第弐十五話
(アジーナ)
「よし!クーレ、お前の部隊はここに留まり後続の補給部隊を待って本陣の設営をせよ!」
「は!」
「他の者達は私に続け!!抜刀!!行くぞ!!」
〈〈〈〈応!!!!〉〉〉〉
ウオオオオオオーーーーーー・・・
ドッドドドドドーーーーーーー・・・
我々がたった今、精霊の加護斉唱魔法[精霊王の息吹き]を放った戦場を見渡せる小高い丘にクーレの衛生部隊五十を本陣設営のため留め置き。
私は愛剣、光の精霊の刺突剣を引き抜くと天を貫くがごとく突き上げ号令と共に降り下ろした。
そして、シャイナ教聖騎士団四百五十の騎馬隊を引き連れて王国軍が戦っている場所へと砂塵を巻き上げ一気に駆け降りる。
(ガライアス)
「ガライアス様!援軍のシャイナ教聖騎士団です!」
「うむ・・・・・ギリギリのタイミングだったな。」
我が後ろを振り返ると、小高い丘から四百騎余りの騎馬が砂塵を巻き上げ駆け降りてくるところだった。
「よし!敵が怯んでいる今がチャンスだ!押し返せ!!」
〈〈〈〈おお!!!!〉〉〉〉
ウオオオオオオーーーーーー・・・・
ドドドドドーーーーーーーー・・・・
我は跨がる愛馬の脇腹を蹴り上げ、先程の[精霊王の息吹き]により苦しみ混乱をしている狂戦士の群れの中へ、愛剣の炎の精霊剣を振り上げ突っ込んでいく。
乱世の狂気のせいで戦意を喪失しかけていた我が軍の兵達も先程の[精霊王の息吹き]を受け、息を吹き返したように戦意をみなぎれせ我に続いて狂戦士の群れへと挑んでいく。
「身動きの取れなくなっている敵兵は捕らえよ!!皆、乱世の狂気に操られているだけだ!そう皆に伝えよ!」
「はは!!」
息を吹き返した我が軍とは対照的に敵軍であるグランザム公爵領軍は先程までの勢いが嘘のように、まるで引き潮で海の水が引いていくようにグランザム公爵領へと退き始めた。
「・・・・狂戦士になった者は乱世の狂気から解放されない限り死ぬまで戦い続ける筈なのだが。やはり狂戦士を操る者が敵軍にいるという事か?」
・・・・。
「そうですね・・・・どちらにしろ今は深追いをしない方がいいでしょう。王都に援軍を要請したので援軍が来るまで待ちましょう。」
「む、アジーナ様・・・・そうだな。アドモス、全軍に深追いせぬよう伝えよ。」
「は!」
我が撤退していく敵軍を眺めながら独りごちていると、何時の間にか隣に馬首を並べてきたアジーナ様が我に声をかけてきて、既に援軍を王都に要請していることを告げる。
・・・むう。仕方がないか。今回は完全に我の失態であった。聖騎士団が来ていなければ今頃王国軍は全滅していたであろう・・・
(アジーナ)
敵軍グランザム公爵領軍が撤退し、クーレに命じ設営させておいた本陣に戻った後、我がアルブァロム王国軍の被害状況を確認したところ死者百八十、負傷者八百二十三、行方不明者は四千二百七に上った。
「アジーナ様。貴女に聖騎士団を待つよう指示を受けていたと言うのに、無断でグランザム公爵領内へと進軍させてしまった。そのせいで多くの将兵を失い、誠に申し訳無い。この責めは後で如何様にも受ける。」
「そうですね・・・・それに関しては王が判断される事なので、私は何も申しません。が・・・逸りましたね。」
「・・・・・」
軍議の前に意見を擦り合わせるため、私の天幕に訪れていたアルブァロム王国軍総大将のガライアス殿が私に対し深々と頭を下げ、先の戦いの失態について詫びを入れてきた。
私はガライアス殿の主でも上官でもないため、思うところはあったがガライアス殿の主である我らが王に今回の事に関しては判断を委ねる事を伝え、この話題は打ち切った。
「過ぎた事をいつまでも引きずっていても仕方がありません。この先の事を考えましょう。」
「うむ・・・・そう言っていただけると助かる。さっそく今後の事なのだが・・・・」
!!!!!!!!
