第十五話
(凰)
僕はカルハンさんに、「逃げろ!」と言われ駆け出した。
!・・・・?
駆け出して暫くすると、突然、首筋にチリリとした嫌な感覚が走った。と、同時に、嫌な予感が膨れ上がるり僕は足を止めた。
『なにか、嫌な予感がする。』
『ああ・・・』
『・・・足手まといになるだけかもしれないけど・・・今すぐカルハンさんの所に戻らないと後で後悔するような気がする。』
『戻って後悔するか、戻らずに後悔するか、だな。』
『だったら戻って後悔する!』
僕は踵を返し元来た道を猛然と走って、カルハンさんのもとに急いだ。
戻ってみると、カルハンさんと賊三人が居たはずの場所には誰も居なかった。
いや、誰もいないように見えるが、何故か避けた方がいいと感じさせる何かがある。
『これって、恐らく人払いの結界魔法だよね・・・』
『・・・ああ、少し陰の気も感じるな。』
『多分、陰の気が強い者がこの結界を張っているからかな。』
『そうだな・・・ならば、陽の気の強い凰の力をぶつければ、陰の気を含んだ魔力は霧散して結界が解けるかもしれんな。』
『・・・試してみる。』
僕はカルハンさんの無事を祈りながら、焦る気持ちを落ち着かせ結界が有ると思われるところに手を添える。
そして、加護の守護札を作る時の要領でそこに力を注ぎ込んだ。
すると、パキーンといって手のひらから先のドーム型の空間が砕け別の結界が現れた。何かを封じる為の結界のようだった。
僕は構わず先程と同じように、その結界に僕の力を注ぎ込みその結界も砕いた。「!?」と、同時に、そこからどす黒い澱みが溢れ出した。が、溢れ出した先から隠者の森に満ちる清浄な力に浄化されていく。
僕は焦燥感に駆られながらカルハンさんの姿を探す。
そして、そのどす黒い澱みの中心にカルハンさんの姿を見つけた。
驚きの顔でこちらを見ている三人の賊の一人に頭を掴まれ、ヒクヒクと体を痙攣させているカルハンさんを・・・・
そのカルハンさんの姿を見たとき、カルハンさんの姿と前世での僕の彼女の姿が重なって見えた。
不良どもに犯され自殺した前世の彼女の姿に・・・
瞬間、僕の中で何かが弾けた!
「『『貴様ー!!その手を離せ!!』』」
僕は鳳の怒りに逆らわず、その大切なものを守るための怒りに自分も乗って、カルハンさんの頭を掴む賊に躍りかかった。
賊の一人が僕の首を狙って振ったロングソードをギリギリで避け、カルハンさんの頭を掴む賊の手首を掴み思いっきり僕の力を注ぎ込む。
「ギッ・・・・・・!!」
ギャアアアアアアアーーーーーー!!
僕に力を注ぎ込まれたその賊の奥底の魂に取り付いていた乱世の狂気は、悲鳴を上げたかと思うと、ボッと一瞬にして僕の力に浄化された。吹き出していたどす黒い澱みも、あっという間消え去っていた。
どす黒い澱みが消え去った賊の顔を見るとまだ若いエルフだった。
その若いエルフは気を失い地面に倒れ込んだ。
賊の手から解放され地に倒れているカルハンさんをチラッと見ると、まだ白目を向いて体を痙攣させていた。
カルハンさんの内に入った乱世の狂気までは浄化出来なかったようで、カルハンさんは乱世の狂気に心をかなり犯されているように見えた。
・・・でも、まだ間に合う・・・
僕がカルハンさんの方へ足を向けようとした瞬間、
ドッ!
