第六十弐話
「アリファナ様、お顔の色が悪いようですが、大丈夫ですか?」→「アリファナ様、お顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」に修正 4/14
擦りを撫でに修正 4/14
アリファナ様の絶句の後に、そんなアリファナ様を置いておいてオベラス様は目の前の男性に声をかける。を書き出しました。 4/14
(戦女神スイーズに依り代として目を付けられた少女)
『……ナ……ど………ア……こ………』
途切れ途切れでハッキリとはしないが私を呼ぶような声が聞こえてくる。
その声に返事をしてはいけないと私の心が警鐘を鳴らしているのに、その私の心とは裏腹に私はその声に、「誰?」と応えてしまっていた。
すると、闇の中から白い指先が現れ、そこから手、前腕、肘、上腕と、白い右腕が徐々に現れる。
しかし、その白い右の腕が一本、闇の中に現れただけで、それ以外の部分は姿を現す気配が無かった。
『ど……こですか、どこに居るの……ですか?』と、その闇の中に浮かぶ白い右手が私を探す。
私はその白い右腕から強く神々しい力を感じ、その腕が鳳凰様以外の神の腕だということを私は直感的に感じていた。
だが私は、「貴女を受け入れることはできない。私はシャイナ教の鳳凰様を崇めている」と、その白い右手を拒む。
白い右手は、私の声は聞こえているようだが私が何処にいるのかは分かっていないようだった。
『何故……ですか? 鳳凰様が……一度でも貴女……の願いに応え、貴女の苦しみ……を取り除いてくれましたか?』と、その白い右手は私に問い掛けてくる。
そして、その声は徐々にではあるがハッキリとしたものになってきていた。
私は・・・この声に応えてはいけない、この声に応えれば直にこの声に私の心が囚われてしまう・・・と思うのに、「それは、……鳳凰様の信徒であるシャイナ教が精霊の加護により人々の苦しみを取り除いてくれる。鳳凰様の生まれ変わりという光の神子様の護符が皆を乱世の狂気から守って下さっている」と応えてしまう。
それに対して白い手は、『確かにそうかもしれません。ですが、貴女が今、煩っているのはそんなことではないでしょう。貴女が今、一番思い悩んでいるのは他国からの侵略の可能性とその対処なのではありませんか? 先ほど貴女が言った精霊や護符が、この国を他国の侵略から守ってくれるのですか?』と、更に私に問い掛ける。
「そ、それは……」と、私は応えに詰まる。
『確かに鳳様は死と破壊をもたらす神。貴女の声を聞届けたなら敵軍を塵も残さず消し去ってくれるでしょう。ですが、この世界の長い歴史の中、その様な願いを鳳様が聞届けたなどという話を貴女は聞いたことがありますか?』
「うっ、……それは、……」
『無いはずです。何故なら、鳳様と対をなす神であり生と創造を司る神、凰様がそんなことをお許しになる筈が無いからです。生と死、創造と破壊を司る神、鳳凰様は、生命世界を産み、そしてその生命世界に害をなすものは如何なるものであろうと全て破壊し吸収してしまうそうです。ですが、その生命世界の中で生きるあなた方、生命達の活動には基本不干渉でいるのが普通です。故に、貴女の崇める鳳凰様は、あなた方人間の争いには敵味方関係なく、ただ見守るだけなのです』
私を探すような動きをしているその白い手の言葉に私は反論できず、鳳凰様を崇める私の心が僅かに揺らぐ、その僅かに揺らぎ出した私の心に白い手は気づいたようでゆっくりと此方に近づいてくる。
私は焦りその白い手から逃れようとするが、その白い手との距離は開くどころかどんどん縮まっていく。
そして、とうとうその白い手は揺らぐ私の心に触れ、そして優しく溶け込むように語りかけてくる。
『戦女神である私なら貴女の望みを叶えてあげられる。……さあ、私を受け入れなさい』
その時、私は初めてその戦女神様の神々しい姿を見た気がした。
(凰)
宴の後、僕達はこの領都ウェスラーにあるシャイナ教神殿を宿とする予定だったのだけど、アリファナ様の強い勧めで僕達は領地執政官屋敷に泊まることになった。
僕達はその三階建ての執政官屋敷の三階に部屋を借りたのだけど、サーシャの要望で僕はサーシャと同じ部屋となった。
クリスティーン婆さまとキリマルさんも三階にそれぞれ一部屋ずつ割り当てられていた。
『護衛のキリマルさんにまで三階のいい部屋を割り当てたということは、それだけオベラス様が僕達に感謝しているということなのかな?』
