第弐十話
(鳳)
カリン姉は、家に着いても凰の手を握ったまま泣き続けていた。
「あらあら、カリン、どうしたの?」
「か、母さま、ひっく、わたし、ずっと、ずぅーっと、ひっく、シャインと一緒に居たい。ひっく、な、なのに、みんな、ひっく、わたしから、し、シャインを、と、取ろうとするの!」
と、ここまで言うとカリン姉は、うわ~~~ん、と、また泣き出した。
そんな、カリン姉をカクラ母さんが優しく抱き寄せて、宥めるように優しく頭を撫でる。
「カリン、泣いてばかりいてはだめよ。シャインを取られたくなかったら、いい女になりなさい。シャインが、他の女性に見向きもしないような、すばらしい女性になるよう努力なさい。そうすれば、シャインは何処にも行かないわ。」
「ひっく、ひっく、・・・ほ、ほんとう?母さま。」
「ええ、本当よ。」
「ひっく・・・わたし、がんばる。」
「ん、カリン、がんばって。」
と、母さんはカリン姉を再び優しく抱き締めた。
『宥める為とはいえ、多少問題のある発言だとは思うが・・・・さすが、母さんだな。』
『うん、僕が何を言っても泣き止まなかったのに、あっという間に泣き止んじゃったもんね。』
『ああ・・・ただ、母さん本気で言ってないよな・・・。』
『うん・・・・どうだろう・・・この世界の時代的背景もあると思うけど、血縁者同士の婚姻も普通にあるようだし・・・』
『・・・・・血は繋がってないが、お前は姉と結婚したいのか?』
『え?・・・・いや、そういう訳じゃないけど・・・』
・・・・・・・・・・・。
その後、昼食の時以外、カリン姉は凰の服を掴み、何処に行くにも凰の後に付いて回った。
「おや? カリン、今日は何時に無く凰にべったりだね。」
と、クリスティーン婆様が訝しげに言う。
「ええ・・・午前中いろいろあって、今日はずっと一緒に居てあげて、と母さまに言われたんです。」
「・・・そうかい。カリンも、もう十二歳だというのにねー・・・まあ、いいか。カリン、危ない物もあるから大人しくしているんだよ。」
「・・・うん。」
「・・・ああ、そうだ、どうせなら、カリンにも手伝ってもらったらどうだい?」
「・・・うん。そうですね。・・・カリン姉さま、手伝ってくれる?」
「うん・・・わたし、シャインを手伝う!」
里に戻ってから、ずっと暗い顔をしていたカリン姉は凰に手伝ってくれるかと聞かれ、余程嬉しかったのか、パアッと明るい笑顔を見せた。
「それじゃー、まず、フェニシリウム用小型魔法溶鉱炉に僕が燃力を充填しますから、その後、姉さまが溶鉱炉に魔力の火を点けてください。」
燃力とは、魔法溶鉱炉の火(濃密な魔力の火)の燃料となる世界の力の事なのだが、普通に周りから掻き集めて充填すると丸一日かかる。が、俺達(鳳・凰)の体が生み出す力は世界の力の代わりとなので、そのまま充填すれば、そんなに時間は掛からないだろうと俺達は思っていた。
それから、凰は、四半時も掛からずに燃力の充填を完了した。
・・・。
「随分と早かったね・・・普通に充填するよりは早く出来るとは思っていたが・・・。」
と、クリスティーン婆さまも驚いていた。
・・・多少早くは完了するとは思っていたが・・・やった俺達もビックリだ・・・実際やったのは凰だが・・・
「それでは、姉さま、溶鉱炉に魔力の火を点けてください。」
「うん、分かった。・・・どうやってやるの?」
「ああ、カリンには私がやり方を教えておくからシャインは他の準備をおし。」
「分かりました。・・・それじゃあ、お願い出来ますか?」
「ああ、やっておくよ。」
凰は、カリン姉と婆様にフェニシリウム用小型魔法溶鉱炉の火(濃密な魔力の火)の点火まで頼み、自分は指輪と婆さまに頼まれた物を作るのに使うフェニシリウムを含んだフェニシリウム鉱石の計量を始めた。
フェニシリウム鉱石は、大量の不純物により色は黒く金槌で叩くと簡単に割れてしまう。
フェニシリウムは濃密な魔力の炎に触れると液体化して鉱石から染み出す、また、他の物質より比重が重いため下に溜まる特性を持っている。