ガライアス殿が今後の軍事作戦について話し出そうとした時、グランザム公爵領方面から凄まじいまでの邪気邪念を孕んだものがこの本陣に向かってくる気配を感じ私の天幕にいる者達全員が一瞬ビクッと身を震わせた。と同時に、私とガライアス殿は天幕を飛び出し篝火を灯し始めた本陣からグランザム公爵領の方を見る。
その空には、日が沈みかけ薄暗くなり始めているというのに、冥く禍々しい乱世の狂気の邪気邪念の闇を吐き出す何者かが浮かびゆっくりと此方にやって来るのがはっきりと見えた。そして、その下には・・・
ドッドッドドドーーー・・・
・・・やはり乱世の狂気の邪気邪念の闇を吐き出す数騎の騎馬に乗った者達と狂戦士の大群が、グランザム公爵領の乱世の狂気の澱みから涌き出してきていた。
「敵襲!!」
・・・先の戦いは、こちらの力を計っていたということか。そして即、次の攻撃を仕掛けてくるという事は、こちらの戦力は大した事はないとみられたか・・・
「シャイナ教聖騎士団!防衛配置につけ!!」
「は!シャイナ教聖騎士団すでに配置についております!」
「よし!」
「アルブァロム王国軍、精霊魔法師団ラグナ師団長は居るか!」
「は!ガライアス総大将、精霊魔法師団すでに配置についております!」
「うむ!」
「シャイナ教聖騎士団、精霊の加護斉唱魔法[精霊王の盾]詠唱始め!」
「精霊魔法師団、斉唱精霊魔法[大地の連塔城壁]詠唱始め!」
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シャイナ教聖騎士団が本陣の周囲八ヶ所で内を向いて囲み魔力を高め始めると、本陣の周りの大気の精霊達がその存在密度限界まで集まる。と同時に、精霊魔法師団が本陣の中央で魔力を高め始めると、本陣の周りの大地の精霊達がその存在密度限界まで集まる。
シャイナ教聖騎士団が精霊の加護斉唱魔法[精霊王の盾]を詠唱し始めると、本陣の周りの大気に存在密度限界まで集まった精霊達はその輝きと力を増していき、その輝きと力の増幅が限界に達した時、精霊達は激しく回転を始め本陣を包み込む金色のシェルターを形成していく。
同時に精霊魔法師団が斉唱精霊魔法[大地の連塔城壁]を詠唱し始めると、本陣の周りの大地に存在密度限界まで集まった精霊達はその輝きと力を増していき、その輝きと力の増幅が限界に達した時、本陣を中心とした大地が突然ゴゴゴと隆起し始め二十メーター以上の高さの塔になる。
その周りを見ると、本陣のある塔を中心に敵の進行を妨げるように数十もの大小の塔が乱立していた。
これで、精霊の加護魔法、精霊魔法それぞれの最大最強の防御が完成した。
普通ならば魔力補填を定期的に続ければ一週間は余裕で耐えられる筈だが。
「ハ・ハ・ハ・ハ・ハ・・・」
バキン!!バチチチチ!!
