41:まみえる
中京高校のスリーポイントシューター上の調子はしばらく続いた。
千波の投じるバリアブルパスは試合終盤でも十分通じているようで、今宮以外がボールを見失っている。その際に生じる隙に乗じて、彼女は上手くフリーになり連続シュートを決めた。
それならば、初めから上にマンマークを付ければ、と思うだろうが、それは今までの彼女と今の彼女が違い過ぎて、躊躇してしまっているのがここ二分間のことだ。
前半の彼女はほとんどシュートを撃たなかった。
フリーでなければシュートフォームさえ取らず。
ボールを持っていない状態でフリーになろうとする動きも足りていない。
それが後半になってコインの裏表が反転したかのように動きを変えた。
ボールを持っていない時にフリーなスペースへ走り込んで、あとは変則パスを味方経由で受け取る。
そして放たれるシュートの精度は知っての通り飛び切りだ。
それでもドリブルが苦手で固定砲台な彼女を活かしているのは、この状況が半分、その他の選手の活躍がもう半分。
コートの中を見ると、千波のパスを受け取れる新海と古川にマークが集中し、守備をしない今宮がコートに戻ったので数的有利も作り難い。
その結果、王華のマークは中途半端になり、彼女のスリーポイントシュートは五連続まで積み重なった。
それを喜ぶ千波は、上の後ろから声を掛ける。
「神様、ナイスシュートです」
「なれなれし。神様いうなし」
「あっ、神様って、そういう感じ?」
***
上のシュートが点差をどれだけ縮めたのか。
それは今宮がコートに戻ったというだけでその後輩たちにはある程度予想が付いていた。
普通のフィールドゴールが2点に対して、ロングシュートが3点。
その差一点……たったそれだけの差では、どれだけ取り続けても意味はない。
紅白戦で幾度となく対戦したことのある佳澄は良く思い知らされている。
「あの人の“ライズ”はオフェンス能力を倍増させるっていう単純なものだけど、それ故にほとんど弱点がないのよね。千波みたいにカーブするパスを操るような“ライズ”なら、事前に策を練って備えておくことが出来る。でも真正面からぶち抜いてくる相手を止めるのは難しい」
「倍増って、どういうことですか?」
「ほら佳澄が小難しいことを話すから、司様が混乱してるじゃん。そういうの良くないなぁ。事情を知らない人をよそ者扱いにして苛めるの良くないなぁ」
「んとね、あの人のは、そのままドリブルスピードやフェイントの多彩さに反映されるの。それが体感で倍くらいに感じられるから、きっと中京の人たちじゃ誰も止められない。それは千波も含めてだけど。そういうことで、二点は永遠に取られ続ける」
「そう、ですか。それならまずは王華のエースを止めるのが勝負の鍵ですね」
中京の攻撃が、千波、新海、古川、上と経由して三点を取るのに対して、王華はシンプルに自陣のコート下から相手のコートまで今宮一人でぶち抜いていく。
それはもうあっさりと五人全員を何度も何度も繰り返して、上のシュートが決まらなくなったら、取り返しがつかなくなるほどの点差が付いて試合が終わるほどだ。
「ところでさっきから超絶ウザイ桜の“司様コール”はスルーすることにしたの?」
「もうあきらめました。……はぁ……」
「きっと三浦さんと仲良くなりたいだけよ」
「――ところで、八重が連れてきた連中って誰だ?」
「それはきっと秘密兵器ってところじゃない?」
遅れてきた中村八重の両脇に立つキアラと茉莉はぽかんとコートとそれを観戦する彼女たちを見ていた。
一時期千駄ヶ谷中学でバスケの練習をさせてもらっていた茉莉が知っている人もいるが、キアラは誰のことも知らない。
キアラが知っているのは、コート上にいるとても小さな選手のことだけだ。
「 “どうして?” 」
キアラの発した言葉が分かったわけではなかったが、佳澄がそれとなく答える。
「よぉく見ておけば? あれがあなたのチームメイトなんでしょ?」
「 “分からない” 」
「わざわざ一芝居打って連れて来させた八重や茉莉に感謝した方が良いわ。この試合は、東千波の全力が如何なく発揮されているから」
特に今の彼女たちと一学年上の先輩との力の差がはっきりする。
千波には悪いが、現状じゃどうしても敵わないってことが良く分かる。
だが、中京高校に規格外の選手がもう一人いたら?
この試合はもう少し分からなかったかもしれない。
それがキアラ・セラフィムという元フランス代表選手の運命なのだろう。
この試合を見せられて彼女が何を思うのか。
この場にいる茉莉だけでなく、佳澄も少なからず興味があった。