その特性を利用して、フェニシリウム用小型魔法溶鉱炉でフェニシリウム鉱石からフェニシリウムを製錬するのである。
『凰、今回作る探知の指輪は、何人分作るんだ?』
『んー、そうだね。取り敢えず家の人達の分と婆様の所の分。それと・・・カルハンさんの商隊の人達の分も作りたいけど、時間がないから、カルハンさんとカウラスさんの分かな?』
『そうすると・・・11個か。・・・大丈夫か?』
『うん・・・まー・・がんばるよ。』
魔法溶鉱炉の炉の温度が十分に上がったところで、ある程度砕いたフェニシリウム鉱石を投入する。
フェニシリウムが、製錬されるまで約一時ほどかかる。
フェニシリウムが製錬されるまでの間、炉の温度や圧力等調整をしなければならないので凰は魔法溶鉱炉から離れることは出来ない。
半時程した頃、背中に重みを感じ凰が背中を覗き込むように頭だけで振り返ってみると、カリン姉が凰の背中に凭れかかり寝息をたてていた。
むにゃむにゃ・・「・・・シャイン、何処にも行かないで・・・」むにゃ・・・
・・・・・・。
『まあ、午前中いろいろあったから疲れたんだろう。』
『うん・・・そうだね。』
「ああ、カリン寝ちまったね。どうする?アカガネに家まで送らせようか?」
「・・・いえ。当分、邪魔になるような作業は無いので、このままにしておいてあげてください。」
と、凰が言うと、アカガネが家からタオルを持って来てカリン姉に掛けてくれた。
フェニシリウム用小型魔法溶鉱炉の炉内はかなりの高温高圧になっているが、外には全くその熱は漏れてきていなかった。
季節は、まだ春先で日は暖かくなってきているが、空気はまだヒンヤリとしている。
それから、暫くカリン姉の体温を背中に感じながら凰は作業を続けた。
魔法溶鉱炉にフェニシリウム鉱石を投入してから約一時がたった。
凰は、魔法溶鉱炉の下に取り付けられている製錬されたフェニシリウムを取り出す為の取り出し口の栓蓋を開けた。
すると、取り出し口からドロドロに溶けたフェニシリウムが受け皿に流れ出す。
それを、しばらくの間、冷えて固まるまで置いておく。
製錬されただけのフェニシリウムは、まだ多少不純物が含まれており鉱石よりは硬いが金槌で叩けば割れるほど脆い。
そのため、魔法炉で熱しながら鍛造鍛練をして不純物を排除し強度を上げ形を整形していく。
魔法溶鉱炉からフェニシリウムを取り出し終えた時、ちょうど夕食の時間になりカナコが呼びに来た。と、同時に、「ん・・・」と、カリン姉が目を覚ました。
「・・・シャイン出来た?」
「ううん。まだまだだよ。それよりも、もうご飯だって。」
「ん、わかった。」
カリン姉は眠気顔を擦りながら立ち上がった。
凰は、魔法溶鉱炉からフェニシリウムを取り出した後、スラグを取り出し溶鉱炉の火を落とした。
「それじゃあ、食事に行きましょうか。」
と、凰が作業を終えるまで待っていてくれたカリン姉や婆さま、アカガネとクロガネ、カリン姉の式神童子マロに声を掛け作業場を後にした。
食後、凰は少し休んでから、作業場に戻り魔法炉の準備をし炉の点火をカリン姉と婆さまに頼んむ。
その間に、魔法溶鉱炉で製錬したフェニシリウムを金槌で砕き、指輪を一つ作るのに必要な量を計りフェニシリウムの欠片を11個準備した。
そうしているうちに魔法炉の方も温まっていた。
流石に今度はカリン姉に引っ付かれていると危険なので、少し離れた所に居るクリスティーン婆さまの隣でイスに座って見てもらっている。
凰は、火箸でフェニシリウムの欠片を一つ取り魔法炉に投入した。
今回、探知の指輪がうまく出来れば、そのまま婆さまに頼まれている封印強化の為の魔法道具を作ろうと思い、多目にフェニシリウムを準備してある。
その為、一回や二回は失敗しても問題はない。が、失敗するつもりで作っていては、成功するものも成功しないので最初から気合いを入れてフェニシリウムを鍛造鍛練していく。
