第弐話
(カクラ)
「はぁ~。」
と、私は一息付いて城に戻って来た後の事を思い返す。
あの後、カンザブロウとキリマル殿が真剣勝負をしたり、いろいろあって、最終的に父上の鶴の一声でキリマル殿は我が国の食客として扱うこととなった。
・・・それにしてもあの真剣勝負、まさか、あそこまで一方的なことになるとは・・・。確かに、キリマル殿は洒落にならないほど強い、とは思っていたけど。・・・我が国で一・二を争う武技の達人のカンザブロウが、あんな子供扱いされるとは・・・。
今度は、「はぁー・・・。」と、溜め息をついて、先程のキリマル殿の子供の様な無邪気な笑顔を思い出す。
・・・普段は、そんな凄い剣豪には見えないんだけど、ね~・・・。
ふと、視線を感じカナコの方へ目を向けると、じと~、とした目付きでこちらを見ていた。
・・・う、そんなじと目で見なくても、ちゃんと仕事はやるってば!・・・
と、心でじと目に対して抗議をし。
・・・別に、貴女の好きなキリマル殿を横取りしようと考えてた訳じゃないから。そんな、じと目で見ないで・・・。
そう、カナコ自身気付いていないようだけど、最近キリマル殿をどうも意識しているようなのだ。
まあ、それに関しては、当分、生暖かい目で見守っていこうと思っている。
ここで、現状どうでもいい思考を切り上げ、視線を書類に落とし思考内容を仕事へと切り換える。
執務机の上に置いてある置時計が正午の鐘を打ち鳴らす。
ちょうど仕事も区切りが付いたので、カナコを伴って昼食を摂りに行こうと席をたった。
その瞬間、
ドッオォオオォォォ~~~ンン!!!
と、凄まじい音と共に書斎を大きな揺れが襲う。
机の上の物やタンスの上の物、引き出しが飛び交い障子が弾き飛ばされそうになっている。
「な、何事!?」私は、その激しい揺れに立っていられず畳みに腰を落とした。
「・・・大丈夫ですか?カクラ様。」
強い揺れで動きが取れなかったカナコが、揺れが少し収まると足早に私に近づいて来た。
「え、ええ、私は大丈夫よ・・・それより、何があったのかしら。」
と、私が不安な声を漏らすと周りから怒鳴り声や叫び声、書斎の前を城内の者達が慌ただしく行き交う音が聞こえてくる。
カナコは出入り口の障子に近付き、障子を開いて外の様子を窺った。
直後、黒装束姿の影がカナコの横に姿を現し、彼女に何やら耳打ちをした。
カナコは険しい顔で私に近づいて来て、
「ハッキリしたことは分かりませんが。どうやら、城内に相当数の賊が侵入し暴れているようです。・・・念のためカクラ様は城内から脱出していただきます・・・宜しいですね。」
「ち、父上と兄上は?」
「お気持ちは解りますが。先ずは、カクラ様御自身の安全の確保が先決です。」
「ですが・・・・!」
「影!早くカクラ様を秘密通路から城外へお連れしなさい!」
カナコの一言でもう一人の影が現れ、書斎の真ん中の畳が引き上げられその下にある隠し通路の扉が開かれる。
影が、私の手を引き隠し通路を降りようとする。
「無礼者!放しなさい!!私は!・・・。」
「カクラ様!!東神名国、国主の娘でしょ!しっかりなさい!!」
「ぐ・・・・。」
私は、カナコに一喝入れられ言葉が出なかった。
彼女の言いたい事は解る。
私さえ生きていれば、国主 神名本家の血筋が絶えることはない。
頭では分かっている、だが、それでも、父上と兄上を助けに行きたいと言う思いと、それをさせないカナコに対してこれまでには無い怒りが込み上げていた。
しかし、私は血が出るほど強く下唇を噛み、そういった感情と思いを押し殺してカナコに従った。
私達は湿気でじめっとした迷路のようなトンネルを、影、私、カナコ、影の順で進んで行く。
影は事前にこの脱出用のトンネルを調べておいたらしく、迷うことなく先に進む。
トンネルを歩いている内に、血が上り混乱していた私の頭は徐々に落ち着きを取り戻してきていた。
私がここまで取り乱したのはこの長い戦乱の世で、我が東神名国はまだ一度も都である真都まで他国に攻め込まれたことがなく、ましてや居城である真上城には敵の矢一本当てられた事がない。
それが、いきなり城内に賊が入り、あまつさえ本丸に攻撃を受けたのである。
隙はなかったとは言わないが、ここまで見事に虚を突かれれば混乱するし動揺もする。
ここで、ふと、気がつく。
なぜ、本丸を攻撃されるまで、賊の侵入に気が付かなかったのか?
