08:千駄ヶ谷中エースの力
この日の対戦相手は地元の小学生チーム。
琴音たちも顔くらいは見たことのある子たちだ。
松林中バスケ部は急造されたチームでしかも無名なため、練習試合を受けてくれる学校が一校もいない。
そのため手頃な所で地元の小学生チームに白羽の矢が立ったということだ。
そしてその小学生チームには、なぜか琴音の幼馴染の一衣の姿があった。
一人だけ身長があって浮きまくっている。
もうバスケはやれないと泣き叫んでいて、中学の部活も休んでいる幼馴染が、平然と小学生の中に入って楽しそうにバスケをしているのも滑稽だ。
少し事情を聞こうと琴音が代表して聞きに行くと、
「ミニバスはバスケじゃないからしてもいいのよ!」
幼馴染は子供のような言い訳をしてきた。
その潔さに唖然とした琴音は少し考え、思いつきでチーム編成を弄ることにした。
その案に幼馴染の一衣も賛成した。
そのチーム編成とは、
チーム松林:PF涼香、SF上園、PG初、SG純
チームミニバス:C琴音、SF三幸ちゃん、SG二葉ちゃん、PG一衣
変則の四人対四人。
県大会を制覇した中学のエース一衣とそれと同じくらいの実力を持つ松林中のエース琴音が小学生混成チームに入った。
チームのバランスを考えると、集めた小学生達の実力も気になるがややチームミニバスに部があるように思える。
ジャンプボールは、涼香と琴音の対決になった。
涼香は今の松林中メンバーなら一番適任だったが、本職の琴音に敵うはずもなく、二葉のもとへボールがいく。
二葉はすぐに一衣にパスを出し、もう一人の小学生三幸と右サイドを駆け上がっていく。
ここで重要なのはフリーにしておけない琴音と一衣のマークに誰が付くかだ。
ポジションの都合もあるが、ボール回しが得意な一衣には、比較的自由に動ける上園が付く。
一衣のマークについた上園は琴音の位置を確認すると、自分たち以外がほぼコートの右側に集まっていることがわかった。
つまりアイソレーションで上園と一衣だけの勝負を誘われている。
こういう状況は上園の気持ちをわくわくさせた。
上園とまともに勝負をしてくれる相手は、同世代だとほとんどいなかったから、久しぶりということもある。
また彼女の気持ちを高揚させたのは、未知の相手に向かっていこうという意志を一衣から受けたからだ。
一衣にボールが渡り、県代表エース対上園の1on1になる。
様子見もなくドライブで仕掛けてきた一衣の動きは確かに速かったが、小学生サイズの上園でも十分追いつけるスピードだ。
技術はあるのだろうが、百戦錬磨の上園の目には、県代表レベルのフェイントはほとんど見切ることが出来る。
まさか相手が小学生なので一衣が合わせてきているとは上園は夢にも思わない。
そういった扱いは一度も受けたことがなかった。
「琴音に聞いたときはまさかって思ったけど、相当ヤバイね、キミ」
一衣はパスに特化した選手だ。
しかし身体能力が遥かに劣る小学生相手に不覚をとるほど弱くもない。
だからプライドを持って言い訳をするなら、あえて最初の勝負は負けることにしていたのだ。
時間を空けずに二度目の勝負。
いくつかのフェイクを入れたところで、上園がボールをスティールして、前に走りこんでいた涼香が冷静に得点を決めた。
得点後の隙をつくように、前線にいたはずの一衣は戻ってボールを受け取り、ロングパスがゴール下の琴音に通る。
琴音はそれを苦もなく決める。
次に混成チームはゾーンディフェンスに切り替えた。
PG初に三幸がついて、二葉は上園を、一衣は涼香を、琴音が純を視界に入れていた。
マンマークを意識したゾーンディフェンスともいえる陣形だった。
――松林中の攻撃。
大きく変化した陣形に惑わされることなく、悪くないタイミングで飛び出した涼香に初はパスを出すが、それを読んでいた一衣にボールをカットされてしまう。
こぼれだまを拾った小学生コンビが二人でゴール前までボールを運び、最後はゴール方向へ浮かせたパスを琴音がゴールに叩き込む。
司令塔がいても安定した得点源がいない松林中は、決定力のなさを上園に任せることにしていた。
この日の練習でも上園は絶好調で、シュート精度はチーム随一のものだ。
本職のSG純を凌ぐほどだったが、純はどちらかというと守備的な選手のためチームとしてのバランスは取れている。