赤く焼けたフェニシリウムの欠片を魔法炉から火箸で取り出し、邪気邪念を祓い浄め皆を守るよう想いと力を込め槌を振るう、カアーンカアーンと金槌で二つに折り曲げ叩き伸ばし、ある程度伸びたらまた折り曲げ伸ばす。
そして、冷め始めたら、また魔法炉で熱し赤く焼けたら取り出して折り曲げ叩き伸ばし、また折り曲げる。
これを何度も繰り返す事により、叩く度に飛んでいた火の粉が飛ばなくなり金槌で叩く音も、カーンカーンと最初の頃より少し高い音が出始めた。
これは、フェニシリウム内の不純物や空気の泡等が無くなり、結晶粒が微細化して組織が強化された証拠だ。
そのフェニシリウムを最後にもう一度、魔法炉に投入し真っ赤に焼けたところで取り出し、素材がフェニシリウムで出来た芯金に金槌で、その真っ赤に焼けたフェニシリウムを叩き伸ばしながら巻き付け指輪の形に整形していく。
そうやって指輪を11個作り、後は魔法印を施すだけとなったときには、もう夜も更け始めていた。
ふと、凰がカリン姉の方に目をやると、カリン姉は、もう、うつらうつらとし始めていた。
『これは、カリン姉さまの物から仕上げてしまった方がいいね。』
『そうだな、カリン姉に一番にあげたいよな。』
『うん。』
凰は指輪を一つ取り、固定器具に取り付けると彫金用のタガネとハンマーで、フェニシリウムの指輪に魔法印を想いと力を込めてコツコツと刻んでいく。半時程かけてフェニシリウムの指輪全体に、幾何学模様の探知の魔法印を刻み込む。
その魔法印を刻み終えると、フェニシリウムの指輪は一瞬ボッと強烈な光を放ち、その光が収まると探知の魔法印は精緻で美しく清らかな神印へと変わる。
その神具と変わった指輪は淡い炎のような光を纏っていた。
「よし!出来た!」
『うん!上出来だね。』
『おお、そうだな。』
凰は、カリン姉が喜ぶところを想像して、浮き浮きとしながらカリン姉のところまでその指輪を持ってゆき、カリン姉に声を掛けた。
「姉さま、姉さま。起きてください。」
「ん、んー?ああ、おはよう、シャイン・・・」
カリン姉は、凰に体を揺すられ、うたた寝から目を覚ましたが、また直ぐに寝てしまいそうだった。
「姉さま。姉さまに、探知の指輪を最初に受け取ってほしいので起きてください。」
「ん?んんー、分かった・・・・私に、くれるの?」
カリン姉は眠気眼を擦りながら、凰の言葉を聞いて、眠気顔を綻ばせ問いかけてきた。
「はい。」
・・・。
「・・・キレイ。」
「ありがとう。受け取ってくれますか?」
「んっ・・・嵌めて・・・母さま言ってた。好きな男性から指輪を貰う時は、指に嵌めてもらいなさいって・・・」
と、言ってカリン姉は、左手の薬指を差し出した。
「あはは・・・そうなんだ。」
凰は頬を少し引きつらせながら笑い、顔が少し熱くなるのを感じつつも、カリン姉の指に出来たばかりの凰の神具の指輪を嵌めてやる。瞬間、指輪が纏っている淡い炎のような光が揺らぎ光量を増した。
「!?」それを見たカリン姉は、その光の変化の美しさに眠気が吹き飛んだように、目を丸くした。
その光の変化が収まると、カリン姉の薬指には大きくてブカブカだった凰の神具の指輪は、まるでサイズを合わせたように、ピッタリと嵌まっていた。
その神具の指輪には、淡い炎のような紅緋色の光と無色透明な光が覆い、ゆらゆらと揺らめいている。
「・・・すごくキレイ。それに、体全体を優しくて温かいものに包まれる感じ・・・まるで、シャインに抱き締められてるみたい・・・」
と、言ってカリン姉は、その指輪の嵌まっている左手を右手で包み込むようにして、ギュッと胸に抱き締めた。
少し紅潮させたその頬には、何故か涙が流れ落ちていた。
「ど、どうしたの?カリン姉さま、指輪に何か問題があった?」
と、凰は、慌ててカリン姉に尋ねる。
「ううん・・・・何だか、心が暖かくなって・・・とっても嬉しいの。」
と、カリン姉は応えた。
「おやおや、カリンはシャインから指輪を貰って感動しちまったようだね。」
と、その様子を見ていた、婆さまが優しく微笑みカリン姉に声を掛けた。
「カリン。感動してるところ悪いが、その指輪を見せてくれるかい?」
