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10分間のエース  作者: 橘西名
高校生編(竹春高校)
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15:滴勧誘作戦

 栄子は入学当初のやさぐれ由那と同じような少女と出会っていた。


 その少女のことは同じ桐生中出身の兄から聞いていたが、思ったより負けず嫌いで陸上部で何かと話をする機会が多かった。それどころか最近ではクラスの違う栄子のところまで来ることがあるほどだ。


 中学から陸上をやっていて年代別の中距離走の記録を持つ栄子と比べれば話にならないほどその彼女は足が遅い。本調子でない栄子であったとして万が一にも走り負ける事はありえないほど遅い。もう話にならないくらい遅いから、部活では何度も何度も挑んでくるが負け続けている。


 体力はあるがさすがに勝負に疲れた栄子が、素直に陸上は向いていないことを伝えても、頑なに走り続ける姿は、あの頃のやさぐれ由那が“バスケをしたくてしょうがないのに、中学でのアレがあったからやらない”と駄々をこねているのとダブって栄子には映っていた。


 それが彼女から見た滝浪滴の第一印象だった。


 シズクはまた栄子のところへ来て軽く挨拶をする。


「こんにちわ。別にクラスに友達がいないわけじゃないのよ」


 この日のシズクはどこか落ち着きがなくそわそわしているが、栄子も栄子である作戦を実行しているためそれに気付かなかった。


「そんなこと、思ってないよ」


 栄子は大神特製の超小型ワイヤレスイヤホンとマイクを片耳に装備して、それを髪で隠している。それらを使ってシズクを探るのが、主に栄子と大神、夏樹が由那のためにやろうと考えた作戦だ。


 秀人から聞いていた通りなら、桐生中女子バスケ部のエースは絶対に欲しい一人になる。


 大神と夏樹は教室の外でなるべく不思議がられないように中の様子を伺う。


 シズクはコホンと軽く咳き込んでから不可解なポーズをとる。


「今日こそは負けない。部活で勝負よ!」


 指をピシッと立てて指してくるので、どこかに隠しカメラかドッキリの看板でもあるんじゃないかと思って見回してみるが、そんなことはなかった。


 その行動がよほど不審に映ったのかシズクは首を傾げて返答を待っている。


『カメラなんて教室にあるわけないだろう? バカか――いや、アホか!』

「……殴るぞ」


「ひぃっ――」


 初めての通信に素で返してしまった栄子にシズクが怯えるが作戦開始だ。


 大神が指示を出し、夏樹がサポートをする。


『時間がない。単刀直入に行くぞ』

「はいはい」


 周りのクラスメイト達からはいろいろとバレバレだが、目的の人物たるシズクにはこの異常が伝わっていなかった。例え、一年の廊下に長身の男二人がくっつき合って仲よさそうにしていようと誰も口は挟まない。


 周りからの優しい視線に見守られ栄子は聞く。


「同中の人に聞いたんだけど、シズクはバスケ部だったの?」


「違うけど」


 シズクは即答した。




 部活前に軽く身体を動かそうと栄子はシズクを連れてグラウンドの端に来ていた。


 前のアクションでは一刀両断されて、大神も中止命令が出すしかなかった。しかしバスケバカでなければ中学の三年間を一つの競技に注ぐことなんてありえない。そう考えるとアホ栄子なら最適ではないかと大神は思っていた。


 栄子が、


「ちょっと、部活前に身体動かそ」


 と、いっただけでついてくるあたりシズクはチョロいものだ。


 ふふふ、と大神はイヤホンの向こうで笑う。


 それに対して栄子が躊躇いなく罵倒を浴びせる。


「うわ。きもっ」


 よく知った仲なら許されるが、ほぼ初対面のシズクには厳しい一言だった。


「何か悪いことでもしたかな……」


 そこには休み時間と同じようにショボンとする桐生中エースの姿があった。


 栄子のアホさ加減に飽き飽きするが、大神は予定通りことを進めようとする。


 平常であれば不自然極まりないが、今日ならいけると理系脳あるまじき理由から、二人のいるところへ夏樹がバスケットボールを蹴り入れる。それを偶然を装って栄子が拾い上げる。


「バスケ部じゃなくても、バスケはできるよね。今日はこれで勝負しない?」


 栄子は拾い上げたボールを器用に指先で回し、シズクの方を見る。


 シズクの方は思ったよりも乗り気のようで気が抜けないと思った。


『ゴールはないから、近くの暇そうな男子にその代わりをしてもらうと言え』


「ゴールはないから、近くの暇そうな男子にその代わりを、っておかしいだろ! そんなこといわせんなあ!」


『すでに夏樹は準備万端だ。暇そうにそこへ現れ、無言で両腕を前にして輪をつくる。少し低いが二メートル弱のバスケットゴールの完成だ』


「いやー、暇だぜ。つい腕を前に突き出してゴールをしたくなっちまう」


 この事態を収拾させるのは無理だと思い栄子はこのビックウェーブに乗ることにした。荒波なんて目じゃないほどのビッグウェーブは大都市を丸ごと飲み込むほどだ。


「ほら、ちょうどここにゴールもできたし。バンバン叩いても大丈夫だし。ほらほらボールも新品同様だし」


 シズクが半目で見ていた。


 頬に冷汗をたらす栄子と二メートル近い男子の顔を交互に見ている。


 二往復したところでその照準を栄子に合わせた。


「へぇ、そうゆうこと。あいつにこんなお茶目な悪戯をする心があったなんて始めて知ったわ。へぇへぇ、そうゆうことですか」


「何を言っているのか分からないぜ」


 夏樹が口を挟むと、シズクが切れた感じでそれを突っぱね返す。


「あんたはあの柔道部の先輩に投げ飛ばされていた貧弱男子でしょうが……いま私たちは大事な話しをしてるの。そんなところでぼーっとつっ立ってないで帰れば?」


「はい! そうさせていただきます!」


 夏樹はその場の空気に耐えられず退場した。いや、大神が隠れているところまで退避した。

 その姿が消えるのを確認してからシズクが栄子に言葉の矛先を向ける。


「ねえ、栄子は大塚秀人の何なの?」


 その質問の意図やシズクの変わりようが栄子にはわからなかった。


この作戦には無駄な技術力とスタッフがいたことを誰も知らない。


次の投稿は二、三日後です。

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