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第四話

(カクラ)

 「卵については隠者の森の大賢者様にお聞きする、と言うことで取り敢えず先に進みましょう。」

と言う、カナコの意見で卵についての論議は一旦打ち切り先に進むことにした。


 大賢者とは、この世界の全ての事象を研究していて、魔法と魔術に関しては右に出るものはいない、と言われる女老魔導士の事だ。


 それからの魔獣の森での道程は、今までの事が冗談のように楽に進むことが出来た。

 恐らく、卵の力の影響なのだろう、全く魔獣に出会す事が無かったからだ。


 「ところで、カクラ様、なぜ私が卵を抱えてカクラ様と共に地竜に乗っているのでしょうか?」


 私がジャッコに襲われた時、私の乗っていた地竜が逃げ出してしまったため、一頭の地竜に誰かと誰かが二人乗りしなければならなくなってしまった。

 そこで、私は即座にカナコと一緒に地竜に乗ると宣言したのだ。カナコが、私とカンザブロウを一緒に乗せようと、画策する前に・・・。


 「卵のお陰で私の体調も完全によくなったし、あのどす黒い感情も沸かなくなったし問題無いでしょ。」

 「・・・答えになってないのですが・・・。」

 「べ、別にいいじゃない!女同士なんだから恥ずかしがる事じゃないでしょ!」

 「いえ・・・私の背中に当たる物が気になるのですが・・・。」

と、カナコは自分の胸を見るように俯いて言う。


 エルフやハーフエルフの女性達は、皆見目麗しい者達ばかりなのだが、唯一彼女達が他種族に劣等感をもつ部分がある。それは、手の平に収まってしまいそうなくらい可愛らしく小じんまりとした胸である。


 「だ、大丈夫よ、カナコはまだ若いんだから、その内にカナコのも大きくなるわよ。ははははは・・・。」

 「・・・それに、羨ましそうに見つめるカンザブロウ様の視線も・・・。」

と、カナコがカンザブロウにじと目を向けると、

 「ばっ!・・俺は、そんな・・・べ、別に・・・・。」

と、カンザブロウは顔を赤くして、慌てて視線をらした。


 「・・・カンザブロウ様、貴方、その歳で童貞でしょ。」

 「ほっとけ!」

 


 ・・・等々、たわいもない話をする余裕も出来、卵と私が出会ってから五日とせずに魔獣の森を抜けることが出来た。


 太刀峰山脈もカナコの言った通り、子供でも踏破出来る経路があった。が、地竜がギリギリ通れる位の幅しかなく、崖から落ちそうになったりしつつもなんとか太刀峰山脈も五日で踏破することが出来た。



 この太刀峰山脈を越え、山の中腹から裾野にかけて広がる森林地帯が隠者の森だ。


 その更に奥に広がる広大な緑の大地は、このゴンドアルカ大陸最大の王国であり、エルフの国でもあるアルブァロム王国だ。


 隠者の里は、その隠者の森の太刀峰山脈の中腹寄りに五十世帯ほどが寄り集まっての出来た里だった。


 里の南には、里から然程さほど遠くない位置に海があり、食料には不便のない生活が出来る。


 隠者の里には、魔獣等の外敵から里を守るために結界が張られている。

 結界の中には、里長か大賢者の許可を受けた者しか入ることは出来ないし、そこに里があると言うことも気付かないだろう。



 私達が太刀峰山脈をくだっていくと、少しずつ樹木が生え始めた所に一人の青年が直立不動の姿勢で立っていた。


 燃えるような赤髪を後ろに束ね、白磁のような肌と誰もが見惚れてしまいそうになるほど美しい整った中性的な顔に独特な高い鼻を持った、妖怪人あやかしびとと人族とのハーフの青年だった。