と、婆さまが言うと、カリン姉は涙を拭って無言で左手の薬指に嵌まっている指輪を婆さまに見せる。
「ふむ・・・護符と違って、魔法道具の場合は、光の色に使用者の魔力に影響した色が出るようだね。」
と、婆さまは、その指輪を、まじまじと眺めていた。
「カリン。その指輪がどの程度の力を持っているのか、一度使ってみてくれるかい?」
「え?でも、私、まだ魔法道具を使える程の魔力を扱えないよ。」
「ああ、多分、大丈夫だよ。シャインの作る魔法道具は、それを使う者の体力と精神力を強化するから、カリンでも多少は扱える筈さ。」
「・・・分かった。何か物か人を思い浮かべればいいんだよね。」
「そうだよ。」
「それじゃー・・・・サーシャ姉さま・・わ!?」
カリン姉がサーシャ姉の事を口にした瞬間、淡く光っていた神具の指輪が、ポッと少し強く光り、カリン姉が驚きの声をあげた。
「どうしたんだい!カリン!」
「すごいすごい!!突然、サーシャ姉さまと、その周りの景色がきれいに頭に浮かんだ!それに、サーシャ姉さまのいる位置と方角に距離もわかる!」
婆さまに何が起こったのか尋ねられ、カリン姉は、驚きと興奮の入り交じった声をあげた。
「ほぉー、普通の探知の指輪では、そこまで人や物のある状況を見る何て事は出来ないはずだ。しかも探知スピードが凄いね、思った瞬間に探知完了とは、冗談にも程があるが流石はシャインの作った物というところか。そうすると、外敵探知の性能もかなり期待できるね。」
と、クリスティーン婆さまは感心し、
「これは、もぅ、神護の指輪と言ったほうがいいね。」
と言った。
それを聞いて、凰は、「よかった、うまく出来て。」と、ほっと安堵の息を吐いた。
その後、カリン姉は神護の指輪で、いろいろ楽しそうに試していた。
その結果、分かったことだがカリン姉の扱える魔力量で探知できる範囲は、ここから隠者の森に隣接するエルフの国、アルブァロム王国のアジーナの治めるアルス公爵領、グリーンズヘイブンの反対端まで探知できたようだ。
距離に換算すると、半径約三百キロメーターになる。
「アハハハハハハ・・・・・・」
「ど、どうしたんですか?いったい、婆さま?」
「これが笑わずにいられるかい!いくら高い才能を持っていて、シャインの加護で強化されているとはいえ、カリンはまだ子供だよ!そのカリンの操れる魔力量で、人や物を思い描いただけで瞬間に探索し終わるのもとんでもないのに、探索範囲が半径三百キロメーターって、どんな探知能力だい!・・・もう笑うしかないだろ!」
「・・・・それじゃー、そんな神護の指輪を、婆さまが使ったらどうなります?」
「あはは、まー、シャインの恥ずかしい物や隠したいものは、どうやって隠しても丸見えだろうね。」
「・・・・・・婆さまに神護の指輪作るのやめよーかな・・・」
「いやいや、冗談だよ・・・」
「ほんとかなー。」
と、僕がジト目で婆さまを見ると、婆さまは目を泳がせた・・・。
ただ、見知った人や物で、かつ頭に思い浮かべられるものでなければ探知する事は出来なかった。また、乱世の狂気等の邪気邪念に覆われた地にあるものも、凰の力を付与されたもの以外は探知出来ないだろう、との事だった。
それから、凰は、他の人たちの神護の指輪の製作にかかり、カリン姉は、しばらくの間、神護の指輪でいろいろ試していた。が、夜半近くなった頃には、カリン姉は眠気に力尽き気持ち良さそうに床に寝転がって寝息をたて始めた。
「やれやれ、しょうがないね。アカガネ、カリンを家まで送っておやり。」
「承知いたしました。」
アカガネは、カリン姉を優しくタオルにくるみ抱き抱えて作業場を出ていった。
その後、凰が残り10個の神護の指輪を作り上げたのは明け方近くになった頃だった。
「ふー、やっと終わった。」
「出来上がったかい?」
「うん・・・お待たせしました。それじゃあ、これが婆さまのです。」
と、凰が、指輪を一個取り、クリスティーン婆さまに手渡そうとすると、「ん・・・」と言って左手の薬指を恥ずかしげに差し出した。
