30:手札の切り方
中京高校に連続得点を許したところへ遅れてきたメアリーが到着した。
ジャージ姿のまま監督の横に立ち、頭を下げて謝罪する姿が、活気ある公式戦の会場では異質な光景に見える。
謝罪の言葉を受けた監督は、中京がタイムアウトを取って試合を中断させるまで無言を貫き通した。
「別に初戦だからと言って、大事な試合じゃないと思ったのか?」
「――いいえ」
「まあいい。去年の助っ人と比べれば、十分よくやってくれている。早く着替え来てベンチに座れ。早ければ次のクォータから今宮と交代だ」
「はいっ」
ぱたぱたと更衣室に走るメアリーの後ろ姿を今宮は恨めしく見つめていた。
***
中京ペースの所に水を差すかのようなタイムアウトは、致し方ない事だった。
選手一同をベンチの前へ集め、端に立つ千波へと女監督の鋭い視線が飛ぶ。
「違うよ?」
東は、あたかも当事者でないような顔だ。
「東さん? 理由を説明して」
「ちょっとは察して欲しいなぁ」
「もう一回言った方が良い? なにが“違う”のか説明してくれる?」
観念したように千波は思ったことを口にする。
試合本番になってから、強く思った――あいつが相手だということを。
「一年ぶりに見たけど、あいつは一回見ただけで見切ってた。そこへホイホイ同じパスを出したら、周りの人にもバレるよ」
東は、相手と自分との実力を冷静に推し量る。
様々な過程を省いて、チームの作戦をほとんど無視したのは反省しないといけないかもしれないが、東の判断はあながち間違いでもない。
確かに高校No.1プレイヤーと呼び声高い今宮なら、東が“中学時代に使っていたパス”は一発でバレてもしょうがない。
元の作戦自体が、今宮ありきで立てられたものではないから、これは予定外の事態なのだ。
監督と選手と、それぞれの意見を拾い集めて、中京は作戦を大きく変える。
相手のベンチをしたときにメアリーが一瞬だけ顔を出していたので、もうしばらくすれば今宮は交代だろう。
それならば、交代される前に“一つ大きな賭け”をしてみよう。
中京は、大胆にも切り札としている東のパスを、相手に攻略させる作戦へ切り替えた。
これぐらいの事をしないと、勝負の駆け引きさえ始まりはしない。