17:最速のドリブラー
試合開始前に茉莉は悠奈に呼び止められた。
「東山茉莉、あなたより私の方が目立つから! それだけは絶対だから!」
「……はい?」
ボールを拾おうとしゃがんでいた茉莉は見上げるように彼女を見る。
そこには胸を張る悠奈がいた。
茉莉の記憶が正しければ、彼女と同じ現場に入るのはこれで二、三回目。
特にツンケンされる覚えはない。
「この場にアイドルは一人で十分って言ってんの! 分かれバカ!」
何を言っているのか分からないが、こういう子は嫌いじゃない気がする。
言葉はキツイがきっと心は清らかなギャップが隠れているに違いない。
悠奈は立ち去る際に何度もこちらを振り返る。
まるで構って欲しい子供のような仕草に、思わず茉莉は飛びついてしまっていた。
茉莉は距離感が近い、と友達から良く言われるが全然そんな気はない。
仲良くなりたい人とは一気に仲良しになりたい性分なだけだ。
「私はバカかもしれないけど、お互いにがんばろー」
「引っ付くな! 離れろバカ!」
「どうして顔を赤くしてるの?」
「ち、ちょっと熱があるだけなんだから! 別に突然の柔らかさにドキッとしたわけじゃないんだからぁああ! 私もすぐにそうなるんだからぁああ!」
茉莉と距離を取って走り去る悠奈はなぜか涙目であった。
全力ダッシュをする悠奈はよしとして、十分に身体を温めてから試合は開始された。
アイドルチームからのボールで始まり、ハンデとして籠球小町はどこからのシュートでも一点、アイドルチームは通常の二倍の得点というルール。つまりスリーポイントシュートは六点も入るということだ。
アイドルチームは、経験者組の三浦妹がポイントガードを務め、細かいパスを繋いで前線に残る悠奈までボールが回る。
ゴール下でフリーといえど、バスケを全くやったことがない初心者ではシュートが決まるのは半分以下の確率だ。
スタッフからも「外れたらカットね」とささやかれているが、当の本人である悠奈はしっかりゴールを見据えて、綺麗なステップでレイアップを決めて見せた。
「こんなの、決めて当たりまえっ!」
収録前の一ヶ月間、猛特訓してきたとは口が裂けても言えないが、ライバル視している茉莉より目立ったことには大満足だ。
続いて籠球小町の日高がボールをキープする。
ここからがこの企画の目玉なのだ。
籠球小町は、実力を二の次に容姿と話題性で集めたが、代表チームといっても差し支えないメンバーが揃っている。若干一名はドタキャンで後輩の中学生を代理でここへ来させたが、その少女を含めても十分強力な面子だ。
そんなチームの指揮を任された一年生は、緩いパスを出した。
得意なドリブルを存分に披露してもらおうと、コート中央にいる小倉あかねの元へボールが渡る。
「エグイね。でもこういうの好きだよ」
中学生と言われても十分通じる小柄な彼女は、このパスの意味を「相手全員を抜いて来い」と受け取った。
正面を見据えれば、厄介そうなのが数人いる。
中学最速のドリブラーとフランス代表のPF、全国大会を連覇している高校の助っ人外国人。
「でもこういうのは燃えます――――ファイアッ」
小倉は視界を狭めてドリブルを開始した。
確かに中学最速は三浦妹かもしれないが、その称号を過去に持っていたのは彼女じゃない。
高校へ入ってからも身長が伸びることはなかったが、ずっとこのままだったから見えた新しい世界がある。
敵も味方も関係ない。
視界が狭まったからこそ極限まで集中力を上げることができ、そのドリブルは王華のレギュラーであるメアリーをもってしても動きを読み切れない。
普通ならディフェンスに来る人に合わせてドリブルコースを変えるものだが、そんな気配が全くない。ただの直線的な軌道なのに、ボールが自分の身体の下を通っていつの間にか抜かれている。
低いと思ったらさらに低い超低空ドリブルが型破りな小倉あかねの真骨頂だ。
持ち前の俊足で最短距離を駆け抜けた彼女は、視界を広げ通常のドリブルで丁寧に残り三人を抜いてゴールを決める。
これが高校で一、二を争うドリブラーなのだとカメラに向かってしっかりアピールしておく。
「まだまだこっちの方が早いみたいだね」
中学生相手に本気を出すのが、常に全力が信条の小倉スピリッツである。
もちろん中学最速も黙ってはいないだろうが。