・・・・・・。
「婆さま・・・わざとらしいですよ。」
「バレたか。」
婆さまは、ペロッと舌を出して、左手の平を上にした。
そこに、凰は、ポンと神護の指輪を置く。瞬間、神護の指輪が纏う光が揺らぎ光量を増す。
その光が収まると、やはり淡い炎のような朱色の光と無色透明な光が指輪を覆い、ゆらゆらと揺らめいていた。
その指輪の光を見て、「ふむ、私は朱色か・・・」と、婆さまは呟いていた。
次に、クロガネに渡そうとしたら、クロガネは片膝をつき少し項垂れるようにして左手を差し出した。
その顔を見ると少し頬に紅がさし、不安と期待のない交ぜになったような表情をしていた。
『クロガネ!お前もか!』
『・・・・・』
と、凰は叫んでいたが、俺は聞き流した。
はぁと、凰が小さく溜め息を吐くと、クロガネの肩がピクッと小さく跳ね左手を下ろそうとする。が、凰が、その左手を捉え、クロガネは驚きの表情で顔を上げる。
「クロガネは、何時も僕の事を守ってくれてるからね。」
と、凰は微笑み、クロガネの左手の薬指に神護の指輪を嵌めてやる。
クロガネの神護の指輪の光は、淡い炎のような丹色の光に無色透明の光だった。
凰が、クロガネの左手を、そっと放すと、クロガネはその手を抱き締めて肩を小刻みに震わせていた。
凰は、そんなクロガネに愛しさを感じ、膝まづいているクロガネの頭を優しく抱き締めた。
「クロガネ、何時も見守ってくれていて有り難う。貴女の想いに応えてあげる事が出来るか分からないけど、これからも僕の事を見守っていてくれるかな?」
「イエ・・・ワタシハ、アナタノ、オソバチカクニオツカエデキルダケデ、シアワセデスカラ。」
クロガネは、抱き締める凰の腕に中で優しく呟いていた。その声は、心なしか少し震えているようだった。
それから少しして、凰がクロガネから離れると、クロガネは名残惜しそうな表情をしながらも、ゆっくりと立ち上がった。
その凰とクロガネとのやり取りを見ていた婆さまが、ポツリと呟いた。
「シャイン・・・お前さん、将来、女で苦労するよ。いろんな意味で・・・」
・・・・・。
「・・・・・勘弁して。ホント・・・」
凰は、疲れた表情で呟き返した。
そして最後に、凰はアカガネに指輪を渡そうと、向かった。
アカガネは、いつものように飄々とした表情のままで、凰に膝をつき、左手を上げようとして、「お約束はいいから!」と、凰に言われて、一瞬、口の端を僅かに上げ、ふふ、と鼻だけで楽しげ(?)に笑った。
アカガネの、神護の指輪の光は、淡い炎のような藍色の光に無色透明の光だった。
勿論、受け渡しは普通に手渡しで行われた。
凰と俺の気持ちは、男が指輪を男の指に嵌めるなんて想像するだけで背中に怖気が立つ、という事で一致していた。
そんなこんなをしている内に、夜が明け、日が登り始めていた。
「確か、カルハンさん達は朝早くに里を出るような事を言ってましたよね。」
「ああ、日の出と共に出発するような事を言ってたね。」
「だったら、急いでカルハンさんに指輪を持っていかなきゃ!」
と言って、凰は作業場から駆け出した。当然、クロガネもついてくる。
凰がカルハンの商隊のいる里の広場に着いたとき、出発の準備を終えたカルハンやカウラス達は、里長のハインツやカクラ母さん等、幾人かの里の者達と談笑していた。
「カルハンさん!」
「おう!シャイン!世話になったね!」
凰が駆け寄りながら声をかけると、カルハンは手を上げ満面の笑みで返事を返す。
「間に合ってよかった。」
「ん?どうしたんだ?」
「あの・・・・渡したい物があるのですが・・・」
・・・・・。
「・・・・わ、私に?い、いや、だが、こういう事は、やはりシャインが成人してからだな・・・・」
「あ!あと、カウラスさんにも・・・て、カルハンさん聞いてます?カルハンさん!お願いですから、帰ってきてください!」