 彼は、体にピッタリとした真っ黒な服とズボンを纏い。

 その裾口や襟元に白いレースの飾りが付いていて、一風風変わりな姿をしていた。


 「お待ちしておりました。カクラ様。・・・お帰りなさいませ。カナコ様、ナーガトー様。」

と、青年は恭しく腰を折った。

 「アカガネさん、私達を様付けで呼ばないで下さいと言ったではありませんか。」

と、カナコは不快な表情を見せ、アカガネと呼んだその青年に抗議をする。

 「誠に申し訳御座いません。ですが、里の方々にも我が主と同等に接しよ、との主からの命ですので、ご容赦のほどを。」

と、アカガネはその抗議に対して、目を伏せるようにしてヤンワリと拒否する。


 ・・・影の名前は、ナーガトーと言うのか・・・。

と、私は思いながら、


 「・・・アカガネ、相変わらずですね。」

と、私は見知った、このアカガネと言う青年に声を掛ける。

 「恐れ入ります。カクラ様。」

と、アカガネは、また恭しく頭を下げた。


 「カクラ様のお連れの方々の事は、わたくしの方から里長の方へ話を通しておきました。先ずは、カクラ様はその卵をお持ちになって我が主の下へ。他の皆様は、里長の屋敷にお越しください。」

と、アカガネは言うと先頭にたって歩き出した。

 私達は、その後に付いて隠者の里の結界の中へと入っていく。


 「相変わらず、大賢者様は何でもお見通しなのですね。」

と、つい嫌味のような言葉か漏れてしまう。

 「・・・千里眼を持つ我が主でも、全てを見通せる訳ではありません。」

と、淡々と歩きながら、無表情でアカガネは答える。


 大賢者の屋敷は、太刀峰山脈側から隠者の里に入って直ぐの所に建っている。


 屋敷の前で皆と別れ、アカガネの案内で屋敷の中へと入っていく。


 私が通された居間には白いローブに身を包んだ車イスに座る人族の老女と、その車イスの後ろに佇むアカガネと瓜二つの女性がいた。

 ただ、その女性の髪は、黒真珠のように艶のある黒で体は女性らしいメリハリの有る柔らかな曲線を描いていた。

 彼女の纏っている服とズボンは、色が反転しているだけでアカガネの物と形はお揃いのものだった。


 「久しぶりだね、カクラ。」

と、老女は年季の入った皺を更に深くして、孫に見せるような笑顔を私に向ける。

 「・・・ョクイラシテ、クダサイマシタ。ヵカクラサマ・・・。」

と、車イスの後ろに佇む女性は、喋るのが苦手なのか独特なアクセントで私に声を掛ける。


 「お久しぶりです。大賢者様、ご健勝な様で何よりです。・・・クロガネ、相変わらず喋るのは苦手な様ですね。」


 対して、私は拗ねたような態度で、他人行儀に素っ気ない挨拶をする。


 「堅苦しい話し方は止しとくれ!私とお前さんの仲じゃないか。」


 老女は、私の態度を見て眉をひそめて言う。


 そう言う彼女を、私は親の仇を見るように睨み付け、

 「・・・ならば、なぜ報せてくれなかったのですが! 貴女になら、えていたはずです!」

と、怒鳴り付けた。

 対して、老女は落ち着いた口調で

 「・・・たとえ、私が報せたとして、今の状況は変わらなかっただろぅ。人の生き死はそこまでの道筋は努力しだいで良くも悪くもなる、が死という結果は人にはどうしようもない定めだ。それと同じように、今回の事は避けようの無いことだった。」

と、孫をさとすように言う。


 「そんな事は!・・・」

と、私が反論しようとすると、老女は鋭く私を睨み語気を強めて、

 「現に、事前に身近な何者かによって警告を受けていたはずだよ!」

と、いい放つ。

 対し私は、

「う、・・・それは・・・そ、それが貴女なら、確実に対策を打っていたわ!」

と、いい淀みながらも反論する。が、それに対して、老女は、

「私が、その未来を確定したものとして視れたのは、事が起こる二日前の事だよ。それで、どれだけの対策を取れたと言うのかい? 証拠も何もなかったのだろぅ?」

と、疑問をていする。

 対して、

「う・・・でも、警戒は出来た・・・そうすれば、父上は・・・。」

と、私はシドロモドロになる。


 そんな私に老女は追い討ちを掛ける。

 「無駄だよ、それは定めなんだ。・・・ただ転んだだけで死んでしまう者もいれば、大岩の下敷きになっても擦り傷程度ですんでしまう者もいる。人の生き死にとはそう言うものなんだよ。」


