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異世界戦国異聞 <勇女~勇ましき女たち~>  作者: 鈴ノ木
第壱章  隠者の里 平穏
21/65

第十九話

シャイン・ほう

 「若様、お願いします。」

 「はい。お願いします。」


 「てい!」

 ばん!「っだ!」

 ・・・。

 「てぃりゃ!」

 どん!「っがふぁ!」

 ・・・・。

 「ふん!」

 めきめきめき!「ぁいたたたった!」


 「こらこらこら!シャイン!男だろ!もっと、気合を入れないか!どうしてお前は攻めようとすると動きが止まるんだ!お前はそのシンリアよりも武技の稽古時間は長いんだぞ!何故、攻めようとして逆に投げられ突かれめられてるんだ!」

 「すみません。カクラ母さま。」

 「母さま、ではない!武技の修練の時は師匠と呼びなさいと言っただろう!」

 「・・・はい。」


 『・・・こういう時の母さんは、男だな。』

 『・・・うん。』

 『しかし、凰、お前・・・本当に弱いな。腕力でも女の子に負けてないか?』

 『う・・・言わないでよ・・・あ、涙が・・・。』


 ここハーフエルフの里である隠者の里では、老若男女を問わず全員が武技の修練を積むことになっている。

 今日の午前中、うちの練武場では七歳から十二歳までの女子は体術、神名流無手術の修練日だ。

 カクラ母さんとカンザブロウ父さんの体術は流派が違う。母さんのは神名流無手術で、父さんのは迅雷流体術と言う。


 で、どうして、シャインが女子と一緒に修練しているのかと言うと。

 クリスティーン婆様曰く、能力と同じ理由で体の作りに歪みが生じているが、心臓を取り返すときの為に体力を付けておく事はいい事だよとのことで。

 母さんは、シャインに全ての修練に出席する事を義務付けたのだ。


 ・・・今まで、運動中息を切らすという事は有るが、余り疲れたという経験は無いから体力は有り余るほどあると思うのだが・・・


 パンパン!「よーし!全員、一度乱取りを止めて組む相手を変えろ!」

と、母さんが手を叩いて言うと、全員乱取り稽古を止めて次の相手を探し始める。

 「シャイン、お前は・・・・サマーラと組め。」

と、母さんが言うとサマーラは何故だか、ガッツポーズをきめていた。

 それを、少し離れた所でカリン姉が今にもみつかんばかりの勢いで睨みつけていた。


 ・・・うん、見なかった事にしておこう・・・


 サマーラも、十二歳で実力はシンリアと同等といったところだ。


 「カリンは、・・・マリアと組め。」

と、母さんが言うと、マリアは終わったと言うような表情で天を仰いだ。


 マリアはシャインと同じ十二歳で、この中では実力は一番だろう。だが、天才カリン姉は既に大人達と共に修練をしているほどで、マリアの実力では遠く及ばなかった。


 案の定マリアは、あっと言う間に絞め落とされていた。


 「それでは、若様、よろしくお願いします。」

と、何故だかサマーラは頬を紅に染め、もじもじしながら言う。

 「・・・はい、お願いします。」

と、シャインはそれを気にせず構える。


 「えい!」

 バン!「っで!」

 ・・・・・・。

 「てい!」

 ドン!「っげほ!」

 ・・・・・・・・・。

 「ん!」

 メキメキメキ!「っあたたたたったった!」


 「はあーーーーー・・・・」


 カクラ母さんは情けない我が息子の姿を見て、盛大な溜息を吐いていた。



 「よーし! 今日はここまで! みんな風邪を引かないように、早めに体を拭いて着替えて帰りなさい! ・・・シャインは残って腕立て100回、腹筋100回、スクワット100回やって終わったら上がりなさい。」

と、母さんが言うと、

 「「「「「「「「「「えー、若様、可愛そう!」」」」」」」」」」

 「今、えー、とか言った奴、シャインと一緒にやっていくか!」

 「「「「「「「「「「お疲れ様でしたー。」」」」」」」」」」


 『・・・みんな、現金だなー。』

 『あはは、そうだねー。』

 『・・・それじゃー、腕立ての準備はいいか? 数えるぞ。』

 『うん。いいよ。』

 『じゃー・・・、いち、にい、さん、・・・・』


 シャインが腕立てを始めて、他の子たちが道場から出て行き、カクラ母さんとカリン姉、出入り口の壁際に立っているクロガネとその隣にチョコンと座っているカリン姉の式神童子のマロの5人きりになった頃。