「エルフがまさかここまで堕ちていようとはな・・・・愉快でならんわ!!」
あの禍々しい乱世の狂気の邪気邪念のどす黒い闇を吐き出し撒き散らす者が、精霊の加護斉唱魔法[精霊王の盾]に高笑いしながらぶつかった。すると[精霊王の盾]は凄まじい音をたてて揺らいだ。
「まさかエルフが破壊邪神様の撒いた混沌の種、乱世の狂気にここまで侵されていようとは嬉しい誤算よ!大賢者の手の者がここに着く前に片を着けさせて貰おう。」
と、高笑いしながら[精霊王の盾]にぶつかった者が、低く嘲笑を含んだような声音で言った。
その巨大な姿を見ると二千数百年前に破壊邪神と共に天の神子、神武様に封印された筈のドラゴンの姿をしていた。
「ま、まさか貴様は!!」
「如何にも、我はドラゴン族最後の将にして十大邪王が一人、邪王ガルー・ドラグルだ!!」
私はその姿を見その声を聞きその名を聞いたとき全身に脂汗が滲み出るのを感じた。
・・・不味い!!・・・
ほぼ同時刻・・・
(凰)
「クロガネ一人で大丈夫なの?」
・・・。
「ここから一時程かかる所から凄まじい勢いで向かって来る乱世の狂気を纏った者達が四人います。が・・・・クロガネさんなら大丈夫でしょう。」
僕がシャリーナ姉さまに心配そうに尋ねるとシャリーナ姉さまは僕を安心させるように微笑んで見せる。
それから四半時もしない内にクロガネが向かって行った方角から、ドン!!と僕でも感じ取れるほどの凄まじい力のぶつかり合いが始まった。
(クロガネ)
私はシャイン様をシャリーナに任せシャイン様の元を離れた。
私は猛スピードで走りながらシャイン様から頂いた妖術武器のブレスレットに妖力を少し注ぎ長さ一メーター程の妖扇に変化させた。と同時に、神護の指輪から溢れ出すシャイン様の力を体に取り入れ妖力に変えて身体強化をする。
妖扇から溢れるシャイン様の力も妖力へと変化させ、何時でも妖扇の力を発揮させられるようにしておく。
なぜなら私が向かう方角から私と同じように猛スピードで此方に向かってくる者達がおり、その者達から凄まじいまでの邪気と敵意を感じたからだ。
シャイン様から離れて四半時もしない内に、その邪気と敵意を放つ者達と接触した。
ザザザ・・・
ガキン!ブン・ドッ!!
「ぐっ、は!!」ドッザザザ・・・
ギャリン!ザザ、ザ・・ドッ!!
「ぐっ!」ドサッ
ギャリリリ!ブン!!
ドガ!!「ガハ!!」
ザザザザザザ・・・・
「チッ!」
先頭を走って来た者が、問答無用で魔力を帯びた大剣を上段から中々のスピードとタイミングで私の脳天を狙い打ち下ろしてきた。
私は妖力の籠もった妖扇でその大剣と魔力を力任せに横に凪ぎ払い弾き飛ばすと返す妖扇で脇腹を力一杯打ち付けた。
相手は顔を苦痛に歪め翻筋斗打って転がっていく。
その先頭の者が翻筋斗打つ瞬間、その影から魔力を帯びた槍が突き出でくる。
それを妖力の籠もった妖扇で受け流しながら半身になりつつ相手の懐に入り、その勢いのまま妖扇の持ち手側の先を相手の鳩尾にめり込ませた。
相手は苦痛に顔を歪め小さく呻いて崩れ落ちる。
二人目が崩れ落ちると同時に魔力を帯びた鎖鎌が飛んでくる。
私はそれを妖力の籠もった妖扇を突き出し絡め取ると、相手が鎖から手を離す間を与えず間髪入れずに妖扇をまるで釣竿で大魚を水面から牛蒡抜きにするように振るい相手を大岩に打ち付けた。
この三人の相手をしている内に、少し離れたところを三人よりも遥かに力の強い者が通り過ぎていった。
・・・ くそ!この三人は陽動か・・・まあ、シャリーナならば大丈夫だと思うが・・・
と、私が考えている内に相手の三人はふらつきながらも体制を整えていた。
月明かりに照らされる三人の姿を見ると、二人は竜人族、一人は亀人族だった。
竜人族二人は大剣と槍を持ち、亀人族は鎖鎌をブンブンと振り回す。
そして、こちらを威嚇するようにジリジリと間合いを詰めてくる。
・・・二種族共、二千数百年前に破壊邪神に付いた種族だったはず。という事は、この三人が封印から抜け出したという邪神将か・・・
三人共、先程の私の攻撃を受けて力の源である邪気邪念を半分以上吹き飛ばされてふらついているが、まだその鋭い目には私への殺意がありありと見てとれた。
「イイダロウ、サイゴマデツキアッテヤロウ。」
私は妖扇から湧き出すシャイン様の力を妖力に変え妖扇を全開に開く、シャイン様の加護が付与されフェニシリウムで出来た妖扇が纏う淡い炎のような丹色の光と無色透明の光は私の妖力に反応し夜闇にゆらゆらと輝きを増す。
私は、その右手に持った妖扇に体を隠すように軽く腰を落としながら右半身の体制をとる。
そして、妖力を高めながら「コイ!」と死合の合図を送った。
(シャリーナ)
私は、いざっという時の為にシャイン様を後ろに庇いながら、自分達の周りの気配とクロガネさんが闘っているところの気配に神経を集中させる。
すると、暫くしてクロガネさんの闘っている所から、一体非常に強い邪気邪念を纏った者が此方に向かってくる気配を感じた。
「シャイン様、敵が一人此方に向かってきています。私が倒しますのでその岩影に隠れていてください。」
「・・・・うん。分かった。シャリーナ気を付けてね。」
「はい。さ、お早く。」
私はシャイン様の気遣いの言葉に笑顔で答えシャイン様が隠れるのを確認すると、直ぐに来るであろう敵に対し体制を整える。
私はシャイン様から頂いた右腕に嵌めた魔法武器のブレスレットに少し魔力を注ぎ、全長三メーターのハルバードへと変化させた。
間もなく眼前に乱世の狂気の邪気邪念のどす黒い澱みを纏った者が現れた。と同時に私に襲い掛かってくる。
ザザザ・・・
ギャリン!ブン!
