第十弐話
(凰)
「・・・・・・呪符と護符を作りたいの?シャイン。」
「・・・うん。」
僕がどうして、ただの物理的な攻撃には何の意味もなさない、呪符や護符の作製の仕方を覚えようと思ったのか・・・それは、なんとなく、これが大切なもの達を守る能力を得る切っ掛けになるのではないかと思ったからだ。
『母さま、少し戸惑って悩み顔をしてるね・・・。』
『・・・ああ、恐らく、母さんは心配してるんだろう。また、凰が傷つく結果になるのではないかと・・・。』
『・・・・・うん。』
『だから、うまくいかなくても余り表情に出すなよ。・・・と言っても無理か、凰はまだガキだもんな。』
『う・・・・・努力はするよ・・・・・僕も母さまを悲しませたくないもの・・・。』
『・・・ああ。そうだな、そうしてくれ。』
「はあ・・・そうね。もしかしたら、という事もあるかもしれないわね。」
と、母さまは意を決したように短く息を吐き、少し硬い笑顔を見せてそう言った。
「それじゃあ、まず、呪符と護符について説明するはね。・・・呪符と護符は、それを持つ人を邪気邪念等が犯そうとした場合それを退け守るもの、ということは分かるわね。」
「・・・うん。」
「ん、それで、乱世の狂気等のような邪気邪念というのは、陰陽術で言う所の陰の気に属するわ。で、その陰の気を祓い退けられるのは陽の気か、その邪気邪念等の邪悪よりも強大な陰の気ね。ここまでは大丈夫?」
「・・・はい。」
『陰の気に対し陽の気、という事は正反対の力をぶつけて相手の力を弱める、もしくは霧散させるという事だな。それに対し、陰の気に対して、それよりも強大な陰の気という事は相手の力を弾く、もしくは取り込んで自分の力にしてしまうという事だよな。』
『例えるなら、陰に対し陽は、邪気邪念等の邪悪なものを調伏する。陰に対し陰は、邪気邪念等の邪悪な呪詛などの力に対し、その呪詛などの力を返すという事でいいんだよね。』
『・・・まあ、そういう事かな。』
「で、呪符や護符は陽の気を利用したものなの。それで、陽の気に属する木気の、樹木などの植物から出来た短冊形の紙に同じく樹木などの植物から出来た墨で印を施して作るのよ。分かる?」
「・・・はい。」
「次に、作製の仕方なのだけど・・・・・・念の力により筆先に陽の気を集め紙に墨で印を書くと同時に、その印に陽の気を注ぎ込んでいくの・・・やって見せるから、よく見てなさい。」
と言って、母さまは筆を持って机に向かい僕に見えるようにして、白い短冊形の紙にスラスラと印を、その印に想いを注ぎ込み刻み込むように書き始めた。
そして、母さまが紙に印を書き終えた時、その白い短冊形の紙は一瞬だけボアっと淡く輝いて護符が完成した。
「呪符や護符がうまく出来れば、今みたいに一瞬だけ輝いて力が解放された後、待機状態になって完成するわ。で、邪気邪念等の邪悪が近づいたら陽の気である破邪の力を放って邪気邪念等を退ける。製作者の力量にも依るけど、母さまの物の場合、有効範囲は五メーターで邪気邪念を継続して退けられるのは半日、使えるのは破邪の力の放出量にもよるけど一回か二回、と言う所かしらね。それと、複数枚で陣を張れば相乗効果を発揮するわ。」
「・・・・・・・・・。」
『・・・別に失念してた訳じゃないんだ・・・でも・・・呪符や護符も陰陽術の呪具だもんね・・・そりゃあ、念の力を使うよね。』
『・・・・・・だから、母さん、最初、呪符と護符の作り方を教えてくれと言ったとき戸惑ってたんだな・・・。』
「・・・だ、大丈夫よ。シャイン。確かに、呪符や護符の作成には念の力が必要だけど・・・。母さまのご先祖様にもシャインと同じようになかなか念の力をうまく操れない人がいて、その人も一生懸命呪符や護符を作製する訓練をして出来るようになったと聞いたことがあるわ。だから、シャインも頑張りましょう。母さまもシャインが出来るようになるまで付き合うから、ね。」
きっと、無意識の内に僕は辛そうな顔をしていたのだろう。母さまは慌てて僕を元気付けるように声を掛けてくれる。
「・・・うん。ありがとう、母さま。やってみる。」
と言って、僕は出来るだけ笑顔を作って母さまにコクリと頷いてみせる。
・・・うまく笑顔を作れたかどうかは分からないけど・・・。
「ん、それじゃあ、さっき母さまの作った護符を見て作ってみて。」
と言って、母さまは優しく微笑み、僕を隣に座らせて短冊形の白い紙と筆を僕に手渡す。
