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異世界戦国異聞 <勇女~勇ましき女たち~>  作者: 鈴ノ木
第参章 東神名国、ジャカール帝国 停戦条約
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第五十七話

シャイン・おう


 「み、皆さん! 東神名国、ジャカール帝国、両国の停戦条約の調印は、せ、生と死、創造と破壊の神、と、当代鳳凰であるぼ、私の前で滞りなく行われ、条約は今日締結されました! これまでの戦いで両国共に多くの血を流し多くの方々がお亡くなりになりました。その方々は大切な人達の未来を守るため大切な人達の未来を切り開くために戦ったのです。そして、この戦いで亡くなった方々が求めた幸せな未来をこの停戦条約で両国は築く機会を勝ち取ったのです! 敵であった者達に対する憎しみは消えることは無いかも知れません、ですが、この戦いで亡くなった方々の為にも両国は力を合わせ幸せな未来を築いていかなくてはなりません! いえ、ぼ、私は東神名国、ジャカール帝国、両国ならば必ずやその憎しみを乗り越え幸せな未来を築いていけると信じています!」


 僕が共同管理都市トーゲン・シャイナ教大神殿の三階のバルコニーで演説をし終えると、その前広場を埋め尽くし二つの執政官屋敷の前広場だけでなく大通りにまで溢れかえっている大勢の群衆は、「当代鳳凰様、光に神子様バンザイ! 停戦バンザイ!」と喜びの声を上げる。


 その声と共に人々の歓喜に溢れる思いが僕の心に流れ込んでくる。


 僕は今、純白の地に金糸銀糸で見事な刺繍を施され各種宝石で煌びやかに飾り立てられた神衣という名の、床に裾が広がるほど裾が長くくそ重たいだろう袖付きロングドレスを着せられいる。

 その上、きれいに梳かれ三つ編みに纏められた僕の腰まである白銀の髪の頭上には大きくこれまた煌びやかでくそ重たそうな宝冠が被せられていた。

 もちろん神鳥弓と鳳凰刀は僕の背中と腰にある。


 僕はここに立つ前に、「少し派手じゃないかなあ」と、アジーナおばさまに言ってみたのだが、「その衣装は神としての貴女様の存在につり合うように作らせたものです。この場ではそれ以外の衣装は考えられません」と言い、いい笑顔で押し切られてしまった。


 ・・・うー、神輿馬車といい、僕、アジーナおばさまの美的感覚を疑いたくなってきた・・・


 そんな僕は今、気恥ずかしさと緊張から宝冠から垂れ下がった白いベールの内で笑顔を引き攣らせ、それでもその人々の喜びの声と思いに応えるようと、宝杖を持つ手とは反対の手を小さく振っていた。


 ・・・どうして僕がここに立ってるんだろう?・・・と、思いながら。


 『停戦条約の本来の主役は僕じゃ無いはずなのに……』


 そう、本来ここに立つべき停戦条約の主役は、その停戦条約を結んだ東神名国の国主とジャカール帝国の皇帝のはずだ。

 僕は調停国アルセルク王国のウィサート皇子のように停戦条約の調印、締結の為に奔走したわけでもない。

 僕は東神名国とジャカール帝国の停戦条約の調印に立ち会っただけの、ただの脇役だったはずだ。


 『……なのに、何故こうなったの?』


 今朝、昨日の疲れが残っていた僕はサーシャに起こされ、まだ、ボーッとした意識の中、なされるがままにサーシャに豪華なこの袖付きロングドレスに着替えさせられていた。

 そして、意識がハッキリした頃には、両国の国政や外交、軍務担当の上級貴族達や主要な領主達が揃った中、厳粛に停戦条約の調印が僕の目の前で行われるところだった。


 そして、あれよあれよという間に僕はバルコニーに立たされていた。


 然も事前に東神名国、ジャカール帝国、アルセルク王国に対する根回しは完璧に行われていたようで、僕がこの場(バルコニー)に立ち人々に停戦条約が無事に結ばれたことを宣言することに誰からも異議を申し立てられることは無かった。