相手は竜人族だった。
その竜人族は私に向かって右上段から袈裟懸けに巨大な戦斧を降り下ろした。
私は、ハルバードの柄を使いその戦斧を受け流しながらハルバードの斧部で相手の頭部を狙ったがかわされた。
竜人族は袈裟懸けに振った戦斧の勢いをそのままにブンブンと回転を始め勢いを増していく。
戦斧は絶妙にコントロールされ、頭の上から足元まで全く隙はなかった。
邪悪な魔力を纏った巨大な戦斧は魔力の刃を生み出し吐き出してくる。
その魔力の刃は行く手を遮る木や岩はもちろん有りとあらゆる物を斬り倒していく。
私はハルバードから湧き出るシャイン様の力を魔力に変え、そのハルバードを手元で回転させ邪悪な魔力の刃を弾き飛ばしながら迫り来る相手をかわし相手の動きを観察した。
・・・ふむ、この程度のスピードなら・・・
私が全身とハルバードの魔力を一気に高めると、シャイン様の加護が付与されフェニシリウムで出来たハルバードが纏う淡い炎のような菖蒲色の光と無色透明の光は私の魔力に反応し夜闇にゆらゆらと輝きを増す。
私は手元でハルバードを高速回転させながら相手の回転に合わせ、そのハルバードの持ち位置を伸ばし、猛スピードで私に襲い掛かってくる相手の回転の中心に一瞬回し入れる。と、黒い塊が勢いよく飛んだ。
すると、巨大な戦斧は回転の勢いを無くし軸を揺らしながら倒れ込む。
私はあの一瞬で相手の頭をはね飛ばしたのだ。
そして、相手を見ると体だけでなく巨大な戦斧までもがまるで土塊のように崩れ、仕舞いには灰のようになり風に乗って飛んでいってしまった。
「タイシタチカラダ。」
私がその光景を見ていると、木陰からクロガネさんが出てきて私の力を誉めた。
「いえ。私など、まだまだですよ。」
「ソウカ?・・・トコロデ、シャインサマ、モウデテキテモダイジョウブデスヨ。」
「・・・・クロガネ。ここからアジーナおばさまの所まで急いでいくと何れぐらいで着きますか。」
クロガネさんに声を掛けられたシャイン様は声を震わせながら、ここからアジーナ様のいるアルブァロム王国軍の本陣まで急いで何れぐらいで着けるのか尋ねた。
その顔は何時になく不安に歪んでいた。
「どうされたのですか?シャイン様。」
「シャリーナ姉さん・・・・非常に嫌な予感がするんだ・・・今すぐ行かないと間に合わなくなってしまいそうな・・・」
シャイン様は、その不安な予感に非常に焦っているようだった。
「ワカリマシタ。シャインサマ、ワタシニオブサッテ、シッカリツカマッテクダサイ。」
そう言うとクロガネさんはしゃがみ込みシャイン様を背負って、しっかりと両腕でシャイン様を支えると猛スピードで走り出す。
「シャインサマ。ボウガイガナケレバ、イマカラダト、ヨアケマエニハツケルトオモイマス。」
「・・・・分かった。ゴメン、頑張って・・・」
「ハイ。」
私もクロガネさんに付いて走っていく。
クロガネさんは、更にスピードを上げていった。