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異世界戦国異聞 <勇女~勇ましき女たち~>  作者: 鈴ノ木
第壱章  隠者の里 平穏
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第弐十壱話

聖神武歴2144年 9月2日 夏


(カクラ)

 二年前、私がクリスティーンに「会う覚悟を決めておけ」と言われた人物、東神名国、現国主の娘が大賢者であるクリスティーンに会うために、今日、この隠者の里にやって来る。


 ・・・祖国を追われ、早12年と少し・・・・とうとう、この日が来てしまった・・・


 一昨日、クリスティーンに「気持ちを整理しておけ」と言われたが、そう簡単に整理のつくものでは無い。


 父上は殺され、兄上は捕らえられ、私は命からがら国を脱出した。


 その後、東神名国の真都に戻り真上城に潜伏した、ジロウとサブロウからの情報や真都に潜伏している里の者達の情報により、兄上は真上城の天守にある座敷牢に幽閉されているという事だった。


 ただ、それを知るのは現国主で私の叔父である神名カネタカと、その娘シャリーナの他ほんの一部の人間しか知らないという。


 では何故ジロウとサブロウがその事を知りえたのかというと、偽物の遺体と兄上を入れ替え天守の座敷牢に護送する役目の者達に、ジロウとサブロウが選ばれたからだという事らしい。


 それを知った時、最初、これは私に対する罠か?とも思ったのだが、ジロウやサブロウ、里の者達のその後の情報によると、叔父上とシャリーナは兄上を守ろうとしている、との事だった。


 私は、叔父上とシャリーナに対して兄上を救ってくれた事には感謝している。が、しかし、叔父上に、その意志が無かったにしても私から大切なものを全て奪った事にはかわり無かった。


 それに関して私は、まだ、気持ち的に許せていなかったのだ。


 動乱当時を思い返してみる。


 何故、父上を殺され私は国を追われたのか・・・・。


 戦争推進派の動向に監視をつけるなどして、もっと気を付けておくべきだったのかもしれない。

 又は、戦争推進派の意見にもっと耳を傾けるべきだったのかもしれない。


 私達は戦国乱世に蔓延はびこる乱世の狂気等の怨念が人々の内面に与える影響に、もっと早く気が付くべきだったのだろう。


 結局のところ、自分達の油断に付け込まれた、としか言いようがない・・・。


 そう考えると、国を奪われた原因の大半は私達に有るような気がしてくる。


 ・・・何にしても今さらの話だが・・・


 はぁっと、私は溜め息を吐きティーカップをテーブルに置く。


 「まだ、気持ちに整理がついてないのかい?」


 そんな私を見て、クリスティーンが〈ヤレヤレ困ったものだ〉というような表情で声を掛けてきた。


 私と娘のカリン、息子のシャインは、今、クリスティーンと一緒に庭先にある木陰でお茶を飲んでいる。


 クロガネと式神童子のマロは何時ものようにシャインとカリンの後ろに控え、アカガネは今日訪れる来訪者を里の入り口まで迎えにいっていた。


 私の夫であるカンザブロウは、キリマル殿と里の者達と共に隠者の森の見廻りで2日ほど前から里を空けたままだ。

 カナコは家で朝食の後片付けをしている。


 朝食を終えた時、私はクリスティーンに「来訪者が来るまでお茶にせんか?」と、お茶に誘われたのだ。



 私達の頭上を覆う木々の枝葉が、朝のまだ柔らかな日の光を遮り私達の周りに光と影のコントラストを描いている。

 その光と影のコントラストは、朝の爽やかな風にサワサワと耳に心地よい音をたてながら、揺れる枝葉に合わせてユラユラと揺らめいていた。



 はぁっと、私が何度目かになる溜め息を吐き、クリスティーンが呆れ顔をするだけになった頃。


 「お待たせいたしました。」

と、後ろからアカガネの声が聞こえてきた。


 その瞬間、私の心臓はドキリと一瞬大きく跳ね上げた。


 私は、どんな顔をして会えばいいのか?