「ぐっ・・・・・」
鋭く平らで異様に冷たく感じる物が、僕の胸から入り背中へと突き抜けたと感じたとき、焼けるような痛みを胸と肺と背中に感じ僕は呻いた。
僕がカルハンさんから自分の正面に視線を戻すと、そこには賊の一人が立っていた。
その目深に被ったフードの中身は結界によって外界と遮断されているのか、どす黒い澱みが充満しその中身を確認することができない。
その為、この賊が笑っているのか怒っているのか、はたまた怯えているのか分からない。が、
「小僧!戦いの最中に余所見とは、愚かだな。」
声から察するに嘲笑しているようだった。
その賊の手にはロングソードが握られており、そのロングソードの刃に視線を這わせて切っ先を探すと、その刃は僕の胸に突き刺さっていた。
「いっ!・・・・・」
『いったー!いたいいたいいたい!』
僕はその生まれて初めての死にそうな程の痛みに、混乱しのたうち回りたくなった。が、『落ち着け!』と言う鳳の声と共に痛みが、スウーと退いていく。
『ぐっくく・・・』
『あ、あれ、痛みが無くなった?』
『い、痛みは、俺が引き受ける。く、だから、こいつを何とかしろ!』
『・・・分かった。ごめん!鳳。』
僕は賊のフードに手を掛けようと手を伸ばしたが、大人と子供、リーチの差が大きすぎて届かない。
それでも僕は手を伸ばし歩を進める、ロングソードが更に胸に深く切り込んでくるのも構わず。
『ぐっ!うううーくうー・・・』
『ごめん!鳳、後、もう少し・・・』
そんな、僕を見て、僕にロングソードを突き立てた賊は面白そうに、クククと笑いそのロングソードを根元まで僕の胸にネジ込んだ。
・・・この時を待っていた!・・・
と、僕はフードに手を伸ばしていた手を素早く下ろし、ロングソードを持つ賊の手首を掴み、袖を力任せに捲り上げ。そして、溢れ出すどす黒い澱みと共に露になった地肌の腕を掴むと、思いっきり僕の力を注ぎ込む。
「ぐっ・・・・・・!!」
ギャアアアアアアアアアアーー!!
賊の魂に取り付いていた乱世の狂気は、絶叫の断末魔を上げると僕の力に浄化され消えていった。
乱世の狂気の賊だった若いエルフが気絶するのを確認して、残り一人の賊に目をやるとその賊は逃げ出していた。
その後ろを何か黒い影が追いかけていったように見えたが、気のせいだったかもしれない。
『鳳!大丈夫?』
『あ、ああ・・・何とか、な。・・・死ぬ事は、無いようだ・・・』
『うん・・・もう暫く我慢してね。』
『ああ、だが・・・早く済ませてくれ。し、死にそうな程・・いたい。』
僕は倒れているカルハンさんを仰向けにし、体の上に股がった。
・・・カルハンさん、目が覚めても殴らないでね・・・
と、思いながらカルハンさんの額と自分の額を合わせる。
力を注ぎ込むという作業にまだ馴れていないせいか、結界を破るのと賊の乱世の狂気を浄化するのにかなり力を注ぎ込んだので疲労感はかなりある。が、僕はカルハンさんの心が癒され人を愛し愛される心に戻れるように、力に思いを込めてその力をゆっくりと確実にカルハンさんの心に届くように注ぎ込む。
(カルハン)
わたしは、わたしを拒絶する両親、種族、精霊、世界、その全てを憎み、恨み、呪う!!この世の全てを破壊する!!
本当に貴女の両親は貴女を拒絶したの?
誰だ!!
ねえ、どうなの?
ああ、拒絶した!お前は俺の子じゃないと。あなたは私の子じゃないと。わたしを拒絶した。
本当に?よく思い出してみて。あの日の事を。貴女がクリスティーンに預けられた日の事を。
・・・・あの日、あのどんよりと重苦しい雲が空一面を覆っていて、雨がしとしとと降っていた、あの日。昨日のように思い出せる。父さまと母さまは、わたしを捨てるようにクリスティーンに渡すと、こう言った。「こんな人とエルフのハーフなど私達の子ではありません。煮るなり焼くなり貴女のすきにしてください。」と。
・・・それは、おかしいのではありませんか?自分達の子ではない、とまで嫌悪しているのに、わざわざ辺鄙な隠者の森まで赴いてクリスティーンに預けるなど。本当に要らない子ならば自分の部下などに命じて、子供では戻ってこれないような所に捨てさせればよかったのでは?本当にお父さまとお母さまは、そう言ったのですか?
