16:突然の着信音
栄子が何か言い返そうとすると突然携帯の着信音が響いた。
それはなぜか亜佐美経由での秀人からの伝言。
その伝言を全部聞き終える前に栄子は行かなくてはならない場所ができてすぐに駆け出した。
栄子の咄嗟の機転だったがシズクを無理やり連れて行き、普段は人の通らない校舎内最奥の階段下までいく。
そこには二人がいて、その人たちの話す声が聞こえてくる。
「……てると思う。同情や興味本位でいるんじゃなくて、本当に楽しそうにしてくれているのが私は嬉しい。だからこの先の結果にはこだわらない」
なにがどうなっているのか分からないが、シズクは声から話をしているのは同じクラスの田崎由那。それと秀人が一緒にいるのがわかった。
ここからだとそれぞれの表情はまでは分からない。
「でもそれじゃあ、由那の居場所はまた……なくなっちまうだろうが」
秀人の声。いつになく真剣な声に胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われる。
それに由那は淡々と弱気な言葉を並べる。
「でも、もう無理だよ。試合は再来週なのに人数も揃わないし。バスケをまともに出来るのは私だけ。それに無理やり練習をさせて三咲先輩や愛数ちゃんに嫌いになって欲しくない」
由那は次の一言を力強くはっきりと言う。
「私の事は嫌いになってもいいから、バスケだけは嫌いになって欲しくないんだ」
そのときの声は震えていたが、物陰から聞いているシズクにもはっきりと声は通っている。
「それが私の選択。でも今まで通りの練習をして、奇跡的に五人集まって、強いところと最初で最後の試合ができれば良い思い出にはなると思う」
その場で作った言葉でなく、何度も考えて考えて考えた末のことだというのがその必死な様子から伝わってくる。
だがそれは間違っている。
その一言を幼馴染である秀人は言うことができなかった。
シズクの横には今にも飛び出して由那のことをぶっ飛ばしそうな栄子がいるが、辛うじてそれを自制している。
その中で彼女のことも彼らのことも何も知らない一人は、自身のことを考えるしかなかった。
シズクは中学の三年間をバスケに捧げた、といえばスポーツに専念した健気な少女に映るかもしれないが、実際に彼女がそのときの大会の結果に絶望してバスケをすることが嫌いになったわけじゃなかった。
そのとき一緒にバスケをしていた人がいた。
その人は彼女の親友でもあり、それ以上の存在でもあった。
あるときシズクは一大決心をしてその人に自分の気持ちを伝えたことがある。
その結果は願っていたものとはならなかった。
だから彼女は親友でもあるその人を嫌いになる代わりに、同じくらい大好きなバスケを嫌いになった。
その理由が、なんてちっぽけで情けないものなのかと彼女は思い始めた。
「……それでいいわけがねえだろ。
なにをふざけた事をいっているんだ。
俺達は由那がどんなに辛い状況に置かれて、大好きなものを否定されていたのかも良く知らない。
でも先月の終わりに再会して最悪な顔をしていたときに、小さな声で助けてくれって言ったのを覚えてる。
心の底からの叫びを俺達だけは知っている」
由那から聞いただけだが、彼女は中学時代に酷い扱いを受けていた。強豪校の一軍で活躍できる力がありながら、二軍で無理難題を課せられて日陰者にされた。
それは部活外の日常でも同じだったという。
「……でも、私は……みんにゃに頼ってばっかで……ううぅ」
由那は頬を伝うほどの大粒の涙を流していた。
彼女が自身のことを情けないと思ったのもあるが、このときの涙は少ない仲間で見えない敵と戦うために気を張っていた緊張の糸が切れたためだった。
「泣いてもいいじゃねえか。ここには俺達しかいない。泣き虫由那だったことを知っている俺達しかいなくて、チームメイトの奴らはいないんだからさ」
「でぼ……高校にもなっで……泣き虫なのはだめだよぉ……」
「明日からはそうしろ。今だけは泣いとけ。きっと四人目と五人目はすぐにくる。そう思うんだ」
「……ほんとう?」
シズクの横で聞いていた栄子が鼻をすする音をたてて、小さく言葉を切る。
「本当さ。そいつはすぐ側にいるんだから」
その言葉は誰に向けられたものなのか栄子本人にしか分からないが、ここへ連れて来られて、色々自分の情けないことを考えることになった滝浪滴がそれを無関係だとするには無関係じゃない要素が多すぎた。
「それは誰に言ってるのよ」
こんな軽口がこの場で出来るわけがなかった。
それ以前にシズクの中では確固たる意志が固まりつつある。
自分の意固地で大切なものを否定していてもそれは自分や他の人を不幸にするだけ。
なにより彼女自身が楽しくなかったのだ。
それを紛らわせるために無謀な勝負に固執して、自分をごまかしていた。
そんな子供みたいな自分が情けない。
自分は泣き虫ではないけど泣けてくる。
由那ほどの大泣きをして側にいる人の胸に飛び込みはしないが、シズクは瞳に涙を溜めてそれを袖で拭うとその場を後にした。
次の日の朝、誰よりも早く学校へ来てバスケ部顧問の先生に入部届けを出した少女がいた。そこには、二枚の入部届けが整然と並べてあったという。
今回のは展開的に急過ぎるかなと思ってましたが、作者的には泣き虫由那をかけたので満足です。