第十六話
(凰)
僕はカルハンさんを助けてから、三日間眠り続けていたそうだ。
僕が目を覚ました時、僕はカクラ母さまに平手打ちをされ、「もう、母さまに心配させないで!」と、ギュッと優しく抱き締められた。
その抱き締める腕は、微かに震えているような気がした。
その後、カンザブロウ父さまに、「お前は、まだ子供なのだから一人で危険なことをするな。」と、お叱りを受けた。
カナコさんには、「シャインさま。人を助ける事はいいことです。ですが、お父様やお母様に心配を掛ける様な事をなさってはいけませんよ。」と、諌められた。
キリマルさんは、「カカカ、シャイン。お前、カルハンが気を失っている所に覆いか(バキ!!)へぶぇら!」と、最後まで言う前にカナコさんに殴り飛ばされていた・・・。
それから、カリン姉さまには抱き付かれ、「シャインの、バカバカバカ!心配したんだから!」と、しばらくの間、わんわんと泣きつかれた。
やっとのことカリン姉さまから解放されると、今度はクロガネに抱き締められ、「ニドト、アノヨウナコトハ、ナサラナイデクダサイ!ソシテ、ワタシハ、ナニガアロウト、タトエ、アナタノメイレイデアッテモ、ニドトアナタノオソバヲハナレタリハシマセン!」と、僕の耳許で囁くように言った。その声は僅かに震えていた。
あの事件の翌日、カルハンさんは何か憑き物が落ちたような清々しい表情で、自分の商隊を引き連れて里を後にしたということだった。
僕はその時まだ眠っていたので見送ることは出来なかったが、それを聞いて安心した。
皆がもう暫く休みなさい、と言って出ていった後、少ししてクリスティーン婆さまが僕の部屋にやって来た。
クリスティーン婆さまは僕の部屋に入ってくるなり、
「シャイン。カルハンの心を救ってやってくれて有り難う。そして、済まなかった!」
と言って、深々と頭を下げた。アカガネも婆さまの後ろで頭を下げている。
「私はカルハンが両親の事で傷付いている事は知っていた。だが、あの娘は私が何を言っても信じなかった。私では、あの子の心を救ってやる事が出来なかったんだ。」
と、婆さまは悔しそうな悲しそうな表情を見せた。
「そして、あの日、実を言うと隠者の森に異質な者が三人の入り込んでいたのに、私は気付いていたんだ。それと同時に視えていた、本当に霞が掛かって薄らボンヤリとだが、お前さんがカルハンを救ってくれる可能性が。でも、お前さんをあんな目に逢わせる事になるとは思っていなかったんだ。本当に済まない。」
と、再び婆さまが頭を下げる。
「いえ、僕がやりたくてやった事ですから。婆さまが僕に頭を下げる理由はありせんよ。」
と、僕が言うと、
「本当に済まない。が、そう言って貰えると助かる。」
と、婆さまは頭を上げた。
「でも、うまくいって本当に良かった。僕は力をカルハンさんの奥底に押し込められ、悲嘆に暮れていた両親の愛を知る心に力を注ぎ込んだ後、気を失ってしまいましたから。」
と言って、僕が笑うと、
「でも、これで、お前さんの希望に一歩近づいたのと違うかい?大切なもの達を守れる者になるという。」
と、婆さまに言われ僕も気が付いた。
『確かに、カルハンの傷付いた心を最終的に助けたのはカルハン自身の愛を知る心だが、少なくとも凰はその手助けをする事は出来たと思うぞ。それに、凰 は賊を二人も倒してカルハンを助け出したわけだしな。』
『そうだよね。僕、カルハンさんを助ける事が出来たんだよね。』
『まあ、最後はぶっ倒れて気を失っちまったがな。』
『う・・・・』
『・・・だが、まぁよく頑張ったと思うぞ。』
『・・・・・鳳、もしかして僕のこと嫌い?』
・・。
『いや、好きだぞ。』
『なに?今の間は?』
『・・・気にするな。』
『気になるよ!』
と、心の内で僕が少し浮かれた気持ちで鳳と冗談?を言い合っていると、
「ああ、そうだ、忘れていた。カクラからカルハンのお礼の言葉は聞いていると思うが、私もカルハンからシャインに言伝てを頼まれていたのだった。」
と、婆さまが何やらニヤニヤして口許に手をやって言った。
僕はその婆さまの口調と表情で、何となくカルハンさんからの言伝ての内容が分かったような気がした。
『こちらの世界の人間て、人を冷やかす時だいたいこんな態度をとるよな。』
『はあ・・・鳳もそう思う?』
「〈今度、感謝も含めて二人っきりで話がしたい。隠者の森に私の取って置きの場所があるからそこで話そう。楽しみにしておいてくれ。〉だそうだ。相変わらずモテるねー、シャイン。」
