狂想家
全ての人が平等となる世界を夢見た。
具体的に想像することは出来ないが、そうしたいとだけ強く願った。
民に暴虐を振るう王を玉座から引きずりおろすことを夢想した。
その目的の為に、突き進んだ。
体を鍛え、剣を振るう肉体を手に入れた。
痛みを堪え、茨の道だと言われようとも迷わず飛び込んだ。
その目が見つめる先はかつて夢見た理想郷。
誰もが平等な世界。
皆が皆、等しい世界。
ああ、それがどんなに素晴らしいことだろうか。
自分の夢見た世界を実現するために血に塗れることすら厭わない。
そんな姿を見た人は、なんと思っただろうか?
狂人。
それが彼を見た者が口を揃えて言った言葉だ。
彼は彼の我を押し通すことに過ぎない。
彼の視点から見ればそれは正義の鉄槌であるのだろう。
彼は純粋に平等な世界を追い求める。
その為には為政者は邪魔なのだ。
彼にとって、悪逆を働く愚王も、民に慕われる賢王も等しく同じ、倒すべき悪だった。
揺るがないが故の、狂気。
時が違えば、彼は英雄と誉め讃えられたのかもしれない。
だが、彼の時代はそうではないのだ。
英雄たちの行為が許される時代ではない。
世界には正義や、悪という単純に二つに分けられる世界ではなくなっている。
そこに、自身の物差しを強要する。
それは狂気的な偏執。
彼は磔にされ殺された。
最後の最後まで、彼は他人が自身を正義だと信じていると思っていたようだ。
結局、彼は弱者の為に世界を平等にしようとしたわけではない。
彼はただ、夢をかなえるために突き進んだだけの愚かな夢想家、いや、狂想家だった。
いついかなる時も自分の正義を信じる。
それは英雄の素質。
だがそれは反転して魔王の素質にもなる。
善悪とは鏡合わせの存在。
自身の正義に偏執して、相手の正義を悪と断じる。
英雄とは、魔王とは、視点によって大きく変化する。
彼は、虐げられた者たちから見れば正義であっただろう。
為政者にとって見れば秩序の破壊者であっただろう。
そういうことだ。
正義も悪も、一言で表すことはできない。
平等とはなにか?
それは誰にも与えられる思考。
しかし正義も悪も、思考することから生まれる。
つまり、人が居なくなることこそが平等なのかもしれない。
彼はどう思っていたのだろうか?
今となってはもうわからない。
ただ、今の時代には、英雄も魔王も必要が無い。
それだけは確かなのだから。