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昔話

誤字、脱字などがあった場合、教えてくだされば直します!

遠慮なくお願いしますm(__)m



まだ清が小学校の時、清は学校のアイドル的存在だった。



両親の良いところだけを受け継いだ整った顔、父から授かった抜群の運動神経、母譲りのすらりと足の長いスタイル、人一倍心優しい性格。極めつけはその頭脳だ。難しい問題を特に悩みもせずにスラスラと解いていくその姿は、多くの生徒の憧れとなった。


そんな清に付いた通り名は、『神の子』。


神の子のような、天才児。


清を知る人はみな、「あの子はすごい」と口を揃えて言い、親でさえ清を褒め称えた。


それはもう、過剰なほどに。


外にいる時も、家の中でさえ期待の視線を浴びる日々。


――清だったら、なんでもできるだろう

――清だったら、良い結果を出せるだろう

――清だったら…―


毎日、毎日。

少しも休むことなどできず。

良い結果を残しても、


『さすが、神の子だ』


そう呟きながら人々はさも当たり前のように頷く。


…人々に悪気は無い。


正直に、思ったことを言う。


ただ、それがどれだけ清を苦しめているかしらないだけ。


『なんでもできるすごい人』


この肩書きが、清の努力によって成り立っていることを知らないだけ。



そして清が中学校に上がる時。



ついに、清は壊れた。


小学二年生の時に通り名を付けられてから、約五年間。


年々重くなる重荷を背負い、これまで歩いてきたのだが、耐えきれなくなり潰れてしまったのだ。




「次は、新入生の挨拶です。新入生代表の水上(みなかみ) 清さん、お願いします」


ここは、南中学校体育館。今は入学式の真っ最中だ。

前もって脇に控えていた清は、自分の名前が呼ばれると檀を上り、ステージに立った。

眼下に広がる、総勢1500人の生徒達が自分に集中しているのを感じる。


「おい、あいつ原稿を持たずに挨拶するつもりだぞ!」


突然一人の生徒が叫んだ。


「お前、知らないのか?」


反対側から、もう一人の生徒が叫ぶ。


「あいつは、『神の子』なんだ。それくらい、出来て当たり前なんだぞ!」


ざわざわ、と。

今までの静けさが、嘘のように消え去った。

まさか、とか、アイツがあの…?という驚きの声があちこちから聞こえてくる。


「静かにしてください」


先生がマイクで注意すると、ざわざわは少しずつ収まり、先程の状態に戻った。



清に向けられる視線以外は。



「えー、では…」


生徒から感じる、尊敬と畏怖と疑念の入り交じった視線。

――重すぎる、期待。


自分の口から言葉が淀みなく流れ出ていく度に、その視線が尊敬だけのものに変わっていく。


そんなの、いやだ。


ふいに、そう思った。

今は大切な挨拶の途中なのに。


――なんで、俺だけ頑張らなきゃいけない?


必死に覚えてきたはずの挨拶の言葉が、頭から抜け落ちていく。焦れば焦るほど、頭に浮かぶのは。


人々の、期待の視線。


挨拶が止まり、生徒が次第にざわめき始める。先生達は驚きの表情を見せ、それがだんだん失望の顔に変わっていく。


「………俺はっ」


どうも居たたまれなくて、早く家に帰りたいような気分になって。気がついたら口を開いていた。


「俺は、別に神の子じゃない!今までした間違いなんて数えきれないくらいあるし、天才なんかでもないただの一般人なんだよ!なのに、少し間違えただけで騒ぎやがって…。今まではずっと、期待に応えないとっつって、頑張ってきたけど、それももう限界なんだよ!分かるか、お前らにこれが!最初っから変な期待かけられて、出来なかったら失望されるこの気持ちが!」


ああ、なんだろう。

すごく、…気持ちいい。


「分かんないだろ!?少しも、分かろうとしたことすら無かっただろ!?」


いつの間にか誰もが口を閉ざしていた。本来、暴走し始めた清を止める立場にあるはずの先生でさえ。

誰も、何も言えなかった。壇上で、我を忘れたように叫ぶ少年の、指摘した通りだったから。


「どれだけ努力したって、誰も褒めてくれねぇ!死ぬ気で頑張ってとった賞だって、当たり前って言われて、そのままスルーされてきた!」


出来て当たり前。

出来ないのはおかしい。

…でも、その考えこそがおかしいんじゃないだろうか。


「じゃあ、お前らはどうなんだよ!?全く努力してないのに、俺のことになればやれやれーって期待すんのか!?で俺が出来なかったら失望すんのか!?自分達は何にもやって、ないくせにっ」


