第十四話
聖神武歴2142年 冬
(カクラ)
私とアジーナが家の居間兼応接間で、お茶を飲みながら談笑していると。
バーーーーン
と、威勢よく応接間と外との間の扉が開かれた。
「カクラは居るか!」
「どーしたんですか?カウラス!そんなに慌てて。」
と、私はカウラスの突然の来訪に、眉間に皺を寄せて尋ねた。
「こないだお前から試しに預かった護符だが、まだ有るか!」
「え?・・・ええ、有るには有るけど・・・何か問題でもあった?」
「いや、その逆さ、あれは凄いぞ!」
カウラスによると、この夏から冬までの間何時ものように各地を巡ったのだが、夏に試しに預かった護符のお陰で乱世の狂気の邪気邪念に侵されたもの達や魔獣による脅威は、全く無かったとは言わないが難なく退けられたらしい。
それどころか各地に蔓延している乱世の狂気による穢れを、その地を通るだけで払い清めてしまったという。
これは、儲けの臭いがする、という事でお試しで預かった護符を本格的に仕入れる為に急遽この里に戻ってきたということらしい。
「で、今その護符は何枚ある?」
と、カウラスは尋ねてきた。
「・・・十枚ね。」
と、私が答えると。
「うちが全部引き取る。」
と、カウラスは即断即決する。
(凰)
「カルハンさん、こんにちは。珍しいですね。年に二回も隠者の里に来るなんて。」
「チッ、来ちゃ悪いかい!」
と、カルハンさんは僕を見るなり舌打ちをして悪態をつく。
カルハンさんは、人族の大商人とハイエルフとの間の隠し子で、両親に捨てられ大賢者であるクリスティーン婆さまに育てられた、という噂が有る。
彼女は緑黄色の髪を短く切りバンダナを何時も頭に巻いている。耳は少し短めだが尖っており、目は垂れ型だが鋭い。瞳は新緑色で顔は端正で美しい、何処と無くアジーナに似ている気がしないでもない。身体は女らしく魅惑的な体型なのだが武術家のように鍛え上げられている。見た目は二十代の、人族とハイエルフとのハーフの女性だ。
「いえ・・・珍しいな、と思って声を掛けてみたんですが・・・。」
「ふん!用か無いならあっちに行きな!私は子供が大っ嫌いなんだ!」
と言って、カルハンさんは僕を睨み付ける。
「え!・・・僕、てっきりカルハンさんは子供が好きだと思ってました。」
「は!何言ってんだ!」
「だって、カルハンさん、ここに来るたんびに小さな子供達にオモチャやらお菓子やらあげてるじゃないですか・・・・・僕は貰った事ありませんが・・・」
「・・・・ふん!纏わり付いて鬱陶しいガキどもを散らすためだ!」
「それじゃー、僕はカルハンさんに纏わり付いていてもいいんですね。」
と、僕がにこやかに言うと、
「チッ、勝手にしな!」
と、また舌打ちをして言いカルハンさんは歩き出した。
『しかし、カルハンから負の感情が感じられるようになってからは、子供達は近付かなくなったな。』
『うん・・・子供達はそういう感情に敏感だからね。』
『ああ、確かにな。』
『カルハンさんて、傍目からは自分に厳しく他人にも厳しい人物だと思われがちだけど。僕はどちらかと言うと、人への好意の向け方を知らず、また、人からの好意を拒んでいるように見える。』
『今のカルハンの負の感情は、その辺りのストレスが溜まりにたまって限界に来てるというところだな。』
『うん。・・・噂が本当なら、原因は子供の頃に受けた心の傷だと思う。』
『このままだと、その負の感情に乱世の狂気に付け込まれるな・・・で、カルハンを救う手だてはあるのか?』
『うーん、やってみないと分からないけど・・・・・・何とかなると思う。』
と、僕(鳳・凰)は考えながらカルハンさんの後に付いて歩いていく。
普通、隠者の森の清浄な力に触れれば心に傷を負った者はその力に癒される。
しかし、それには条件があり、その心に傷を負った者がその清浄な力による癒しを受け入れなければならない。
しかし、カルハンさんは、ずっとそれを拒み続けているように僕には思えた。
隠者の里と森の間にある広場では里に宿泊施設が無いため、カルハンさんの商隊の人達はテントを張ったり今晩の食事の準備をしたり、各々忙しそうに自分の仕事をこなしている。
カルハンさんはその商隊を横目に通り抜け隠者の里の外へと、里の結界を抜けて出ていってしまった。
『どうしよう。僕、まだ、結界の外に出たことないし。クロガネも付いて来ないようにきつく言い聞かせてきたから、今はいないし・・・・ちょっと、不安なんだけど・・・』
『恐らく、他に誰かいたらカルハンは頑なな心を開かないだろう。それに、さっきも言ったが今回を逃したら恐らくカルハンは乱世の狂気に呑まれるぞ。』
