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10分間のエース  作者: 橘西名
インターバル(憧れの舞台編)
287/305

47:現在地4


 ――時は遡り、インターハイ予選の中京対王華戦の直後。


 予想以上に消耗の激しかった王華は、適度な休憩と、次の試合に備えて入念なストレッチをしていた。

 例年であれば、余裕で突破するはずだった初戦は、相手の一年のパスに翻弄され、楽勝と言い切れない試合だった。


 結果だけみれば、圧倒的な点差で決着が付き、王華のエースである今宮は無敵だった。


 そのはずが、敗れた中京の彼女たちも十分に強かったと、この試合を見た人たちは、口を揃えて言うだろう。


 それだけ記憶に残る試合だった。




 ***

 試合会場の方向から歓声が溢れ、ちょうど次の試合が始まったとき、キアラや茉莉達の六人は、屋外に設けられたハーフコートへ移動していた。


 佳澄と八重の二人を中心とした二チームに別れ、佳澄は抜け目なく会場から拝借してきたバスケットボールを指先で器用に回す。


 手の平から零れたボールが地面をバウンドし、そこからドリブルし始めた彼女が顔を上げたときがミニゲーム開始の合図となった。



 千波の試合観戦のついでに名古屋観光目的で来ていた佳澄は、思わぬ強敵に心が躍っている。


 それなりの実力者が選ばれる籠球小町に曲がりなりにも出演した天応中学三年の東山茉莉と中京高校一年のキアラ・セラフィムは相手として不足なし。


 それに同じチームの田村高校ペアも気になっている。


 佳澄は、様子見のドリブルからパスを送った。


 それを恨めしそうに久世が睨み返す。



「軽く一本といっても、お前らの軽くは普通の奴の全力だろうが」



 悪態をつくが、当の本人は気にする様子もなくこちらの動きを見守っている。


 母親みたいなまなざしでこちらを見るんじゃない!


 久世は司の動きを視界の端に捉え、シュートポイントに移動しパスを受け取る準備をしているが、そこにはピッタリとフランスの大女がついている。


 しかしそのマークはすぐ引きはがされることになる。


 司とキアラの前を佳澄が斜めにゴール下へ入っていく。


 ノーマークの佳澄に気を取られたキアラの隙に乗じて、司が一歩下がってできたスペースにパスを通る。



「ナイスです」



 三浦司が、それを確実に決めて二点を先制する。


 真面目な司は、佳澄が適当に考えたであろうミニゲームのルールを律儀に確認する。



「二点先制しましたけど、……佳澄さん、十点先取で良かったですか?」


「そうそう。でね、三ゴール毎に負けているほうがチームメイトを入れ替えられる特別ルールがあるわ」


「初めて聞いた気がしますけど」


「その方が面白そうでしょう」



 たった今決まった特別ルールが追加され、攻守が入れ替わる。


 八重が前線まで持っていったボールを中学生にしては長身の茉莉がレイアップで決め、小気味よく点を取り返す。


 茉莉は、バスケの先生である八重に頭を撫でられて「えへへ」と漏らすが、直ぐに佳澄が速攻でキアラと対峙する。



「頭一つ分も違ってくると、流石に外からのシュートは打たせてもらえなさそうね」


「ウィ、カンタンにはさせない」


「じゃあ――こうゆうのはどう?」



 相手の腰の高さより低く上体を寝かせた佳澄の低空ドリブルは、一瞬でキアラを抜き去る。


 本職がシューターとは思えない佳澄のドライブに、同じチームの司が思わず反応した。



「うわっ、あんなドライブをノーモーションからやれるの? 確かに、どんなに優れたシューターでもあの身長差だったら、他の選択をするけど。でも……」


「落ち着けよ。まあ、あいつはドリブル好きだからな。試合の展開によっては、遠目からのシュートをほとんど打たないこともある。それに中学に入学したての時は誰にも負けなかったな、あの今宮先輩も含めて」


「嘘でしょ? それがどうしてシューター専属になっているのよ」


「別にそれで弱くなったわけじゃないから、あいつの勝手だろ? 確かに世代No.1シューターって呼ばれているあいつの本気のシュートは、反応すらできないからな」



 自分より優れたシューターと言われて一瞬納得がいかない表情を見せる司は、将来有望なシューターだと再認識させてくれる。


 佳澄と司とでは、現段階でまだ実力差があるけど、直ぐにそんなものはなくなる強い気持ちが伝わて来た。


 そして三ゴール目なので、司と茉莉が交代される。



「とりあえず、右から決めようか」



 相手チームである久世の耳にも聞こえるように八重が作戦を口に出す。


 毎回思うが、あいつは本当にバカなんじゃないかと思う。


 なぜなら、この“有言実行スタイル”は、必ずその通りに行われるからだ。


 それは彼女を表すのに最も適した言葉である。



「右を固めようか。中学生、マークは全部無視していいから、八重の進路を塞げ。こうなったあいつは、意地でもそこからしか攻めて来ないぞ」


「???」



 ボールを持った八重に一瞬で振り切られる不甲斐ない司はさておき、中学生には荷が重いと感じ、ゴール下にいた久世も八重を止めに行く。


 茉莉は、八重が右サイドをえぐってきたところを正面から待ち構え、上と右手側からのインサイドのコースを塞ぐ。


 なかなか的確なディフェンスだ。


 こうなると残る左をケアすれば、普通の相手ならほぼ防ぐことができるが、同じ土俵で戦ってくれないのが、頑固ものの八重って奴だ。



「これで八重さんの進路は防ぎましたよ」


「中学生、想像以上だ! そのまま右から攻め込まれることにだけ集中して守れ!」


「はい! はい?」



 茉莉の疑問は、直ぐに体感させられる羽目になる。



「おい、こっちだけに集中しろって!」



 八重ががら空きの反対側サイドにドリブルを仕掛けたと思って茉莉が反転する。


 それがフェイクだと気づいた時には、八重は茉莉と久世の間をすり抜け、リングまで届く高い跳躍のワンハンドダンクを易々と決める。


 本当に一度決めたことを最後までやり通す一瞬の集中力は、恐ろしいほど強烈だ。


 久々に実感できた久世は、やれやれと天を仰いだ。



「あいつら、本来やらなきゃいけなかったことを忘れてゲームを楽しんでやがる」



 何を隠そう目的があって四人は来ていた。


 目的の一つは、千波の試合観戦に、おまけで高校No.1の試合風景をみるため。


 残りの理由は、千波がわざわざ田村の特退を辞退してまで、中京高校に進学した理由の確認にきたのだ。


 それが大いに脱線していて、このまま何もなく終わるんじゃないかと、久世は本気で思い始めていた。

 茉莉の先生だった八重。


 偶然にも千波の先生だった佳澄。


 その二人が思っていることは、久世には想像もつかなかった。



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