20:反撃の布石
試合はワンサイドゲームの様相を見せている。
それくらい力の差は明らかで、逆に見ている人を冷や冷やさせる。
これがドラマや映画なら奇跡の逆転劇があるに違いない。
「どうして、こんなチームにシタノ?」
「こうしなきゃ見れない景色があるから」
「ケシキって、んんっと――――日本語ってむずかしいね、ひかる」
「こういう状況じゃなきゃ、本気にならない奴がいるってこと」
「その子はツヨイ?」
「……知らない」
ひかるが不機嫌なのはいつもの事だけどメアリーは言葉を失う。
彼女が敵意を剥き出しにするのはいつもの事じゃないからだ。
「知らないけど、面白い奴だよ、きっと」
そう言う今宮ひかるというバスケ選手は、メアリーが知る限りで最もプロに近い選手だ。
だからこそプロを目標にするメアリーにとって一番近い感覚を持つ一人でもある。
「それはたのしみ」
悪い顔をするのが得意な二人だ。
***
反撃の狼煙は、空中戦に滅法強い上園がキアラとメアリーを背負いながらも佐倉のシュートブロックしたところからだった。
シュートをブロックされた佐倉は無表情ながらも悔しそうに拳を握りしめ、競り負けた二人は目を丸くしてその様子を眺めている。
「ひかるのコウハイ?」
高さだけならキアラやメアリーの方が十センチ近く上回るが、滞空時間とポジション取りとが勝敗の優劣を決した。
結果だけ見れば次世代のエースが活躍しただけに見えるが、そこにはいくつもの他の要因が絡んでいる。
シュートへいった佐倉へ滞空時間の長いロングシュートを撃たせた日高とゴール下で今宮の進行方向にことごとく現れたもう一人のおかげが大きい。
「速攻!」
上園が弾いたボールは、そのまま味方へのパスになる。
しかしこのパスは運悪く小倉の手にあたり、再び佐倉の手に渡る。
マークに付くのは早見と三浦の二人。
勝負に行けば五分以上の勝率があるだろうが、佐倉はドリブルでもシュートでもなくパスを選択した。
なぜならパスを呼び込めるだけの選手がすぐそばにいたからだ。
「上園――勝負するかい?」
パスを受けた今宮が勿体ぶって上園を煽る。
佐倉以上に無表情なポニーテール少女は、一瞬だけ視界を広げてすぐに正面に向き直る。
勝ち目のない勝負にいくほど愚かなバスケを少女は選択しない。
その証拠に上園をフォローできる位置に日高が距離を詰めている。
「勝負になればいいんですけど。まぁ、私なりに頑張ってみます」
実質、高校No.1選手を前に上園が考えていたのは、空中戦になれば勝てるか、という淡い思い。しかしその考えが浅はかさだと身を持って体感することになる。
「……そうじゃない。時間稼ぎをしないと、日高が間に合わなくなるってだけ」
一呼吸で股下をボールが通って抜かれていた。
振り向き追いかける形になるが、ちょうどその進行方向に日高が来ている。
完璧に抜かれたのはいただけないが、こうやってドリブルの足を止められれば、形によっては上園でもボールを取ることが出来る。具体的に言えば、シュートモーションに入ればすぐに反応してボールを奪取するつもりだ。
「え?」
スリーポイントラインを越えてすぐに今宮が跳躍した。
ここからダンクシュートを狙うような馬鹿げた妄想が上園の脳裏にチラつくが、直ぐに切り替えて追いかけるように上園も跳躍する。
今宮が狙っているのはスクープシュートだ。
シュートブロックは流石に無理だろうが、少しでも身体を寄せてシュートを外させる努力はしておく。しかしそこは今宮がしっかり決めて、攻守が切り替わる。
「あんなのに負けてちゃダメ」
「……まだ、負けてない。やり返せばイーブンだから」
「それなら、ゴール下に入って。このチームだとあなた以外は難しい」
「分かりました」
「素直でよろしい」
ボールを日高が持って上園が前に上がる。
それを見ただけでも容易に攻撃の組み立てが想像できる。
しかし試合の大半を様子見に使った彼女が、そんなありきたりなことを考えているとは思えない。
現に日高の視線は前線に上がる上園に向けられたものではなく、ディフェンスに付く籠球小町の面々を見ている。
「素直なあの子は、いい囮になるわね」




