第弐十六話
(アジーナ)
ゴオオオンンーーー・・・
ビシビシ・・・
ゴアアアアアーーーー・・
ミキミキ・・・
ドン!!バリバリバリ・・・
ミシミシ・・・
前大戦中、破壊邪神の下に集いその加護を受けた者達の中でも最強と謳われた五十人の邪神将、その中でも飛び抜けて強かった十人を総じて十大邪王と言った。
ドラゴン族最後の将ガルー・ドラグルは、その十大邪王の中でも五指に入ると言われていたという。
そんな化け物が[精霊王の盾]にぶつかり、邪悪な魔力を帯びた強力なブレスと雷を吐いた。
その度に、[精霊王の盾]を構成する精霊達は力を奪われ弱体化していく。
その度に、私達シャイナ教聖騎士団は[精霊王の盾]を構成する精霊達に魔力を補填しなければならなかった。
・・・くっ!このままでは・・・しかも奴め、遊んでいるように見える・・・
ガルー・ドラグルは[精霊王の盾]の周りを新しい玩具を貰った子供が燥ぐように、ぐるぐる何周も回りながら攻撃を仕掛けてくる。
しかも、恐らくは[精霊王の盾]が簡単に壊れないように力を加減して、ジワジワといたぶるようにしている。
邪王の攻撃が始まって、もうかなりの時が過ぎていた。
チラリと月の位置を確認すると、夜半をとうに過ぎているのが分かった。
・・・我等は、何時までこの攻撃を凌げるのだろうか・・・
シャイナ教聖騎士団はまだ大丈夫のようだったが、精霊魔法師団は今朝早くから戦い続けている。
もう彼等は限界だった。
グランザム公爵領から涌いてきた乱世の狂気の邪気邪念のどす黒い澱みを纏った者達が[大地の連塔城壁]に攻撃を仕掛ける度に、精霊魔法師団の者達は力を削り取られていった。
今はもう[大地の連塔城壁]は、本陣のあるこの塔のみとなってしまっている。
・・・判断を誤ったか?守りに入らず一目散に逃げるべきだったのかもしれない。いや、逆に死地に活路を求め攻めにはいるべきだったのかもしれない・・・しかし、どちらにしても、恐らく邪王は逃がしてはくれなかっただろうし、この戦力では、殆どの者があっと言う間に乱世の狂気に呑まれていただろう・・・
実際のところ結果はこの戦いが始まる前から決していた。
グランザム公爵の問題を穏便に解決しようと時間を掛けすぎたのと、切羽詰まって慌てて力で解決しようと準備不足のままで行動に移してしまった結果が今の状況だった。
・・・隠者の里は動かずか・・・まあ、自分達の問題は自分達で解決しろという事なのだろうが・・・
等と考えていると、グラグラグラ、と足下が揺らいだ。と同時に、ゴゴゴゴ、と[大地の連塔城壁]の我々のいる最後の塔は外周を崩落させながら乱世の狂気の邪気邪念のどす黒い澱みの中へと高さを失っていく。
精霊魔法師団の者達が力尽きたのだ。
それでも何とか塔崩壊によるアルブァロム王国軍とシャイナ教聖騎士団に被害が出ないように崩壊速度を押さえながら、本陣を地に下ろした。
これにより[大地の連塔城壁]の効果は完全に失われた。
「クーレは居ますか?」
「はっ、お側に。」
「クーレ。貴女は[精霊王の盾]が崩壊したら直ぐに邪王の事と相手の戦力を報せる為に王都に走りなさい・・・方角は分かりますね?」
「ですが、アジーナ様・・・」
「なんの対策も取らずに援軍が来ても全滅するだけです・・・対策を取る時間があるかどうかは疑問ですが、それでも何も知らないよりはいいでしょう。」
「・・・・・分かりました。」
「ならば直ぐに支度なさい。」
「・・・はっ。」
[大地の連塔城壁]が崩れ去るのと同時に、私はクーレを呼んだ。
恐らく我等は奇跡でも起こらぬ限り全滅するだろう。
まさか邪王ガルー・ドラグルが封印から抜け出しグランザム公爵領に潜んでいるとは思ってもみなかったのだ。
王都はまだこの事を知らない。
その為、私はクーレを王都に報せに遣ることにしたのだ。
しかし、クーレがこの乱世の狂気の邪気邪念の中から抜け出し王都にたどり着ける可能性は五分五分と言うところだった。
[大地の連塔城壁]が崩れ去り、あと我等を守っているのは[精霊王の盾]だけだった。
