10:その手を取るのは
得点を報せる審判の笛が鳴り響いたとき中京と王華との点差は実に四倍以上に離れていた。
王華に毎年のように来る外国人の中でも、別格だったメアリー一人による失点だけじゃない。
王華の選手五人にまんべんなく点を許し失点を重ねた結果が、試合終了間際のこの点差だ。
その試合の一部始終をキアラはコート上で見ていた。
「……こんなのただのいじめだよ」
王華は今出ているメンバーをほぼ固定してきたが、中京は千波とキアラ以外は交代を繰り返している。
その理由は王華が二人を出し続けることを条件に試合をしているせいなのだが、そうとは知らない者からすれば、見せ物にするために交代させないと思ってもしょうがなかった。
「ふふっ、これが最後なら別にいいや。もうバスケなんて絶対にやるもんかって思える」
キアラの視線の先では、前半こそ活躍したが急に失速した千波の姿があった。
そうなった理由は傍目には明らかだが、本人はまるで気づいていないようだ。
センターからポイントガードへポジションを変えた千波は、コントロールされていないパスを送ることに徹していた。
何かを狙っているにしては、一度として結果に結びつかず、例え狙っていることが出来ても点を取らなければいけない人がパスに徹しているから本当に意味がない。
ザ・無意味だ。
それでもどこか表情に楽しさというか余裕があるのは、本当に変わっている人なんだと思う。
キアラは、自分以上にバスケに向いていない少女に同情した。
「このまま身体が入れ替わったままなら、あなたは良いかもね」
そのとき胸のあたりがズクンと大きく脈を打った。
この感覚は前にも一度あった気がする。
――視線を前に戻すと、相手の攻勢に味方全員が自陣へ下がっていた。
王華はゴール下のメアリーへボールを託し、そのまま彼女はダンクシュートで得点を奪っていく。
その際にブロックに飛んだ千波が尻餅を付いて倒れ、メアリーが手を差し出していた。
キアラは思う。
たいした実力もないのに一生懸命にすがってくる相手を見下した手だ。
プレーの凄味でなく、何気ない行動だけで相手の心を折りに来ている。
さすがに変わり者の彼女であっても今の瞬間には笑っていられないだろう。
しかしそれを最後まで見ることは叶わなかった。
理由は単純。
瞼を閉じた次の瞬間には、その手を差し出されているのが、私になっていたからだ。
こうして摩訶不思議現象は終わりを告げた。
何かを達成したわけでも何かを得たわけでもなく、ただ唐突に終わった。