カルハンは、凰に渡したい物があると言われ、シャインの手の上にある指輪を見て、ボッと一気に顔を赤くし恥ずかしそうに、もじもじと体をくねらせながら呟き始めた。それを見て、凰もカルハンの勘違いに気付き、恥ずかしさに耳まで真っ赤にさせながら慌ててカウラスにもあることを告げたのだが、時すでに遅くカルハンの耳にカウラスの名前は入らなかった。
それから暫くして、ようやく自分の世界から帰ってきたカルハンに凰が、自分と親しくしてくれている者達全てに渡している魔法道具の指輪である事を告げると 、少し残念そうな顔をしつつも納得していた。
「それじゃあ、これがカルハンさんの指輪です。」
と、凰が指輪を手渡そうとし、受け取ろうと手を出しかけたカルハンは凰の後ろに立つクロガネを見て不満そうに口を尖らせた。
「シャイン!それは、余りにもつれないじゃないか!」
凰が後ろを振り返ると、あまり表情を出さないクロガネが、・・どうだ、私はシャインさま自ら指輪を嵌めてもらったんだぞ、羨ましいか・・と言わんばかりの、どや顔で左手の薬指に嵌まる指輪をこれ見よがしに見えるように腕をくみ仁王立ちしていた。
それを見た凰は、顔をひきつらせ変な笑顔になりながらカルハンに向き直ると、カルハンは何故だか可愛らしく、もじもじと恥ずかしそうに左手を凰に差し出していた。
『ですよねー、カルハンさんも、やっぱり恋する乙女ですもンねー・・・あはははは・・はぁ・・・』
ヒューヒュー、と商隊の人達がカルハンと凰を囃し立てる中、はぁ、と凰は一つ溜め息を吐き、そのカルハンの左手を取り薬指に神護の指輪を嵌めてやる。瞬間、指輪の纏う淡い炎のような光が揺らめき光量を増す。
それを見たカルハンは勿論、商隊の人達や里の者達は目を丸くして驚いていた。
その光が収まると、淡い炎のような萠色の光と無色透明な光が指輪を包み込み、ゆらゆらと揺らめいていた。
それを、カルハンは、ギュッと胸に抱き締めるようにして、「まるで、シャインが抱き締めてくれているようだ・・・」と、頬を染め嬉しそうに微笑みながら呟いていた。
その後、桃色の世界に浸っているカルハンをそのままにして、凰は顔を赤くたまま、ニヤニヤしているカウラスの右手を強引に取り指輪を乱暴に手渡した。
カウラスの指輪は、淡い浅葱色の光に無色透明な光を纏っていた。
「なんだ、俺には嵌めてくれねーのか?」
と、カウラスは意地悪な笑顔を見せて言うが、凰は全力で無視をした。
「本当は、商隊の人達全員に渡したかったのですが、時間が無かったので、取り敢えずカルハンさんとカウラスさんの分だけお渡ししました。」
「・・・てか!これ神涙銀で出来てるじゃねーか!」
「はい。今度来るときまでには、他の人達の分も作っておきますので。」
「本当に貰っていいのか?こんな貴重なもん・・・ただの神涙銀だけでもAV金貨をいくら積んでも手に入らないと言われている希少な物だぞ!」
「そんな希少な物だったんですか?・・・・まあ、婆さまが採掘場所を知っているということですし、加工技術もありますし、大丈夫だと思いますよ。」
「ぅをい!そんな話聞いてないぞ!」
「・・・・詳しいことは婆さまに聞いてください。」
「クリスティーンは・・・家か!」
「あ!今は止めておいたほうがいいですよ。今寝たばかりだから、今行くと機嫌を損ねますよ。」
「ああ!くそう!出発を遅らすわけにもいかねーし!・・・・くそ!また今度か・・・」
・・・・・・・・。
「へぇ、これは、探知の指輪・・だよね?・・・・・・・!?・・・ははははは、なんだこれ、規格外もいいところじゃないか!」
凰から、神涙銀の採掘場所を婆さまが知っていることと加工技術がある事をカウラスが聞いて驚き、もう出発しなければならない現状に悔しがっている間に桃色の世界から帰ってきたカルハンが指輪の力を試していたようで、その凰の作った神護の指輪の能力の高さに呆れ交じりの驚嘆の声を上げていた。
その後、父さんと母さん、カナコにキリマルにも、それぞれ指輪を渡した。
この時当然のようにキリマルが、ふざけて凰を揶揄い、カナコに殴り飛ばされていた。
因みに、神護の指輪の光の色は、父さんは菖蒲色、母さんは銀色、カナコは緑青色、キリマルは山吹色だった。