 「よう! シャイン。光の神子様も、女の子にあそこまでコテンパンにやられたら形無しだねー。」

と、カルハンがニヤニヤして道場に入ってきた。


 『・・35ー・・36ー・・37ー・・』

 「・・ハア、んー・・、カル、んー・・、ハ、ンー・・」

 「カルハン、今、声を掛けないでやってもらえる?」

と、母さんが言うと、

「あはは、悪い悪い。」

と言って、カルハンは頭に巻いたバンダナの上から、自分の頭を右の手の手のひらで軽く二・三度叩いた。



 『・・・ひゃーく。』

 「・・・・・っくはー!」

 「はい!お疲れ、シャイン!これで、早く体を拭いて着替えなさい。」

と言って、母さんがタオルを渡してくれる。


 「ハア、ハア、・・・そ、れで、カルハンさん、ハア、僕に、何の用なんです?ハア。」

と、シャインの修練が終わるまで待っていたカルハンに、タオルで体を拭きながら用件を聞くと、

「ん?ああ、いや、ちょっと手が空いたからね。そう言えば、シャインと二人でじっくりと話したことが無かったなと思ってさ。それに、前にした約束を果たそうと思ってね。」

と、カルハンは照れ臭そうに、その形の良い鼻の頭を掻きながら呟くように応える。

 「ハアー、・・・でも、カルハンさんが隠者の里に来たときは何時も母さまと一緒に僕とも話してますよね。それに、前にした約束って、何でしたっけ?」

と、シャインが、呼吸をととのえて服を着替えつつ悪戯っぽく笑って聞くと、

 「え?きちんとクリスティーンにことづけておいた筈だけど・・・」

と、カルハンは怪訝そうな表情をするが、

「・・・冷たいなぁ。いいじゃないか、付き合ってくれよ。」

と、シャインのからかっている様な言い様に気が付き少し口を尖らせつつ拗ねた様に言う。

 そして、そのシャインの綺麗な裸姿を前にして、カルハンは目のやり場に困ったように視線を泳がせ少し頬を赤らめさせていた。


 シャインは〈どうしよう〉と言うような目を、カクラ母さんに向ける。


 「・・・別にいいわよ。その代わり、お昼には戻ってらっしゃい。」

と、母さんはシャインの視線に、少し寂しそうに微笑みながら応える。


 ?・・・・。その母さんの表情を、凰と俺シャインが訝しんでいると。


 「なら、私も行く!良いでしょ!カルハン!」

と、随分前に着替えも終わって、シャインの修練が終わるまでずっと待っていたカリン姉が何故か少し不機嫌顔で手を上げて言う。

 「え!」と、一瞬カルハンは嫌な顔をしたが諦めたように、はあ、と一つ息を吐いて「ああ、いいよ」と承諾した。


 「「「「「「「じゃー、わたしもー。「ぼくもー。」」」」」」」」


 何時の間にやら道場の入口に集まって来ていた、小さな子供達が我も我もと声を上げた。


 カルハンは泣きそうな顔になりながら「あーもー、みんな付いて来ーい」と、叫んだ。

 それに対し子供達は、

「「「「「「「わーい。」」」」」」」

と、喜びの声を上げる。


 「その代わり、お母さんとお父さんがいいと言ったらだぞ!」

と、カルハンが言うと、

 「「「「「「「はーい!」」」」」」」

と言って、子供達は蜘蛛の子を散らすように、それぞれの家に向かって走っていった。


 「さあー、今のうちだ!」

と、カルハンは掻っかっさらうようにシャインを小脇に抱えて走り出した。

 「ちょ、まって!」

と、カリン姉は慌てて追いかける。

 そのカリン姉の後を式神童子のマロが付いてくる。


 クロガネは何時ものように無表情でシャイン達の後に付いてくる。


 それに対し母さんは、「行ってらっしゃい」と、落ち着いたものだった。




 ザザザザザザーーーーー・・・・・


 「しつこいな!」


 カルハンは、シャインを抱いて隠者の里を出て、里を囲む隠者の森に入っていた。

 エルフは森の民とも呼ばれ、精霊に愛された種族だ。

 森に入れば他の種族ではエルフには敵わない、とまで言われている。