真上城には地脈の力を利用した特殊な防御結界が張ってある、城主の許可を受けた者しか入城できないし、出来たとしても要所要所で自動的に確認され許可を受けてない者が見つかれば、即座に全城に警報鐘が鳴り響き城内警備各所に通報が行く。
そして、城内索敵排除の機能が作動し、城内に侵入した敵を排除する。
もしくは、近衛侍達が対処する。が、今回は本丸を爆破されても、防御結界や城内索敵排除の機能は全く反応していなかった。
しかも、近衛侍達の動きも無かったような気がする。
ここに至り、私はやっと気が付いた。
なぜ、カナコは私に父上や兄上を助けにいかせず、私の城外脱出を第一に考えたのか。
確かに私は混乱していたが、その程度の事では敵に遅れをとらないということはカナコも知っている。
では、何故か?
それは、賊、敵が身内だからだ。
しかも、城に攻めて来たのではなく、城内での国主とその家族の殺害が目的だからだ。
そうすると、敵は誰なのか、城内に敵の息の掛かった者が何人いるのか、そういった事が分からない状態では狙われている者の身の安全を第一に考えるのは当然だ。
そんな状態の所へ私が突っ込んでいけば、父上や兄上を助けるどころか間違いなく身内なる敵に、敵が誰かも分からず殺されていただろう。
だから、カナコの判断は間違っていなかったのだ。
では、その敵とは誰なのか・・・、まず間違いなく叔父上を筆頭にした戦争推進派の地方領主の誰かか、もしくは全員だろう。
しかし、父上と叔父上は国政、外交等に関して随分と主義主張が違ったが、反乱を起こすほど中が悪かったと言うことはなかった。
それどころか、それ以外に関しては非常に中が良く、叔父上は暴走しそうな地方領主をよく押さえていてくれた、と思う。
叔父上が、この反乱に加担していないことを祈りたい。
・・・そういえば、地方領主達が集まり始めた頃、キリマル殿が戦争推進派の者達の動向に注意するようにと言っていた。もっと真剣にキリマル殿の意見を聞いていれば、こんな事にはならなかったのかも知れない。・・・は!今更ね!今更こんな事考えても、意味が無い!・・・父上と兄上は大丈夫かしら・・・いえ、きっと大丈夫よ、父上は神剣 雷轟の使い手だし、兄上も国一番の式神使いで2人とも、戦場で何度も修羅場を潜り抜けて来ているんですもの。今回だってきっと・・・
私が父上と兄上はきっと大丈夫だ、と自分に言い聞かせるように念じながらじめっとしたトンネルを歩いて数刻たった頃、やっと私達は出口に辿り着いた。
そこは、都から数キロ離れた小高い山の中腹で、都である真都を一望する事が出来る場所だった。
日は沈み始め、空は徐々に茜色に染まり始めていた。
「カクラ様!」
私が声のした方に目を向けると、カナコが土下座をし額を地面に擦り付けていた。
「数々の御無礼、誠に申し訳御座いませんでした!わたくし、如何様な処分も受ける覚悟に御座います!・・・何卒、厳しい御処分を!」
私は、カナコから黒煙を上げる真上城に視線を移す。
「よい、・・・カナコがいなければ、今頃、私はあそこで討ち死にしていたかもしれません。忠臣の諫言を聞き入れられないほど、私の器量は小さくありません。」
「ですが!・・・」
「よい!と言っている!・・・今まで通り・・・私の傍らに居てくれたら、それで、よい。」
「・・・わかりました、いつ、如何なる時も、この身朽ちて果つるまで、私はカクラ様と共にあります。」
「ん!ありがとう。カナコ。」
私は生まれてからずっと家族と共に暮らし、楽しいことも辛いこともすべて詰まっている私の掛け替えの無い家だった、防御結界を破られ反乱軍が突入していく真上城を、頬に止めどなく流れ落ちるものを感じながら、いつまでも、いつまでも見つめていた。
真上城、真都を脱出してから約二週間が経ち、私達は魔獣の森の近くまで来ていた。
真都を脱出したその日の内に明日真山を越え、その日の夜は山麓の林に身を潜め一晩を明かした。
次の日は出来るだけ早く真都から離れるため、一日中人目を避けて森や林の中を移動した。
森や林の中を移動するのは普通街道を移動するより遥かに時間が掛かり、また野獣や魔獣に遭遇しやすく危険なのだが、ハーフエルフのカナコ達のお陰で街道を歩くより安全快適に速く移動することができた。