 「う・・・・でも・・そんなこと・・・わがっでる・・・・でも・・・。」


 私は卵を抱き締め俯き肩を震わせながら、沸き上がる悲しみを必死にこらえようとした。


 「・・・ここには、お前が先頭に立って引っ張っていかなければならない家臣や臣民はいないよ・・・。私が、お前の悲しみを受け止めてやる。存分に泣くがいい。」

と、祖母のような優しい声が耳に届いた瞬間、私は子供のように老女にすがり付き、ワァンワァンと堰を切ったように大声を出して泣いた。


 かなり長い時間私は泣き続けていたが、老女は何も言わず、ただただ孫をなだめるように優しく頭を撫で、ぽんぽんと背中を叩き続けてくれていた。

 私が泣き止むと、クロガネがタオルを渡してくれた。


 「もう、いいのかい? カクラ。」

と、柔和な笑顔で老女が尋ねてくる。

 「ええ、お陰さまで、ほんとスッキリしました。」

と、私は、サッパリした笑顔を老女に向けた。


 「じゃあ、本題に入ろうかね。」

と、老女は真剣な顔になって言う。

 「ええ、クリスティーンには、いくつか教えて貰いたいことがあるの・・・。」

と、私はクロガネにすすめられたイスに座り、横に転がっている卵を抱え直して言う。

 「・・・先ずは、その卵の事だね。」

と、老女、大賢者クリスティーンは卵を指差して言う。


 「・・・私は、恐らく、天人様の卵ではないかと思っているのだけど。ただ、私が小さい頃から聞いてきた昔語り等では、天人様は天の神子を選ぶ為に最初赤子の姿で天人界から降りてくる、とのことだったと思うのだけど・・・。」

 「うむ・・・私の記憶でもそうだな・・・。」


 私の知っている、天人様の最初に地上界に現れる姿について話すと、クリスティーンもそれを肯定する。


 クリスティーンは、少し悩むように考えてから重たい口を開くように話す。


 「天人界にいる天人の種族は、二千数百年前と変わっていなければ六種族。 その中で繁殖する過程で産卵する種族はない、と聞いたことがある。 ただ、三千年以上前には産卵して繁殖する種族がいたと言う。 ただ、もう滅んでしまったと言っていたが・・・。」

 「・・・まるで天人様本人から聞いたような話し方ですね・・・。」

と、私が訝し気な目を向けると。

 「・・・ああ、天人の一人から直に聞いた。」

と、クリスティーンは目を背けて言う。

 「・・・確か、天人様は天の神子が決まると天人界に帰っていって仕舞われる、と聞いたことが有るのですが・・・。」


 ・・・・・・・・。


 「・・・若く見えるだろ・・・。」

 「・・・いえ、成る程、と言えるほど、皺くちゃババアに見えます・・・。」

 「・・・・」

 「・・・・」

 「・・・言ぅうよぉおになったじゃないか!! 小娘えええええ!!」


 車イスの肘掛けを砕けんばかりに握り締め、クリスティーンの体が怒りでガタガタと震え出す。


 「いや! すみません!! 冗談! 冗談ですよ!!」

と、私は青ざめながら謝罪する。と、

「・・・なぁんてな、わしも冗談じゃ。」

と、クリスティーンは、してやったりとばかりに子供のように舌を出した。



 「まあ、冗談はさておき、卵の事だが。」

と、大賢者クリスティーンは話題を戻す。


 「臆測でしか言えんのだが。多分、天人界でひっそりと暮らしていた滅んでしまったと思われていたその種族の者が、今の地上界の有り様が余りにも酷いので黙って見ていられなくなった、と言うところかな・・・。」

