第弐十八話
(カンザブロウ)
俺達は日暮れ前にグランザム公爵領へと通じる渓谷の谷間を通る道の出口近くに到着していた。
そこで狂戦士の群れが陣営を張っているのを見つける。
隠者の森の南端からグランザム公爵領に抜けるにはこの渓谷を抜けなければならないが、その出口は両側を切り立った崖に囲まれ他に迂回できるような所はなかった。
渓谷の出口には結界が張られ敵の陣営にも防御陣が張られているようだった。
敵の陣営の周りには数十メーター置きに狂戦士の見張りが立っているようだ。
「こんな所で陣営を張っているという事は、隠者の里の我々がアルブァロム王国軍に加勢する事を予測していたのか?」
「恐らく、念のためといったところだろう・・・・しかし、千人の狂戦士を操り、大規模な結界と防御陣まで一人で張っているのか・・・・・。」
キリマル殿は苦い顔をして、そう呟いた。
・・・。
「これ程の力を持つ者にキリマル殿は心当りでも?」
と、俺が訪ねると、・・・・。
「いや。まだ何とも言えんな・・・」
と、キリマル殿は思案顔で答えた。
「カンザブロウ。あの結界と防御陣を破壊できるか?」
「シャインから貰った魔法武器のこの金剛の剣なら出来ると思うが。」
「よし・・・なら、今夜夜襲をかける。」
他の者達に崖の上に罠などがないか調べさせたが、そういった物は無いという事だった。
・・・という事は、奴らは俺達を撃退するのが目的ではなく、足止めするのが目的なのかもしれないな・・・
日が沈み辺りが静まり返った頃、両脇に切り立つ崖に月明かりも阻まれ俺の立つ道は暗闇に包まれていた。
崖の間から見える天を仰ぎ見れば満天の星が瞬いていた。
・・・命のやり取りをする戦に赴くのは何年ぶりになるのか・・・魔獣討伐はちょくちょく行くが、人相手の戦は東神名国を出奔して以来か・・・
結界から百メーター程の所で足を止め右腕に嵌まっている魔法武器のブレスレットへと魔力を流し魔法剣、金剛の剣へと変える。
・・・・・。
「何時でもいいぞ。」
俺が何年も使い込んだ愛剣のように手にしっくりと馴染む、その金剛の剣を右手に持つと後ろからキリマル殿が声をかけてきた。
・・・ここから結界まで約百メーター、結界から敵の陣営まで約百メーターか・・・まあ、五百メーターくらい見ておけばいいか・・・
と、考えながら俺はそのキリマル殿の声を合図に金剛の剣を大上段に構え、その金剛の剣から溢れ出すシャインの加護の力を魔力へと変換していく、と同時に金剛の剣を降り下ろす。
魔法剣、金剛の剣はその能力を発動し淡い炎のような菖蒲色と無色透明な光を纏った刀身は降り下ろされるにつれ、その大きさを急速に巨大化させていった。
ドッ・ゴゴゴガガガアアアアーーー・・・ンンン!!!
巨大化する金剛の剣の刃が渓谷の出口に張られた結界に触れる頃には、その刀身は二百メーター程の長さになり、敵の陣営に張られた防御陣に触れる頃には五百メーター程の長さとなって、結界と防御陣を粉砕しその勢いのまま大地をも切り裂いた。
その衝撃に、敵の陣営にいる狂戦士達が弾き飛ばされるのが見えた。
大地にめり込んだ金剛の剣の刀身は、役目を終えたと言わんばかりに光の粒を発し消えていく。
・・・・・・。
・・・まさか、これ程とは・・・
俺は一瞬、呆気にとられた。
確かに金剛の剣の刀身を五百メーター程伸ばし、渓谷の出口に張られた結界と敵陣の防御陣は破壊出来るとは思っていた。
・・・が、まさかあの強力そうな結界と防御陣を、まるでバターを切るように殆ど何の抵抗もなく切り裂き勢い余って大地まで両断してしまうとは・・・
ふと、降り下ろした俺の手元の金剛の剣を見ると元の大きさに戻っていた。
・・・・。
「・・・・行くぞ!!」
〈〈〈応!!〉〉〉
キリマル殿も呆気にとられていたようで、一瞬の間の後に隠者の里から引き連れてきていたハーフエルフの者達に号令をかけた。
〈〈〈〈〈グルルルアアアアアアアーーーー!!!〉〉〉〉〉
敵陣の方を見ると、混乱は一瞬だけのようだった。
闘争本能しか持たないエルフの狂戦士の群れは、此方に気が付くとその闘争本能剥き出しに俺達に襲いかかろうと此方へ向かって駆け出してきている。
