第十八話
(凰)
「よう!久しぶりだな!」
カルハンさんとの話を終えた時、カリン姉さまが、「シャイン、時間だよ。クリスティーン婆様の所へ行こう」と、僕達の居る部屋に入ってきて、僕に声を掛けた。
そして、僕とカリン姉さま式神童子のマロ、クロガネが家を出ると、そこにカルハンさんの商隊の副商隊長で人族のカウラスさんが居た。
「お久しぶり!カウラス!」
「お久しぶりです。カウラスさん。」
「お久しぶりに御座います。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
カリン姉さまと僕は笑顔で、カリン姉さまの式神童子マロはペコリと頭を下げてカウラスさんに挨拶を返し、クロガネはゴニョゴニョと口の中で、多分、挨拶の言葉を述べて丁寧に頭を下げた。
「おう!四人とも元気そうで何よりだ!ところで、うちのお頭はまだ中に居るか?」
カウラスさんはその日に焼けた男らしい精悍な顔で、ニッと子供のように白い歯を見せて笑い尋ねてきた。
「ええ、まだ母さまと談笑中です。」
と、僕が答えると、
「たく・・・、まだ、荷の確認と今晩の準備もあるというのに、何のんびりしてやがんだ。」
と、カウラスさんは渋い顔をして、自分の角刈りにした金髪の頭を右手でガリガリと掻いた。
パン!「あ!そうそう、今晩の事カルハンから聞いたか?」
と、カウラスさんは何かを思い出したように手を打ち、僕達に聞いてきた。
「・・・いえ。何も聞いていませんが?」
「あの野郎、やっぱり言うの忘れてやがるか。」
?・・・・・。
「あの、何の事でしょう?」
と、僕が尋ねると、
「ん?ああ、本当は商隊長から誘うべき事なんだが・・・シャインのお札のお蔭で、うちの商隊はかなりの利益を上げられている。で、かなりいい食材も手に入ったから、そのお礼を兼ねてこの里の者たちも呼んで宴会をしようということになったんだ。そのお誘いを、カクラとシャインにはお礼を兼ねてカルハンがするはずだったんだが・・・。」
と、カウラスさんは渋い顔で答える。
「そうですか・・・ありがとう御座います。家の者皆でお呼ばれに預かります。」
と、僕は笑顔で言い、頭を下げる。
「お、おう!まー、楽しみにしておいてくれ。」
「「はい!」」
と、僕とカリン姉さまは笑顔で答えマロは再びペコリと頭を下げ、クロガネは丁寧に頭を下げてカウラスさんと別れた。
そして、僕達はクリスティーン婆様の家に向かった。
僕は護符(加護の守護札)だけでなく、魔法道具の作製をする為に二年前の夏から勉強を始めた。
二年前の夏、僕は母さまに頼み、護符の作り方を教えてもらった。のだが、結局のところ、僕には力の微弱な護符しか作ることが出来なかった。
しかし、まともな護符を作ることは出来なかったが、代わりにこの世界を産んだ神、鳳凰の凰の加護を付与した加護の守護札を作ることが出来た。
大賢者であるクリスティーン婆さまによると、僕は鳳凰の生まれ変わりなのだそうだ。そうは言われても、僕にはそんな実感は全くないのだが・・・
その為、僕の作る物には鳳凰の加護を付与する事が出来る、という事だった。ただ、鳳は心臓を失っているため凰の加護しか付与は出来ないらしい。
それでも、僕(凰)の加護を付与した魔法道具などを使う者には、回復力や治癒力が強化され、また、体力や精神力なども強化がされるため、その者が使える最大級の魔法などを無制限に使えるだろうということだ。その上、乱世の狂気の邪気邪念などからも守られるのだという事だった。
それを聞た時は、僕はこれまで何の力も持てずにいた僕に初めて大切なもの達を守れる力を得た、と思えた瞬間で僕は母さまと喜びあっていたのだが・・・。
しばらくして、クリスティーン婆さまは真剣な眼差しを僕に向け重い口を開いた。
「シャイン、お前さんに頼みが有るのだが。」
婆さまの雰囲気の変化から、余程大切な事なのだろうと感じ、僕は、「何でしょう?」と聞き返した。
「うむ・・・お前さんの身辺の守りを固めるためにも、出来れば二年以内に魔法道具などを作れるようになって貰いたい。」
「え?どういう事、クリスティーン。」
不穏な事を口にするクリスティーン婆さまに対して、カクラ母さまは表情を険しくして問い返す。
「カクラ。お前さんも知っているだろう。乱世の狂気により邪気邪念が蔓延している、今現在の世界の状況を。」
「ええ・・でも、それと、シャインとどんな関係が有ると?」