その金色に輝く[精霊王の盾]の周りを見ると、先程まで見えていた月明かりも乱世の狂気の邪気邪念のどす黒い澱みに遮られその残照すら認められなかった。
我等の本陣の周りは全て乱世の狂気の闇に呑み込まれ[精霊王の盾]の外に何が有るのか、肉眼では全く確認することは出来ない。
だが、その乱世の狂気のどす黒い邪気邪念の中を蠢く者達の気配を感じ取ることは出来た。
ハ・ハ・ハ・ハ・ハ・・・
く、く、く、く、く・・・
ヒ、ヒ、ヒ、ヒ、ヒ・・・
そのどす黒い闇の中を蠢く者達は、[精霊王の盾]の周りを取り囲み此方を嘲笑うようなくぐもった笑い声を発していた。
乱世の狂気の邪気邪念、邪王や騎馬に乗った者達、狂戦士からの断続的な攻撃によりシャイナ教聖騎士団の者達も疲弊し[精霊王の盾]は金色の輝きを徐々に弱めていった。
・・・く、[精霊王の盾]ももうもたないか・・・
アルブァロム王国軍の精霊の加護の羽は、本陣に戻って直ぐに強化を行ったが恐らくこの凄まじい邪気邪念の中では、その効果はそれほど長くは持たないだろう。
総大将のガライアス殿をはじめアルブァロム王国軍の者達は覚悟を決めたのか各々腰に差した剣を抜き放ち何時でも戦いを始められるように構えていた。
しかし、その表情には悲愴感はなく不適な笑みすら浮かべている。
「アジーナ様。我等はここで破れ全滅するやも知れませぬが必ずや後の者達がこの乱世の狂気を浄化、滅してくれましょう。ならば我等はその者達の為に此奴等の力をできるだけ削いでおくのが今の我等の務め。そうは思われませぬか?」
「そうですね・・・・例え微々たるものだとしても、この世界を無に帰そうという乱世の狂気に対して一矢でも報いねばこの世界を産んだ我等が神、鳳凰様にも申し訳がたちませんね。」
私も腹をくくり腰に下げたレイピアを抜き放った。
その時、パキーン!と砕けるような乾いた音が本陣内に響き渡ったかと思うと[精霊王の盾]が消失した。と同時に、[精霊王の盾]を覆っていた乱世の狂気の邪気邪念のどす黒い澱みと共にグランザム公爵領軍、いや乱世の狂気の軍が雪崩を打ってアルブァロム王国軍と我等シャイナ教聖騎士団の本陣へと流れ込んできた。
ウオオオオーーー・・・・
我等は気合いと共に乱世の狂気の軍と相対した。
乱世の狂気の邪気邪念のどす黒い澱みの中でアルブァロム王国軍の兵の持つ精霊の加護の羽は銀色に輝き兵達をその邪気邪念から守っている。
アルブァロム王国軍の兵達はそれぞれロングソードを抜き放ち、乱世の狂気の軍の狂戦士と打ち合っている。
どんなに苦しくても、どんなに辛くても、歯を食いしばり足を踏ん張って、愛する者のために守りたい者のために、後を次ぐ者の負担を少しでも減らすために命を削って乱世の狂気に挑みかかる。
我等シャイナ教聖騎士団は、このグランザム公爵領の乱世の狂気の最大の源である邪王ガルー・ドラグルを引き受けることとなった。
シャイナ教聖騎士団の金色に輝く聖甲冑は神代の頃、我等の祖先達が我等が神、鳳凰様より恵賜された神器であり当然、鳳凰様の加護も付与されていた。
しかし、長い年月を経ていた上に前の大戦のせいで聖甲冑は力を使い果たしていた。
その為、今は邪悪な力から着用者を守るくらいの力しかないということだった。
しかし、それでも邪王ガルー・ドラグルのブレスや雷を確実に防いでいた。
「ほぉ。シャイナ教聖騎士団の聖甲冑か・・・まだそんな骨董品が生きていようとはな・・・しかし、何時までものつかな?」
邪王は楽しそうに低い声で呟いていた。
今の我等の武器は剣や槍もしくは弓矢しか無かった。
精霊の加護魔法や精霊魔法は乱世の狂気の邪気邪念の中では使えない。
何故なら精霊は乱世の狂気の邪気邪念の中では存在出来ないからだ。
魔法は使えるが、体内にある魔力ではたかが知れているし周りから力を得ようとしても邪気邪念にまみれた力は我々にとっては猛毒以外の何物でもなかった。
我々は邪王のブレスや雷を掻い潜り、邪王に対し斬撃を放つが、その固い皮膚に傷一つ付けることも出来なかった。
「ふはははは、やはり前大戦の時よりエルフは弱くなっているな。前大戦の時シャイナ教聖騎士団は二万人以上居ったが、今はここに居る者達だけなのではないか?もし、ここに二千人の聖騎士団が居れば流石の私も倒されておったことだろうよ。」
