25:スタメン(中京)
地区予選初戦を無難に勝ち上がった中京高校は、続く王華高校戦のミーティングを始めていた。
大会の会場になっている王華高校は、体育館の回りに屋根付きの通路がある。
試合があるとその通路の一角にビニールシートを敷き、各校のスペースにする。
中京も他校と同じように日陰になる位置をキープし、監督を中心に円陣を描くように集まる。
監督はB5用紙一枚にまとめたデータシートを配ってから話し始める。
「手元のデータシートを見ての通り、次戦は去年の優勝校で、今宮以外のメンバーはほとんど変わっていても十分に強い。とりあえず、昨日のミーティングで話した内容を思い返してみて」
「前から思っていたけど、先生、これ全部一人で調べたの? もはや個人情報の流出どころじゃない部分まで載ってるけど」
「ごめん、それは見せちゃいけない方だったわ。はい、こっちと交換」
「……え?」
部長の山下が、目を通したデータシートには相手選手のスタイルが書かれていた。
選手個々の詳細なデータの一切を省き、攻略法が的確に記載されている。
例えば留学生枠のメアリーという選手は、生粋のフォワードだが試合の序盤は運動量が少ないスロースターター。途中交代を必要としない無尽蔵のスタミナを持つ彼女は、何年か前にした怪我のせいで思い切ったプレーが出来なくなっていたのがその原因。王華へ行って改善したが、その昔の癖が試合の序盤はまだ残る。
先程、間違えて渡していた用紙の内容も合わせるとだいたいこのくらいの情報が大会に登録されている選手一人一人分まである。
このデータをもとに試合に勝つためのメンバーを監督は発表する。
「それではお待ちかねのスターティングメンバーの発表と行きましょうか」
勿体ぶって話し始めるが、二回戦のメンバーは何日も前から決定している。
もはやこのメンバーを調整するために、それまでの練習試合はやってきたようなものなのだ。
打倒王華高校を目指した瞬間から、この日が来ることは確信していた。
中京高校スターティングメンバー
山下実夕(三年)、PG、背番号四。
上唯湖(三年)。SG、背番号五。
古川麻里(三年)、C、背番号六。
新海鈴(三年)、PF、背番号十。
東千波(一年)、G、背番号十一。
ミーティングの最後に確認の意味も込めてもう一度監督が念押しする。
「東さんの持つ二種類のパスは、できれば前半は一種類だけで行きたい。少なくとも相手が途中から出場させてくると思われる今宮さん用に残せるのがベスト」
「あとはこちらで調整します。それじゃあそろそろ移動した方が良いですね?」
試合の開始時間まで十分を切り、移動の準備をする中で部長の山下が監督にこっそり耳打ちする。
「本気で今日は勝つつもりですか?」
監督は荷物を取ろうと下げていた顔を上げてにやりとする。
「これだけのアウェイで勝利を掴むのが私たちのミッションでしょう?」
バスケ部の監督一年目、というかバスケットに関わり始めて数か月の人が言うと、なんて無茶な精神論を言うのかと思う。
しかしこの人は選手たちのやる気のツボを良く分かっている。
その準備もしっかりしてきた。あとはそれを出すだけ。
この先生ともう少し早く出会えていたら、もっと楽しくバスケが出来ていたのかな、と思いつつ目の前の事に全力に立ち向かえるようになった三年生レギュラーはコートに立つ。
「お互いに予想外だと思うけど。どうぞよろしく」
目の前には予想を大きく裏切って相手校のエース今宮ひかるがいた。
彼女が予選から出場するのは過去三年間で初めての事だった。