 そんな状況ではもう僕になす術はなく、ある人物の思惑通りに事は運び今現在に至っているのだ。


 『俺があれほど油断するなと言ったのに、お前が油断したからだろう……』

 う~、『だって、昨日は疲れてたんだもん』

 『……と言うか、まあ、今回はあの人にまんまと填められたようなものだがな……』


 今思い返すと事の原因は鳳の言う通りで、それは全ての事件が終息した昨日のことだった……



 僕がグラディス陛下に連れられてジャカール帝国コルクー砦の閉鎖された地下牢からシャイナ教大神殿に戻ってきたのは日が頂点に達した頃だった。


 僕はカルルー皇妃の影に捕まり、殆どの将兵がメフィール皇子に従い砂漠地帯に出陣している内にコルクー砦の閉鎖され誰も近寄らなくなっていた地下牢に閉じ込められていた。


 それをグラディス陛下が助けに来てくれたのだ。

 グラディス陛下はその場でカルルー皇妃に執政官屋敷の一室で謹慎するように命じ、その影は全て、即刻、騎士団の監視の下皇都への帰還を命じていた。



 僕が大神殿に入ると待っていたクロガネに抱き竦められていた。


 「シャインサマ、ゴブジデヨカッタ!」


 僕は何とかクロガネの豊満な胸から顔を上げ、「心配掛けてごめんね、クロガネ」と言うと、クロガネは首を振り更に強い力で僕を抱きしめた。多分、普通の人なら圧死していただろう……。


 クリスティーン婆さまの話だと、僕が誰かに捕えられたのに気がついた時、クロガネは一目散に僕の所へ行こうとしたらしいが、クロガネの父親であるダイテンさんが僕が頼んだ通りにクロガネを取り押さえていてくれたとのことだった。


 そのクロガネの腕の中から何とか脱出した僕は、今度は先に神殿に戻ってきていたシャリーナ姉さまに捕まり、「皆に心配を掛けて……どうして、私とトーゲンに戻らなかったのですか? しかも、何故、大神殿に直ぐに戻らなかったのですか?」と、お小言をもらった。


 僕が、「マントフードを買っていました」と言ったら、隣で話を聞いていたカンザブロウ父さまに拳骨を落とされた。


 何故、皆、こんなに心配していたのかと思ったが、アジーナおばさまの話によると、皆が僕の神護の指輪で僕がトーゲンに戻ったのを確認して直ぐに、ホンの少しの間だったが神護の指輪とマジックアームスのブレスレットの僕の加護の力が失われ、僕の所在が全く分からなくなっていたからだとのことだった。


 特にクロガネはパニック状態に陥っていたらしい。



 ふと、僕がグラディス陛下に目を向けると、大神殿に東神名国の人間がいることにグラディス陛下が困惑した表情でアジーナおばさまを見ていた。


 ・・・そりゃそうだよねー、内密にしてくれるよう頼んでいたのに、よりにもよって停戦の相手国である東神名国の交渉担当者でありトーゲンの執政官でもあるカクラ母さまが居るんだから・・・


 それに気づいたアジーナおばさまは、「ああ、陛下大丈夫です。ここに居るカクラ達は東神名国の者としての立場では無く、シャインの家族として心配して来ているだけですから」と、笑顔を見せながら説明した。


 「今回の事は、私の娘シャインが油断した結果でしょう。でなければ、この子がそうそう簡単に捕まるわけがありません。それにこの子は私の娘ではありますが東神名国の人間ではありません。故に今回の事については私達からそちらの非を咎めるようなことは致しませんし、東神名国が何らかの請求をすることもありません」


 カクラ母さまがそう言うとグラディス陛下は表情を和らげ、「そうか、……カクラ殿、感謝する」と言い、母さまに軽く頭を下げた。


 「では、余はこれで失礼するとしよう」


 そう言うとグラディス陛下は僕に一礼して大神殿を後にした。



 「しかし、何があったというんだい? 今のお前さんが破壊邪神の手の者以外の者に捕まるなんて……」


 グラディス陛下が大神殿を出ていくのを見送るとクリスティーン婆さまが僕に問い掛けてきた。


 僕が事情を説明すると、カクラ母さまとサーシャ、それにシャリーナ姉さまとクロガネは顔を青ざめさせ、カンザブロウ父さまとアジーナおばさま、ダイテンさんとクリスティーン婆さまは険しい表情になる。