 シャリーナの顔を見た瞬間、罵声を浴びせ掛けてしまうのではないのだろうか。


 動乱当時、彼女は年端もいかない子供だった、そんな彼女に何の罪もないという事は分かっている、が・・・。



 「お初にお目にかかります。大賢者クリスティーン様。この度は面会の機会を与えていただき心よりお礼申し上げます。」

 「ああ、そんな堅苦しい挨拶はいいよ。どちらにせよ魔人族と連絡を取るのに、お前さんとは一度どうしても会わなければならなかったからね。」


 ・・・・・・。


 ザッ・・・「カクラ様、お久しぶりに御座います。・・・・・・カクラ様には如何様な罰を与えられても全てこの身に受ける所存に御座います。命を差し出せ、と言われるのでれば、この命差し出しましょう。・・・されど、クリスティーン様との話が終わるまで何卒お待ちいただきたくお願い申し上げます。」


と、12年前に比べると、たどたどしさが無くなり大人びた凛と透き通るような感じになった懐かしい声音が耳に入ってきた。


 その懐かしい声がした方へ、私はイスに座ったままゆっくりと振り返る。

 そこには、私の記憶には幼女の姿しかない、その女性へと成長した魔人族と人族とのハーフの従妹が、地面に座して深々と頭を下げている姿が目に入ってきた。


 その懐かしい姿を見て、今までの心の蟠わだかまりが何故かスーと消えていくような気がした。と、同時に、また昔のように可愛い従妹をからかったりして抱き締めたいと思う気持ちが込み上げ、口許が綻ぶのを感じると共に頬に何時の間にか温かなものが流れている事に気がついた。


 私はイスから立ち上がり、その頭を下げている魔人族の血を引く従妹である女性の側へと歩み寄る。

 そして、その女性の前まで来て、ゆっくりと口を開く。


 「シャリーナ。頭をお上げなさい。」


 私が声を掛けると、シャリーナはピクリと体を小さく震わせた後、ゆっくりと頭を上げた。と、同時に、私は膝を付きシャリーナを抱き締めた。


 「シャリーナ・・・カクラ様じゃ、無いでしょ、カクラ様じゃ・・・・」


 ・・・・・。


 「カクラ様、我らを「許す」と言われるのですか?」


 シャリーナは驚きの表情を現す。


 「・・・そうです。」


 ・・・。


 「ですが、それでは・・・私の気持ちが収まりません!」

 「私はもう大切な者達を失いたくないのです。私の今の家族は勿論この里の者達も、そして貴女も・・・・」


 ・・・・・。


 「本当に、マサトラ様といいカクラ様といい・・・甘過ぎます。」


 シャリーナは、震える声を絞り出すようにして呟いた。


 「そうですね・・・・そうかもしれません・・・・それではこうしましょう。罰として、これから私の事は、お姉ちゃんと呼ぶこと。」


 ・・・・・・・。

「せめて、お姉さま、にさせて下さい。」


と、シャリーナは楽しげに言った・・・心なしか僅かに震えた声で・・・。


 シャリーナの頭が乗る私の肩が僅かに濡れているのを感じながら、私はシャリーナの体を抱き締め続けた。



(シャリーナ)

 私はアルブァロム王国から隠者の森に入り隠者の里へと向かった。


 一昨日、やっと隠者の里への立ち入りを許可されたのだ。


 大賢者様からの使者によると、隠者の里の入り口に迎えの者が立っている、との事だった。



 二年前、私は大賢者様と八守天のお一人にお会いする為に何度か隠者の森に足を運んだのだが、大賢者クリスティーン様と八守天の一人、天刀あまのかたなのキリマル様にお会いする事はおろか隠者の里に入る事さえ出来なかった。


 キリマル様には12年程前、数度お会いしたことがあったが、まさか八守天の一人で天刀の称号を持つ方だとは思いもしなかった。確かに腕は立つが、ただの酔っぱらいの面白いオジサンくらいにしか思っていなかったのだ。


