった。
ネルは宿に着くと、受付に行き受付のお姉さんに伝える。
「衛兵さんが見回りに来たら、ネル・ダブルはここに泊まっていると伝えて欲しい」
受付は「承りました」と了解し、ネルは部屋へと戻っていった。
その後2人は汗を拭い、服を着替えていた。そして今は商店街で買った干し肉と野菜を挟んだパンを部屋で食べ、その横ではシャインが新しく買った本に眼を通している。ネルは宿で泊まる時でも、食堂で食べる事は無く外食などもしなかった。いつもパンや干肉などの携帯食料を食べている。
その時、部屋にドアをノックする音が響く、ネルはドアを開けた。目の前には、礼装で身を包んだ50歳位の男性が立っていた。
「ネル・ダブル様とシャイン様のお部屋でしょうか?」
「ネル・ダブルは僕ですが、貴方はどちら様ですか?」
ネルが聞き返す。
「失礼しました、私はコウキ・フィルター様の使いのジートと申します。
今回、旦那様がお礼をしたいので、お迎えに行くよう承りました。本来なら旦那様自身がこちらに赴くのが筋ですが、旦那様が街へ出て行くと色々と危険も御座いますので、無礼は承知で私がお迎えにまいりました。どうかご同行お願いできますか?」
男性はフィルター氏の使いの者であった。ネルはその説明を受けシャインの方へ顔を向ける。シャインは「お任せします」と言った。それを確認したネルは、ジートに向かって了解の意思を伝える。
「フィルターさんとの約束ですから、お伺いさせて頂きます」
「ネル様、シャイン様、ありがとう御座います。さっそくですが、宿の前に馬車を用意しておりますので、お乗り下さい」
ネルは最低限必要な物だけ、バックに詰め残りは部屋に残し、施錠を行い受付に鍵を預ける。
そして表へ出た。宿の入口の前には馬車が用意されていた。その馬車は豪華な作りがされており、街道の旅でも見ることが無い程に高級感が漂っていた。
「すごいなぁ~ フィルターさんって何をやっている人ですか?」
ネルはジートにたずねてみる。
「はい、ご主人様は商人でございます。ただ商いが大きくなりまして。今回の様に色々と厄介ごとも増えてきております」
ジートの説明にネルは「そういう事か」と納得していた。
ネルとシャインを乗せた馬車は、フィルター邸へと走っている。馬車の中でネルはシャインへ話かけている。
「シャインさん、アリスがさらわれたのは、やっぱり金銭目的の誘拐でしょうか?」
「どうでしょう、その可能性が一番高いと考えられますが、本当の所はあの引き渡した男に聞かなければ解りませんね」
その様な話をしていると、ジートが声を掛けてきた。
「もう少しで、到着します」
「わかりました、ありがとうジートさん」
馬車が止まり、門が開く音がする。小窓から見える景色は大豪邸であった。中には窓から見える間にでも10名程度の護衛の者が警護の為、見回っていた。
中庭を少し走ると、馬車が止まる。馬車から降りたネルはその建物の大きさに驚愕してしまう。
「さぁ中へどうぞ!」
ジートが中へ案内していく。ジートの後をネルは付いていく。
この後、ネルはアリスがさらわれた本当の理由を知る。