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10分間のエース  作者: 橘西名
インターバル(憧れの舞台編)
275/305

37:ユーフォルビア2


 試合の前日。


 レッスンが終わり、迎えが来るまでの時間を、二人はいつものように雑談をして待っていた。


 ただし、ここ最近、不安定な状態になることが多い茉莉は、ネガティブな事や脈絡のない事を言って、最後にキアラにハグをしようとしてくる意味不明さがあった。



「キアラさんは今――」



 この日もそれと同じことが繰り返されるのだとキアラは思っていた。



「――アイドル活動をしていて楽しい?」



 キアラが思っていたより、どうとればよいのか困る質問が飛び出してくる。


 茉莉の意図は分からないが、この質問に対する答えなら決まっているので即答する。



「楽しい」


「即答ですか。この世界に引っ張ってきた私としては、素直に嬉しいですね」



 続けて茉莉は自分語りを始める。



「東京でやっていたときも楽しかったけど、こっちではキアラさんがいるからもっと楽しい。キアラさんは、何かに全力で打ち込めるようなことってありますか?」


「日本に来て、アイドルしてます」


「私も――――キアラさんと“同じ”で今はアイドルに全力ですね」



 茉莉の言う“同じ”には“一緒”という意味はほとんど含まれていない。


 期間限定のユニットを組んでいるのとは関係なくて、茉莉とキアラは同じ道筋を辿ってここにいるから“同じ”なのだ。





 ***

 少し昔、今までの自分を変えようと努力した少女がいた。


 彼女は周りの誰よりも成長が早かった。


 一般的に小学校高学年までの成長は男子より女子が早い。


 そのため、身長が逆転することは良くあることだ。


 しかし身体の成長速度に加えて、遊びの中で自然と身に付いた筋力が、同世代の男の子を相手にしても負けない力強さを持つまでになってからは、様々なスポーツをやるようになった。


 そしていくつもの偶然や幸運が重なった結果、男女混合で日本一を決める大会に優勝してしまったのが彼女の不幸の始まりとなった。


 大した熱意もなく優勝した全国小学生相撲大会は、当時の彼女にとって嬉しい経験であり、それと同時にその後の彼女を苦しめるキッカケにもなっていた。


 当時は、まだ男子女子の区別があいまいで、色々な人からも褒められて良い気分だった。


 それでも時間が経てば、自然と女の子らしさを意識するようになった茉莉は、その時の自分を思い出すだけでとても嫌な気持ちになった。


 小学校から中学校へ上がるとそれぞれの学区毎になり、半分以上が知らない顔になる。


 そこで他の小学校から来た人と仲良くなるための話題が“女子”で全校一強かった子が同じ学年にいるということだった。


 その不用意な話題のせいで、思春期の茉莉を塞ぎ込ませたのは仕方のないことだったのかもしれない。


 茉莉は体調を崩しがちになり、不登校になりかけのところを救ったのは、一人のスポーツ選手だった。


 彼女は、小さな悩みを吹き飛ばすほど豪快にあるスポーツに打ち込んでいて、そのスポーツを通して、徐々に茉莉の身体と心を鍛えてくれたのだ。


 その人の練習に付き合えるように、茉莉は中学の部活も文化系その部活に入り、昼夜を問わず練習をして、嫌いだった頃の自分を思い出す暇もなかった。


 次第に茉莉の身体つきは、女性らしい体躯へと変わり、それが一年後の街中でのスカウトに繋がるとは誰も想像できなかっただろう。




 逆に、キアラがそのスポーツに絶望しているときに手を差し伸べたのが茉莉だ。


 初めて会ったときから、この人は自分に似ていると思っていた。


 一度は絶望を味わいながらも、そこから這い上がっていく力を持っている。


 多少無理やりな部分があったとしても、アイドルとして確かな成功をしつつある二人は、良いコンビだった。




 しかし、惰性で続けていた部活仲間からの電話で、知らない内に始まっていた大会に敗退して、引退が決まったということを聞いて、ずっと茉莉が忘れていた事を思い出したのだ。




 なぜなら、茉莉には無理でもキアラにはそれを帳消しにできるからだ。

 茉莉の師匠である“中村八重”は、キアラの本当のパートナー“東千波”の元チームメイトらしい。



 師匠の元チームメイトがいるなら、キアラがあの最悪な感情を抱えなくて済むはずだ。



 茉莉がずっと心の奥底で燻らせているそれは、その道を辞めて他の道に進んだ人には何年掛かっても決して取り戻すことが出来ない。



 だから茉莉が東京へ戻る来月までに、キアラをバスケの世界へ戻してあげなくてはならない。




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