 「破壊邪神が少し手を加えていたかもしれんが、お前さんの自我と意識を神界に弾き飛ばしたのは間違いなく、アテナイ姉様の魔法道具【神を弾き出す首輪】だね」


 カルルー皇妃の証言から、あの首枷はカルルー皇妃が邪神将のカルマから譲り受けていた事は分かっていた。


 婆さまは少し悲しそうな表情を見せ、「それは、姉様が奴を邪神の呪縛から救うために作った物だ」と呟いていた。


 「何にしても無事でよかった。シャイン、これからはもっと周りに気を付けなさい、例え貴女が不死身でも、貴女がこの世界からいなくなって悲しむ者がいることを忘れないで」


 そう言って、少し顔色を戻していたカクラ母さまに僕は抱き締められた。


 僕の足元には、可愛い僕のオズヌミーナ(実の妹ではないが、妹みたいなものだ)が僕の灰色のマントを掴み「シャーねーたま、どこにもいかないで」と泣きそうな表情を浮かべていた。


 そんな弟達や皆の姿を見て僕は皆に愛されている事を痛感すると共に、皆から常に受けていて、それが普通だと感じていた皆の温かい想いを認識、意識する事ができ嬉しい気持ちになる。

 そして、今回の事で皆にどれほど心配を掛けたのかに思い至り、「皆、心配かけて本当にご免なさい。そして、僕のことを大切に思ってくれて本当にありがとう」と、僕の口から自然と皆に謝罪と感謝の気持ちが言葉として零れ出た。

 それに対し、「分かればいいのよ、これからは気を付けなさい」と、カクラ母さまは優しく僕の頭を撫でてくれる。


 キリマルさんとカナコは、まだ眠っているという事だったが、意識があったら二人もきっと皆と同じように心配してくれた事だろう。


 『そして、キリマルは何時ものようにお前をからかい、カナコは何時ものようにそのキリマルを殴り倒しているだろうな』

 『うん、目に浮かぶようだね。……何にしても皆優しくていい人達ばかりだね』

 『ああ、俺達は身内に恵まれているな』

 『うん、……理不尽な力、神界の神の暴挙から何とか皆を守りたいよね』

 『……そうだな』


 僕がカクラ母さまの腕の中から解放された時、僕は気が抜けたのか、突然の眠気に襲われた。


 『あ、あれ、何だか無性に眠い……』

 『まあ、今回はいろいろな事があったからな……多分、身体が休息を求めているのだろう』

 『うん……そうだね……』


 僕はフラつく身体をサーシャに抱き止められ、「シャイン様、お疲れ様でした」と優しく声を掛けられる。


 「うん……今回は本当に……疲れた……」


 僕がそう呟きながらサーシャの腕の中で気持ちよく意識が遠退いていくのを感じていると、「シャイン様、後は全て私に任せて頂いて宜しいでしょうか?」と言う、アジーナおばさまの声が聞こえたのに対して、殆んど無意識に、「……うん」と応えて僕は深い眠りに落ちていった。


 僕が応えた時に、アジーナおばさまが、すんごいいい笑顔を見せていた事に一抹の不安を感じたが、その猛烈な眠気に僕はどうすることも出来なかった。



 そして、何の抵抗も出来ず流されるまま僕は今この場に立たされているのだ。


 チラリと僕が後ろに立つアジーナおばさまの様子を窺うと、今までにない満足げな表情でアジーナおばさまは僕の晴れ舞台を見つめているようだった。


 ハァ、『アジーナおばさまは油断すると直ぐに僕を祭り上げようとするんだから……』

 『まあ、今回は、ここまできたらどうしようもあるまい、……それにしても、お前、カミカミな上に演説下手くそだな』

 『……しょ、しょうがないじゃないか、は、恥ずかしい台詞も入ってたし、こんなこと前世でも今世でも初めてのことなんだから』


 僕が少し拗ねたようにそう言うと、『まあ、確かにそうだな、……しかし、ここまできたら、折角だ、この祝賀ムードを盛り上げるべきだろう』と、鳳にしては珍しく少し明るい声で言う。


 その鳳の言葉を聞いて僕は『はいはい、だったら代わってよ』と言いながら腰に吊るした巾着袋の中身を少し中指に付け、それをペロリと舐める。


 ・・・やっぱり、鳳も少しずつ怒り以外の感情を取り戻しかけてるのかもしれない・・・


 そう思い少し嬉しさを感じながら、僕は鳳に身体シャインを譲りシャインは金髪金眼になる。

 すると、シャイン()はバルコニーの手摺に足を掛け、「野郎共! 今日は停戦条約が成立しためでたい日だ! 俺が許す! はめを外して大いに祝え!」と、宝杖を振り上げた。