ただし、彼女には高さがないため涼香や純のブロックで叩き落されるパターンが練習中に多かった。
ゴール手前でパスを受ける上園には、やはり一衣がつく。
それをかわすために逆方向へのスピンムーブを仕掛け、回転しながらゴール方向を見る。
一衣との距離が取れたところで回転をピタリと止めて放たれたシュートはきれいにリングの中央を貫いた。
双方の得点パターンは上園か琴音にパスを渡すことが出来ればそのまま決まり、他の選手もフリーな状態から決めて、試合は点の取り合いになりつつあった。
均衡を破ったのは、最初の勝負以降パスを優先させて上園との勝負を避けていた一衣だ。
「ようやく身体も温まってきたし、お互いに相手の力も分かってきたところかな?」
「何を言いたいの?」
「そろそろ勝負を再開しようっていってるの!」
手加減なしのドライブが上園の左を抜き去っていく。
油断していたわけじゃない上園も少し遅れて、追いかけるように一衣についていくが、ミドルシュートを打たれあっさりと得点を許してしまう。
すぐにまた同じ状況になり、今度は抜かれないように上園は腰を低くして待つ。
その勝負に水を差さないようにと、琴音の動きを必死に抑えるために涼香が頑張っていた。
純もすぐにヘルプにいける場所にいて、初も大体同じような動きをしている。
チームが一人のために動いている。
それはこの練習試合が松林中にとって収穫のあるものだったということだ。
そして完成していくチームを切り裂くことができる選手が一衣という県ナンバー1選手で、彼女が今日ここへ来た目的の一端だ。
何も本当に子供みたいないい訳をして小学生チームに混ざっていたわけじゃない。
自分の幼馴染たちが、昔の仲間を想ってまたバスケを始めてくれて、それに協力したかった。
でもバスケをまたするには『例の約束』が邪魔になり一緒にプレーする事はできない。
そんな一衣に出来る事は、松林中を強くすることと、相手のレベルを試合前に伝えることだった。
そしてそれに適任なのが、上園青空という小学生みたいな自称高校生のヤバイ子だ。
「勝負の場で長話をするのもアレだけど、巻風中のエースはさっきの私より速くて強い。でもそんな人でも全く相手にならないバスケもあるんだよね」
「???」
一衣は一つ大きく息を吐いて、上園の正面に向かってドライブを仕掛ける。
二人がぶつかる寸前で彼女のドライブの勢いは急に失われ、彼女はバックステップで一気に距離をとった。
上園は、その不自然な動作に戸惑うことなく一衣がミドルシュートを狙うことに警戒していると、自分の後ろの方でネットの擦れる音がした。
振り返るとボールがゴールの下でトントントンとバウンドしていた。
シュート自体は、そのすぐ側にいた琴音が決めたものだろう。
さすがの上園もそれには驚かされた。
一番近くにいたのに、パスを出されたことに全く気付かなかった。
確か、一衣は上園に身体をぶつけるくらいの勢いで踏み込んできていたのだ。
その後すぐにバックステップで距離をとったのだから抜かれてもいないし、パスも出せないはずだ。
何より不思議なのが、シュートを決めたであろう琴音を含む松林中メンバー全員が何が起こったかわからないという表情をしていたことだ。
涼香の密着ディフェンスはパスを容易に通させるほど甘いものじゃない。
それをした一衣が松林中の五人に向けて話す。
「魔法のパスなんていうつもりはないし、これで大体五割くらいの完成度だからあれだけど。今のが、今年の夏の大会で優勝した千駄ヶ谷中のエース新崎の得意なパス。大会で直接戦ったことがある私だからいえるけど、正真正銘の化け物だよ。そしてその化け物に大会直後の練習試合で勝ったのが巻風中」
仕切り直しというように、一衣はボールを拾って側にいた涼香に渡す。
「琴音たちが勝たなきゃいけない相手は、これくらい出来ないと話にもならないレベルなんだよ」
巻風中との試合の後、必死に練習してできるようになったハリボテのパスは松林中の五人に衝撃と明確な力の差を示した。
しかもドライブに見せかけて、誰にも気付かせないパスはさっきので五割の完成度。
それに対して十割の完成度のパスを持つ人がいる千駄ヶ谷中でさえ、勝てなかったのが巻風中という相手なのだ。