 カルハンはハーフとは言えハイエルフで、普通のエルフより能力は上だ。


 にもかからず、人族との混血の妖怪人あやかしびとであるクロガネはカリン姉を抱き抱えて、カルハンに追い付きはしないが離されもせずにピッタリと付いてきている。

 式神童子のマロもクロガネの後ろにしっかりと付いてきている。


 「・・・流石さすが、ハーフとは言っても伝説の妖怪人と精霊よりも根源的な存在と言われている五行の化身である式神童子、と言ったところか。」

と、カルハンは独りごちると、

「~~♪~♪~~♪~・・・」

と、耳に心地よいメロディーを奏でるように精霊魔法を紡ぎ出す。


 すると、カルハンとクロガネの間に霧が発生し、その霧はカリン姉を抱き抱えたクロガネとマロを包み込むようにして濃くなっていく。

 シャインを抱えたカルハンがその霧から離れても、クロガネ達は出て来なかった。


 「迷いの霧と迷いの森の二重の精霊魔法を掛けた。これで、当分は追って来れないだろう。普通は、術者が術を解かない限り、どちらか片方だけでも出て来れないんだけど、相手はあの妖怪人と式神童子だからなー・・・ハア。」

と、カルハンはため息混じりに言う。


 それから、カルハンはシャインを抱き抱えたまま、少しの間、森の中を速度をそのままに走り続けた。


 『なんだか、精霊の存在量が濃くなってきてない?』

 『・・・そういえば、そうだな・・・。』

と、凰と俺シャインが思っていると、遠くに滝の音が聞こえてきた。


 「ハアー、フウー・・・・ど、どお!凄いだろ!」


 カルハンはシャインを抱き抱えたまま、得意の森の中といえど、かなりの距離をかなりのスピードで走ってきたため流石に呼吸を荒くしていたが、シャインを抱き抱えたまま胸を張って言った。


 シャインはその光景に少しの間、言葉を失い感動していた。


 そこには、幅約三十メーター落差約百五十メーターは有るだろうと思われる滝があり。

 その滝のある一帯には樹齢何千年にもなる大木が林立し、カルハンの足下あしもとの積み重なった大木の根は、大人が両腕で抱えきれない程の太さがある。


 その遥か頭上高くにある大木の密に生い茂った枝葉は、滝やその滝壺から広がる池から空を覆い隠しており、まるで巨人の森に迷い込んだような錯覚に陥る。

 しかし、だからと言って辺りは暗くなく、それどころか多種多様で濃密な存在量の精霊達の輝きや、頭上高くの大木の枝葉から零れ落ちる日の光に、滝や池のある辺り一帯は柔らかく照らし出され、崖から流れ落ちる滝の水や池の水面みなもは白絹のように輝いていた。


 その大水量の滝の水が滝壺を打ち、もうもうと立ち上がる水煙りは周りの柔らかな光を反射して虹色に輝いている。

 そして、その池から溢れ出た水が川となって山麓に流れ出していた。


 「ほんとに、すごい・・・。」

と、シャインは無意識に感嘆の言葉を漏らしていた。


 「いや・・・もう・・凄いのは、シャインだから・・・。」

 ?・・・・

 「うわ!」


 シャインの感嘆の言葉に対して、カルハンが呆れた様な言葉を返してきた。

 シャインはそのカルハンの呆れた様な言葉を聞いて一瞬疑問に思ったが、今の自分の体の周りの状況に気が付いて、シャインはつい声を上げてしまった。

 カルハンに抱かれた状態の体に、何時もの倍以上の多種多様な精霊達が纏わり付いてきていたのだ。

 シャインの声に驚いて精霊達は一瞬離れるが、また直ぐに纏わり付いてくる。


 「本当にシャインはこの世界を心から愛しているんだな。でなければ、ここまで精霊達に愛されることは無いよ。」

と、微笑みながらカルハンは言い、ぎゅっと優しくシャインを抱きしめる。


 『・・・やっぱり、女性に抱きしめられると気持ちいいね。』

 『ああ、そうだな・・・カルハンの体は武人のように鍛えられているが、やはり女性なだけあって抱かれると温かくて柔らかくて気持ちが良いものだな・・・って、凰、鼻血が出そうになってるぞ・・。』

