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10分間のエース  作者: 橘西名
高校生編(竹春高校)
57/305

37:百回やったら九十九回は負ける

 一度ベンチに下がり全員が由那を囲んだ。


 その心配を払拭するように亜佐美が意識を逸らす。



「大丈夫よ。由那は集中しすぎると頭が熱を持つだけだから、ここに休ませて置きましょ」



 ここで密かに覚悟していた亜佐美が立ち上がる。



「人数合わせにしかならないけど、私が試合に出るわ。ユニフォームも着てるし、公式戦じゃないからいいはずよ」



 由那が回復するのは早くても第四クォータの中盤とみたほうがいいか。


 そう目処を立てて久しぶりの試合に挑む。


 この試合は竹春高校の五人のためのものというのはよく分かっている。


 それがここで壊れてしまうのは見ていられなかった。



 ここまでに由那はたった一人で一桁差まで点差を縮めている。


 それを彼女が返ってくるまでは守りきりたい。


 十番、永田亜佐美がコートへ立った。





 押せ押せムードだった竹春高校は調子を落としていた。


 由那が倒れて代わりに亜佐美を投入してからは劣勢の状況が続いた。


 第三クォータ終了間際には一桁差まで詰めたのに、すぐに点を取られて再び二桁差に点差は広がってしまっていた。



 第三クォータ終了時、50対62



 決して守備面で無理が出てきたと言うわけでなく、亜佐美がコートに入って的確な指示をする分守備は堅固になったといえる。


 問題なのは、最終クォータから赤坂高校に投入された世代別代表、世界のトップ五に選ばれた長岡萌だ。


 開始早々のことだ。長岡は味方からボールを受け取ると一人で持ち込んで、三咲と栄子がインサイドを固めているのも関係なしに豪快なダンクシュートを決めた。


 これが第三クォータの時点で決められていたら竹春高校のメンバーは心を折られていたであろう。


 しかし由那の気持ちを受け継いだ四人は、その程度で諦めるほど弱い心は持っていない。


 由那がいなくなってからポイントガードに戻った滴は叫んだ。



「死んでも取り返す。何点取られたって、こっちも取り返せばいいのよ!」



 前線へ走り出している栄子へ照準を合わせると、相手の素早いチェックが入る。


 このパターンで何度も失点しているのだから当然だが、他の三人へのマークが甘くなっていた。この試合で一番集中できている滴はその隙を見逃さず栄子の後方から飛び出す愛数にパスを出した。