と、クリスティーンは、顎に手を当て、考えるように言う。


 「今までの代替わりの時は、そうでもなかったのですか?」

 「うむ、天の神子の代替わりの時は、地上界は確かに混乱するが乱世にはならず、以外とすんなり新しい天の神子も決まり、混乱は長くても五年くらいで収まっていた。 神武様の先代までは・・・。」

 「・・・と言うことは、神武様に代替わりする時も酷かったのですか?」

 「うむ、だが、それでも今ほどでは無かった・・・今は乱世になって、もう四十年近く経つからな・・・。」

 「・・・それは、乱世の狂気のせいもあると・・・。」

 「・・・ああ、それが主な原因だな・・・。」


 ・・・・・・・。


 それ以上、クリスティーンは乱世の狂気について語ろうとはしなかった。


 「・・・で、話を戻しますが・・・この卵は、天人様の卵と言う事で宜しいのでしょうか?」

 「ん? ああ、まず間違いなく天人の、しかも伝説の鳳凰族の卵だろう。」

 「え!? 鳳凰って、あの? 死と誕生を司る神で、この世界を産んだと言われる、あの鳳凰ですか!?」

 「あ、いや鳳凰族というのは、その鳳凰の血を色濃く受け継いだ一族で他の天人よりも少し力が強く長命というだけらしい。 ただ、繁殖力が極端に弱く、それで絶滅したと思われていたようだ。」

 「はあ、そうなんですか・・・。」

 「・・・まあ、大切に育てることだ。 お前さんは、この世界の行く末を左右する天人に親として選ばれたのだから。」

 「ええー・・・!」


 私は余りの驚きに淡い炎のような光を放つ卵を取り落としそうになって、慌てて抱きしめなおした。


 たしかに、私はここに来るまでに、この卵から生まれてくる者を育てようと腹を決めていた。

 しかし、それは、たまたま私を助けてくれた人物が変化して出来た卵だったので、その恩返し程度にしか考えていなかったのだ。

 それが、この世の行く末を左右する者で、しかも私を・・・国を追われた、はっきり言ってある意味、統治者として失格の烙印を押されたような私を親として選んだと言われれば、誰だって驚くだろう。


 ならばこそ、今度は間違えないように失敗しないように、この卵から生まれてくる者は立派に育てていこうと覚悟を決めた。



 私はこの時、この数年後さらに驚くべき事実を知る事になるとは、露程にも思っていなかった。



 その後、私は一番聞きたくて一番聞きたくないと思っていた事を、私は意を決してクリスティーンに聞いた、「・・・この先、我が兄、神名マサトラはどうなりますか?」と。


 「死の定めは、まだ視えてないね。 ただ、里の者達が持ってくる情報と、今視えているマサトラ殿の場景じょうけいかんがみるに、まず一月くらいで降伏することになるだろうね。」