 『あっと、・・・こ、興奮しすぎちゃった。お、落ち着かなきゃ。』


 カルハンはシャインを抱いたまま、池から頭を出している岩に身軽に飛び移り腰を下ろす。

 そして、シャインを自分の膝に座らせ、シャインの体を背中から両腕を回し優しく抱き寄せる。


 『あ・・・背中に、温かくて柔らかい物が二つ当たって気持ちいい・・・だめ、本当に鼻時でそう。どうしよう、鳳。』

 『何とか耐えろ!・・・そうだ、景色!景色に集中しろ!凰!』

と、シャインの興奮状態を抑えようと、内面で凰と俺が奮闘していると。


 「シャイン・・・・この間、父さまと母さまに会ってきたよ。父さまは病でもう亡くなっていたけど、お墓に行ってきた。母さまにはアジーナの計らいで会ってきた。母さま随分と偉くなっていてね驚いたよ。でも、子供の頃のように優しく抱き締めてくれて、私は母さまに愛されていると実感できて嬉しかった。あんなに嬉しくて、わんわんと大泣きしたのは子供の頃以来だよ。それもこれも、シャインのお陰だ。感謝してる。」

と言い、カルハンは愛しそうにシャインを抱き締めた手で優しくシャインの体を撫でる。そして、

「少し、私の話を聞いてくれないか。」

と、カルハンは足先を水面に付け揺らめかせながらシャインの耳元に静かに、そして少し躊躇ためらいがちに話し掛けてきた。


 「シャイン、アジーナから私の事を聞いていると思うけど・・・私の両親はハイエルと、人族でそれなりの地位にある妖精と人間だった。私は二人の親類縁者にとって認められない存在だったらしい。まぁ、二人の立場からすれば当然と言えば当然だったのかもしれないが・・・その上、その当時の私は命を狙われていた。その為、私は母親であるハイエルフの知り合いだった大賢者クリスティーンに預けられ育てられた。・・・そのクリスティーンに育てられている時期に、ここを見つけたんだ。」

と、カルハンはここで言葉を切り押し黙った。


 シャインが頭だけ少し振り返るようにして横目でカルハンの顔を一瞬チラリと覗くと、少し悲しみをたたえたような表情で遠い目をして過去を思い返しているようだった。


 『鳳。二年前に比べるとカルハンさんの心もかなり良くなってると思うんだけど、まだ、なんだか、モヤモヤしているものが有るみたいだね。』

 『ああ・・・そうだな。・・・これからはカルハンが来たら、2人っきりでグチを聞いてやってもいいかな。』

 『うん、そうだね。』

と、凰と俺シャインが内面で話し合っていると。


 「私はね、寂しかったんだ・・・」


 カルハンはシャインの後頭部に、自分の額を優しくあてがい続きを話し始めた。


 「私は五歳の時、クリスティーンに預けられた。私はその時から月日が流れるにつれ、両親に捨てられたんだと思うようになった。実際、その後、私が十二歳でクリスティーンの所を飛び出すまで、2人は一度も会いには来てくれなかった。・・・それ以来、私は誰も愛さないし、子供も作らないと決めたんだ。」

と、カルハンは、悲しそうな声音で言い。そして、「・・・でも・・・私は、救われたんだ、貴方に」と、切なげな声色に変えてシャインを優しく、そして、包み込むように抱き締めなおして話を続ける。


 「貴方に初めて出会ったのは・・・私が冒険者から行商人に転身して、やっとの思いで今の武装商隊を作り上げて二十年ぶりにクリスティーンに会いに来たときだった。貴方はまだ二歳で周りの人達や動物、果ては精霊にまで愛いされていて、最初の内私にとってはいけ好かない餓鬼でしかなかった。」