「大有りだとも! あの精霊に愛され守られているエルフの国でさえ、乱世の狂気の侵入を阻めず少しずつ邪気邪念が広がりつつあるのに、この隠者の森だけはシャインの垂れ流す純粋無垢で清らかな力のお蔭で、乱世の狂気を近寄らせず清浄な状態を保っているんだ。しかも、シャインの守護札が世界中に出回り始めて乱世の狂気を浄化し始めれば、その元凶は黙っておるまい。」
乱世の狂気の元凶、その言葉を聞いて母さまは一気に顔を青ざめさせた。
乱世の狂気を産んだと言われる、二千数百年前に実際にあった悲恋物語。
その物語に出てくる主人公の1人、天人の青年が乱世の狂気の元凶だと言われている。
物語では、その青年を天の神子を中心として天人を含め世界中の生命が力を合わせて、どうにかこうにか封印した事になっている。
その余りにも悲しい悲恋には同情するが、そんな化け物が僕を襲うかもしれないと聞いては、母さまは青ざめずにはいられないだろう。
「神武の力が弱まり・・・いや、もうお前達には真実を話しておくべきか。神武は、もうこの世には居ない。そのせいで封印は確実に弱まってきている。せいぜい、もって後四・五年といったところか。」
「そんな・・・」
と、母さまは僕を抱く腕の力を強め呻くように呟いた。
「それまでに、その封印を強化するための魔法道具をシャインに作って貰わねばならない。そして、封印を守っている者達に渡さなければならん。その為にも、奴には会わねばならんからカクラはその覚悟でいろ。」
婆様にそう言われ、渋い顔ながら母さま頷いた。
奴とは、今年の頭ぐらいから大賢者であるクリスティーン婆さまに面会を求めて、この隠者の里まで、ちょくちょくやって来ているという魔人族の少女の事だろうと僕は思った。
婆様が未だにその少女に対してこの里に入ることを許可していないのは、その少女がこの里に入る事を母さまが嫌がっていたためだ。
「シャインには出来るだけ早く、出来れば二年以内にその魔法道具を作って貰わねばならない。でだ、さっき書いた印は一度見ただけであれだけスラスラと書けたのだろう?」
と、婆様に言われ。
「・・・はい。」
と答えると。
「だとすると凰の産む力は使えなくても物を作る能力は高いとみていいね。シャインは、まだ文字は読めないんだったね。文字を読めるようになるまでは、私が読み聞かせてやろう。ただ、道具作製は私の専門外でね、二階の書庫にある本を読んで何とか独学で頼むよ。」
『おいおい、いいかげんだな!そんなんで、大丈夫なのか?』
『そうだね、自分で何とかするしかないのかな。でも、鳳と一緒なら大丈夫な気がする。』
『・・・そうだな、凰。やるしかないか・・・』
『うん!がんばろう!・・・大切な人たちのためにも!』
それから毎日、クリスティーン婆様は僕を膝の上に乗せ、魔法道具や呪具などの本を僕に分かりやすく文字や文章の意味を嚙み砕いて、丁寧に教えながら読み聞かせてくれた。
しかも、カリン姉さまに魔法を教えながら。
僕は、それから三ヶ月くらいで、文字や文章の意味を理解し、読むことが出来るようになった。
あれから、一年とちょっと・・・
『凰、今日は、アテート・オオトリ著「武具への力の付与、及び、作製の方法」か。』
『うん。昨日で、「防具への力の付与、及び、作製の方法」は、読み終えちゃったからね。』
いつも午後からはクリスティーン婆様の家で、カリン姉さまはクリスティーン婆様に魔法を教えて貰い、僕は書庫で呪印や魔法印、呪具や魔法道具に関連した本を読み漁るというのが日課になっていた。
クロガネは何時も僕の後を着いて来て、僕を見守ってくれている。
特に一年くらい前のあの事件以来、ピッタリとくっついて離れようとはしなかった。
クロガネは、もともと兄のアカガネと一緒にクリスティーン婆様に仕えていたという事なんだけど、僕が生まれた時に、どうしても僕の側に仕えたいと申し出たということらしい。
そのクロガネは書庫の出入り口付近の壁際に、直立不動の姿で立っている。
『・・・凰、もうそろそろ婆様との約束の期限だ、何か練習に作製してもいいんじゃないか?』
『うん、そうだね。武具以外の物に関しては、ここに有る本は全部読んじゃったもんね。・・・・んー・・・何がいいと思う?鳳』
『そうだな・・・最初は小さなアクセサリーみたいな物でいいんじゃないか?』
『んー・・・』
と、僕は顎に指をあて天井を仰ぎ見て考える。
