13:幻のフェイント
13:幻のフェイント
一姫はただ競り合うだけでは勝てないことが分かっていた。
だから勝つための手段を探し、考えるよりも先に動いた体が勝つための道を示した。
風見鶏は大きく体を傾けながらも先にボールに触れてボールをはじき出した。
「一姫、いくよ」
自分の何かに語りかけるように一姫がボールのある方向へ走り出した。
味方がなんとか死守したボールを手渡しでもらいドリブルを開始する。
この場面で来るのは風見鶏。
そしてここで調子付かせてはいけないのも風見鶏。
すなわち、一番止めなくてはならない相手は天野より風見鶏。
無論、パスなんて絶対にない。
その答えをすぐに導き出した竹春のエース揚羽は自分がいけない分、味方に指示を出して一姫の前に壁を作った。
「あいつを絶対に行けせるな! 時間をかけていいから! パスは気にしなくていい!」
一姫はゴールを視界に入れ、正面の二人をぼんやりと見つめた。
目の前の相手が天野や揚羽、他の誰であろうと絶対に抜いてやると決めて一姫は高速ドライブを繰り出す。
「速さに惑わされるな! ドライブ自体はそんなに早くない! 二人なら止められる!」
いち、にの、さん、で行こうと一姫はボールを左手に流し右を抜きに行く。
その勝負を後ろから見ていた揚羽はジェスチャーで右手を突き出す。
「一姫が右で。私が左っ」
囁くように一姫が呟くと、右へ流れていた体が左へ切り返しをしてマーク二人を完全に置き去りにした。
動き出すほんの少し前に指示を出した揚羽が信じられないと思いながらも、冷静にその理由を数秒前のシーンを思い返して考えた。
「上半身は完全に右に行くつもりだった。そのために左にボールを流して、でも踏み出した足が左を向いて出されていたのね」
一瞬のシーンから微かな違和感を思い返し揚羽は推測した。
「そこからわかるのは、風見鶏は体だけ右に傾け重心を動かさずにいた。そして力強い一歩から左に一気に重心を持って行って抜いたのね。
それは、まるで二人の人間が右と左に抜きに行ったみたいに完全に逆を取られた」
そのプレーでなによりも驚いたのは、怪我をするのが怖くなかったのか、ということだ。
全く逆の方向へ行くために踏み出した足首は本来あるべき姿より大きく捻らなければならなかった。
そこへ全力の負荷が足首にかかり、大けがにつながりかねない行為だ。
きっとこの試合で一度試すか試さないかの大博打を彼女は打ってきたんだ。
「幻のフェイントね。彼女だけにしかできない」
そして負けず嫌いの闘志が再び燃え上がった。
「それならこっちも。一度失敗しているけれども魅せなきゃ勝っても後味が悪いわ」
バスケットの黄金時代に生まれた者の宿命として、揚羽はバスケットボールに革命を起こそうとこの数ヶ月やってきたことがある。
いまのメンバーならできるそれは成功すればまさにバスケットの革命となる可能性を秘めていた。
しかしそこで起こった出来事は無情なものだった。
次は土曜に投稿します。