08:幼馴染は強豪校のマネージャー
由那たちの通う竹春高校と同じ地区にある十有二月学園には、幼馴染の残る最後の一人がいる。
由那や秀人たちより一学年上で現在高校二年生の永田亜佐美は女子バスケ部のプレイングマネージャーをしている。
プレイングマネージャーとは選手兼マネージャーという意味だが、近年は少し意味合いが変わってきて、試合を選手や監督、第三者の立場から多角的に見て的確なアドバイスをすることができる人のことをいっている。
十有二月学園はバスケ部が出来て二年目のため一、二年生いないため選手層がほとんどない。試合の出来はそのまま選手の状態に左右され、去年は奇跡的な運命の巡り会わせから全国まで進むことができたにすぎない。
その運命の巡り会わせと言うのが『風見鶏一姫』という頼れるエースとの出会いだった。
亜佐美は体育館へ早めに行っていろいろ準備をしようかと考えていたら、すでにそこにいた一姫が部活の始まる前だというのに、熱心にシュート練習をしていた。
部活だけでなく、クラスでも仲のいい亜佐美は一姫に声をかけた。
「あんまり飛ばしすぎると、練習でバテるわよ」
亜佐美が来ていたことをなんとなく感じ取っていた一姫は、シュートフォームを崩さないようにゴールを見たまま返事をする。
「大丈夫だって。ほら、私はフルマラソンを完走しても、そのあと短距離走で日本新を出せるくらい頑丈だから。知ってるでしょ、体力には自信があるの」
素でおかしなことを口走る一姫に呆れたように亜佐美は返す。
「体力に自信って……。あんたは足も速いし跳躍力もある。私から見れば天賦の才能だらけで本当に妬ましいわ。体力勝負のトライアスロンみたいな総合競技なら、本当に手がつけられないほどの化物なのにね」
「酷いなあ。まだまだ乙女な十六歳を捕まえて、化物呼ばわりは良くないよ。それにアウトレンジシュートの精度だけならアサミンも十分化け物だよ」
「ふざけたことを言わないで。シュートだけポンポン撃っていればいいだけなのがバスケだなんて思ってるんじゃないでしょうね?」
「そ、そんなことは思っちゃいないけど、正直アサミンのあれはやばいよ。さすがにどんな体勢からでもってわけじゃないけど、フリーならほぼ百発百中はギネスを狙えるレベルに違いないよ」
「なにを狙ってるのよ。……またクラスの子達に変なものでも見せられたんでしょ。全く、そんな暇があるなら、もう少し練習に参加しなさい」
一姫が練習に参加するのは多くて週に二、三回程度だ。それは生徒会の仕事が忙しいのと、その一環として他の部活で助っ人をしているためだ。
身体能力だけなら人間離れしている一姫はどこの運動部にも重宝されていて、去年の今頃はバスケ部にもそうしに来てくれていた。
いまでこそバスケ部の正式な一員だが、もともとは助っ人する部活の一つとしてバスケ部に顔を出していただけに過ぎない。
亜佐美はポケットが振動したのを感じて、パカッとオープンできる携帯を取り出しメールを読んだ。
「なに? 部長は遅れるってメール?」
スリーポイントライン手前からのシュートが入り、次はライン上からシュートを打とうと一歩下がりながら一姫は聞いた。
「違うわよ。今年高校に上がった幼馴染がバスケ部に入ったから、一緒に練習をしないかっていう内容のメールよ。部長はメールなんかなくても今日は遅刻だ」
「ははぁん、その幼馴染というのは男というわけか。年上キラーと噂されていたアサミンが実は年下狙いだったとは、いい話の種になりそうだ」
「勝手に変な噂を信じないでよ。学校でそれって、教師狙いってことになるじゃない。あとあんた、私の幼馴染を遠まわしにバカにしたでしょ?」
一姫はこう考えたはずだ。
去年の優勝メンバーが全員揃う十有二月学園と一緒にまともにやり合いたいと思うのは男子だけだと。
だから男がどうのという話になっている。
少なくとも去年一年生だけで全国へと進出した実力は今年も健在だ。
エースの一姫とキャプテンの天野箕五子の二枚看板は、二人が揃えば全国でもそうそう負けはしない。
ただ懸案事項として一姫は生徒会の仕事で遅刻する。それは試合のある日でも変わらない。天野は身体が弱いため頻繁に怪我をする。
去年の全国大会ではこの二人が出場できず、敗退した悔しい思い出がある。
今年こそはと言う思いは、責任を感じている当事者の二人の方が強いだろう。
「そんなことはないよ。ただ、面白い人たちだと嬉しいなって思っただけ」
会話中もシュートを続けていた一姫は、シュートが入りだせば一歩ずつ下がっていた。
それがどんどん遠い位置からのシュートになり、まさに入りだせば止まらない状態だ。
十有二月学園のエースとして実力の底を見せないところは、どこかの既知外中学のエースと共通して末恐ろしいことだと思う。
亜佐美はメールを返信して、バスケ部の練習メニューを取り出した。
新入部員も今日から本格的に練習に参加して、上下関係にも気をつけてそれぞれの能力を生かしてあげなければならない。マネージャーとして考える事は色々あり、これからしばらくは大変になると考えながら、微笑を浮かべた亜佐美は一姫の元へいった。
練習開始前で次々と他の部員が来るようになり、一姫がシュート練習を辞めるのを見て亜佐美は何気なくボールを拾う。
その場でボールをタン、タンとついて、ゴールリングを真っ直ぐに見据える。
一姫が徐々に広げた距離はハーフライン近くまで来ていた。
亜佐美は迷うことなくその位置からシュートを放つと、そのボールは理想的な軌道でリングに当たることなく決まった。
「おおぅ、さすがだね」
「このくらいは余裕。このくらいできなきゃ、あいつらをまとめるなんて出来ないわよ」
週末に竹春高校と十有二月学園合同の練習が予定された。