『そうなんだろうな。……オベラスはそれだけアリファナを大切にしているということなんだろう』
『うん、でも、キリマルさんは宴に来てた人達とウェスラーの街に飲みに出て行っちゃたみたいだけど……』
『ああ、朝方まで戻ってこないだろうな』
『うん、……折角、オベラス様がいい部屋準備してくれたのに……勿体ないよね』
公国に入ってからは僕は宿に泊まる時は一応使用人ということで一人部屋かクリスティーン婆さまと同じ部室を使っていた。
僕の正体がバレないようにする為、この一月ほどサーシャは僕とは別に湯を使い離れた部屋で寝泊まりしていた。
その為か、ここまで押さえ込んでいたのだろう鳴りを潜めていたサーシャの性癖による欲求が爆発した。
僕は胸に違和感を感じ目を覚ます。と、寝ている僕の後ろからハアハアという荒い鼻息が聞こえてきた。
「た、たまらない。ひ、久しぶりのシャイン様のお胸、指に吸い付くような瑞々しい肌に揉めば揉むほど指が沈み込むようなこの柔らかさ、気持ちよくて、本っ当にたまらない」
僕を後ろから抱き締めたサーシャは優しく手触りを楽しむように僕の胸を揉んでいた。
「って、ちょっ、ちょっと、サーシャ?! やっ、やめて……あっ、んん、だ、だめ……」
サーシャはピンク色の妄想世界に没入しているようで僕の声は届いていないようだった。
そのサーシャの手が僕の大切なところへと僕の身体をいやらしくなぞるように向かう。
「あっ、ん、もう……」・・・こ、このままじゃ不味い、サーシャに、い、いかされちゃう・・・
そう思った僕は反射的に肘鉄をサーシャの鳩尾に喰らわせていた。
「ごふっ!? うううぅぅ…………ふぅ……」
サーシャは少し呻き苦しげにしていたが、直ぐに意識を失ったようだった。
・・・もう、サーシャが悪いんだからね・・・
僕は心内でサーシャに文句を言いながらも・・・ちょっと、悪いことをしたかな・・・と思いつつサーシャに占拠された僕のベッドから抜け出すと、サーシャが先ほどまで寝ていただろうサーシャのベッドに移り再び眠りについた。
翌朝、部屋の明かり取りから射す朝日に僕が目を覚ますと、「おはよう御座います、シャイン様」と、薄衣のような寝衣を纏ったサーシャが僕に朝の挨拶をして微笑みかけてきた。
そして、「シャイン様、素晴らしい景色ですよ」と、サーシャは僕の手を取りベランダへとつれていく。
・・・サーシャ、昨日のこと無かったことにする気だ・・・と、僕は思いながらもサーシャに付いていく。と、サーシャの言う通りそこから眺める風景は素晴らしいものだった。
そのベランダに立った僕の眼下には、領都ウェスラーの石を積み上げて造られた美しい街並みがあり、そしてその先には、美しい緑に囲まれた巨大な湖、ウェスラー湖が広がり、その湖面には水鳥たちが羽を休めていた。
領都ウェスラーは小高い丘に造られていて領地執政官屋敷はその領都の一番高い北の端に建てられている。
その眼下に広がるウェスラー湖の湖面にさざめく波が、朝日を反射してキラキラと美しく輝いて見える。
そのウェスラー湖の周りの緑も朝日に映え、美しいウェスラー湖を見事に飾り立てていた。
それは見る者全てが感動を禁じ得ないだろう素晴らしい景色だった。
僕がサーシャに、「ほんとに素晴らしい景色だね。まさにこの世界が作り出した芸術だね」と声を掛けると、「はい、本当に……」と応え、サーシャは僕に微笑みかける。
そんな僕達の頬をを湖から流れてくる風が優しく撫でていく。
その風に乗って来た精霊達が僕の白銀の髪や寝衣で戯れ楽しそうにはしゃいでいた。
僕は暫くの間サーシャと一緒にその素晴らしい景色を眺めていた。が、僕は、ふとある事に気がついて、隣にいるサーシャに、機嫌を損ねるかもしれない、と思いながらも尋ねてみることにした。
「サーシャ、美しい景色に感動しているところ悪いんだけど、昨日まで見えていた乱世の狂気が全く見えなくなっているのは、どうしてかな?」
サーシャは僕の質問に機嫌を損ねることなく微笑んで応える。
「それは、朝は一番精霊達が元気な時間帯ですから、これだけ精霊達が多いところだと弱まっている乱世の狂気など直ぐに浄化しています。ですが、それでも乱世の狂気は何処からともなく湧いてくるので精霊達に疲れが出てくる昼頃には靄のように乱世の狂気が漂い始めてしまうのです」
「そうなんだ……」