邪王は愉快そうに、そう言うと背を反り周りから力を集めるように胸を膨らます。
そして、一瞬静止して背を反らせた状態から、今度は上半身を我等の方へ勢いよく投げ出すような前傾姿勢となりこれ迄より遥かに強いブレスを吐き出した。
我等は、それに対しその強力で邪悪なブレスに耐えようと聖甲冑と対の盾を構えた。
ゴアアアアアアーーーーーー・・・
ミシミシミシピキパキパキパシン・・・
「く、くー・・・」
その今までで一番強く長いブレスを受けていると、聖甲冑と盾が軋みだし悲鳴を上げ始めた。
「ほぉ。今のを耐えきったか。腐ってもやはり鳳凰の聖甲冑といったところかな。しかし・・・次は耐えられまい?」
邪王は素直に感嘆の声を上げていた。
それだけ先程のブレスにはそれなりに力を込めていたのだろう。
それに、殆どの力を失っている筈の聖甲冑は耐えきったのだ。
しかし、その聖甲冑と盾を見ると全体に細かなヒビが入っていた。
・・・く、次に、ブレスか雷をを受けたら終わりだな・・・
そう思いながら、私はチラリとアルブァロム王国軍が戦っているだろう音のする方に目を向けるが、乱世の狂気の闇の中に精霊の加護の羽の光を確認する事はできなかった。
恐らく、もう精霊の加護の羽は力を失ってしまっているのだろう。
それでも、王国軍の多くの兵達は諦めず歯を食いしばり精神力のみで戦っていた。
「オスカー。皆に散開して固まらぬように伝えよ。」
「はっ。」
私が副官のオスカーに指示を出していると邪王は再び力を溜め始めた。と同時に、聖騎士団の者達が攻撃を仕掛けようと奴の足元へと駆け寄っていくのが見えた。
「馬鹿者!よせ!!」と、私も反射的に聖騎士団の者達を止めようと走り出した。
私達が邪王の足元に近づき集まったところで邪王が飛び立ちブレスを吐く体勢をとった。
・・・く、最早此れまでか・・・
私がそう思った時、ビク!!「むお!?」と、邪王は身を震わせ体を翻し、翼をボッと一度羽ばたかせて横に体を移動させた。
「・・・・ぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい」
ブオン!!
ダダンン!!
「「「「「!?」」」」」
そこに、太陽が悲鳴を上げながら落ちてきた。
その回りにいた何人かが、その光の中心にいる者が落下速度を落とすために放ったのだろう力の衝撃に、吹き飛ばされていた。
暗闇に慣れてしまった目には明るすぎるその光に私達が目を覆っていると、その光は私達に纏わり付き絡み付いていた乱世の狂気の邪気邪念を祓い浄化し、その温かな光は私達を優しく癒すように包み込んでくれる。
「・・・・す、少しチビった・・・死ぬかと思った。」
「クロガネさん。あんな高い崖からあんな猛スピードで飛び出したら危ないですよ。シャイン様、大丈夫ですか?」
「・・・・スミマセン。シャインサマ。シカシ、マニアイマシタヨ。」
私がその何処かで感じた事のある温かな光に優しく包まれ乱世の狂気の邪気邪念により疲弊しきっていた身と心が癒されていくのを心地よく感じていると、やはり何処かで聞いた事のあるこの場にあって余りに緊張感のない声が聞こえてきた。
「シャイン?・・・それにクロガネと・・・シャリーナ姫?」
私は何とか周りの明るさに慣れ始めてきた目を声の聞こえる方へ向けると、そこには久しぶりに見る懐かしい顔があった。
「あ!アジーナおばさま!間に合ってよかった!」
シャインは私を見つけるなり、クロガネの背から飛び降りて私の所へ駆け寄ってきた。
「シャイン!何故貴方がここに来たのですか!ここは貴方のような子供が来る所ではありません!クリスティーンは何を考えているのですか!」
私がシャインの姿を完全に認め、何故、子供のシャインがこんな戦場に来たのか、いや何故クリスティーンはシャインを来させたのか私には理解できずに、つい声を荒げさせてしまっていた。
「ご、ご免なさい。アジーナおばさま。でも、おばさまを助けたくて・・・・」
嬉しそうに駆け寄ってきていたシャインは、私の突然の剣幕に驚きシュンと悲しそうに俯いてしまった。