それは・・・・・
それにあの日は本当に空一面を雲が覆っていましたか?本当に雨がしとしとと降っていましたか?
そ、それは・・・・
さあ、答えてください。
・・・・・わからない。
わからない?では、なぜ先程はそんな風に答えたのですか?
それじゃあ聞くが、父さまと母さまは何故、わたしが何時まで待っても迎えに来てくれなかったのか!それは、わたしが要らない子だったからだ!!
・・・・貴女は、クリスティーンに預けられる日の10日程前の事を覚えていますか?
10日程前・・・確か、お父さまの別荘にいる時、わたしが拐われそうになった・・・
そう、そしてお父さまとお母さまが貴女をクリスティーンに預けるとき、こう言ったのです。「必ずこの子が安全に暮らせる環境にして、迎えに来る。それまで、この子を預かって欲しい。」と、そして、貴方に、「世界中で誰よりもあなたの事を愛してる。必ず迎えに来るから待っていて。」と言ってキスをしてくれた。・・・貴女は覚えているはずです!
わ、わたしは・・・・そうだ、覚えている・・・ただ、子供にとっては待つには長すぎた・・・その間に、大切な記憶を忘却の彼方に追いやり・・・自分は捨てられたのだと思い込んでしまったのだ・・・・ぐ、くくくう・・・い、いや違う、わたしは捨てられたのだ・・・い、いや・・・・・あ、ああああああ・・・助けて・・・助けて、母さま、父さま・・・
乱世の狂気に負けないで!!私の手を取りなさい!!
わたしはその手にすがり付くように自分の手を伸ばしたが、どす黒い澱みがわたしの体に絡み付き引き離そうとする。
それでも、わたしは必死に藻掻き手を伸ばす、そして、わたしの手がその手に僅かに触れた瞬間、わたしの心と魂に清浄で温かな力が流れ込む。と同時に、それは、父のように母のように、慈しむように愛おしむように、わたしを包み込んでくれる。その温もりに、その優しさに、わたしは涙を流していた。
それと同時に、わたしの心に絡み付いていたどす黒い澱みの乱世の狂気が、ギャアアアアアアーー!!と悲鳴を上げ浄化されて消えていく。
そのとたん、わたしと私は一つに戻る、そして幼い頃両親に心から愛されていた事を思い出した。
私は、わたしの寂しさから来る負の感情に心の奥底に追いやられ、わたしが乱世の狂気に取り付かれるのを感じているしかなかった。が、突然、誰かが私に清浄な力が流し込み私に力を貸してくれたのだ。
私は今度、お父さまとお母さまに会いに行こう、そして愛していると伝えよう。
そして、私に力を貸してくれた者に心から感謝しよう。と、心に決めた時、私は目を覚ました。
ふと、気が付くと私の上に温かなものが乗っかっている感覚があり、それを見てみると、それはシャインだった。
シャインは力を使い果たしたのか眠っているようだった。
シャインから私の心を癒してくれた清浄な力を感じると同時に、私はシャインに感謝の気持ちとそれ以上の愛しさを感じた。
・・・シャインは確か護符を作ることしか出来ないと聞いていたのだが、そうかシャインが私を助けてくれたのか・・・
と、考えながらシャインを抱いて上半身を起こそうとした時、
「な!?」
私は絶句し愕然とした。シャインの胸に根元までロングソードが突き刺さっていたのだ。
「シャイン!おい!シャイン大丈夫か!」
と、私がシャインに声を掛けていると、
「シャインサマハ、ソノテイドデハ、シナナイ。」
と、後ろに突然現れたクロガネがそう言った。
クロガネは担いでいたマントフードを着けた若いエルフを地面に転がすと、