 キリマル様は12年前、トラカツ様に食客として召し抱えられ、動乱当時にはカクラ様と行動を共にされていた。

 また、カクラ様の側仕えだったカナコさんの故里こりはハーフエルフの隠れ里だと言っていた。

 隠者の里はハーフエルフの隠れ里だという。

 おそらく、カナコさんは隠者の里の出だろう。

 ならば、カクラ様は隠者の里に身を寄せておられるとみて間違いない。


 そう考えれば、二年前、隠者の里に入る事を拒否されたのも仕方のなかったことだと思う。


 今回、何故、隠者の里に入る事を許可されたのか不思議なくらいだ。



 私は、カクラ様が隠者の里に身を寄せているだろう事に気付いた時、これも定めかと思った。


 大賢者様はどうか分からないが、昔カナコさんから聞いた話から考えるに恐らく隠者の里のハーフエルフ達はカクラ様の下についている事だろう。


 そうなれば、里の者達にとっては、私は主の仇敵という事になる。


 里に入ったとたん討たれたとしても文句は言えない・・・・私は、それも仕方がないかと思っている。


 たとえ、父上や私の意思ではないにしても、私達がカクラ様から全てを奪い去ってしまった事に違いないのだから。


 しかし、その前に、私にはやっておかなければならない事がある。


 私の母上の一族である魔人族は、二千数百年前にこの世界を消滅させようとした破壊邪神とその眷属共を封じた封印を守っている。


 しかし、今、その封印は長い年月が経ち弱まってきている。

 その上、その封印を掛けた天の神子である神武様が亡くなった事が封印の弱体化に拍車をかけていた。

 あと数年もすれば、封印は崩壊し破壊邪神とその眷属が世に解き放たれるだろう。

 それまでに、何か手を打っておかなければ今度こそ確実にこの世界は消滅する。


 私は封印が崩壊した時、共闘出来るようにする為、八守天の方々と六天人様と天の神子候補の方々、エルフ、妖怪人あやかしびとの一族、そして大賢者様に今の内に渡りをつけ、また出来れば全ての種族に協力を得られるようにしなければならない。


 しかし、二千数百年前には妖怪人の一族と大賢者様が戦いに参加していなかったとはいえ、この世界の全ての生命の力を借りてようやく封印できたものが、今回、もし妖怪人の一族と大賢者様が戦いに参加したとしても果たして倒すことが出来るのだろうか?


 母上によると、封印の中にありながら破壊邪神は二千数百年前よりも確実に力をつけてきている、という事なのだが・・・・。


 ・・・どちらにしろ、私達はやれるだけの事をやるしかない・・・


 その為、私は父上とこのゴンドアルカ大陸に渡り、父上はゴンドアルカ大陸での発言力を大きくする為、東神名国の勢力拡大を、私は数年前から冒険者となって、この大陸の情勢を把握しつつ乱世の狂気の勢力分布等を調べるながら、協力者を求めてゴンドアルカ大陸中を旅して回っているのだ。



 隠者の森に入ってから2日目の朝、隠者の里が有るだろうと思われる辺りで赤髪に白磁のような白い肌、独特な鼻の高い美青年が一人立っていた。その身体的特徴からいって妖怪人のようだ。


 「シャリーナ様ですね。お待ちしておりました。私わたくし、大賢者様に仕えているアカガネ、と申します。」

と言うと、その妖怪人の青年は恭しく頭を下げた。


 アカガネと名乗った青年は私の返事を待たず、私が大賢者様への面会の許可を受けている者と確信して対応している。


 ・・・まあ、大賢者様に面会を求めているのが魔人族だという事は知っているはずか・・・


 ゴンドアルカ大陸には魔人族は私一人しかおらず、魔人族は一目見れば直ぐに分かる。


 「すぐに大賢者様の許へご案内いたします。」


 アカガネはそう言うと、私の前を歩き始めた。


 アカガネについて歩いていくと、目の前を覆っていた隠者の森の木々が揺らめくようにして突然消え、視界が急に広がりエルフの国特有のウッドハウスがゆったりとした間隔で立ち並ぶのが目に入ってくる。と同時に、子供達の楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてきた。


 どうやら、無事に隠者の里の結界の中に入れたようだ。


 遠巻きに此方を警戒するような視線を向けてくる里の者達も居るが、表だった行動を仕掛けてくる者達は居なかった。


 暫くの間、アカガネについて歩いていくと、太刀峰山脈側の里の際奥にある二つ並んで建っている屋敷の庭先に着いた。


 そこには、四人の人物がお茶を楽しのしみ、アカガネに瓜二つだが髪の色の違う女性と性別の分からない子供の使用人(?)が、その側に控えていた。


 お茶を楽しむ四人の内、一人は白いローブに身を包み車イスに座っている老女、恐らく彼女が大賢者なのだろう。そして、もう一人は、その老女の向かいに座り此方に背を向けている女性、その懐かしい背中まで伸ばした銀髪を三つ編みにして纏めた後ろ姿は、12年前と殆んど変わりがないように見えた。