「愛数。すぐに戻して」


「りょうかい」



 素早いワンツーを決めて滴が相手のゴール前までいくと、最後の難関が立ちはだかっていた。


 いまさっき豪快なダンクを決めた長岡がすでに自陣まで戻ってきている。


 これが赤坂高校の必勝パターンと聞いていた。


 赤坂高校は長岡のワンマンチームで攻守のほぼ全てで必ず彼女が顔を出してくる。


 そのチームに勝ちたいなら、この人を何とかしなくてはならない。


 滴は、長岡を1on1で抜きに行った。


 挨拶代わりにワンフェイクからのドライブで体勢を崩し、大きな身体特有の死角を見つけにいく。



「まだ私たちは終わってない! 百回やったら九十九回は負けるだろうけど、今このときだけは絶対に負けない!」



 気持ちを込めた滴のフルドライブは、この試合で一番早かった。


 ポイントガードからスモールフォワードへ二つのポジションを梯子して難しいことをしていた滴はこの試合で数段レベルが上がっている。


 今度他の学校と試合をすれば全国常連の高校とだって互角にやり合えるはずだ。


 しかし、体力が限界でトップスピードが落ちている状態で日本代表のエースを崩すことは出来ない。



「そうだね。きっとそこまでの差はないと思うけど、今は無理。速さも技術も全然こっちが上だ」



 滴はもう少しで振り切れると思ったところで、リーチの長い腕に掬われるようにボールをスティールされていた。


 後ろを振り返ると上がりきっていなかった三咲と愛数がすぐに長岡のマークにつくが、そこは長岡が一人でいこうとせず、周りを使って点差を広げられてしまう。


 今日一番を出し切った滴は自陣に戻れず立ち止まってしまう。


 肩で息をして顔を上げるのも辛いが、それは途中交代で出てきた亜佐美以外の全員がそうだった。


 かろうじて守備は亜佐美の指示通りに動こうと頑張るが、攻めるときに攻めきれないから点差は開いていく。


 孤軍奮闘する滴も由那ほどの力がある訳じゃないから周りを振り切れず、長岡に追いつかれた時点で足を止めるしかなかった。



「……私たちの。私たちの邪魔をしないでよおぉぉおお!」



「いい言葉だわ」



 本来、竹春高校の選手でない人の声がした。


 滴の力では全国の高すぎる壁は破れそうもない。


 滴は咄嗟にドライブを止め、声のした方へパスを出す。



「この位置からシュートを決められる選手がいたら、その壁はきっと無力と化すわ」



 滴の後ろに立つ亜佐美にマークはついていない。


 ゴールの正面から四十五度の範囲内なら、シューターのシュート精度は格段に上がる。


 彼女が立っているのはちょうどゴール正面。


 ハーフラインから一歩前に出た位置から、練習通りの力を抜いたシュートが放たれる。



「リバウンド!」



 この位置からシュートを放つ既知外がいまの竹春高校にいるはずがない、と思った松岡が叫ぶが、そのシュートを長岡はじっと見つめていた。



 ――ガコン。



 亜佐美の放ったシュートは、リングの後ろに当たってそのまま入る。


 このシュートが偶然入ったものではないと長岡と声を上げた松岡は分かった。



「ここからが本当の反撃開始よ」



 わざとらしく亜佐美は言う。


 それに応えるように竹春高校の四人は声を張り上げた。


 そして予備にとっておいた奇策をするために、亜佐美はこの作戦の中心になる少女を呼ぶ。



「愛数、ちょっと話があるわ」


「はわわ」


「この奇策のカギはあなたたちと私の連携よ」


「はいっ!」



 愛数にだけ作戦を伝え、そこから全員に話を通してもらう。


 この賭けは、最後の悪あがきになるだろう。



「三咲とシズクは上がって。とりあえず愛数たち三人でここは止めるから」



 新しい陣形はいまのところ不明だが、最少人数で赤坂高校の攻撃陣を食い止めるのがカギのようだった。


 ボールを持つ長岡には栄子がつき、それをフォローするように愛数が近くで構える。


 同じシューティングガードの選手には亜佐美がついてロングシュートを封じた。


 これはあまりにも長岡をなめている。


 それに怒っていたかどうかは分からないが、はなからパスの選択肢はないかのように長岡がドライブで一気に栄子を引き剥がす。



「愛数、スイッチ!」



 栄子の声で愛数が前に出てくる。


 ここで愛数が一瞬でも足を止められれば、足の速い栄子がもう一度長岡の前に立つことができる。


 それを察知して長岡はスピードを殺さずに抜きに来る。



「おおむね、作戦通りね」


「はいっ」



 次の瞬間、長岡の足は止められていた。


 ボールは奪われていないが、審判の笛がなったからだ。


 ちょうど長岡の下の方では、身体を張って長岡の足を止め地面を転がる少女がいた。


 それは右か左しかない二分の一の選択だったのかもしれないが、長岡よりも早く動き出し愛数はこの試合で始めて全国No.1センターの攻撃を止める事が出来た。



「えへへ、ついに止めた。この私が止めた」



 倒れてもすぐに立ち上がり、満足そうな顔で愛数が繰り返し言う。


 その余韻に浸るわけでもなく亜佐美は、栄子に声をかけてから前線にいる三咲へ鋭いパスを送った。



「全国の壁を超えて来なさい!」



 高さを生かしてボールを難なく捕球し、走りこんでくる栄子に落とす。


 相手を引き連れて外へ膨らみ、中へ切り込んでいく滴への流れるようなパスが通った。


 練習で一度も試していないパスルートだったが、全員の気持ちが一つになっている状況で繋がった奇跡のパス。


 そのボールを決めなくて何が決まると言うのか。


 最後は滴だと察知してくる相手を最高速のまま丁寧なドリブルで振り切っていく。最高速の状態でプレーの質が落ちないのは、由那が乗り移ったかのように鋭く敵陣内を切り裂いていく。


 飛び込むようなレイアップで竹春高校の最初の反撃が実を結んだ。




 滴の気迫のこもったプレーに物怖じしたのか、それから赤坂高校の動きが緩慢になる。


 最低身長の愛数に長岡が止められるかもしれないという虚構から、なるべく自分達でパスを回していこうとすれば、滴や栄子にパスをカットされてカウンターを喰らってしまう。


 守りでもハーフラインから澱みのないシュートを放てる亜佐美にマークを集中して、インサイドが弱いところへ栄子の突撃と、ここへ来て更にプレーの精度を増す滴に点を許してしまう。


 もはや赤坂高校は長岡以外が全然ダメになっていた。


 追い駆けられるのはいつものことなのに、それに怯えるチームメイトへ長岡が叫ぶ。



「パスだ。私があの子らを叩き潰す」



 松岡はその声に頼るしかなく、マークをかろうじて振り切ってパスを出した。


 当然のようにそのマークには栄子と愛数がつく。


 前と同じように簡単に栄子を振り切ると、長岡にさっきのフラッシュバックが襲いかかる。


 さっきは右へ行ったところを見事に当てられて止められてしまった。


 なら左に行くと見せかけてまた右か。


 それとも真ん中を強引に突破するか。


 これだけの体格差があれば容易だが、それをファールなしでやるのは少々骨が折れる。


 相手の少女は背も低いが、足腰に限界が来ていてフラフラしている。


 そんなところへ本気で突っ込んでいったら、結果は見えている。



「悪いけど。私達だって背負っているものがある。今年が最後なんだ。だから今年こそ私たちは優勝しなくちゃいけない。そのためにもこんなところで昔の亡霊に負けてなんていられないのよ」



 長岡は抜きに行く。相手が賭けをして突っ込んでくるなら、それを上回る動きでかわしていけば良い。そうすれば確実に点を取れる。



「これは賭けじゃないもんね」



 負け惜しみのような愛数の一言は、厳然たる事実の元長岡を含めた赤坂高校の全員を戦慄させた。


 なぜなら、バスケ初心者で身体にハンデもある少女にエースが再び止められたからだ。今度はボールが愛数に当たり跳ね返ったのを長岡が外へ出してしまい。前の勝負より余裕がある状態でボールを取られたと言っても良い。


 愛数が勝ち誇ったように自分の頭にトントンと指を立てていう。



「私、瞬間記憶能力者だから。昔のあんたのプレーだけをみて全部の動きに動き出す前に反応ができるの」



 そのハッタリが、本当に偶然じゃないと赤坂高校に思わせる。


 偶然の偶然が必然などということなどなく、結局はただの偶然なのにその効果は絶大だった。


 それからは赤坂高校の動きはロングシュートとエース殺しによってだいぶ制限された。


 結果から見ると、亜佐美はあのシュート以降一度も撃ちにいっていない。愛数も長岡のマークは続けているが、それだけだ。


 このブラフに赤坂高校が気付いたのは試合の終盤で、点差がシュート二本分まで狭まったときだった。


明日にも投稿しますのでよろしくお願いします。

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