 ここでカルハンは、はあー、と一つ息を吐き、「この時、私は本当の貴方が見えていなかったんだ」と、自嘲を含んだ声で呟いた。


 『鳳・・・話がなんだか、変な方向に流れているように思うのは僕だけかなー・・・。』

 『いや、安心しろ。俺もそう思ってた所だ。凰。』

 『あ、やっぱり。でも、お陰で逆上のぼせた頭から血が下がって、鼻血の心配は無くなったね。』

 『・・・喜んでる場合じゃないと思うが・・・。』

と、俺達(シャイン)が内面でやり取りしている間にも、カルハンのシャインへの気持ちはヒートアップしていく。


 「貴方の、この世界に対する無償の愛を知ったのは・・・二年前、貴方が乱世の狂気から私を助けると同時に、私の心を救ってくれた時だった。」

と、カルハンはシャインの肩越しに回した手で、シャインにまとわりついている精霊達を弄びながら、その時の事を思い出すように話しだす。


 「私は何をしても、どんなに欲しかった物を手に入れても私の心は何時も満たされなかった。そんな私の心を、貴方の清浄で温かな力が、父のように母のように慈しむように愛おしむように包み込んでくれた。・・・私は愛に飢えていた事に自分自身気付いていなかった。それどころか、私には愛など不要だと思い込もうとしていた。」

と、またカルハンは言葉を切り、ほう、と吐息を吐く。その熱い吐息がシャインの首筋に当たり、シャインは身震いをする。


 「そんな、頑なで傷ついた私の心を優しく解きほぐし癒してくれたのは、この世界のもの全てを愛し慈しむ貴方の心そのものと言っていい清浄で温かくきよく無垢な力だった。・・・だからと言って、それで貴方を愛しくは思ったが恋しいとは思っていなかった。しかし、旅の間、護符から溢れ出るこの世界のもの全てを愛し慈しむ、貴方の聖く無垢な力を感じる度に切なさを感じ、今回、隠者の里に来て貴方の姿を見、貴方の声を聞き貴方の優しさを感じて、私は初めて貴方をいとしく恋しいと感じ、胸が締め付けられるような感覚を受け、心臓が早鐘を打ち顔が燃え上がりそうなくらい熱くなった。・・・私は貴方自身に私を見て私の声を聞いて私の心を知って私を愛して欲しいと心底思った。そんな、自分の気持ちをはぐらかそうと、貴方をからかうような言葉ばかりが口から出てしまった。」

と言って、カルハンは切なそうに愛しそうにシャインを優しく抱きしめる。


 『・・・しかし、今のカルハンの話し、俺には全く要領を得なかったのだが・・・凰、分かったか?』

 『うーん、恐らくだけど、カルハンさんの子供の頃に受けた心の傷を僕の力が癒した、それが影響して僕に惚れた、て言うことかなー?』

 『それって、ただの勘違い、て事はないのか?』

 『・・・その可能性は有るね。僕は一応姿形は、まだ、十二歳の少年なんだから。・・・普通、そんな子供に惚れたりしないよね・・・。』

 『・・・まだ、子供に対する母性愛て言うなら分かるが・・・カルハンのこの感じだと、異性に対するものだよな・・・。』

 『う・・・僕、嫌事が思い浮かんだ・・・。』

 『む・・・。』


 「あのー、カルハンさん。つかぬ事をお伺いしますが、カルハンさんのように護符の力に特別な感情を抱いておられる方は、他にみえるのでしょうか?」

と、シャインが恐る恐る尋ねる。

 「・・・いや。うちの商隊の者達は護符の近くに居ると気分がいいと言う者は居るが、私のように感じている者は居ないようだ。」

と言うカルハンの言葉に俺達シャインは、ほっと安堵の息を吐いた。

 「ああ、ただ、シャインの護符に救われた人達はシャイナ教が光の神子は、鳳凰様の生まれ変わりだと触れ回っているせいもあって、光の神子を盲信しているように思えるな。まあ、鳳凰様の生まれ変わりと言うのは、あながち嘘ではないような気がしているんだけどねー。」