しかも、関所を通らずに済むため、我々が何処に居て何処に向かっているのか、追ってに悟られないという利点もある。
基本的にエルフは精霊に愛された種族である。
その血を半分受け継いだハーフエルフであるカナコ達も、エルフ程ではないが精霊に愛されている。
故に、安全快適に速く移動できたのは、カナコ達が森や林を移動する時、木々や草花といったものに宿る森の精霊や森や林を行き交う風の精霊が、危険を知らせてくれたり安全に通れる径を指し示してくれたり作ってくれたりしたからだ。
二日目の夜、森の中で夜営する場所を定め私とカナコ、二人の影の内の一人の三人で夕食の支度をしていると、
「・・・町に情報を集めに行っていた影が、どうやら、お仲間を連れて帰って来たようです。」
と、カナコが作業をする手を休めそう告げた。
私がカナコが凝視する森の方へ目をやると、ガサガサと草を掻き分ける音が聞こえてきた。
少しすると、旅人姿のもう一人の影が姿を現した。
因みに、私達と夕食の支度をしている影はマタギの姿を、私とカナコは農家の娘の姿をしている。
今、私達が着ている服はいざという時のため、影が変装ように持っていた物だ。
その旅人姿の影の後ろに、四人の人影が見えた。
「カンザブロウ! キリマル殿! 無事でしたか!」
「はい。姫も、ご無事な様子で・・・本当に良かった・・・。」
私は人影の先頭にいた二人の姿を見て、驚きと嬉しさの余り大声で二人に声を掛けてしまった。
カンザブロウは私の姿を認めると、嬉しいような悲しいような泣き出しそうな笑顔見せて掠れた声音で私に声を掛けてきた。
旅人姿をした影は町で情報を集めようとしていた。
だが、まだ真都の情報は流れてきておらず一度真都まで戻って情報を集めて来ようかと考えていた。と、その時、目の前を旅の武芸者の姿に身を窶したカンザブロウ達が通りがかったのだそうだ。
カンザブロウ達は真都を脱出した後、直ぐに私達の後を追いかけてきたという。
真上城の異変に気づいた非番だった近衛侍達は、国主家の方々が脱出して来るかもしれない、と真都の中と外の二手に別れて探索していたらしい。
その時に、カンザブロウ達と真都の外を探索していた者達が合流した。
真都の外を探索していた者達は、10人程いたが余り人数が多すぎると人目に付きやすい。
そこで、カンザブロウと旧知の中だった二人だけを連れて、私達を追ってきたと言うことだった。
服は途中で逢った商隊に頼んで交換してもらったらしい。
「カンザブロウ、父上と兄上様は?」
と、尋ねると、
「・・・・・マサトラ様は、北神領主、北神シンザン様のもとに身を置かれています。・・・・・・・・・トラカツ様は・・・殺害にされました・・・。」
・・・!!!!!
「いやーーーーー!!!」
私はカンザブロウの言葉を聞き、一瞬目の前が真っ暗になった。
父上が殺された! と言う言葉が永遠に繰り返されるのではないかと思えるくらい、頭の中に響き渡っていた。
その内、心の中に悲しみと怒りが膨れ上がり、どす黒い怨念の感情となって沸き上がった。
私はその感情の奔流に抗いきれず、意識をあっという間その感情に持っていかれ、半狂乱になりながら走り出そうとした。
その時、私の前に大きな影が立ち塞がり、その影がキリマル殿だと認知した瞬間、後ろの頭と首筋の間に強い衝撃を感じ昏倒した。
「ん・・・・。」
私はカナコに膝枕をされた状態で目を覚ました。
「あ、カクラ様、気が付かれましたか?」
カナコの膝は、しっとりと濡れていた。
私は意識がない間中、ずっと涙を流していたようだ。
そんな私を心配そうな顔で、カナコが覗き込んできた。
「カクラ姫、先程は失礼した。・・・多少でも気持ちは落ち着いたかな?」
私達と焚き火を挟んで、向かい側に座ったキリマル殿が心配そうに声を掛けてきた。
「・・・ええ、なんとか・・・。」
私は起き上がりながら応え、
「キリマル殿が、止めてくれなければ、私は、真都まで駆けて行っていたでしょう・・・狂人のように・・・。」
と言い、「本当に、ありがとう御座いました。」と、キリマル殿に頭を下げた。
「ぐ・・・。」不意に、また、あのどす黒い感情が膨れ上がってくる。
父上を殺した者達が、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い・・・・・・・・・・。