キリマル殿は魔法武器のブレスレットを魔法刀、双刀の滅斬刀に変化させ俺の前を走り狂戦士の群れに突っ込んでいく。
キリマル殿が狂戦士の群れの中に突っ込んだと思った瞬間、ブワッとキリマル殿の姿が十人以上に分身し、さらにその数を増していく。
〈〈〈〈ギィァアア・・ヒィイイ・・ガアアア・・・・〉〉〉〉
キリマル殿は実際に分身したわけでなく、あまりにも高速で移動しているため分身しているように見えているだけだった。
そのキリマル殿(達)はただ駆けているだけのようにしか俺には見えないのだが、その近くにいた狂戦士達はキリマル殿(達)が通りすぎると悲鳴を上げ倒れていった。
そして、その狂戦士達の体からはどす黒い乱世の狂気の闇が吐き出され浄化されていく。
・・・さすが、キリマル殿・・・もしかしたら、千人の狂戦士くらいキリマル殿一人でも楽に倒せたのではないのか?・・・
そう思えるほどキリマル殿は無人野を行くが如く駆けて行く。
その後を、隠者の里の者達もシャインから授かった魔法武器のブレスレットを武器に変え、俺と共にキリマル殿が溢した狂戦士共を倒していく。
あっという間に俺達が狂戦士の群れの半分ほどを倒した時、突然、狂戦士の群れの後ろから乱世の狂気の邪気邪念の穢れを纏ったどす黒い闇が狂戦士の群れごと俺達を包み込んだ。
その闇の中で俺達シャインの加護を受けている者達は輝いて見えた。が、狂戦士達はその闇に溶け込んで視認する事が出来なかった。
しかし、シャインの探知の指輪のお陰で周りの狂戦士達の位置や行動は手に取るようにわかる。
しかも、隠者の里から連れてきている者達は千里眼の大賢者クリスティーンが選んだ強者達ばかりだ。
その為、この目の前数センチの所に何が有るか分からない状況にあっても敵に遅れを取る者は一人もいない。
「皆気を付けろ!!げん・・・・・」
『・・・・・・・・・・。』
キリマル殿が焦るような叫び声を上げた時、耳許で何かが甘く囁きかけてきた。と思った瞬間、脳の芯が痺れるような感覚を受ける、と同時に、周りの場景の急激な変化とその状況を無条件で受け入れている俺自身に俺は当惑していた。
・・・こ、これは、いったい・・・
「カンザブロウ、何を呆けておる。」
「・・・・ト、トラカツ様。」
俺は少し掠れ気味の震えた声を出した。
「ははは、緊張しておるのか?今から祝言を挙げ妻となるカクラを前にして。」
・・・。
「は、はい。」
「ははは、然もありなん然もありなん。兄である俺でさえも最初見たときドキリとしてしまったぐらいだからな。」
「あ、兄上!からかわないで下さい!」
カクラ様はマサトラ様にからかわれて頬を真っ赤に染めて俯いてしまった。
「いえ、本当に・・・お美しいですよ。カクラ様。」
「もう!今日から夫婦になるのですから様は付けないで下さい。カンザブロウ、いえ、あなた。」
と、カクラは頬を染め、もじもじとしながら上目ずかいで言う。
・・・まさか、この戦国乱世の世で、こんな幸せな日を迎える事が出来ようとは・・・トラカツ様が居てマサトラ様が居て、カクラ様と俺の祝言を祝ってくれている・・・夢や幻ではなかろうか、もしそうであるならば覚めないでほしい・・・
(キリマル)
「皆気を付けろ!!幻術が来るぞ!!」
キイイイイィィィーー・・・ンン
わしは叫ぶと同時に双刀の滅斬刀の峰を打ち合わせた。
幻術を相手にかける方法は三種類あり、一つは目から魔力の籠った信号を脳に送り幻を見せる方法、一つは鼻から匂いによる魔力の籠った信号を脳に送り幻を方法、最後の一つは耳や皮膚から振動による魔力の籠った信号を脳に送り幻を見せる方法だ。
そして、奴は振動により相手に強力な幻術をかける。
しかも奴の幻術は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚だけでなく精神と記憶をも操作する。
「ほぉ。魔法剣の峰を打ち合わせる事により魔力の籠った振動を周りに起こし、無垢の魔力の籠った私の言霊を打ち消したか。さすがはキリマル。さすが、私の惚れた男だ。」