『・・・そうだ、指輪なんてどうだろう。探知の指輪!これなら、誰でも身に付けられるし。』
『探知の指輪か・・・確か製作難易度、五段階評価中、上から二番目のAクラス魔法道具じゃなかったか?』
『うん・・・ダメかな?』
『いや、ダメじゃないけど・・・いきなり、Aクラスってランク高すぎないか?』
『でも、これなら、指輪をはめている人の位置を知りたいと思えば、すぐに探知できるし、また、敵意や害意を持ったものが近づくのを感知したら報せてくれるから、いいかなって思ったんだけど・・・』
『・・・分かった。帰りがけに、婆様に相談していこう。』
『うん!』
僕は初めて作製する魔法道具を決め、ワクワクしつつ本に視線を落とした。
「ふむ。やっと何か製作する気になったかと思ったら、いきなり探知の指輪かい?初めて作製するするにしては、ランク高すぎじゃないかい?」
と、クリスティーン婆様は呆れたように言う。
「うん。ダメかなー?」
「いや、ダメとは言わないが・・・まあー、シャインなら大丈夫か。」
と、クリスティーン婆様は少し考えてから許可をしてくれた。
「ありがとう!」僕は嬉しくて満面の笑みがこぼれる。
『凰、よかったな許可が出て。』
『うん!ありがとう。鳳。』
「ああ。・・・工房と魔法道具の素材の有る素材庫は、家の裏にあるからね。探知の指輪の素材のフェニシリウムも、確か有ったはずだよ。」
フェニシリウムとは、神銀または神涙銀とも言われ、鳳凰がこの世界を産むときに流した涙が固まって出来たものだとされている。
その性質は、この世界のありとあらゆる物質の特性を持ち、加工の仕方によりダイヤモンドよりも遥かに固く、また、常温で液体や気体の状態にもなる。
さらに、魔力などの力に強い耐性があり、加工時に魔力などを込めれば非常に優れた魔法道具などにもなると言われている。
しかし、今現在フェニシリウムの埋蔵場所と加工方法を知っている者は存在せず、フェニシリウムを使った魔法道具も非常に少なく、一部の王族や貴族など支配階級が持つのみで、まず市場には出回らないと言われている。
その為、フェニシリウムは幻の物質と言われている。
・・・うーん、僕の涙がそういった物に変化したことは今までに一度も無いけど・・・ま、いっか・・・
「はーい。わかりました。」
「・・・そうだね。思い立ったら何とやらだ。明日はカリンの魔法の修練は休みだし。明日から取り掛かるとしようかね。」
「え!いいの!」
「ああ、ただし。私は、魔法道具の作製の方は専門外だから余りアドバイスは出来ないけど、魔法道具の素材やその加工道具には危険な物も有るからね、初めの内は必ず私が立ち会うよ。」
「わーい!ありがとう!クリスティーン婆さま!」
僕はうれしくて堪らず、クリスティーン婆さまに抱きついてしまった。
クリスティーン婆さまは、一瞬、驚いた顔を見せたが直ぐに優しく抱き返して、愛おしそうに僕の頭を撫でてくれる。
そんな僕の隣で話を聞いていたカリン姉さまが、ニコニコとして「よかったね、シャイン」と、声を掛けてくれる。
カリン姉さまの式神童子のマロは、「ようごさいましたな。シャイン様」と、カリン姉さまと同じようにニコニコとしていた。
クロガネとアカガネはクリスティーン婆様の後ろに立ち、優しく柔らかな笑みを僕に向けてくれていた。
「あ!若兄さまと姫姉さまだ!」
と、僕よりも歳の若い子供達が、嬉しそうに纏わり付いてきた。
僕達がクリスティーン婆様の家を出たときには、もう日は山向こうに落ちかけていた。
僕達はカウラスさんにカルハンさんの商隊の宴会に誘われていたので、その足で宴会場となっているであろう里の広場に向かったんだ。
「お!来た来た。そろそろ呼びに行こうかと思ってた所だ。親父さんとお袋さん達はもう来てるぞ。」
と、僕達が来たことに気が付いたカウラスさんが声を掛けてきた。
「すみません。遅くなってしまって。」
と、僕が謝罪すると、
「ああ、いいって、いいって。こちっも準備が出来たばっかだからな。」
と、カウラスさんは手を振って言う。
「カリン!シャイン!こっちよ!」
カウラスさんと話していると、僕達に気が付いたカクラ母さまが、僕達を手招きして呼んだ。
それに気が付いた僕達に纏わり付いていた子供達が、一斉に「こっち、こっち。うんしょ、うんしょ。」と言って、僕とカリン姉さまを母さま達の所へ、押したり引っ張ったりして連れて行こうとし始める。