と言って、婆さまは楽しそうに笑った。
僕(鳳・凰)は心の中で、『『はあ~~~』』と、盛大に溜め息を吐いていた。
クリスティーン婆さまと話を終えた後、僕は少しの間眠りについた。
そして、再び目が覚めた時、部屋の明かりとりから射す柔らかな日の光は夕暮れ近くの雰囲気を室内に醸し出していた。
ふと、気が付くと僕の寝るベッドの近くにアジーナおばさまとサーシャ姉さまが佇んでいた。
「シャイン、目が覚めた?」
と、アジーナおばさまは柔和な笑みを浮かべて優しく声をかけてくる。
『そういえば、アジーナおばさまとサーシャ姉さまは僕が最初に目を覚ましたとき居なかったよね。』
『そういえば、そうだな。』
と、僕(鳳・凰)が考えていると、
「先ずは、シャインに感謝と謝罪を。」
と言って、アジーナおばさまとサーシャ姉さまは深々と頭を下げた。
「え?」
僕は突然の事に、つい疑問符の付いた声を出してしまった。
『アジーナおばさま達が僕に、感謝と謝罪?どういうことだろう?』
『・・・まあ、謝罪は乱世の狂気に憑かれていたとはいえ、自国の者が大賢者の身内とも言える凰を傷付けたんだ。その事に対するものだと考えれば分からんでもないが、感謝はどういうことだろうな。』
・・・・。
「あ、アジーナおばさま、サーシャ姉さま頭を上げてください!別にお二人が頭を下げなければならない事ではないですよ。」
僕(鳳・凰)は突然の事に考えに耽入りそうになり、アジーナおばさまとサーシャ姉さまに頭を下げさせたままにしていた事を失念していた。
その事に、ハッと気が付き僕は慌てて二人に頭を上げるようにお願いする。
「いえ。乱世の狂気に憑かれていたとはいえ、我が国の者が貴方を傷付けた事に違いはありません。それに、本人に自覚が有りませんが我が王族に列なる者が、貴方に救われたことは紛れもない事実です。」
「分かりました、分かりましたから。謝罪も感謝も受け入れますので、お願いですから頭を上げてください。」
と、僕が言うと、「ありがとう御座います。このお礼とお詫びは必ずいたしますので。」と言って、アジーナおばさまとサーシャ姉さまはやっと頭を上げてくれた。と、ここで僕は聞き流しそうになったアジーナおばさまの言葉の一部に、ふと気付き疑問が口から漏れる。
「ん?王族に列なる者?」
「はい・・・・それについては、カルハンの両親の事をお話ししなければなりませんね。」
と言い、アジーナおばさまは愁いのある笑みを見せる。
「カルハンは、私の姉であるアルブァロム王国現女王メルリーサ・ポート・アルブァロムの実の娘です。カルハンは母親が女王になっている事は知らないでしょう。」
「え"!?それじゃあ、カルハンさんはアルブァロム王国の王女さまなのですか?」
と、僕は驚きのあまり声を裏返しながら聞くと、「その通りです。」と、アジーナおばさまは即答する。
「ただ、我が国の王は、時の王が王族である十二支族の長の中から次代の王を指名し、十二支族の長達による十二支族会議で承認されて初めて次代の王が決まります。そして、次代の王が務めていた十二支族の長を、その子が継ぐ事になります。姉は王になる前は十二支族の一つであるアルス公爵家の当主でしたので、本来ならアルス公爵を継ぐのは私ではなくカルハンだったのです。」
「そうなんですか・・・・全くカルハンさんからはそんな雰囲気は感じられないんですが・・・」
「それは、まぁ仕方がないでしょう。そういう生活も、教育も受けていないのですから。」
と言って、アジーナおばさまは一つ息を吐き話を始めた。
「五十年ほど前、アルブァロム王国の王の娘でありアルス公爵の地位を継いでいた姉上と、アルテバレス王国の豪商の長で人族の男性が恋に落ち一人の娘を授かりました。」
「それが、カルハンさん?」
「はい。ですが、身分の差や二人の地位により双方の親類縁者は二人の婚姻を認めませんでした。」
「まぁ、王族と、豪商とはいえ他国の平民、しかも種族まで違うとなれば仕方がないでしょう。」
「しかし、二人は諦めず周りの者達を説得し続けました。が、そんなある日・・・」
「幼いカルハンさんが襲われた?」
「はい・・・・よくわかりましたね。」
「まぁ、なんとなく。」
「アルブァロム王国とアルテバレス王国の国境近くにあるカルハンの父親が持つ別荘に避暑に来ていた時に襲われたそうです。」
『ふん。随分と短絡的な行動に出たものだ。』
『二人を結ぶものを断ってしまえば、二人とも諦めるだろうとでも思ったのかな?』