「アジーナ。マワリヲミテミロ。」
私はクロガネに言われ周りを見回した。
周りには先程まであった乱世の狂気の邪気邪念のどす黒い澱みも、空から落ちてきた太陽のような光もなくなっていた。
天には夜明け前で少し明るくなりかけているが満点の星と優しく輝く月があり、地には生気を取り戻したアルブァロム王国軍とシャイナ教聖騎士団、そして逆に生気を失いかけている狂戦士の群れ、それを遠巻きに眺めている乱世の狂気の邪気邪念のどす黒い闇を吐き出している数騎の騎馬兵、少し離れた空にはクロガネとシャリーナ姫を警戒し睨み付ける邪王ガルー・ドラグルがいる。
そして、辺りには先程も感じたが何処かで感じた事のある、私達を優しく包み込んで守ってくれているような力が満ちていた。
「ワタシト、シャリーナダケデハ、テキヲシリゾケルコトハデキタカモシレナイガ。オマエタチヲ、タスケルコトハデキナカッタ。シャインサマ二、カンシャシロ。」
改めてシャインを見てみる。
シャインは、何時ものように淡い炎のようなゆらゆら揺らめく無色透明な光に包まれ何時の間にやら復活したこの辺りの精霊達を纏わり付かせている。
シャインを包み込んでいる光からは辺りから感じられる力と同じ力を感じる。
私は最初から気づいていたはずだ。
今、この辺りに満ちている力と隠者の里や隠者の森を守る力が同じものだと。
そして、その力の源はシャインであるという事を。
だからこそ、我が娘サーシャを隠者の里へ、いやシャインの側へ避難させたのだ。と、私が考えていると。
「アジーナ様。シャイン様の事お願いします!」
と、シャリーナ姫は邪王ガルー・ドラグルと対峙しながら私に叫んだ。
「ぬう。貴様ら大賢者の手の者か。奴めまさかこれ程までの力を持つ駒を持っていようとは・・・・あの小僧何者だ?」
「・・・・あの方の事を貴方が知る必要はない。ドラコン族最後の将、邪王ガルー・ドラグルよ。私達二人がお相手致します。」
「ふん!魔人族の小娘と・・・・・・まさか・・・・妖怪人か!?まさか・・・・・・まさか、あの小僧・・・」
「魔人族の女王エスカーナ・ターク・ネクロノミアと東神名国国主、神名カネタカが娘、シャリーナ参る!」
「アヤカシビトノオサ、ダイテン・グソン、ト、ツクヨミノムスメ、クロガネマイル!」
「・・・・・・ぬ!相手にとって不足なし!捻り潰してくれるわ!」
シャリーナ姫とクロガネが邪王ガルー・ドラグルと戦闘を開始する頃には、アルブァロム王国軍も事態を把握し動き始めていた。
「大賢者様の援軍だ!体勢を整えよ!今の内に狂戦士どもを駆逐するぞ!」
〈〈〈〈〈応!!〉〉〉〉〉
息を吹き返したアルブァロム王国軍は、弱っている狂戦士の大軍を今の内に駆逐しようとガライアス総大将の号令に従い体勢を整え始めた。
それに気づいたのか、遠巻きに此方の行動を観察していた乱世の狂気の邪気邪念を吐き出している数騎の騎馬兵が剣を抜き切っ先をこちらに向け、何やら呪文を唱え始めたようだ。
すると、その数騎の騎馬兵から吐き出される乱世の狂気の邪気邪念のどす黒い澱みが、ブワッとその量を増したかと思うと、その澱みは地を這い狂戦士の大軍に広がっていく。
弱りかけていた狂戦士達はその乱世の狂気の力を受けその瞳に力が蘇り始めた。と同時に、その騎馬兵達は猛然と騎馬を走らせ一直線にこちらに向かって来る。
「ぬ!盾隊前へ!あの騎馬を止めよ!弓隊はあの騎馬兵を射止めよ!かかれ!!」
ガライアス殿の号令で盾隊は騎馬の進行を阻止しようとアルブァロム王国軍の前面に展開し、弓隊は騎馬兵を射止めようと矢を放ち騎馬兵の頭上に矢の雨を降らせる。
しかし、その乱世の狂気の邪気邪念のどす黒い澱みを吐き出す騎馬兵は止まらなかった。
矢の雨を剣で凪ぎ払い若しくは掻い潜り又は魔法で弾き飛ばし、一直線にアルブァロム王国軍、いや私とシャインに狙いを定めて駆けてくる。
そして、息を吹き返した狂戦士の大軍はアルブァロム王国軍の前面に展開した盾隊を押し倒そうと力任せに体当たりを始めた。
「クソ!!何としても奴等を止めろ!!」
ガライアス殿が大声を張り上げる。