31:風の吹いた日 上
再び王華の選手の前を強烈なパスが横切る。
――変化の始まりが遅く、鋭く曲がるバリアブル・アクセルパス。
それともう一つ、今宮限定で使うパスは――変化の始まりが早く、大きく曲がるバリアブル・ブーメランパス。
それら二つのパスを自在に扱う東千波の前に、王華が沈黙してからしばらく。
選手交代を告げるブザーが鳴り響いた。
王華のベンチから準備の整ったメアリーが出てきて、納得のいかない表情のまま今宮がコートのサイドライン手前に立つ。
その肩をポンッと叩いて、メアリーがコートへ入る。
「こうたい」
「ここからが面白くなるのに?」
「まーまー」
煩わしいボディタッチを振り払い、今宮は答える。
これから自分がやろうとしていたことは、他の誰かならばメアリーが一番うまくできると思ったからだ。
「メアリーなら止められる」
その言葉を受け止めて、メアリーは今日の敵を見据える。
***
この交代で変わったことがいくつかある。
今まで自由に動いていた王華の選手たちが本来のポジションに戻り、フォワードの位置にメアリーが入った。
必然的に自陣の深くにいる千波のマークにはメアリーが付くことになる。
それは中京にとって非常にまずい。
マンマークとは言わないまでも、日本人離れしたリーチを持つメアリーが対面に付かれると、パスコース自体が極端に絞られる。
「これはこれは」
それに加え百四十程度の身長しかない千波の歩幅は狭いため、単独でのドリブル突破は論外だ。
正面からの勝負はあきらめ、千波は小さなステップを刻んで、横にいる上唯子へボールを託した。
普段から何を考えているのか分からない唯子だが、自分へのマークいないのを見て行けるところまで前線へドリブルしていく。
「ゴール下は無理……か」
混戦するゴール下を半目で見て、ドリブルからシュートへ切り替える。
中京のシューティングガードはクイックモーションでロングシュートを放つ。
「あら、距離が足らない」
「リバウンドとったら、こっち!」
唯子のシュートはリングを大きく外れ王華の選手のボールになるが、すかさずパスを意識している王華の選手から掬い上げるように千波がボールを奪っていた。
「もう一回だよっ」
先輩相手にタメ口で激を飛ばし、再度唯子がシュートモーションに入る。
さっきのはあまりやらないドリブル突破で息が上がっていたからシュートに大きなずれが生じた。
いつものように気持ちを落ち着けゴールリングだけを見つめれば、結果は自ずと付いて来る。
唯子の放った連続スリーポイントシュートは、中京のシューティングガードとして恥のない完璧な軌道を取ってリングの中心を貫いた。