10話 勝負の結果
エルとネルは5m程の距離を空け、互いの構えを取っていく。
エルは23歳になっていた。身長が185cm近くあり、巨体を最大限に生かす為、剣先を相手に向け威圧する、そしてネルは木刀を横へ寝かせ水平の斬撃を繰り出せる型を取る。
お互い向かい合い、息を合わせていく…… 2人の呼吸のリズムが少しずつ近づいていく…… そして重なった時。
「うぉぉぉ~」ネルがうなり声を上げながら、エルへ向かって突っ込んでいく。
勿論エルは受ける形を取る。エルにとってネルは9歳年下の可愛い弟である。兄としてのプライド、そしてネルより早く剣術に携わった事へのプライドがエルへ先に攻める選択肢を捨てさせていた。
ネルは構えた型のまま、水平の斬撃をエルに向けて放つ。エルも同じ様に構えのまま、それを受けようとする。エルの思惑では、受けた剣撃を力で弾き返し、ネルの体勢が崩れた所で一撃を放つ、つもりであった。
だが、その思惑はまんまと覆されてしまう。木刀と木刀が接した時ネルは手首を曲げ、木刀の角度をかえていった。そしてエルの木刀とネルの木刀が接している状態のまま、木刀を滑らせてエルの真横へ移動を行ったのである。
その動きにシャイン以外の誰もが驚愕の顔へと変化していく。この技はシャインとの訓練で攻撃を受け流す技の応用であった。
ネルはエルの横へ移動し、一瞬の間を置かずに水平の斬撃を腹部へと繰り出す。だがエルは上段から下へ木刀を振り下ろしネルの木刀を地面へと叩きつけた。
こういう動作で体格差の不利が顕著に現れてしまう。
その後、エルは一度距離を置き、大きな声で父や母へ向かって嬉そうに声を掛けた。
「父さん、今の見たかよ、ネルは本物だ! 今で14歳なんて信じられない。俺はこれから全て本気で行く! 父さんもそのつもりで見ていてくれ!」
今度はエルから飛び込んでいく。
エルの上段からの振り降ろしの攻撃に対して、ネルはエルが持つ木刀の根元部分に木刀を当て受け止める。根元以外の部分で受けたら弾き飛ばされていたであろう。力の押し比べの後、2人はお互い後方へ飛び下がり距離をとった。
そして、2人呼吸を整え気合の入った掛け声と共にぶつかりあっていく。
「うぉぉぉ~!」
「あぁぁぁ~!」
エルが放つ斬撃をネルはかわす、又は受け流していく。その後放つ反撃を、エルは受け止め跳ね返すそしてなぎ払っていく。
父は2人の試合を見て核心していた。この試合は州剣術大会の決勝戦以上である事を。
互いに決定打の無いまま、打ち合いは拮抗を見せるかと思われた、だがそうは成らなかった。
23歳であるエルに対して14歳のネルは体力的にどうしても超えられない壁があった。
打ち合いが続くに連れてその動きに差が出てくる。2人は一度距離をとり、構えを整え直す。
「ネル! お前は俺以上の才能の持ち主だ! 今日は俺が勝つが、このまま訓練を続ければ直ぐに俺を追い抜くだろう。俺は必ず国で開催する大会で優勝してみせる!
そしてお前が18歳に成った時俺が国中に伝えてやるぜ、国一の剣士はネル・ダブルだってな! だから、今日の負けを糧にして後4年辛抱してくれ!」
兄エルから最大級の賛辞であった。
弟の才能を認めそれを応援すると言う、それだけネルの才能を買っているのが解った。
「残念ですがエル兄さん、僕は一日でも早く旅立たねばなりません。シャインさんの為にも僕はここで立ち止まる訳には行かない。僕は父さんと約束をしました。今から僕は全てを見せます。そしてエル兄さんを超えてみせる!」
ネルの啖呵を聴いたエルは口角をつりあげる。
「ネル格好いい事言って、彼女の前で恥を掻いてもしらね~ぞ!」
エルは冗談を言いながらも目線はネルから外していない。
ネルも大きく息を吸い込み、気合の入った声を出しながらエルへ突っ込んでいく
今回もネルは水平の斬撃の様だ、だがスピードが一段階上がっていた。
「がぁぁぁぁ」
まるで、獣の雄叫びの様であった。
ネルの動きを冷静に見ているエルは回避行動と取ろうとする、だがネルは突然エルの前から消え去った。
驚愕するのはエルだけではなく、全ての観覧者が大きく目を見開いていた。
その後一瞬の間もなくエルの後方から木刀を首筋に寸止めで当てられていた。
「エル兄さん、僕の勝ちです」
「あっ?」
エルには理解出来ていなかった。さらに周りにいたシャイン以外の者全ての理解を吹き飛ばしていたのだ。
「お前…… 今…… 何をやった?」
エルの問いかけにネルが答える。
「僕は言いました。全て見せると…… エル兄さん…… 僕は術士になっていました。
今、使ったのは魔法です。本当は魔法抜きで勝ちたかったのですが、技術も力も全てエル兄さんに劣っていました。
そんな僕に唯一の勝機があるとすれば、魔法を使う以外ありませんでした……」
エルはネルの答える言葉を、時間を掛けかみ締める様に整理していく…… そして
「ふっ! どうやら俺は負けたらしいな。ネルお前はそんなにあの美人と子供が作りたかったのか? このヤロ~」
そう冗談を言いながら、笑顔でネルの首を笑いながら絞めていく。
「じぃいざん…… ぐるじぃ~」
ネルから悶絶の声が聞こえてくる、力勝負であるなら100%エルが勝つので仕方ない事であった。
ぐったりしだしたネルに気付いたエルが力を緩めるまで、その行為は続いた。
「あっ!やべ」
その声と共に力を抜くエルぐったりと気を失っているネルを見ながら、父へと語りかけた。
「父さん、こいつの事認めるしかないね!」
エルはそう父に言い放つ。
「ああ解っている! 試合の途中からそのつもりでいた!」
父の返答にエルが笑ってみせる。
「俺も、ネルに言ったからには剣術大会を優勝するしかないな。ネルを国一の剣士にする為に」
その言葉の横でネルは気持ち良さそうに眠っている。父は次にシャインの方を向き、頭を下げた。
「どうか、ネルの事をよろしくおねがいします」
その言葉にシャインも答える。
「ネルさんの事は私が命を掛けて守ります。ご安心下さい」
その言葉を聴き安堵する父はどんでもない事を言い出す。
「それとシャインさん、子供は早く見せて下さい。私も妻も待っていますので」
その言葉を聴いたシャインは、両手を前に出し「アウアウ」言いながら尻餅を付くのであった。
その横ではネルが幸せそうに眠っている。
その日から3日後、2人は町を出る事になる。