EX1.足踏み 上
七月に入っても二十度半ばの涼しい気温が続く東北地区にある田村高校女子バスケ部は、地区予選の決勝を戦っていた。
一年生二人を中心にここまで戦ってきた田村高校は、エースシューターの三浦司が点を取り、攻守に万能な久世桜が最小限の失点になるように試合をまとめる。
そうして準決勝までは何とか戦ってきた田村だが、この日はエースの調子がいまいち上がらず、特にスリーポイントシュートをことごとく外していた。
「司様のシュートがここまで入らないのは、何が原因なのかね?」
「自分のチームのエースが不調だっていうのに、ずいぶんと余裕ね。そんなに余裕があるなら、調子の上げ方を教えて欲しいわね」
「知らねえよ。自分のことで手一杯でさ。司様に構っている暇はないんだね、これが」
「なら、自分でなんとかする」
味方からのパスを受けた司は、スリーポイントラインに足が掛からないように踏み切る。
綺麗なフォームから放たれるジャンプシュートは、理想的な放物線を描いているように見えたが、数ミリの誤差でリングに嫌われてしまう。
これが十本連続で続いていた。
田村高校にとって、それはかなり深刻状態だ。
「フォローはしてやるから、安心して十本でも二十本でも外していいぞ」
口は悪いが仕事をきっちりこなすセンターの久世桜は、司が外した後のリバウンドを一つとして零さない。
エースの不調のカバーとするというには、異常なことがコート上で起こっているが久世にとってそれはいつものことだ。伊達に例の中学でレギュラーを張っていたわけではない。
対戦した相手は、この状況に苦い顔色を示す。
「また、あの子にやられている。毎年初戦敗退の田村なんかに、十点以下のリードしかできていないなんて。これでロングシュートまで入りだしたら、点差はあってないようなものだし」
オフェンスリバウンドだけなら100%の奪取率を、この試合で久世は維持していた。
体格や力、速さは、高校女子バスケット界で並程度でしかないのに、競りに行った誰もがボールに触ることすら出来ていない。
ボールの落下地点を予測できる驚異的な嗅覚の持ち主か。
もしくは別の何かを持っているのか。
それら特殊な能力も持っているに違いない。
「それ、もう一本!」
リバウンドを奪取した久世から司へボールが渡り、司も方針を切り替えることにした。
点差を縮めることを優先し、ドリブルでインサイドへ切り込んで得点する。
不調な外からのシュートを一端封印することで得点ペースの上がった田村は、徐々に点差を縮めて行き、次第に試合は僅差の硬直状態に陥っていた。
「司様、司様、やっぱり外からのシュートは欲しいなぁ」
久世がないものねだりを司にするが、なかなか自分の思う形へ持っていけない司は苛立ちが積もっていた。
その様子を意に介さず、久世は続ける。
「うちは、それあっての組み立てしか今のところはできないから、点差が縮まっても逆転までは持って行けていない。このままなら、負けもあるぞ?」
「わかってる! 頭では分かっているけど、今日はいつもより胸がざわついて、集中力が続かないの!」
「それなら、この試合を予選の第一試合と思えばいいんじゃない? 決勝まで来て、あと一勝っていうのが邪念とか、余計なものになってるんだろうし」
「えっ」
「それに――――、あーいいや、そこまで言うとサービスしすぎだし」
「そこまで分かっているなら言ってよ!」
「んー、じゃ、もう少し肩の力を抜いたら?」
「えっ、それだけ?」
思わず司は、間抜けな声を出してしまった。
もう一話挟んで本編に戻ります。