と、カルハンは意味有りげな笑みと探るような声音で言う。


 「あは、あはは・・・。そんな訳、無いじゃないですかー。」


 『・・・アジーナおばさま、何考えてるんだろー。・・・でも、僕達の事、知ってたのかな・・・。』

 『わからん・・・。』


 「・・・だよなー、女の子に負ける鳳凰様なんて聞いたこと無いもんなー。あははははは。」

 「う・・・。」


 『傷つくなー、カルハンさん本当に僕の事、好きなのかなー。』

 『・・・好きな者ほど虐めたくなる、てタイプなのかもな。』


 「・・・話がれてしまったな・・・。話を戻すが・・・私はシャインに恋している。これは、本気だ。だが、シャインはまだ十二歳の子供だ。まだ、恋だの何だのは分からないだろう。だから、シャインが成人するまで待つことに決めた。私は産まれてから五十年だが、人間の年齢に直せば二十三歳だ。貴方が成人の十五歳になるのに後二年・・・貴方からしてみれば私はオバサンだろうが、その時には私に恋の歌を歌わせて欲しい。・・・この事はアジーナとサーシャには伝えてある。貴方の、ご両親には許可を頂いている。」

と言って、カルハンは、ぎゅっとシャインを抱き締めて、「お願いだから歌わせてくれ」と、切なげに呟いた。


 『鳳、エルフの恋の歌って何の意味があったけ?』

 『・・・たしか、エルフの女性が男性に求婚する時に、自分の魂に刻まれた愛を歌と言うかメロディーにして相手に伝えるという事だったと思ったが。』

 『・・・カルハンさん、本気なんだ・・・。』

 『・・・のようだな・・・。』


 「・・・分かりました。その時、僕がどんな答えを出すか分かりませんが。楽しみにしています。」


 『それまでに僕より、いい人が見つかることを祈っています。』

 『・・・・・。』


 「ありがとう!・・・ほん、とうに・・ありがどー・・・」

と言って、カルハンは自分の体をシャインに密着させるようにシャインを抱き締めて、感極まったかのように体を小刻みに震わせ声を殺して泣き始めた。


 『なんか・・・カルハンさん、かわいい・・・。』

 『・・・凰、鼻血・・・。』

 『あ・・・。』


 カルハンは一頻しきり泣いた後、「シャイン、本当にありがとう」と言って、シャインの頬に優しくキスをした。


 それから、シャインとカルハンは、少しの間楽しそうに話をしていたが、暫らくしてカルハンがビクッと身を震わせた。

 そして、「はあ。」と、一つ溜息をくと、シャインを抱き直してスクッと立ち上がった。


 「シャイン、楽しい時間はここまでの様だ。・・・クロガネと式神童子の奴が、もう私の術を突破したみたいだからね。・・・ここは知られたくないし、また少し走るよ。」

と言うが早いか、カルハンは走り出していた。


 カルハンが走り出して少し経った頃、カルハンの目の前に黒い影が躍り出た。

 カルハンはその気配に気付いていたようで、スッと岩の上に衝撃なく立ち止まる。


 その影をシャインが目を凝らして見ると、体中に木の枝やら葉っぱやらを付けたクロガネとカリン姉、そして式神童子のマロだった。

 カリンは今にも泣き出しそうな顔をしてクロガネにしがみ付き、クロガネは激昂しているのか白い肌を真っ赤にさせて、普段は見目麗しい端整な顔を鬼の形相に歪めカルハンを睨みつけていた。

 マロも表情を険しくしてクロガネの後ろに立っていた。


 「シャインを返して!!」

と、クロガネの腕から飛び降りたカリン姉がカルハンを睨み付け、カルハンの体を叩きながら叫んだ。

 カルハンがシャインを下に下ろすとカリン姉はシャインに震えながら抱きついて、「シャイン!何処にも行かないで!」と、今まで必死に耐えていたのであろう涙を滝のように流して、わんわんと大声で泣き出した。


 パン!!


 甲高い何か物を叩くような音がして、シャインがその音のした方を見ると、クロガネがカルハンの左頬を叩いて睨み付けているのが見えた。

 それに対して、カルハンもクロガネを睨み返していた。


 「コンド、コンナマネシタラ、タダデハ、オカナイ!」

と、クロガネはカルハンに言った後、シャインとカリン姉2人を抱き抱えて里に向かって走り出した。

 「カルハン殿、あまり我が主が悲しむような事はなされぬ様に。」

と、その姿に似合わぬドスを利かせた声で言うと、マロはクロガネの抱えたカリン姉の後を追い里へと向かった。


 1人残されたカルハンは左頬を擦りながら、「はあ。」と、溜息を吐いていた。


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