 その姿を視認した時、私の心に懐かしさと共に生きて再び会えたという喜びと、私の事を恨んでいるだろうという不安が綯ない交ぜになった感情が沸き上がってくる。


 その時、アカガネがその四人に声を掛けた。

 「お待たせいたしました。」と。




(シャイン・おう)

 今日、初めてクリスティーン婆さまを訪ねてきた女性とカクラ母さまのやり取りを、僕とカリン姉さまは唖然として見ていた。


 その十代後半とおぼしき女性の額の左右には頭に沿うように生えた二本の角、艶のある背中まで伸ばした黒髪は三つ編みにして纏め、肌は瑞々しく綺麗な小麦色、顔は少し幼さが残るが端正で見目麗しい。その意思の強そうな目には黄金色の瞳が輝いていた。


 婆さまから聞いていた魔人族の身体的特徴に合致するこの女性が、封印を守る魔人族なのだという事は分かった。が、母さまとこの魔人族の女性との関係が全く分からなかった。


 それは、カリン姉さまも同じだったようで、カリン姉さまは好奇心に耐えきれず口を開いた。


 「母さま。そちらの方は何方どなたですか?」


 カリン姉さまの声に魔人族の女性と抱き締めあっていた母さまが、ハッとしたように此方に顔を向けた。


 「そうだったわね。あなた達にはまだ話してなかったわね。」

と言って、母さまは立ち上がった。

 母さまについて魔人族の女性も立ち上がる。


 「此方に居るのは、あなた達の従叔母じゅうしゅくぼの・・・・」

 「今は一時的に家とは絶縁をして冒険者をしているので、ただのシャリーナと。」

 「そぉ・・・シャリーナよ。」


 母さまが僕達に紹介した魔人族の女性シャリーナは、僕達に微笑み掛けてきた。僕とカリン姉さまは反射的にハニカミながら笑顔を返す。


 「シャリーナ。こっちの二人は私とカンザブロウの子で、左が娘のカリン、右が息子のシャインよ。宜しくしてやってね。」

 「初めまして・・・えっと、シャリーナおばさま。カリンと言います。」

 「初めまして、シャリーナおばさま。シャインです。姉共々よろしくお願いします。」


と言って、僕とカリン姉さまは頭を下げた。


 「あはは・・・おばさま・・・立場上はそうなのかな・・・一応まだ二十なんだけどな・・・・」


 あはは、と乾いた笑いを漏らして、シャリーナおばさまは両手の人差し指をツンツンと付き合わせながら、落ち込んだような顔で呟いていた。


 「コラ!カリン!シャイン!せめて、お姉さまと呼んであげなさい!シャリーナはまだ若いんだから。」

 「「はーい。ご免なさい、シャリーナ姉さま。」」


と、僕とカリン姉さまは素直に謝って頭を下げる。


 「うんうん。いい子達だねー。」

と、シャリーナ姉さまは嬉しそうに微笑んでいた。が、僕を見た時シャリーナ姉さまは、ほんの一瞬、驚いたような表情をした。僕しか気付かなかったようだけど。


 『何だろう?シャリーナ姉さま、僕を見て驚いてたみたいだけど。』

 『さあな・・・銀と金のオッドアイが珍しかったのと違うか?』


 その後、シャリーナ姉さまを交えて五人でお茶を楽しみながら、四方山話よもやまばなしに花を咲かせた。殆んど母さまの冒険者時代とシャリーナ姉さまの冒険譚が中心だったが・・・。