『うん、分かってる。だから、最初からカルハンさんと二人きりになれる所に誘導しようとは思ってたんだけど、まさか、里の結界の外に出ちゃうなんて・・・しかし、今のカルハンさんの状態で何故乱世の狂気に取り付かれずに済んでいるのか不思議なくらいだし・・・。』
『ああ・・・』
・・・・・・・。
『・・・なら、勇気を出して追うしかないよね。』
『そうだな、助けられるかもしれない者を何もせずに死なせたり狂わせたりしたら寝覚め悪いからな。』
『うん。』
僕は意を決して里の結界を抜けてカルハンさんを追いかけた。
しかし、カルハンさんは隠者の森に林立する大木の枝から枝に跳び移りながら移動していくため、僕は直ぐに彼女を見失ってしまった。
『カルハンの気配は追えるか?』
『・・・うん、大体の位置はわかる。あれだけの負の感情の強い気配、この隠者の森や里には今カルハンさんしかいない。』
(カルハン)
・・・シャインは見てるだけで胸くそが悪くなる!・・・
・・・生まれた時から里の者達全てに愛され、それだけでなく動物や精霊この世界全てに愛され幸せの中に生きている、あのふやけきった顔を見ているとほんとムカムカする!・・・
私はシャインを撒くために、隠者の里を出ると隠者の森の木々の枝を伝い移動した。
・・・最近、私の商隊の奴等も言うことを聞かないし!剰へ商隊の主である私に意見してこようとする・・・今回、ここによる事だってそうだ。私は必要ないと言ったんだ・・・それなのに、ふざけやがって!・・・
ヒュッ!
「うお!」
私が考え事をしながら樹上を移動していたら、突然、矢を射かけられた。
何とか体を翻しその矢をかわして木の影に隠れる。
木の影から覗き込むように矢が飛んできた下の方を見ると、隠者の里の者ではない見慣れない者達が三人目に入った。
三人ともマントを羽織、手には薄手のグローブをはめ手足の地肌を完全に覆い隠すような服装で目深にフードを被っている。
三人は辺りを警戒するように木の影に隠れ、その内の一人が矢をつがえ此方を狙っている。
・・・チッ、何者だ?・・・
なんの警告もなしに矢を射掛けてきたところを見ると、隠者の里の者に対し好意的な者達ではないという事は分かる。
しかし、海や太刀峰山脈方面から来ているならば疑問に思わないが、この三人明らかにアルブァロム王国側から隠者の森に入ってきている。
・・・アルブァロム王国のエルフ達はハーフエルフを蔑みはするが、敵意をもって害をなそうと考える者はいないはず・・・
何故なら、基本エルフは争いを嫌い安定した調和を望む種族だからだ。
・・・そういえば、数年前からアルブァロム王国南部への立ち入りを制限され、精霊の加護に守られているはずのアルブァロム王国南部に乱世の狂気が沸き始めているという噂があったが・・・まさか、すでに呑まれた領地があるのか・・・
もし、そうであるのならば、その乱世の狂気という怨念に取り付かれた者達が精霊の加護よりも清浄な力で邪気邪悪を近づけない、この隠者の森や里に驚異を感じてもおかしくはない。
乱世の狂気という怨念は大きく成長すると、この世界を破滅へと導こうとする意思を持つと言われている。
隠者の森には、その最も大きな障害になるだろうと思われるものが存在するかもしれない。ならばその存在の確認をしに来る可能性は大いに有るだろう。
・・・だか、あの三人からはそういったものは感じないのだがな・・・
と、その三人の動きに警戒しながら私が考えていると。
「カルハンさーん、何処ですかー。」
と言う、シャインの声が聞こえてきた。
・・・チッ!あのバカ、追っかけてきたのか!・・・
しかも、何時もはシャインに金魚のフンのように付いているクロガネの気配がない。
・・・くそ!こんな時に!・・・
と、思っていると、矢をつがえてこちらを狙っている者とは違う他の二人がフッと姿を消した。と同時に「うわ!!」と言うシャインの叫び声が聞こえた。
・・・あんなクソガキの事など知ったことか!・・・
と、思うのとは裏腹に体が動いていた。
私は射かけられる矢をかわしながら、シャインの声のした方へと急いでいた。
・・・チッ!・・別に助けたいから行く訳じゃない!・・・
シャインはマントフード姿の者達から、ちょこまかと小回りを効かせながら逃げ回っていた。
・・・武術は下手でも流石にカクラやカンザブロウ、キリマルに鍛えられてるだけあって逃げ足だけは早いようだな・・・
と、思いながらシャインとマントフード姿の者達の間に割って入るべく、私は腰のロングソードを抜き放ち樹上から飛び降りた。
ダン!!