 そのシャイン()の態度と言葉の急変に、大神殿の前広場に集まった人々は一瞬静まり返った。だけでなく、後ろに控えているお偉方も驚きに目を丸めている。


 それも仕方の無いことだろう、目の前の人物が突然別人のようになったのだから。

 だが、しかし、次の瞬間大神殿の前広場から、オオオオ!! と、地響きがしそうなほどの歓声が上げる。


 『突然目の前の人物が人が変わったようになった事に対する驚きよりも、停戦が成立した事に対する喜びの方が勝ったみたいだね』

 『それだけ皆、戦争に苦しんでいたんだろう』

 『うん、そうだね。……本当に東神名国とジャカール帝国の人達には幸せになってもらいたいよね』

 『ああ、そうだな。まあ、だが、それは両国の者達の努力次第だろう』

 『……うん、そうだね』


 その後、鳳と入れ替わった僕は何故だか鳳の代わりにアジーナおばさまにお小言をもらう羽目になった。

 まあ、鳳が最後に民衆を煽ったことについては何か言われるか、とは思っていたけど……。


 『鳳、こうなることが分かってて、このタイミングで僕と入れ替わったね』と、僕が文句を言うと、『はて? 何のことやら』と、鳳は何だか楽しそうに惚けてみせる。


 そんな鳳に僕は、『まったく、もう』と言いながらも、それ以上は追求しなかった。




 停戦条約に関する式典が全て終了し、僕がやっと堅苦しい思いから解放されたのは日が暮れ始めた頃だった。


 ふぅ、『やっと終わったね』

 『いや、確かこの後、東神名国、ジャカール帝国共同の晩餐会があるようなことを言っていなかったか?』

 『えー、やっぱり出ないとダメかなぁ』


 僕が鳳と話しながらアジーナおばさまの後ろについて、僕の被っていた宝冠を大事そうに持つサーシャと一緒に大神殿の通路を歩いていると、アジーナおばさまがその通路にある一つの扉の前で立ち止まる。

 僕が疑問に思ってアジーナおばさまに声を掛けようとした時、アジーナおばさまは僕に振り向き、「シャイン様、この中にシャイン様と話がしたいと言われる方がお待ちです。どうぞ、中にお入り下さい。私達は外でお待ちしておりますので」と言い、その扉を開いた。

 クロガネは不満そうにしていたが、クロガネとシャリーナ姉さまも部屋の外で待つようだ。


 僕は一つ息を吐き「分かりました」と言って部屋に入る。


 その部屋に入ると壁のような衝立があり、部屋に入って直ぐには中の様子が分からないようになっていた。


 僕がその壁のような衝立の端から部屋の奥を覗き込むと、その八畳ほどの飾り気のない部屋には三人の男性がこちらに向かって跪いていた。


 僕はその跪いている三人の男性の一番前に居る人物を見て「グラディス陛下?」と声を掛ける。


 「光の神子様、此度は我がジャカール帝国の為にお力添え頂き、心より感謝申し上げる! このご恩は我が皇家は勿論のこと、ジャカール帝国に住まう全ての者達の子々孫々に至るまで忘れるものではない! 光の神子様に大事ある時は、我がジャカール帝国は何を置いても必ずや光の神子様の元に馳せ参じる事をここに誓おう!」


 グラディス陛下は僕にそう誓いを立てると、その後ろで跪いているサザール皇子、メフィール皇子と共に深々と頭を下げる。


 僕は突然のことに「は? え?」と困惑する。


 『い、いったい何事?』

 『落ち着け、凰。恐らく火の神と停戦反対派の反乱のことを言っているのだろう』

 『……まあ、確かにメフィール皇子の思惑道理に僕は動いたかもしれないけど、でも火の神、気象管理装置【テンテルダイジン】に関しては僕が何とかしないといけないことだったし、反乱に関してだってあそこで収めなければカクラ母さま達がどうなっていたか分からない。別にジャカール帝国の為だけにしたわけじゃないんだけど……』