 「それで、・・・兄上様は死なずに済むのですね?」

 「ああ・・・。」


 私は、ホッと安堵の息を吐いた。


 「だが今は乱世、この先どうなるかは分からない。 突然、死が視えるようになるかも知れない。 覚悟だけはしとくんだね。」

 「・・・分かっています。」

と、私は、くっと顎を引いて応えた。


 ・・・生きてさえいてくれれば、機会を見ていつか必ず助け出すことは出来るはずだ・・・。

と、思いながら。


 ・・・・・・・。


 「・・・もう私に用はないだろ・・・。 なら、里長の所にお行き。 今頃、首を長くして待っているだろうからね。」


 私は居間の出入り口近くの壁際で、黙したまま不動の姿勢で立っていたアカガネに玄関まで案内されて屋敷を出でいく。

 少し歩いて、ふと、気付いたように少し振り返ると、アカガネといつの間にか出てきていたクロガネは、私が見えなくなるまで恭しく頭を下げ続けていた。




 「よくぞ、おいで下さいました! カクラ様!」


 私が里長の屋敷に入ると、里長を先頭に屋敷の者達が三つ指をついて深々と頭を下げ私を迎えた。


 「里長殿、その様に頭を下げないで下さい・・・。私は国を追われた身、立場はもう姫でも何でもない、市井の者達と変わらないのですから・・・。」

と、私は眉をひそめて言う。

 「いえ! 貴女様は隠者の里の者達全ての恩人です! 立場など関係は御座いません! 我らハーフエルフは、エルフの国では他種族との混血と言う事でさげすまれ、人族や獣人族等の国では奴隷のように扱われていました。 その我々をカクラ様が救いこの隠者の森に導き、大賢者様が受け入れて下さったからこそ、この隠者の里があり我らが有るのです!」

と、頭を上げ私に強い意志のこもった顔と言葉を向ける。

 「里長の言う通りです! 我等、隠者の里の者達は老人から子供に至るまでカクラ様の為に生き、カクラ様の為に死する覚悟です! 何なりとお申し付け下さい! この身に変えましても遂行してみせます!」