わしがその声のした方へ視線を向けると、この海の水底よりも暗い闇の中に輪郭も鮮やかに黒髪赤目の美少女が一糸も纏わず白い柔肌を晒して浮かんでいた。
「ちぇぃりゃぁああ!!」
わしはそれを見止めた瞬間、双刀の滅斬刀で切りつけた。
少女は胴から両断され、その姿は風に吹き消されるようにスーッと消える。が、全く手応えは無かった。
『・・・酷いわね。二千数百年ぶりの再会だと言うのに・・・・私はこんなに貴方の事を愛していると言うのに。』
そして、何処からともなくその少女の不満の籠った声が聞こえてくる。
「ふざけるな!貴様!!二千数百年前の恨み今ここで晴らしてくれるから姿を現せ!カルマ!!」
『いやよ。姿を現した瞬間さっきの幻影みたいに両断するのでしょ?』
「・・・・」
わしは目を瞑り探知の指輪に意識を集中する。
・・・やはり、奴はここから百数十メーターの元の位置から移動していないか・・・
『何をしても無駄よ、キリマル。知っているでしょう?その闇に包まれた時点で貴方達は私の術中にはまっているのよ。』
そう言うと、先程と同じ姿のカルマの幻影が複数体姿を現した。
「ねえ、キリ」「マル、愛して」「いる。だか」「ら、貴方も」「私を愛し」「て。何処か」「静かな所」「で、この世」「界が終わ」「るまでの」「間二人だ」「けで幸せ」「に暮らし」「ましょ。」
わしは甘い言葉を囁いて抱き付いてこようとするカルマの幻影を一体残らず叩き切る。
『ちょっとーーー!本っ当に酷いわね!!キリマル!でも、そんな貴方を攻略しようと思うとゾクゾクするわ。』
「やかましいわ!!」
わしは身悶えするようなカルマの声に怒鳴り返し、横目でカンザブロウや隠者の里の者達を確認する。
カンザブロウ達は完全にカルマの幻術に掛かり、力なく幸せそうな顔をして座り込んだり地に伏せたりしていた。
しかし、皆シャインの加護の力に守られ狂戦士達はその清らかな力により近付けずにいた。
・・・これが、狂戦士だけでなければヤバかったかも知れんな・・・
『・・・・お仲間は、随分と強い力に守られているようね・・・でも、無駄よ。あの人達に掛けた幻術は乱世の狂気を全く介していない元々の私の力、聖も邪もない無苦の巫女の力だから。』
「ああ、知っているとも。妖魔族の無苦の巫女の力は相手を幸せな幻想の世界に閉じ込め衰弱死させる力だ。」
『そう。その力に恐れを抱いた他の種族の者達に我等妖魔族は迫害を受け滅ぼされた。私達は山奥でただひっそりと暮らしていたかっただけなのに・・・一時期だけとはいえ、そんな私たちを親身に守ってくれた貴方に私は惚れたのよ。』
・・・・・・・。
「お前達の身の上は同情する。だが、だからと言ってこのままお前達を見過ごす訳にはいかん。わしらにも守りたい大切な者達が居るからな。」
・・・・。
『まさか、キリマル!好きな女がいるのか!!許さん!許さんぞ!!私というものがありながら!!その女!二千数百年前のあの女と同じように醜く呪い殺してやる!!』
「貴様!!」
わしがカルマが居る方角を睨み付け叫んだ時、後ろに気配を感じニヤリと不適な笑みを浮かべ横に体をずらした。
そこを金剛の剣の刀身が凄まじい勢いで伸びていく。
『ギャッ!?』
カルマは頭に血を上らせ過ぎていたせいか、わしに意識を集中させ過ぎていたせいか、それともカンザブロウ達を舐めていたせいか、その攻撃に気付くのが遅れたせいで、その金剛の剣の刃を躱そうとはしたが躱しきれず脇腹を少し切り裂かれ痛み以上に苦しみの悲鳴を上げた。と同時に、カルマの術が解け、わし達を包み込んでいた乱世の狂気のどす黒い闇は供給源を失いシャインの魔法道具に付加された加護の力に浄化されていった。
『くぅうう!バカな私の幻術が破られるなど・・・・』
「残念だったな!俺の大切な家族にはシャインが居なければダメなのだ。お前の作り出した幻にはシャインが存在しなかった。そんな不完全な幸せを俺が受け入れられる訳が無かろう!!」
『く・・・そんな、バカな・・・』
どうやら、カンザブロウが見ていた幻想の世界にはシャインが居なかったらしい。