 『それはグラディス陛下だって分かっているさ、それでもお前の行動に恩義を感じその恩を返したいと言っているんだ、それを無下にするのも不味いだろう』

 『そうかもしれないけど、でも……それにしても、子々孫々に至るまでって……重すぎでしょ……』


 僕が鳳と話している間ずっとグラディス陛下達を跪かせたままにしていたことに気が付き、僕は慌てて「陛下、それに皇子様方も、兎に角頭をあげて立ってください」と、僕はグラディス陛下達に声を掛ける。

 だが、陛下達は身動き一つする気配がしない。


 「ああ、もう、分かりました、分かりましたから! 確かにその誓い聞届けましたから!」


 僕が諦めたような声を上げると、グラディス陛下達はやっと顔を上げ立ち上がる。


 「まったくもう、どうしてこの世界の人達はこうも頑固なんだろう」


 僕がそう零すと、「光の神子よ、貴女は優しすぎるのですよ」と、グラディス陛下は笑みを零して言う。


 「ただ、その優しさが命取りになることもある。気を付けられよ」


 グラディス陛下はそう言うと、僕に一礼して僕が入ってきた扉とは別の扉から出ていく。

 サザール皇子も僕に一礼してグラディス陛下の後についていった。


 「光の神子様、昨日は助かりました。貴女があの場に来てくれなければ、暴走した者達を止めることは出来なかった。心より感謝致します」

 「いえいえ、……でも、流石は天の神子候補ですね。貴方はあの場に僕が来ることは分かっていたのでしょ?」

 ははは、「まさか、そんなわけ無いではないですか」

 「……そうですかぁ?」


 僕が疑いの目をメフィール皇子に向けると、「それよりも、光の神子様、貴女は少し雰囲気が変わりましたね。その輝くような美しさは変わらないのですが、あの近寄りがたいほどの神々しさ無くなりました」と、メフィール皇子は言い、「私は今の光の神子様の方が好きですね」と、僕に微笑み掛ける。と同時に、「では、失礼します」と、一礼してメフィール皇子は部屋から出て行った。


 『美青年にあんな甘い言葉を囁かれて微笑みかけられたら、普通の女の子ならイチコロだよね』

 『そうなのか?』

 『多分ね……』

 『多分かよ』

 『……だって僕、男に興味無いし。にしても、メフィール皇子、逃げるのも上手いなぁ』


 僕は力を完全に制御できるようになり、今まで溢れだしていた神力も抑えられるようになっていた。

 だが、僕が放っていた炎のような淡い光はそれでも無くならず、表皮にチラチラと見えるか見えないかにはなっているが、目をこらせば誰にでも見ることが出来る状態になっている。

 その為か、僕の姿は神々しさは無くなったが、キラキラと輝いて見えるということらしい。

 そして、神々しさを失っても、その輝きのために僕は絶世の美女のように見えているらしい。


 あと精霊も寄ってくる数は減ったが、それでも風も無いところで僕の髪や服の袖などを揺らす程度の数の精霊は寄ってくるようだった。


 ・・・まあ、精霊は可愛いからいいけどね・・・


 問題は精霊だけで無く、見知らぬ人間も寄ってくるようになった事だった。

 僕に神々しさがあったときには近寄ろうとしなかった人達まで近寄ってくるようになったのだ。


 そういった人達の僕への想いには、まあ善悪色々と入り交じったものがあり気色のいいものでは無かったが、これも大切なえにしに繋がっていくこともあるかと思い我慢することにした。


 ・・・まあ、そうそう合う人達でも無いしね・・・東神名国やジャカール帝国のお偉いさん方だし、カクラ母さま達やシャイナ教の顔を立てないといけないところのあるしね・・・今は我慢我慢・・・それに、最初の頃と違って僕も人の想いや感情に慣れてきたみたいだ・・・



 その後、晩餐会が始まる前に大神殿を抜けだそうと僕は考えていたのだが、アジーナおばさまにはバレバレだったようで、湯浴みの時も着替えの時も晩餐会が始まるまでアジーナおばさまは何があっても僕から離れなかった。


