12:陸上部(仮)
滴は由那と三咲の勝負を最後まで見て行かなかった。
結果の見えている勝負ほど見ていてつまらないものはないからだ。
バスケ部に入りたくもない人をどうにかして入部させようと、誰でも勝てるルールにしたのは良しとしよう。
しかしその相手が運動神経抜群で恵まれた体格の人なら話は別だ。
「あれだけ身長に差があって、動きも制限されちゃ勝てるわけないじゃない」
このルールで点を取るには、相手を完全に抜き去るかギリギリのところで隙を突いたシュートを撃つしかない。
一本目の理解不能なロングシュートはさておき、その後の二本目、三本目は運よくシュートまで繋げられて、徐々にその動きについていける先輩に彼女は苦しんでいた。
その姿を見て、滴の苦い思い出が蘇ってくる。
それは中学の三年間を費やしたバスケが、公式戦では一度も報われることなく幕を閉じたこと。
どれだけ努力をしても届かない場所はあって、それは才能の差なんだと自分に言い聞かせて、滴はもうバスケをやる事はないと思う。
現に、部活の仮入部には陸上部を選んでいて、今日の放課後から早速練習に参加させてもらう予定だ。
「バスケなんて、結局つまらない」
真剣な表情で試合に見入る大神をその場に残し、滴は小さな影と入れ替わるようにその場をあとにした。
***
ランニングシューズに履き替えて、グランドへ出ると新入生を任された二年生が何人か待っていた。
夏の予選に全校生徒が応援に行く野球部の次に部員数の多い陸上部は、今年も多くの一年生が入部を希望していた。
その中でも滴から見て目立っていたのは、中学から陸上を続けていて専用のスパイクを持っている人たち。彼女たちは、近々ある大会の平均タイムを超えるかどうかを先輩が見るらしく、真っ先に五十メートルトラックに列をなして並んでいた。。
ただ残りの一年生たちもやることは同じらしく、彼女たちの後に続いて並んだ。
元々運動部の子が多かったらしく極端に遅い子はいなかったが、元陸上部の人と比べると全体で一秒近くタイムに差が開く。
滴たちの順番になった。
一緒に走るのは知らない子でないので名前は分からないが、手足がすらっとしてモデルのような子だ。少し跳ねている髪は愛らしいが、そこを整えてほんのりと化粧でもしてあげれば学校のアイドルで通りそうな美少女が隣にいた。
隣に目を奪われている間に、先輩が「よーーーーい」と言ったので急いでクラウチングスタートの構えをとる。
「ドン!」「あれっ」
ピストルは使わず先輩の声で走り出すと、隣の子がスタート地点で滑って出遅れていた。
かまわず正面を見て走っていると、すぐに後ろから追いかけてくる感じがして、もっと早く走ろうと身体が動く。このままいけば中学での最高タイムの六秒七を超しそうなくらいの快走だ。
終わってみれば滴はそこそこのタイムで隣を走る子にも抜かれていた。
横にいる先輩を見るとなぜか手元がぶるぶると震えていた。
そんなに残念な結果だったのだろうか。
後ろへ回って先輩の手元のストップウォッチを覗き込むと六秒四というタイムが見えた。
このタイムが部内最速レコードと同じだったらしく、とんだチートと一緒に走っていたんだと思った。
「凄く足が速いみたいだけど、前は何部だったの?」
「陸上部。スパイクは教室に忘れた」
「へぇ、じゃあスパイクを履けばもっと早く走れるのかぁ」
スパイクを履いている感覚で走り出したから、さっきは出だしで足を滑らしたという。
「足だけは速いねってアサミンにも言われていたから。自信はある」
「あさみん? あぁ、同じ中学出身とかの」
「んーと、アサミンはこの学校じゃないし、中学も違う。しいていうなら、私たちのリーダー」
リーダーという言葉に、どこかで同じようなことを聞いたことがある気がしたが、滴は会話を続ける。
「どうして経験者組と一緒にあっちにいかなかったの?」
「スパイクを忘れたのもあったけど、向こうは足が速そうな人はいなさそうだった。ぱっと見でもあなたが早そうだった」
「えーと、ありがと。そうだ、名前を言っていなかった。私は滝浪滴。桐生中出身」
「……栄子。龍爪中出身だから、あまり友達はいない」
「あぁ、あの全校生徒が一桁のド田舎中学……ね」
栄子は「アサミンは幼馴染」とボソリと言うが滴はそれを聞き逃していた。
この二人が女子バスケ部の残る二人となるのだが、それはもう少し後の話。
そしてこの栄子が大塚秀人の双子の妹であるということを滴は知らない。
栄子=秀人の双子の妹と連想できる人はおそらくいないかと。
共通点といえば背が高いところと運動神経がいいことくらい。
栄子さんの頭は兄と違って割りと残念です。
*次の投稿は20日となります。