と、里長の隣で頭を下げていたカナコが、里の者の思いを覇気の篭った声で語る。



 隠者の里は六年前、まだ私が冒険者をしていた頃に現里長のハインツを含めたハーフエルフ10人を、この隠者の森に連れてきたのが始まりだ。

 その後、三年間、冒険者をしている間捨て子や虐待等をう受けているハーフエルフを見つけては隠者の里に連れてきた。

 また、里の者達も人数が増え里が安定した辺りから、自分達でも仲間を探しては里に連れて来るようになっていた。


 その中にカナコも入っていた、カナコとその兄は小さい頃から使い捨ての暗殺者として育てられていたらしく、里に中々馴染めなかったという。

 しかし、ハインツをはじめ里の者達が親身になって、面倒を見たおかげで人としての心を取り戻すことができ普通に暮らすことが出来るようになったのだそうだ。


 カナコ達がハインツに里に恩返しをしたいと話したら、ならばこの里を作ってくれたカクラ様に返せと言われ、私の側仕えと影になる事を決めたのだそうだ。



 私は、里長の屋敷に来るまでの場景を思い出す。


 小さな子供達は、「姫様、姫様」と私を慕って纏わり付きながら、「姫様、姫様はわたし達が守るから!」と、皆口々に言い。

 大人達も深々と頭を下げながら、「カクラ様に害をなそうと言う者は、何人たりともカクラ様には近付けさせません!」と、強い意志の篭った声で私に誓いを立てていた。


 私は、心の底から震える感動を覚えていた。


 ・・・これ程までに、この里の者たちは私の事を想い慕ってくれているのか・・・。


 私は知らぬ間に涙を流していた。


 それに気付いたとき、私は・・・この数日間にあった悲しみと苦しみを、押し流すように吐き出すように・・・。

 そして、この里の者たちの、優しさに傷ついた心が癒されていくのを感じながら・・・。


 里長やカナコ達がオロオロするのも構わず子供の様にそこにしゃがみ込み、クリスティーンの所で泣いた時よりも長時間、大声を出して再び泣き続けた。


 ・・・私は、この里をこの愛おしい心優しい者達を悲しませたくない。私の命ある限り守りたい・・・。

と、思いながら。



 気が付くと、私はベットに寝かされていた。

 どうやら、私は旅の疲れもあったのだろう、泣き疲れてその場で眠ってしまったようだ。

 その後、誰かがベットに運んでくれたのだろう。と、カンザブロウの顔が頭に浮かんで赤面してしまった。


 ふと、気が付くと、私の布団の横でカナコが自分の腕を枕に寝息を立てていた。

 そして、やはりと言うか、なんと言うか、私はまた卵を抱えたまま眠っていたようだ。


 窓から朝日が差している。


 ・・・里長の屋敷に顔を出したのは昼頃だったから、それからずっと眠っていたのか・・・。


 その清々(すがすが)しい朝に、目を細めて、


 ・・・まるで生まれ変わったように、気持ちも体もスッキリしている・・・。


 と、思っていると、「ん・・・。」と、少し呻いてカナコが目を覚ました。


 そんなカナコに私が、「おはよう。」と、笑顔で声をかけると。


 「あ、お、おはよう御座います。カクラ様。・・・よく眠れましたか?」

と、慌ててそれでいて、優しい声と笑顔でカナコは声を掛け返してくれる。


 こんな、心静かに、ゆったりとしていられるこの里に私は骨を埋めたいと心より思い始めている。


 朝食後、今後の事について里長、私とカナコ、カンザブロウ達とで話し合った。


 その結果、私は当分、東神名国の奪還の機会が巡って来るまでは、この里に身を隠すという事になった。

 カンザブロウも、いざと言うときの為に私の家来として、私の近くに身を置くという。

 とりあえずカンザブロウは、里長の屋敷に住まわせてもらう事となった。


 ジロウとサブロウは、まだ混乱しているのに乗じ真都に戻り、東神名国中枢の情報を東神名国に潜り込んでいる里の者に伝えるという役を自ら進んで請け負ってくれた。


 この里にいる間の私の住処すみかは、クリスティーンの指示でもう既にクリスティーンの屋敷の隣に建ててあるとの事だった。


 初めの内、私は一人で住むつもりでいたがカナコが涙目で、「私に至らぬ所が御座いましたでしょうか? もし御座いましたら改めますので、何卒カクラ様のおそばに置いて下さい!」と、私に強い意志のにじんだ瞳を向けて、テーブルの上に置いてあった果物ナイフを自分の喉もとに突き付けて言った。


 ・・・・・・・・・・。


 私は、是非とも私の屋敷に住み込んでください、と懇願した・・・。


 その後、私は里長夫妻の養い子だったカナコの兄である青年が、私の身代わりになって死んだことに対して深くお詫びして頭を下げた。


 「どうぞ、カクラ様頭をお上げ下さい。カインはカクラ様の身代わりになれて、カクラ様のお命を救えて、本望だったと思います。・・・カクラ様が本当にカインの事を思って下さるのなら。カインに泣いて詫びるより、カインに「よくやった!」と、笑って褒めてやってください。その方が、カインは喜ぶと思います。」

と言い、里長夫妻は目に涙を浮かべつつも、「さあ・・・。」と笑顔を私に向けてくる。

 私はそれに答えて頬に熱いものを感じながら、「・・・ありがとう。」と、笑顔で言った。



 その頃、東神名国では、緑豊かな丘陵地帯が自然の要塞と化している、北神シンザンが治める北神領を戦争推進派の領主軍が数に物を言わせて攻め立てていた。


 和平推進派は領主を人質に取られていた事もあり、様子見を決め込んでいた。


 東神名国軍も軍内に多数の戦争推進派が居り、身動きできない状態にあった。


 神名マサトラを頭領に立てた、北神領軍は多勢に無勢ではあったが地の利を生かし善戦していた。


 しかし、援軍も無く数の上では遥かに劣っている北神領軍は、戦い始めて半月後には兵に疲弊の色が濃くなってきていた。


 戦いが始まる前、神名マサトラは北神シンザンにこう告げていた「わが妹、神名カクラが逃げ切るまで時間稼ぎが出来ればいい。」と。


 その半月後、北神領軍は降伏し、神名マサトラは投降した。

 即日、神名マサトラは処刑され首を真都の大広場にさらされた。


 しかし、警備上を理由に処刑は秘密裏に行われ、晒された首には十メーター以上近付けなかったと言う。

 その後、東神名国軍大将達と和平推進派の領主達は、神名カネタカに忠誠を誓い、神名カネタカが東神名国国主の座についた。


 ここに、東神名国の動乱は収束した。


 と、同時に三国同盟を破棄、すぐさまジャカール帝国の侵攻に対し全軍を率いて対抗している帝錬国、昆東国の真後ろから攻め込んだのだった。


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