「いい、シャイン、念の力というのは人の想いに大きく影響を受けるわ。だから、印を書く時は守りたい大切な人達の事を想い、その想いをその印に注ぎ込みなさい。いいわね。」
「・・・はい。わかりました母さま。」
僕は軽く目を瞑り陽の気に意識を集中させる。
そして、軽く息を吸い、丹田に力を集中させながら、ゆっくりと細く息を吐く。
息を吐き終わると同時に、ゆっくりと目を開き一気に僕の生み出す力を念の力に変換し手に持つ筆の先に陽の気を集め、短冊形の白い紙に印を、その印に想いを、大切なもの達を守りたいという前世では果たせなかった想いを全身全霊で筆先に乗せ、印に注ぎ込み刻み込むように書いてゆく。
書き終えた後、僕は今までに無い疲労感を心身ともに感じていた。
よく考えてみると、どんなにキツイ練習や運動をしても生まれてこの方、疲労を感じたことは無かったように思う。
しかし、疲れたと言っても嫌な疲労感ではなく、何かを成し遂げた後のような爽やかな疲労感だった。
これはもしやと思い、僕が印を書いた紙を確認すると、非常に微弱だが護符としての力を開放しているようだった。
『・・・・手水の魔法と一緒だな。』
・・・・。
『うん。力が微弱過ぎて使い物にならない・・・』
やっぱり駄目だったか、と思って雰囲気だけは護符のような、その紙をボーっと脱力して眺めていると、僕は突然母さまに頭を抱き締められた。
その母さまの顔を見ると、今にも泣き出しそうな、とても辛そうな顔をしている。と思っていると手の甲にポタポタと水の滴が当たったような感じがした。
僕は母さまが泣いているのかと思ったが、ふと、その手で自分の頬を触ってみると泣いていたのは僕だった。
・・・いったい、今、僕はどんな顔をしているんだろう・・・母さまにこんなに心配させて・・・
と、考えていると、「ふえ・・」と、自分の口から声が漏れたかと思と、「うえええええーーーーん」と、僕は泣き出した、全く、本当に、泣くつもりでなかっのに何故か止まらなかった。
私は冷静なつもりでいた為、何故か鳳ではないもう一人の僕が居て、その僕が泣いているように思えた。
その僕の泣き声を聞いていると、耐えていた悔しさや悲しみに僕の心が悲鳴を上げているように聞こえた。
私は、このままでは僕の心が壊れてしまうと堪らず僕を優しく宥める様に、ぎゅっと抱き締めた。と同時に、『大丈夫だ!落ち着け。』と、鳳が僕を優しく包み込んでくれるような感じがした。
すると、僕は泣き止み、私と僕は元の一人の僕に戻っていた。
『大丈夫か?凰。』
『んあ?ああ、うん。大丈夫・・・・何だか僕がもう一人、ずっと年上の・・・・私?がいたような・・・』
・・・・・。
『とうとう、ショックの余りおかしくなったか?』
『・・・酷いな。傷心の僕に対して・・・・とうとうってどういう意味よ?』
・・・・。
『それだけ元気なら大丈夫だな。』
『・・・。』
僕が一頻り泣き終えた後、それまでずっと優しく抱き締めていてくれた母さまが、ふと、僕が印を書いた紙に手を伸ばし、そして、それに触れたときだった。
突如、その紙に書かれた僕の印が母さまの印よりも、精緻で美しく清らかな紋様のような印へと変化したかと思うと、一瞬、ボッというような音と圧力を発したのではないかと思われるほどの強烈な光を放った。
その強烈な光が収まると、僕が印を書いた紙は、僕の体と同じように淡い炎のように揺らめく透明な光を纏っていた。
それを見た僕とカクラ母さまは、しばらくの間何が起こったのか理解できずに思考が止まり固まっていた。
最初に動いたのはカクラ母さまだった。
母さまはハッと我に返ると、突然、僕が印を書いたその紙を手に持ちしばらくの間何かを探るようにマジマジとその紙を見つめていた。
そして、突然立ち上がり、「クリスティーンの所へ行ってくるわ。シャインは、ここで待っていなさい。」と言って、母さまは部屋を出ていってしまった。
その直後・・・
「カクラおばさま「母さま、シャインを見ませんでしたか?」」
「・・・さあ、見てないわよ。外にでも遊びに行ったんじゃないかしら。」
「あれ、でもさっき、キッチンでクロガネがカナコさんの手伝いをしてたから、シャインも家の中に居るはずだけどな。ねー、サーシャ姉さま。」
「うん、私もさっき家の中でクロガネさんを見たけど・・・クロガネさんはシャインが家を出ると必ずついて行くはずだもの。ねー、カリン。」
「うん。」
「そー・・・じゃあ、トイレにでも居るんじゃないかしら。」