 「さて、こうしてシャリーナとも馴染めた事だし、本題に入るとしようかね。」

と、クリスティーン婆さまが言うと。

 「そうですね。」

と、シャリーナ姉さまが応えた。


 すると、和気藹々としていた周りの雰囲気が一瞬で緊張したものに変わった。


 「クリスティーン様、もうお気付きだとは思いますが、破壊邪神の封印が後二・三年で破られます。」

 「ああ、分かっているよ。あの封印式の原型を作って天の神子に渡したのは私の姉だからね。その構造と原理は聞いている。そして破壊邪神に対しての有効期間もね。」

 「そうですか・・・私はキリマル様を除いた八守天の方々、六天人様と天の神子候補の方々、エルフの王とシャイナ教大神官、そして各国の要人に極秘裏に会ってきました。封印が破られた時に協力を得られるように・・・」

 「ふむ・・・八守天は快く承諾してくれただろう。恐らく、神武の遺志でもあるだろうからな。それは、キリマルとて同じだろう。エルフとシャイナ教も勿論承諾しておろう。各国は、まあ、今の世界の状態では、その時次第といったところか。封印が破られたら、そんな事は言ってられないだろうがな。問題は、六天人と天の神子候補か・・・・」

 「はい。六天人様と天の神子候補の方々は、まだ幼すぎます。しかも、神子候補がまだ決まっていない方もおいででした。それに、エルフの方も今後、南部に蔓延はびこっている乱世の狂気に力を削がれる可能性が高いです。」

 「ふむ、結論から言って、今の状態で破壊邪神に封印が破られたら、この世界は終わりだね。」

 「はい。ただ、母上様が言うには、妖怪人の一族とクリスティーン様が力を貸してくれたらなんとか成やも知れない、という事です。」

 「・・・・いや、私や妖怪人が力を貸しても、今の破壊邪神には勝てないね。二千年前なら話は別だが。それに、私は今回協力するに吝やぶさかでないが、妖怪人は鳳凰の命しか聞くまい。」

 「つまり、手詰まり・・・・・・ですか・・・」


 ・・・・・・・・。


 少しの間、シャリーナ姉さまは重い空気に包み込まれている感じだった。


 母さまを見ると、ただ黙ってシャリーナ姉さまと婆さまの話を聞いていた。


 耐えきれず、「あの、婆さま・・・」と、僕が口を開いたと同時に、「まあ、手が無いわけでもない。」と、婆さまは言い放った。


 「え!?何か手があるのですか?」

と、シャリーナ姉さまは体を乗り出して婆さまに訪ねる。

 「ああ、今、封印を破られるのが不味いのなら、その時期を伸ばせばいい。後、十年も延びれば十分だろう。」

 ・・・・・。

「それは、母上様もいろいろと試したそうですが、あの封印の修正強化はクリスティーン様の姉上様であるアテート様か天の神子の神武様にしか出来ないとの事でした。しかも、お二方とも残念ですが、もう居られません。」

