12:アイドルの秘密1
東山茉莉十五歳は、約一年前からアイドル活動を始めている。
きっかけは街を歩いているときにスカウトされて、そのままこの世界へどっぷりと浸かってしまった。
茉莉の隣に必ずいるプロデューサー兼マネージャー兼運転手の林さんは、弱小事務所を支える貴重な人材である。所属するアイドルは現在、茉莉一人だけだが、一時期は何人もの子を一人で支えていたという逸話があるほどだ。
そんな彼が茉莉を誘ったときの殺し文句はとても普通なものだった。
何の目標を持たず、暇をつぶすことだけに時間を使っていた茉莉へ手を差し出して彼が言った。
「君が変わる手伝いを僕はしたい。何ができるか分からないけど、信じてこの手を取って欲しい」
とある事情で自分を変えることに躍起になっていた茉莉だからこそ響いた言葉だったのかもしれない。熱の籠っていない無表情から一変させ、彼の手を取った時の茉莉は全く反対の顔をしていた。
***
キアラと茉莉は車で三十分ほど移動した。
言われるがままに車へ乗せられたキアラへ茉莉が身体を寄せて、今日のスケジュールを見せる。
『ライブハウスでトークイベントしょー☆』
日本語を読めないキアラはそこへ何が書かれているか意味不明だったが、茉莉はそれで伝わったと勘違いして満足げに手帳を閉じる。これからある楽しい事へ友達を誘うそれに彼女の表情は変わっていた。
しばらくして車が急に減速したかと思えば、大通りを脇道へ入り二階建ての小じんまりとした建物の横で停車した。一度来たことのある茉莉はキアラを連れて車を出ると、すぐ横にある階段で二階へ上がった。人一人がいるのに精一杯のスペースしかない所で入り口の扉を開けると、中から大きな音がして思わずキアラは後ずさり階段から落ちそうになる。
「大丈夫? ご覧のとおり、入り口が狭いのはいただけないよね」
茉莉が片手でキアラを支えていた。思っていたより強い力で握られて呆けているキアラを、茉莉がそのまま上まで軽々引き上げる。
このくらいは茉莉にとって容易いことだ。
「へへっ、キアラが軽いだけだよ」
そうはいっても頭一つ背の高いキアラを軽々引き上げられる彼女が何者なのかといえば、
通りすがりの営業中のアイドルであり、
高校受験を控える中学生でもあり、
ほんの数年前に、ある競技で小学生チャンピオンと呼ばれていた普通の少女である。
そのチャンピオンというのが彼女の最大のチャームポイントだということは、直ぐに彼女の口から聞くことになるとはキアラは思いもしなかった。
――人は変わろうと思えば、どのようにだってなれるのだと彼女は知っている。