「うーん・・・わかった。母さまありがとー。」
「ありがとうございます。カクラおばさま。」
「マロ、行くよ。」
「はい。主様。」
母さまと、カリン姉さま、サーシャ姉さまの話し声が部屋の外から聞こえてきた。
話が終わった後、カリン姉さまとサーシャ姉さまがキャッキャ言いながら廊下をトタトタと駆けて行き、その後を追うカリン姉さまの式神童子マロのトットットットッという足音が聞こえてきた。
『・・・僕を追い掛け回してたときは2人とも喧嘩腰だったのに、僕がいなくなったとたん機嫌よく話し合ってるし・・・子供の感情ってコロコロ変わりやすいよね。』
『・・・凰、お前、人の事言えないだろ。お前も落ち込んだり笑ったり泣いたり、コロコロ変わるよな。』
『う・・・だって・・・しょうがないじゃないか・・・。』
『別に、悪いと言ってる訳じゃない・・・ただ・・・・傍で感じていて・・・その・・・なんて言えばいいのか・・・・・あー・・・なんかいいなと思ってな。』
・・・・。
『どういうこと?あー、もしかして羨ましいの?』
『羨ましい?・・・んー、俺にもよくわからん・・・・まあ、忘れてくれ。』
『・・・うん。』
・・・・・・。
『それよりも、僕が作った護符・・・・もしかして・・・。』
『ああ・・・今度こそ、期待できそうだな。』
『うん!』
・・・・・・。
その後、しばらくして母さまは真剣な面持ちで部屋に戻ってきた。
そして、母さまは部屋に入ってくるなり、「シャイン。私と一緒にクリスティーンの所へ行きますよ。」と言って、僕を大賢者であるクリスティーン婆さまの所へ引っ張っていった。
「シャイン、お前さんの作った護符を見せてもらったよ。」
僕はクリスティーン婆さまの家の、婆さまの書斎に入ると机の前で車椅子に座る婆さまがそう僕に声を掛け、その机の上にある一枚の淡い炎のような光を纏った紙を指し示すように指先で軽く触れた。
「悪いんだが、もう一度私の目の前で護符を作ってくれないかい?今度は念の力を使わずにね。」
と、婆さまは何時に無い真剣な顔で言い、婆さまが机の前から車椅子で移動するとアカガネが何時の間にか持ってきていた、僕用の子供椅子をその机の前に置きその子供椅子の婆さまとは反対隣に母さま用の椅子を置いた。
「・・・念の力を使わずに、ですか?」
「ああ、そうだよ。」
母さまの真剣な面持ちと、今の婆さまの何時に無い真剣な顔に僕は怪訝に思いながらも、婆さまの言うとおりに護符を作る事にした。
先ほど護符を作った時の疲労感はもう無かった。
僕は僕の力を念の力には変換せずに、先ほどと同じように白い短冊形の紙に印を筆先に想いを乗せて書いてゆく。
その印に邪気邪念等の邪悪から大切なもの達を守りたい、という想いを全身全霊で注ぎ込み刻み込みながら。
今度は、僕が短冊形の紙に印を書き終えると同時にその印は精緻で美しく清らかな印へと変化し、ボッと強烈な光を放った。
その光が収まると、僕が印を施したその短冊形の紙は淡い炎のような光を纏っていた。
『あれ?今度は何もしなくても最初から力を解放してる?』
と、僕が疑問に思っていると、それを見た婆さまが徐に口を開いた。
「ふむ・・・これは・・・思ったとおりか・・・。」
と言って、婆さまは僕の作った護符に触れようと手を伸ばし、あと少しで触れる、といった所で何か思いついたように手を止めた。
そして、その皺だらけの顔に、何か悪戯を思いついた子供のような笑みを見せ、「アカガネ。リスでも何でもいいから、何処かで穢れに犯され弱った小動物を捕まえてきとくれ。」と、クロガネと共に書斎の出入り口付近の壁際に控えて立っているアカガネに指示を出した。
アカガネは胸に右手を当て軽く一礼すると、音も無く書斎から出て行った。
暫くしてアカガネが戻ってくると、何か穢れた黒い物に包まれ酷く弱ったリスがその両手に優しく包み込まれていた。
婆さまはアカガネからそのリスを受け取ると、そのリスを僕の作った護符の上に、そっと置く。
すると、その護符の放つ淡い炎のような光が一瞬増し、その穢れに弱ったリスを包み込んだ。
その護符の光が収まり元の状態に戻ると、その護符の上に乗せられたリスを包んでいた黒い穢れは祓い清められ、そのリスは気持ち良さそうに護符の上で丸まり寝息を立てていた。
「ふむ・・・やはりな。」
それを見て、婆さまは一人納得していた。
『婆さま、何一人で納得してるんだろう?護符なのだから穢れを祓って当然だと思うのだけど・・・』