「恐らくカルハンの父親の縁者の誰かの差し金ではないかと思われます、が・・・・ここに来て、二人はその地位と権力、そして一族一門を全て捨てる覚悟が出来たそうです。」
「・・・それで、カルハンさんをクリスティーン婆さまに預けて、周りの者達にその地位と権力を譲渡するため、または放棄するための理解を得るために根回しをしに回ったと・・・」
「根回し・・・・そうですね。ですが、方やアルブァロム王国を支える十二支族の一つアルス公爵の長であり王の娘でもある我が姉上、方や若くしてアルテバレス王国の政財界を揺るがす程の力を持つ豪商の長にまで登り詰めた大商人・・・・周りの者達がそんな事を簡単に許すわけがありません。」
「・・・そうこうしているうちに、両親に捨てられたと思い込んだカルハンさんが婆さまの許を飛び出した・・・・とか。」
「・・・その通りです。」
「まぁ、あの性格ですからね・・・」
「・・・・で、クリスティーン様からその連絡を受けた二人は血眼になってカルハンを探したそうです。」
「だけど見つからなかった。」
「はい・・・あの二人が持てる情報網を最大限駆使して探しても見つからず、それこそクリスティーン様の千里眼でも見つけられなかったそうです。これにはカルハンを隠者の森から連れ出し鍛えたとある冒険者が絡んでいたのですが・・・まぁ、今はいいでしょう。」
「・・・それで、二人はどうしたのです?」
「・・・・二人は最愛の娘が居なくなり、暫くの間酷く鬱ぎ込んでしまっていました。その後、二人は心に空いた隙間を忘れようとするように仕事や公務に没頭するようになります。」
「それでは二人は別れてしまったのですか?」
「・・・そうですね、二人とも互いに顔を会わせるのが辛かったのではないのでしょうか。カルハンの事は互いに自分のせいだと思い込んでいたようですから。」
「その後、カルハンさんは?」
「・・・それから十八年程してですから・・・・今から二十年程前に見つかりました、いえ、現れたと言うべきですね。突然、隠者の森のクリスティーン様の所に自分の商隊を引き連れて現れたそうです。」
「故郷に錦を、じゃないけど育ててくれたクリスティーン婆さまに立派になった姿を見せたかったんですね。」
「そうかも知れません・・・・実はカルハンという名は本名ではありません。本当の名はカロリーナ・ポート・アルスといいます。カルハンという名はカルハンいえカロリーナを鍛えた冒険者が、カルハンという名に知り合いがその正体がカロリーナだということに気づかないという呪いの魔法を掛けてカロリーナにつけたそうです。それは、クリスティーン様の千里眼でさえも妨げるほど強力でした。ですが、クリスティーン様はカルハンがカロリーナであると一目見て気づきました。そして、その呪いは知り合いに気づかれた時点で解けるようになっていたそうです。」
「そうですか。カルハン、いえカロリーナさんを鍛えたという冒険者の人もカロリーナさんの事を思ってその呪いを掛けたんですね。カロリーナさんの心を癒すには時間が必要だと。」
「そうですね、そうかも知れません・・・・が、その後、クリスティーン様はカロリーナに会う度にそれとなく両親に会うようにすすめたそうですが悉く拒絶されたそうです。カロリーナと呼ばれることも・・・・私も避けられているようでしたし・・・・・」
「そうですか・・・・両親に捨てられたと思い込んでいたのなら仕方のないことかも知れませんね。」
「はい・・・・ですが、今回シャインがカロリーナの心を救ってくれた事で、今はまだ無理でもその内母親である我が姉にも会う気になってくれるかもしれません。」
「そうですね・・・きっと大丈夫だと思いますよ。」
「はい。ですから、我が姪を救ってくれたシャインには心より感謝いたします。きっと、この事を知れば我が姉も喜び感謝することでしょう。」
そう言ってアジーナおばさまは心より感謝の意を表すように微笑み優雅に王族として最上級の礼を僕に対して表した。
それに倣うようにサーシャ姉さまも礼をする。
丁度その時、突然部屋の扉が開き、「食事の準備が出来たけど、シャイン起きてる?」と、カリン姉さまが入ってきた。
『カリン姉さま、いいタイミング!』
僕は心でそう叫んで、「はい!今行きます!アジーナおばさま達も一緒に行きましょう。」と言うと、アジーナおばさまは少し残念そうな顔をして、「そうですね。」と応えた。
『カリン姉に救われたな。』
『うん。カリン姉さまが来なければアジーナおばさま、何を言い出すかわからない雰囲気だったもんね。』