02:松林中
九州の田舎にある松林中学女子バスケットボール部では、数人の子供に大人が混ざってバスケをしていた。
なぜ大人がいるのかというと、人数合わせに自分達の母親たちを巻き込んでの3on3をしているからだ。
Aチームのポイントガードである霧沢琴音は、ゴール下にいる自分の母親の霧沢鈴音を囮にして、サイドに展開していた七ツ家涼香にパスを出した。
「霧沢さんのお母さんにあまり負担はかけられないからね」
「それはどうでもいいけど、ひとりで行けそうなら行って!」
この中では唯一の初心者である涼香だが、運動能力は極めて高く、たった一日の練習で身につけたドリブルで一人をかわして易々とレイアップを決めた。
対するBチームも純と初の悪友コンビ、初の母親と協力して得点を奪っていく。
――――と、ついじっくり見てしまったが、ここはどこなのだろうと、寝起きのようなふわふわした視界で上園青空は辺りを見回していた。
上園は感覚を確かめるように右手を握りしめるが、ぷにぷにした感触がするだけで目の覚めるような発見はなかった。
いや毎日鬼のような練習をしている自分の手が小学生のときみたいにぷにぷにしていた、というのはあまり嬉しくない発見だ。これはまた練習量を増やさなければならないと上園は内心思うのだった。
それにしても深い眠りから目覚めた直後のようにまぶたが重たい。
辛うじて開けた視界からは、見慣れた鈍い橙色とタップダンスのような軽快な音が聞こえていた。
上園が体を起こして周囲をキョロキョロ見渡しているのに気付いて、琴音が近付いてくる。
「どうしてここに……というか、いつからいたの? もう完全下校の時間だよね」
上園は中学生にしては身体の大きい琴音を見あげるように、目覚めたばかりで回転数の遅い頭をフルに使って考えてみる。
「……だれ?」
そんな言葉しか出てこないが、それを聞いて琴音が考えるしぐさをしてから優しい口調で話してくれる。
「それじゃあ、まず自己紹介――私は琴音。あなたのお名前は?」
「上園よ。うえぞのせいら」
毅然と答える上園に琴音は思いもよらぬ提案をする。
「いいね、暇なら一緒にバスケをやらない? ちょっと運動不足のオバサンがさっそくバテちゃってね。知らないお姉さん達がたくさんいるけど大丈夫かな?」
「……望むところ。それに見ての通り私のほうが年上ね」
「うん? まあいいか」
どうしてそこで言葉が詰まるのか上園には分からなかったが、バスケと言われて黙っていられないという本能で松林中の練習に加わることにした。
この時点では、まだ上園は自分の変化に気付いていなかった。