と、僕が疑問顔でいると婆さまは悪戯っ子の様な笑顔を見せて、「シャイン、不思議そうな顔をしているね。」と、僕に声を掛ける。
「このリスは、手遅れだっんだよ。人にもエルフにも天人にもこの世界の誰にも救えないほど酷く穢れに犯されて死を待つばかりだったんだ。」
「え?でも・・・・」
「そう、なのにお前さんの作った護符に触れた途端、穢れは祓い清められリスの命は繋ぎとめられた。この意味がわかるかい?」
婆さまの問い掛けに僕が頭を横に振ることで答えると、「はぁ・・・」と、婆さまは少し寂しそうに息を吐いた。
「そうだね、今のシャインではまだ分からんか・・・最初に言っておくがシャインの作った、これは護符ではないよ。これは・・・んー・・・敢えて言うなら、加護の守護札・・・まあ、簡単に言っちゃや強い加護を受けたお守り、みたいな物かね。」
「加護って・・・神様やこの世界自身、または精霊の力ですよね?」
と、僕が小首を傾げるのを見て。
「ふふ、そうだね。」
と、婆さまは意味ありげな含み笑いと呟きを漏らした。
「そこで、シャインに聞きたいんだが、印を書く時どんな想いを籠めて書いた?」
「え?えーと・・・邪気邪悪から大切なもの達を守りたい、と・・・。」
「なるほど、ふふふ、やはり、あの人そっくりだ。ふふふ・・・。」
と、婆さまは嬉しそうに含み笑いを続けた。
「?」
僕は訳が分からず、小首を傾げるしかなかった。
暫らくすると婆さまは急に真顔になり、じっと僕を見据え、そして徐に口を開いた。
「シャイン。ここから話す事は、他言してはいけないよ。ちょっと、厄介な事になるからね。」
「・・・・・・厄介な事って?」
「そうだね・・・・簡単に言っちゃや、お前さんの自由が無くなる事になる。」
「それは・・・・・・」
「嫌だろ、なら他言はしない事だ。」
「・・・うん。」
「話をする前に、シャインに聞いておきたい事が有るんだが。・・・お前さん、前世の記憶があるね。」
「え!?」
と、僕が驚いて婆さまを見ると、婆さまは僕を射抜くような強い視線を向けていた。
ふと、婆さまとは反対隣に居る母さまに顔を向けると、母さまも体をこちらに向け真剣な顔で、不安の色を滲ませた瞳を僕に向けていた。
『どうしよう・・・・鳳。』
『・・・・凰の作った加護の守護札の事で婆さまに呼び出され。その話をする前に質問されている、という事は・・・・・・凰の作った加護の守護札と前世の記憶が有るか無いかに何か関係があるのかも。』
と、僕(鳳・凰)が思案していると。
「やっぱり駄目よ!クリスティーン。もし、シャインに前世の記憶が有ったとしても、まだ十歳なのよ!シャインには、まだ受け止められるような精神力は無いわ!」
「・・・いや、私は今のシャインなら受け止められると思うね。カクラ、お前さんの気持ちも分かるがシャインを呼ぶ前に話したろ。何時かは知らなきゃならない事実だ。それに、六年間得たい力を何も得られなくても、諦めず必死に力を追い求めてきたシャインなら大丈夫だよ。お前さんがシャインの立場だったら諦めずに頑張れたかい?」
「それは・・・・」
と、婆さまに問われ母さまは口ごもり、寂しく悲しく辛そうな視線を僕に向ける。
『・・・また、母さまを悲しませる事になるかも知れないけど、ここで逃げたら先に進めない・・・』
「母さま、ごめんなさい。僕は大丈夫です。」
と言って、僕は母さまに笑顔を見せる。
そして、一呼吸置いた後、僕は意を決して口を開いた。
「婆さま、さっきの質問の答えですが・・・・僕には前世の記憶が有ります。」
と、僕が答えると、
「う・・・」
と、小さく呻くような声が聞こえた。
声の聞こえた方に視線を向けると、母さまが辛そうに俯いていた。
・・・母さま・・・ごめんなさい・・・
何時も明るく元気な母さまの、そんな辛そうな姿を見ていると僕は胸を締め付けられるような思いになり涙が出てきそうだった。
それに構わず、婆さまはさらに問いかける。
「・・・では、それよりも前の記憶は有るかい?」
その問い掛けに僕は頭を振って「ない、です。」と、俯いて答える。と、今度は婆さまが一瞬悲しそうな顔をしたように見えた。
「最後に、お前さんは物心付いた頃から武術や能力を身に付けようと焦っている様に見えたが、何か前世に関係が有るのかい?」
と、婆さまは問い掛けてくる。
「う・・・」
『・・・この婆さま十歳の子供に、ほんと容赦ないな・・・。』
『・・・・・・うん。』