「「それじゃー、ご馳走になります。」」
と、僕とカリン姉さまが言い、
「ご馳走になります。」
と、マロが頭を下げる。
「じゃー、ご馳走になるよ。」
「すみません。我々まで。お相伴に預かります。」
と、クリスティーン婆様とアカガネが言い。アカガネとクロガネが恭しく頭を下げると、
「おう!楽しんでってくれ!」
と、カウラスさんは、返してくれる。
僕とカリン姉さまは、僕達のために空けてあったのだろうカクラ母さまとカルハンさんの間に座る。
僕は母さまの隣に姉さまはカルハンさんの隣に。
クロガネは、コーラルというリンゴに似た果物を擂り下ろした炭酸の入ったとろみのあるジュースを、木製のマグカップに入れて僕とカリン姉さまに持ってきてくれる。
そして、自分はスラッシュというアルコール度数七十パーセントという強烈なワインに似た発泡酒を片手に、何処からか持ってきた折りたたみ式の椅子を組み立てて僕の後ろに腰を落ち着けた。
マロはカリン姉さまの後ろに立っている。
式神童子のマロは食事は摂らない。
その代わり通常は朝と晩の二回、カリン姉さまに力を補給してもらっている。
クリスティーン婆様とアカガネは、僕達から少し離れたカナコさんの隣に腰を落ち着けたようだ。
アカガネは、クロガネと同じく婆様に飲み物を持ってきて、その後ろに椅子を組み立て腰を下ろしていた。
広場の中央に焚かれた大きな焚き火をグルリと囲むように座る里の人達や、カルハンさんの商隊の人達皆に飲み物がいきわたった事を、グルリと頭を廻らせて確認すると、カルハンさんは徐に立ち上がってよく通る透き通った声で宴会の開始を宣言する。
「えー、長ったらしい挨拶は苦手なので、手短に、えー、私とカクラとの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でありまして、・・・・・・・・・・・で・・・・・・・」
「「「「「「「「「「「「「商隊長!「カルハン!」話しなげー!!!!」」」」」」」」」」」」」
カルハンさんの余りにも長すぎる話に、里の者達や商隊の者達皆からブーブーとブーイングが飛ぶ。
「ああ!わかったわかった! それじゃあ、この隠者の里と我がカルハン武装商隊の更なる繁栄と幸せを祈念して・・・光の神子の加護の有らん事を!!チース!!」
「ちょ!!まっ・「「「「「「「・・」光の神子の加護の有らん事を!!!チース!!!」」」」」」」
僕がカルハンさんの乾杯の音頭に抗議しようと声を出した瞬間、その場の全員がカルハンさんに倣って乾杯の声を上げた。
僕が気恥ずかしくて顔を赤らめ縮こまってコーラルをチビリチビリと飲んでいると、食べ物を取り分けてカルハンさんが僕の所まで持ってきてくれた。
そして、僕の前の地面にドカリと胡坐をかいて座る。
カルハンさんは、アジーナおばさまに似た雰囲気の美しい顔に苦笑を浮かべて、髪から覗かせる少し尖った耳を右手で触りながら僕に話し掛けてくる。
「シャイン。そんなに縮みこまるなよ。もっと胸を張れ!この隠者の森や里の者達を乱世の狂気から守っているのはお前だろ?」
「え?なぜ?」
「そりゃー、分かるさ。お前の作った護符からこの隠者の森を覆っている力と同じ優しい波動を感じるからな。流石にお前の護符を一年近く扱っていれば気付くって、それに、一年前にその力で私を救ってくれただろ。」
「・・・そうですか。そうですね・・・」
・・・・・・・・・・・。
「シャイン、お前の護符のお蔭で、私の商隊は本当に助かっているし儲けさせて貰っている。ああ・・何だ、その・・・私は商人だ何か欲しいものがあったら、言ってくれ必ず見つけ出して届けるから。」
と言って、カルハンさんはスラッシュを一気に呷り、「ぷはー」と、息を吐き出す。
『こいつも、不器用な奴だな。』
『ふふ、そうだね。』
と思いながら、僕は笑顔で「ありがとー」と感謝を述べた。
僕はカルハンさんの持ってきてくれた食べ物に口をつけたり、僕の周りに寄ってきている小動物に分け与えたりしていた。
そして、僕に纏わり付いてくる精霊達を、何時ものように指や掌の上で弄んだりする。
その様子を興味深そうに見ているハーフエルフの子供達に「優しく触ってあげてね」と、リスに似た小動物を渡したり精霊に触れさせたりしていると。
それを、ほんおりと頬を赤くさせ、優しく微笑み見守っていたカルハンさんが「本当に、シャインはこの世界を愛してるんだなー」と、呟いていた。