『ということは、乱世の狂気を完全に消滅させるにはその根元を完全に断たないとだめだ、ということだよね』
『そうだな、早いとこ破壊邪神を何とかしないとな』
僕とサーシャは、この領地執政官屋敷の使用人が僕達を朝食に呼びに来るまで、暫くの間、その素晴らしい景色を堪能していた。
「おはよう、サーシャ様、シャイン殿。お部屋の方は如何でしたかな?」
「お早うございます。オベラス様、アリファナ様。とても素晴らしいお部屋でした。ベランダから眺める景色は特に素晴らしく感動してしまいました」
ハハハハハ、「喜んでいただけて何よりです」
クリスティーン婆さまとキリマルさんはもう既に席に着いていた。
僕達はオベラス様達に挨拶をすると、クリスティーン婆さまとキリマルさんの間に空いている席に、二人に朝の挨拶をしながら、サーシャは婆さまの隣の席に僕はキリマルさんの隣の席に腰を落ち着かせた。
キリマルさんは僕達が席に着く前からほろ酔い加減でもう既にお酒をチビリチビリとやっている。
『キリマルさん、昨日の夜からずっと飲んでるのかなあ?』
『恐らく、そうだろうな』
『一体この人、どんな体力、いや、この人の肝臓の作りはどうなってるんだろう?』と、本気で僕は思いながら、『そんなキリマルさんよりも……』と、僕の前に座るアリファナ様の事が僕は気になった。
「アリファナ様、お顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「えっ……ああ、はい、大丈夫です……」
僕とサーシャが席についた後、僕達は雑談をしながら食事をしていたのだけど……。
オベラス様の計らいでサーシャの使用人である僕と護衛のキリマルさんも朝食に同席させてもらっていたのだけど、オベラス様の左隣に座り僕のほぼ正面にいるアリファナ様は僕達が席に着く前から、なんだがボーッとしていて食事も全然進んでいなかった。
僕は少し気になることがあったので、そのアリファナ様に声を掛けてみたのだ。
「……よく覚えてはいないんですが、ここ何日か夢見が悪いみたいで、……でも、大丈夫です。何時も食事が終わる頃には体調は戻りますから」
そう言って疲れたような顔にアリファナ様は笑みを浮かべる。
オベラス様も隣で心配そうな表情を浮かべていた。が、オベラス様は前もってアリファナ様からその話を聞いていたのだろう、その場ではアリファナ様に何も声を掛けたりはしなかった。
「そうですか……」
『どうした? 凰。アリファナに何か気になることでもあるのか?』
『う~ん、よく分かんないんだけど……アリファナ様から感じるはずの感情や想いが、全く感じられないんだ……』
『アリファナがそういう訓練を受けてる感じはしないが……昨日はどうだったんだ?』
『うん、昨日は、他の人よりは感じにくかったけど、でも普通に、アリファナ様のこの国の民を大切にする感情や想いは感じられたよ』
僕と鳳がアリファナ様の事について話していると、食堂の扉をノックをする音が聞こえ、それと同時にその扉が開き、「お食事のところ、失礼致します」と、執政官屋敷の男性使用人が入ってきた。
「どうした?」と、オベラス様が問い掛けると、「はい。アルバテース公爵の使いの方と、……その……戦神教の神官巫女という方が来られて、オベラス様とアリファナ様にお会いしたいと言われているのですが、如何致しましょう?」と、その男性使用人は少し躊躇するように応える。
オベラス様は少し考えた後、「分かった。会おう。応接の間に通しておけ」と命じ、「よろしいですかな? アリファナ様」と問い掛ける。
それに対し、アリファナ様は頷くことで応えていた。
「オベラス様、もしお邪魔でなければ、私も同席させて頂けないでしょうか?」
サーシャは少し躊躇いながらもオベラス様に願い出ていた。
オベラス様は少し考えていたが、「申し訳ありません、サーシャ様。これは我が国の内政に関する問題なので、……代わりに、このウェスラーにあるシャイナ教神殿の神官に同席してもらいます」と、やんわりとサーシャの同席を拒否した。
「……ですが、まあ、別の部屋で話を聞かれるのは問題ないでしょう」
「ありがとう御座います。無理を言って申し訳ありません」
『話を聞くだけでも、戦神教やその信者達が何を考えているのか分かるかもしれない』
『ああ、そこからこの先、戦神がどう動くかも見えてくるかもしれんな』