「ワタシハ、シャインサマヲ、ツレテイク。カルハンハ、ソノ三ニンノ、エルフヲツレテコイ。」
と、クロガネは言うと、シャインを私から奪うように抱き抱え猛スピードで里に向かって走っていった。
(クロガネ)
私は、シャイン様に「今日はカルハンさんに大事な話が有るから付いてこないでね。もし付いてきたら主従関係解消するから。」と、言われシャイン様の家の前でシャイン様のお帰りを待つしかなかった。
暫くすると、家から出てきたクリスティーン様に声を掛けられた。
「クロガネ、この後すぐシャインの加護の守護札が必要になるかもしれない。準備しておきな。」
と、言われ懐に一枚加護の守護札を入れておく。
それからまた暫くした頃、遠くで誰かが結界魔法を使う気配がしたが、シャイン様の気配はそこから少し離れた所にあったので大丈夫だろうと思い、そのまま外に立っていた。が、それから少しして乱世の狂気の気配を感じた。その近くにシャイン様の気配が有ることに気が付き、直ぐにでもシャイン様のもとへ行かねばと思い駆け出そうとすると、クリスティーン様に呼び止められる。
「クロガネ!シャインはちょっとやそっとじゃ死なないから逃げ出す乱世の狂気に犯された者がいたらソイツを捕まえてくれ。今、その乱世の狂気の親玉にシャインの存在を知られるのは不味い。」
と、言われた。
私が現場に着いたとき、ちょうど一人の乱世の狂気に犯された者が逃げ出す所だった。
私はシャイン様の事が心配だったが、乱世の狂気に犯された者を逃がすわけにもいかず追いかけることにした。
ソイツには直ぐに追い付いた。ソイツは魔法とロングソードで襲ってきたが、直ぐにフードを脱がせてシャイン様の加護の守護札を額に叩き付け黙らせた。
直ぐさま踵を返しシャイン様のもとに向かったが、シャイン様は胸にロングソードを突き立てられ気を失いカルハンに抱き抱えられていた。
私は居ても立ってもいられずカルハンからシャイン様を奪うようにして抱き抱え里へと走った。
シャイン様をクリスティーン様の所へ連れていくと、クリスティーン様はシャイン様姿を見て少し表情を歪め、「クロガネ、大丈夫だからそのロングソードを抜いておやり。」と言われ、私はそのロングソードの柄を持ちキズを広げないように慎重に引き抜いた。
シャイン様は呻いて身動ぎしようとしたが、兄のアカガネがしっかり抑えてくれていたので問題はなかった。
ロングソードを抜く先からシャイン様の傷口は塞がっていった。
その後、シャイン様をカクラ様のもとへ抱いて連れていきシャイン様のベットに寝かせた。
カクラ様に事情を説明すると非常に心配されていたが、今は眠っているだけだと言うと安心されたようだった。
(カルハン)
私は里へ戻ると直ぐにカクラの家へと向かったが、シャインはまだ眠っているからと会わせてはもらえなかった。
あの若い三人のエルフは魂にまで乱世の狂気に取り付かれていた為、それを浄化したことにより精神と自我が幼児まで後退してしまい情報を得ることは出来なかった。
・・・後少しシャインの助けが遅ければ、私もああなっていたのか・・・
と、思うと背中に寒いものが走った。
・・・本当に、シャインには感謝してもしきれないな・・・
と、思うと同時に合えないシャインに愛しさが募った。
・・・私も現金なものだ・・・
と、なれない感情に苦笑しながらそう思い、それでもその感情は心地よかった。
私はカウラスから渡されたシャインの護符を一枚引き抜いて、懐に入れギュッと抱き締めた。