う、ォオオエエエェエエェエェェーーーーーー・・・
私はどす黒い感情に、前後不覚になる程の目眩を覚え、嘔吐し、
「あぁぁああぁあぁああぁーーーーー・・・!!」
と、はち切れそうな頭の痛さに頭を抱えて転げ回った。
「カナコ! 浄化魔法が使える者はいないか! 居なければ、護符か呪符、それが無ければ癒魂玉か救心玉を!」
と、キリマル殿が私を押さえてカナコに指示を出す。
カナコは私の苦しみように動揺し青ざめながらも、何時も携帯している薬袋をあさり、
「き、救心玉なら、有ります!」
「それを、カクラ姫に、早く!」
と、キリマル殿に言われ震える手で救心玉を取り出そうとして、地面に溢してしまった。
カナコが慌ててそれを拾おうと手を伸ばすと、
「カナコ、カクラ様の今の状態では、普通には薬を飲んでは貰えまい。・・・俺が飲まそう。」
と、横からカンザブロウが、地面に落ちている救心玉に手を伸ばしてきた。
「う、む・・・・。」
私がどす黒い感情に耐えていると、不意に私の口の中にヌメっとした物と薬臭くて苦い液体が侵入してきた。
私は気持ち悪くて、それを吐き出そうと足掻いたが口を何か柔らかい物で塞がれていて吐き出すことが出来ない。
それ処かヌメっとした物は、さらに力強く強引に私の口の奥へと侵入してくる。
それに耐えかねて、必死に閉じていた口の奥、喉の入り口を少し開いてしまい薬臭い液体を少し飲み込んでしまった。
すると、少しだが徐々にあのどす黒い感情が弱まった気がした。
それに気づいた私はヌメっとした物への抵抗を止め、口の中に残っていた液体を全て飲み干した。
液体を全て飲み干して少しすると、あれほど猛り狂っていたどす黒い感情が、すうーっと消えていった。
どす黒い感情が消えた後、体の奥から暖かな気持ちが沸き上がってきた。と同時に、あれほど嫌だったヌメっとした物がなんだかとても愛おしい物に感じられ、口の中から出ていこうとするのを縋るように自らの舌を絡めつかせた。
しばらく、そうやって舌を絡めつかせていると、どす黒い感情のせいで混濁していた意識がはっきりとしてきた。
・・・・・・・・・!?
ドン!!ガサガサ・・・ガン!!
「・った!!!」
意識がはっきりして私が今どういう状況にあるのか、はっきり認識した瞬間、
思いっきりカンザブロウを突き飛ばしていた。
カンザブロウは突然突き飛ばされ、多々良を踏んで尻餅をつくき同時に後ろの木でしこたま後頭部を打ち付けた。
「カカカカカンザブロウ!!なななぜ、ききききすを!?」
私は頭のてっぺんから、恐らく足の爪先まで真っ赤になって、吃りまくりながらカンザブロウに問い質す。
「・・・いや・・・俺は、ただ・・・カクラ様に救心丸を嚙み砕いた物を水と一緒に飲ませただけで・・・。その、キ、キスはカクラ様の方から・・・。」
と、打ち付けた後頭部を両手で抱え、カンザブロウは涙目で口ごもりながら言う。
「あー、あー、男らしくなーい。カンザブロウは、そうやって女に恥じかかすんだ!」
と、私は恥ずかしさの余り、さらに赤くなって子供のような言葉遣いになってしまいながら、的外れにカンザブロウを非難する。
「い、いや、俺は、そんなつもりじゃ・・・。」
「それじゃー、どんなつもりよ!」
「いや・・・その・・・。」
カンザブロウは、顔を赤くして言い淀む。
そんな、カンザブロウに、「私は、子供の頃から、ずっと好きだったんだから・・・」と、小さく呟く。
「えっ」と、カンザブロウが驚いた顔を見せるが。
「何でもありません!」
と、私はいつもの調子に戻して、カンザブロウから離れた。
それから暫らくして気付いた事なのだが、カンザブロウが近くに居ると救心丸を飲まなくても、あのどす黒い感情がある程度抑えられるようだった。
それから、二週間弱、追われる身だと言うことを忘れてしまうくらい何の問題もなく順調に魔獣の森の近くまでやって来た。
敢えて問題を挙げるならば、救心玉の効き目が日に日に弱くなり、カンザブロウが見えなくなると途端に私がどす黒い感情に飲み込まれてしまうのと。
私とカンザブロウが、手と手が触れ合ったり目と目があったりしただけで、茹で蛸のように顔を真っ赤にさせてしまうことと。
それを、キリマル殿がからかい、カナコがそのキリマル殿を何時ものように咎めながら、そんな私達を羨ましそうにしながらも微笑ましげに見ていた事だけか。