「わ!?」
私がマントフード姿の者達とシャインの間に上から飛び込んで割って入ると、シャインが驚いて声をあげた。
「クソガキ!早く逃げろ!」
と、私が言うとシャインは一瞬躊躇したが、「うん、里の人達を呼んでくる!」と言って駆け出した。
その気配を背中に感じながら私は三人のマントフード姿の者達にロングソードを構えた。
マントフード姿の三人はロングソード構え、ジリジリと間合いを詰めてくる。今は、弓を持っていた者もロングソードに持ち替えていた。
「~♪~~♪~♪~~」
・・・・?
私は精霊魔法の呪文を唱えたが、精霊は何の反応も示さず私に力を貸そうとしなかった。
・・・どういう事だ!?・・・
と、私が困惑していると、その表情が表に出ていたのかマントフード姿の者達の一人が、ククク、と含み笑いを漏らした。
「今の負の感情を撒き散らしている貴様では、精霊は力を貸してはくれまい。」
と、含み笑いを漏らしたマントフード姿が可笑しそうにくぐもった声で言った。
・・・く、精霊までもが私を拒絶するか!・・・
「貴様達などこのロングソード一本だけで充分だ!」
私はそのマントフードの三人を睨み付けロングソードを構え直す。
「ククク、我々にとっては、こんな寒気のする清浄な力が満ちた場所で、我々乱世の狂気にとって最良の苗床が見つかるとは・・・。」
と言い、マントフード姿が三人同時に、ククク、と嘲笑する。
同時に、マントフード姿の三人の内二人が呪文を唱え始めた。
「させるか!」
と、私はその一人に向かいロングソードを振るうが、呪文を唱えていないマントフード姿の奴のロングソードに、キン!と弾かれる。
二・三度ロングソードを打ち合ううちに、呪文が完成し結界魔法が発動して私とマントフード姿の三人を半球状のドーム型の結界が覆う。
「チッ!」と私は舌打ちをする。
「さて、結界を張ったことにより大賢者に気付かれ、手の者が直ぐにでも来るだろう。その前に食事を済ませてしまわねばな。」
マントフードは勿論、グローブなど身に付けている物全てに封じの魔法印が施されていたらしく、マントフード姿の一人が薄手のグローブとフードを脱いだ瞬間袖口と襟元から、ボフアッーーとどす黒い澱みが一気に溢れ出した。この世の邪気邪悪の根元とも言うべき乱世の狂気だ。
その乱世の狂気を纏った手が周りに溢れかえった乱世の狂気と共に私に迫る。
「く、来るな!」と言って、私はロングソードを振るうが、他のマントフード姿の奴のロングソードに弾かれる。
・・・そ、そうだ、呪符か護符!・・・
と、思い懐を探すが見つからない。焦ってロングソードを振り回すが、ただのロングソードに乱世の狂気を切る事は出来る訳もなく虚しく空を切るばかりだった。
・・・く、何故私ばかりこんな目に合わなければならない・・・
そうこうしている内に私は追い詰められ乱世の狂気を纏った手が私の頭を捉えた。と、同時に、私の心の中に乱世の狂気が、ヌルリと気色の悪い感覚と一緒に入り込んで来る。
私の抵抗虚しく入り込んできた乱世の狂気に私のどす黒い負の感情を増幅される。
わたしを拒絶する両親、種族、精霊、世界その全てが憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い、憎くて憎くて堪らい、というどす黒い負の感情が膨れ上がり溢れ返ってくる。
ならば、拒絶した全ての者達を殺せ!全ての種族を滅ぼせ!全ての理を破壊しろ!世界全てのを無に帰せ!と、乱世の狂気と共に、わたしのどす黒い負の感情が叫ぶ。