 『ああ、もう、アジーナおばさましつこい……』

 『だったら、アジーナに一人にしてくれと命じるか、凰の力を使えばいい』

 うー、『それは、嫌だ』

 『だったら、諦めろ』

 うー、『鳳の意地悪』


 晩餐会には停戦条約調印の時に着ていた神衣という名のロングドレスではなく、ジャカール帝国に着た時に身に着けていた純白の聖衣に純白のマントフードを僕は纏っていた。

 今回は晩餐会、食事をするということで、神力も抑えられるようになったことだしフードは被っていない。

 もちろん神鳥弓と鳳凰刀は、人を傷つける武器では無い、ということで、そのまま僕の背中と腰にある。


 ・・・結局、アジーナおばさまを振り切る事ができずに晩餐会に出ることになってしまった・・・


 だが、そこでは、どうしても耐え難いことがあった。

 それは社交辞令だとは分かっていても、流石に男性に手の甲にキスをされるのは引いた。


 ・・・だって、男だよ・・・今は女でも、僕は男の子だったんだから、男の人に僕が女としてキスされるなんて……ほんと勘弁して下さい・・・


 と思っていたら、「それは、失礼ですよ」と、アジーナおばさまに窘められ僕は渋々と手を出した。出来るだけ笑顔を作って、だから涙目になって頬が引き攣っていたとしても笑って許してほしい。


 だが、僕のそんな姿は男性陣の目には初でしおらしい女性に映ったらしく、僕の思いとは反対に男性陣を引き寄せる結果となってしまった。

 アジーナおばさまが僕のことをサーシャに任せて僕から離れた途端、若い男共が大挙して僕の所に集まってきたのだ。


 ・・・ひいいい、誰か助けて・・・


 その時、僕と若い男共の間に割って入ってくる人影があった。


 「誠に申し訳御座いません、皆様方。光の神子様は殿方に免疫が御座いません。何卒ご理解頂き挨拶はお言葉のみでお願い致します」


 それは新緑色の髪に銀冠を嵌め純白の神官服に金のネッレスをした、尖った可愛い耳に澄んだスカイブルーの瞳を持つ美しい僕の幼なじみだった。

 然もサーシャは若い男共が僕に迫りすぎないようにその場を仕切り始める。


 そんな僕達を、僕の後ろに控えている、それなりに正装したシャリーナ姉さまとクロガネは優しい表情で見つめていた。


 『サーシャ格好いい、惚れちゃいそう……』

 『そういう事は、本人に聞こえるように言ってやれ』

 『……むり、恥ずかしいもん』

 『……あっそ』


 鳳が僕に呆れたような声を出した時、「流石の光の神子にも苦手なものがありましたか」と、声を掛けられ僕は振り向く。


 そこには正装した、アルセルク王国のスズナ王妃を筆頭に東神名国の国主、神名マサトラ様、ジャカール帝国のグラディス陛下が顔を揃え、その後に三国の王家、国主家、皇家の人達が付いてきている。

 スズナ王妃達と一緒にいたアジーナおばさまは僕の後ろに回る。


 そのそうそうたる顔ぶれに僕の周りに集まっていた男性陣は蜘蛛の子を散らすように僕から離れていく。


 「改めて、光の神子様、我らをお救い頂き心より感謝致します。今回の邪王と破壊邪神の襲撃にクロガネ殿やキリマル殿、カクラ姫、それに駆け付けてきてくれた方々以外、我らは全く手も足も出なかった。恐らく貴女が来てくれなければ我らは、いやこのトーゲンにいる者達全員が死んでいたでしょう」


 スズナ王妃達は僕に対し礼をして感謝を表する。


 「いえ、そんな、……僕は当然のことをしたまでで、感謝されるようなことは何も……」

 「いえ、東神名国、ジャカール帝国の方々とも話を致しましたが、このご恩は必ずお返しするということで意見は一致しています。……我らに何か、光の神子様のお力になれる事が御座いましたら、我らにお申し付け下さい、必ず貴方様の元に駆け付けますがゆえ」

 「……ありがとう御座います」


 あはは、『どうしよう、鳳。邪王や破壊邪神がこのトーゲンに来た本当の目的が僕とは、何だか言い出さなかった』

 『まあ、お前はヘタレだからしょうがないな』

 『う、ひどい、……けど、否定できない』


 何だか、本当のことを言ってしまうと、皆から恐れられ遠ざけられてしまいそうな気がして、僕はそのこと言い出せなかったのだ。


 『だが、俺はここにいる奴らは皆本当のことを聞いてもお前に感謝して、お前に力を貸してやりたいと言う奴らばかりだと思うぞ』

 『うん、僕もそう思う、思うけど、やっぱり怖いんだ。……僕と関わると破壊邪神の脅威に晒されると恐れられるのが……』

 『……そうか』

 『うん、だから決めた……』

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