・・・それが納得できずカルマの幻術を破るとは、流石家族思いのカンザブロウと言ったところか・・・
ふと、他の者達に目を向けてみると皆幻術から抜け出し始めていた。
幻術から抜け出した者達は皆口々に「シャイン様が居なかったからこれは現実ではない」と強く思えたと言う。
『ば、バカな・・・・シャインとは何者だ?』
「隠者の里の者達にとっては無くてはならない存在の一人だ。」
『何故、私の幻術の世界に存在しない。』
・・・・。
「まあ、シャイン本人が幻とはいえ、そんな歪んだ世界に存在する事を拒否しているからだろう。」
『く、ふざけるな!!そんな事が出来るわけ無かろう!』
「シャインは、そんな事が出来る存在だ。まあ、自覚はしてないだろうがなっと!」
俺はそう言うと体と神経に最大の身体強化魔法を掛け地を強く蹴り駆け出す。
一瞬にして百数十メーターの距離を詰め、俺はカルマの目の前に立ち右の滅斬刀を降り下ろす。
「ひっ!」と、カルマは小さな悲鳴を上げ身を縮めるが、俺は構わずカルマの脳天に高速で滅斬刀の刃を切り込む。が、何の手応えもなく滅斬刀はカルマの体を切り進んだ。
・・・やはり、既に・・・
・・・・。
『酷いわね。いたいけな少女が身を強張らせ悲鳴を上げているというのに、何の躊躇いもなく切りつけるなんて。』
「ほざけ!とうの昔に逃げの一手に走っていたのだろうが。」
『ふん!覚えてらっしゃい。貴方の最愛の女は必ず呪い殺してやる!』
そう言ったのが最後で、カルマの声は聞こえなくなった。
「キリマル殿。奴を追わなくてもいいのか?」
「ああ、形振り構わず逃げだした奴を捕まえるのは不可能だ。」
「奴は何者なんだ?」
「今は滅んでしまった少数種族、妖魔族の無苦の巫女で呪詛と幻術を得意としている邪神将カルマ・シャーマルだ。奴は二千数百年前に破壊邪神の下についた。カルマは邪神将の中でもかなり上位の者だ。」
・・・・。
「なるほど。」
「それよりも、ここを早くかたずけてシャイン達との合流地に向かうぞ。」
カルマを失った狂戦士共は、わし等の敵ではなくあっという間にかたずいた。
流石に最初のカンザブロウのあの一撃は死者が出るだろうと思っていたのだが、狂戦士化していたエルフ達に死者は出なかった。
・・・これは、シャインが言ったように、どんな状況であれシャインの作った武器は生き物を殺せないのかも知れんな・・・
ただ、乱世の狂気を浄化され狂戦士化を解かれたエルフ達は、皆精神と自我が幼児化していた。
わし等は、数人をこの場に残しこの幼児化したエルフ達を引き取らせる為に一人を近くの安全な町に知らせに行かせ、シャイン達との合流地に向け歩を進めた。
(邪王ガルー・ドラグル)
・・・・。
「カルマ。戻ったか。」
「はっ。ドラグル様。」
私がカルマの気配に気付き後ろを振り返ると、そこにカルマが跪いていた。
「ふむ。ご苦労だった。」
「いえ・・・・奴等の中にキリマルがいました。」
・・・・。
「そうか、我が友でありお前の想い人でもあるキリマルがな・・・・封印から脱して初めての任務に辛い思いをさせてしまったな。」
「いえ・・・・・私は前大戦の時、あの人の想い人を呪い殺した時に覚悟は決めていましたから。」
「そうか・・・・今回は奴に想い人がいても呪う事はするな。恐らく鳳凰様の庇護下にある。こっぴどい呪詛返しを喰らうぞ。」
「!?・・・・分かりました。で、他の者達は?」
・・・・。
「妖怪人の女と魔人族の小娘に殺られたようだ。」
「!・・・そうですか。」
「今回のアルブァロム王国壊滅作戦は失敗だ。お前は旧シグナリア公国に居る者達と合流せよ。」
「はっ・・・ドラグル様は?」
「私は・・・どれだけ出来るか分からぬが、後々のために出来るだけの手を打ってから合流する。」
・・・・・。
「分かりました。ドラグル様、お気をつけて。」
「ああ、出来る限りは気を付けよう。」
「・・・では、失礼致します。」
カルマは、私に一礼するとグランザム公爵の領主館を出て行った。
・・・鳳凰様のお戻りが前大戦前であれば、破壊邪神様を含む我等が定めも変わっていたのだろうか・・・
私はそう思いながら、カルマの後ろ姿を見送った。