 「いや。私はその封印の構造と原理を知っている。それを元に封印を修正強化する魔法道具を作れる者がここに居る。」

と、婆さまは僕の肩に手を置いて言う。


 それを聞き、え!?というような表情でシャリーナ姉さまは僕を見る。

 僕は何だか気恥ずかしくなり、目を逸らしてしまった。


 「シャリーナは、この子を見て何も感じないかい?」

 ・・・・。

「余りにも、どの種族ともかけ離れた感じがしていたので、言っていいのか悩んでいたところです。」

 「あはは、さすがハーフと言えども魔人族と言ったところだね。」

 「この子はいったい何者です?」

 「それは、また、おいおい話すとして。この子は魔法道具の作成に関しては天才的でね。もうすでに封印を修正強化する魔法道具を作らせてある。」

 「それは本当ですか!」

 「ああ、今すぐにでも引き渡せるよ。」

 ・・・・。

「見せてもらってもいいですか?」

 「ああ、構わないよ。ただ、触れないように気を付けてくれ。お前にしか使えない魔法道具になってしまうからね。」

 ・・・・・。

「分かりました。今は見せてもらわなくてもいいです。母上様に連絡してすぐに取りに来てもらいます。とは言っても早くても一週間程掛かりますが。」

 「ふむ、どうやって連絡を取るんだい?」

 「私の姉上が母上様の近くに何時も居ますので・・・・私と姉上は双子で以心伝心の法が使えますから。」

 「ほお、時間や空間に関係なく考えを相手に伝えることが出来るという魔法だね。」

 「はい。」


 ・・・・・・・・・。


 「話がつきました。5日後に受け取りに来るそうです。」

 「それはまた早いね。」

 「はい。封印を修正強化し十年は持たせることが出来ると言ったら「最速で取りに行く」と言ってました。」

 ・・・。

「そうかい。」


 シャリーナ姉さまと婆さまの話が終わった後、カリン姉さまが不安げな顔をして母さまに尋ねた。


 「母さま。シャインは私達と違うの?」

 「カリン。シャインはシャインよ。あなたの大切な弟でしょ。それとも、カリンには別のものに見える?」

 「ううん。シャインは私の大切な弟だよ!」

 「そうでしょ。」

 「うん!」


 カリン姉さまは何があっても僕が大切な弟であることに変わりはないと再認識して、安心したのか笑顔を見せた。


 それから5日後、隠者の森近くの海辺に魔人族の女王の乗った船が到着した。


 「お久しぶりです。クリスティーン様。」

 「ああ、久しぶりだね。エスカーナ。」


 僕達は、クリスティーン婆さま、カクラ母さま、僕、シャリーナ姉さま、クロガネ、アカガネの六人で魔人族の女王エスカーナ様を迎えに出ていた。


 「シャリーナも元気そうで何よりです。」

 「お母様も、おかわりなく。」


 「早速ですが、クリスティーン様、封印を修正強化する魔法道具を見せていただけますか?」

 「ああ、そうだね。シャイン、持って来ておくれ。」

 「はい。」


 僕は婆さまに言われ、全体に幾何学模様の神印が施された直径約50センチメーターのフェニシリウムで出来た球体状の封印を修正強化する神具を、女王エスカーナ様の前に持っていく。


 エスカーナ様は僕の姿を見て一瞬息を飲んだが、僕が神具を、「お待たせしました。」と、差し出すと慌てて受け取ろうとして、その神具に触れた。瞬間、神具は、カッ、と強烈で優しい光を放つ。

 その強烈で優しい光が収まると、その封印を修正強化する神具は淡い炎のような紫と透明な光を纏っていた。


 それを見、その力を感じ、魔人族の女王エスカーナ様は、その封印を修正強化する神具を捧げ持ち僕に膝ま付いていた。

 ふと、シャリーナ姉さまの方を見てみると、同じように膝ま付いていた。


 「あの、冗談は止めていただけますか?女王様。」

 「いえ。我等が主にして我等が神よ。我等魔人族は我等の祖ゼンオウの誓いに従い、必ずや貴方様の力になりまする。何卒、今の貴方様の名をお聞かせ頂けませんでしょうか?」


 僕は暫らくの間、顔を引きつらせ固まっていたが、はあ、と大きく息を吐き諦めて、魔人族の女王の問い掛けに応えた。


 「今は、隠者の里のカクラとカンザブロウの息子で、シャインと言います。以後お見知りおきを。」

 「シャイン様と言われるのですか。良いお名ですね。しかも、我が夫の姪子殿がご母堂とは。」

と言い、エスカーナ様は優しい笑顔を僕に向けてくる。


 「シャリーナ。貴女はシャイン様のお側に仕えシャイン様をお守りしなさい。いいですね。」

 「分かりました。お母様。シャイン様、誠心誠意お仕えさせていただきます。何卒よろしくお願い致します。」

 「え!いや、ちょっと待って下さい。カリン姉さまは、まだ何も知らないし、まだ知られたくないのですが。」

 「分かりました。ここに居る方々以外の人物が居るときは、今までどうりの接し方をさせて頂きます。それ以外では、主従の対応を取らせていただきます。それで宜しいですね。」

と言って、シャリーナ姉さまに強い意志の籠った目で見つめられる。


 僕は助けを求めて周りを見回すが、母さまは肩を竦めるだけ、婆さまは〈まあ、いいんじゃないかい〉という顔で、アカガネは相変わらず無表情、最後の頼みの綱のクロガネは、少し嬉しそうだった。


 『そういえば、この五日間、あの口下手なクロガネが珍しくシャリーナ姉さまとよく楽しそうに話してたよね。』

 『ああ、随分と相性がいいようだったな。』


 僕は、はあ、と大きく溜め息を吐き、「もう、好きにしてください。」と、力なく応えた。

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