『うん、オベラス様達が上手く情報を引き出してくれるといいね』
僕達は食事を手早く済ませると、オベラス様とアリファナ様はアルバテース公爵の使者という者達が待つ応接の間へ向かい、僕達は執政官屋敷の女性使用人に案内されてその隣の部屋へと入った。
僕達の入った部屋は隠し通路の先にあった。
その部屋は六畳ほどの広さで、応接の間の会話を盗み聞いたり、その応接の間にいる者達を盗み見たりするための部屋だということだ。
『なんだか、イケない事をしている子供のような気分だね』
『まあ、そうだな。……だが、こういう屋敷や城などには多かれ少なかれ似たような隠し部屋があったりするものなんじゃないのか?』
『うん、まあ、そうなのかな? ……まあ、オベラス様やアリファナ様のような人達には、個人的にも政治的にも色々なものが付いて回るだろうからね』
『ああ、この隠し部屋もそういったものの対策の一つなのだろうな』
僕達はその隠し部屋にある小さな覗き穴から応接の間を覗き込む。
恐らく、応接の間からはこの覗き穴は分からないように細工が施してあるのだろうけれど、僕は何だかドキドキとしながら応接の間を覗き穴から覗き込んでいた。
そこには二人の人物がいた。
一人は男性で、ヒョロッと背は高くくすんだ色の茶髪にブルーの瞳の中年の男性だった。
彼は文官らしく服装は、ゆったりとした灰色のワンピースのような服に同じく青色の腰布を巻き、その上から赤い厚手のベストのような物を羽織っている。
もう一人は女性で、背丈は高すぎず低すぎず、明るい茶髪にコバルトブルーの瞳の年齢的には僕と大差ないと思われる意思の強そうな美少女だった。
彼女は、袖の長いゆったりとした純白のワンピースのような服に銀色の布で腰の辺りを縛り、その腰に金のスモールソードを提げている。
その右手には彼女の背丈よりも長い鈴の付いた金の錫杖のような杖を持っていた。
男性は応接の間の縦三メーター横五メーターほどの大きなテーブルにある椅子に腰掛け、女性はその後ろに立っている。
『男性がアルバテース公爵の使いで女性の方が戦神教の神官巫女みたいだね』
『ああ、そのようだな』
『あの神官巫女が持ってる錫杖のような杖、あれは神具かな? でも、ただの神具じゃないみたいだ』
『というと?』
『いや、神具は神具なんだと思うんだけど、う~ん、何て言うのかな? あの杖には神そのものが宿っているような感じがするんだ。けど、それにしては……』
『何だ? ハッキリせんなあ……あの杖を持っている神官巫女からは何か感じないのか?』
『いや、あの神官巫女からもそれなりに戦神か戦女神のだろう加護の力は感じるんだけど杖ほどじゃない』
『ならば、あの杖が依り代になっているんじゃないのか?』
『う~ん、どうだろう……この二人から感情や想いを感じ取ることが出来ないし、現状では何とも言えない』
僕達が応接の間にいる二人を観察していると、その応接の間の扉が開き、オベラス様とアリファナ様が入ってきた。と同時に、男性は立ち上がり女性と共にオベラス様とアリファナ様に頭を下げ礼をする。
アリファナ様は女性の顔を見ると驚きの表情を浮かべ、「アリアンナ?! 私よりも鳳凰様の生まれ変わりであると言われている光の神子様を信奉していた貴女が戦神教の神官巫女になっているなんて……」と絶句する。
そんなアリファナ様を置いておいてオベラス様は目の前の男性に声をかける。
「アルバテース公爵が、中央から退いた私のような老いぼれの所に懐刀であるお前を送ってこようとはな、デインス」
ハハハハ、「お戯れを……中央から退いたとはいえ、未だに貴方の発言がこの国の中枢に甚大な影響を及ぼすことくらいはこの国の者ならば子供でも知っていますよ。オベラス前宰相閣下」
「ふむ」と言いながら白い顎髭を一撫ですると、オベラス様は愕然としているアリファナ様の背中を軽く叩き席に着くように促す。そして、自分もその隣の椅子に腰を掛け、対面にいるアルバテース公爵の使者と戦神教の神官巫女にも着座するように促す。
アルバテース公爵の使者であるアルバテース公爵の懐刀と呼ばれた男性、デインスさんは先ほどまで座っていた椅子に腰を下ろしたが、戦神教の神官巫女であるアリアンナさんはデインスさんの後ろに立ったままでいた。
オベラス様はそんな二人を見て一つ息を吐くと、ゆっくりと白い顎髭を撫で「話を聞こうか」と、アルバテース公爵の使者と戦神教の神官巫女に用件を話すように促す。