気持ちいい。胸がスカッとする。

――なのに何故、声が震えるんだろう。

――何故、視界がぼやけてくるのだろう。


「俺の、ようになりたい?俺だって、かわれる、もん、なら、かわって、やりたいよ!!!!!」


知ってる友達の驚いた顔が見える。


ああ、とうとうやってしまった


額に手を当て、息を吐いた。


この瞬間から、神の子では無くなるんだ


そう思うと、一気に不安が募る。


神の子ではない俺を、受け入れてくれるのだろうか


頭の中を占めるのは、その事ばかりで。


急に、ステージの上に立っていることを意識した。

みんなの視線が集まる場所に立っていることを。


何バカなことやっているのか、とか、アホなんじゃないか、とか。

そんな非難の言葉が来ることを予想して、下を向く。


だが、いくら待ってもそんな言葉は聞こえてこなくて。代わりに聞こえたのは、駆け寄ってくる先生方の靴音。


「っ、水上(みなかみ)くん!」


袖で目を拭ってから振り返る。5人ほどの先生の中から、長身で細身な男性の先生がもう一度清の名前を呼んだ。


水上(みなかみ)くん」


肩に手を置かれる。あまりの図々しさに、反射的に眉間に皺が寄ったのが分かった。


一呼吸おいて、感情を鎮める。


「……なんですか」


「清くん、だったかな?」


男性教師は屈んで清の顔を覗き込むような形で、にっこりと微笑んだ。


「辛かったよね。苦しかったよね。でも、もう大丈夫だよ。こうして、僕達が付いてるからね」


物凄い悪寒がした。作り笑いに、良くある台詞、子供を宥めるための基本的な姿勢。


何も知らないくせに――。


「ほら、変な顔しないで。僕達は君のただの教師だよ。共に笑いあい、共に励まし合い――」


…もう、我慢できない


「止めてください」


「助け合いながらも――は?」


男性は軽く目を見開いた。まさか、これしきのことで心を開いてくれるとでも思っていたのだろうか。


「止めてください」


「清くん、そんな警戒しないでよ」


ただただ、気持ち悪い。吐き気がする。


「だから、止めてください」


「僕らは、今までの大人とは違うよ?」


キリがない。そろそろ本当の意味で限界だった。こちらの要請に答えられないのなら、こっちは無理矢理その要請を飲ませるしかない。


わざとらしく、笑ってやる。今のお前のように。


「その笑顔は、作ったものじゃないんですか?」


「…あ、当たり前じゃないか、」


「じゃあ、その明らかにどっかの名作からとってきましたーっていう感じの台詞止めてください、鳥肌が既に立ってます。そんな臭い台詞で子供が落とせるとお思いですか?――言っときますが、子供は貴方が思っているよりも賢いですよ」


「なっ……」


言葉を失ったその教師が目を白黒させて俯くのを確認してから、もう一度マイクに向かう。


「先程申し上げました通り、俺は神の子ではありません。断じてありません。ごくごく普通の、一般人です」


一度体育館全体を見回す。

目があった生徒数人が、ビクリと体を揺らした。

すぅっと息を吸って、笑顔を作る。


「では、新入生の皆さん!部活と勉強の両立を目標に、日々共に歩んでいきましょう!以上を、新入生代表の挨拶とさせていただきます!」


しっかり一礼する。


どこかから、パラリ、と拍手が聞こえた。

その音は瞬く間に広がって、体育館中を埋め尽くした。


生徒が、先生が、…いつもは仏頂面の校長先生までもが。

笑みを浮かべて手を叩いていた。


たった一人の、勇気ある子供のために。


誰もが拍手送っていたかのように、見えた。






その日の清は、上機嫌だった。


――もう俺は、普通の人間なんだ


――もう、変な扱いを受けることもないんだ


そう思うと嬉しかった。


でも、軽く跳び跳ねながら帰宅した時、玄関に微笑んで立っていた母を見て。


驚愕に、固まった。


「清?」


笑顔を浮かべた母が異変に気づき近寄る。

今までとは違う、嘘臭い笑顔。


「今日」


その表情のままで。


「何を、したの?」


まるで子供を諭すような、落ち着いた口調でいて、どこか寒気を感じるような、声。


「清」


頭の中で危険信号が点滅する。


「きょ、今日は入学式でした」


何について母が怒っているのか、本当は清は分かっていた。でもそのことは別に怒るようなことでも無いし、なにより清が自ら望んでやったことだった。


「ちゃんと、言いなさい」


言いたくなかった。

けど、言わなくてはならなかった。


「あだ名で呼ぶのを止めてくれ、そう言い」


「なんで」


最後まで言いきる前に、母が言葉を被せてくる。


「なんでって…」


思いもよらない質問に、戸惑った。

『神の子なんてあだ名、嫌じゃないか』

その答えは言葉にする前に、飲み込まれて消えた。


「あなたは、神の子でしょ?」


驚いて母の顔を見上げた。母と目が合うと、母はにっこりと微笑んだ。


「そしてその神の子の母が、私」


何を、何をいってるんだろう


頭の中が真っ白に染まる。母が艶やかな笑顔を閃かせるのが見えた。


「なあんて、幸せなんでしょう……!」


頬を薄いピンクに染め、目を細めて遠くを見る母。

その時清は、世界が色を失っていくのを感じた。


――喜んでくれるもんだと、思っていた。

子供の喜びを、ただ純粋に。


でも、それは間違いだった。


今まで喜んでくれたことを一つ一つ思い出していたとき、清は気づいてしまった。


母にメリットの無いものは、一つも思い出せないと言うことに。


母にとって清は所詮、ただの道具だということに。



――相手と、対等でいたい



そんな清の願いは、一度叶いそうになったにも関わらず、母によって崩壊する。


母の道具のまま、生きる。

今までまだ幼い清には、それしか生きる(すべ)が無かった。

それならば、と。

清は母に抵抗することを、決めた。

自分が勇気の無い今までとは違うことを信じ。

清が、思い通りに動く母の道具では無いことを証明するために。


母に、『清』を認めてもらうために。



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