03:初対面
先に口を開いたのは彼女の方だった。
「座れば? 東千波は出席番号一番だから、窓側の一番前だよ」
「……メルスィ・ボクー」
「えっと『どうもありがとう』って意味だっけ? 身体が入れ替わるなんて最初は興奮したけど、フランス語が分かるっていうのは新鮮だね」
言われて見ればキアラがここへ来るまでに聞いた電車のアナウンスや道行く人の言葉は全て聞き取れたのだ。そのおかげで学校へは最小限のタイムロスで辿り着くことが出来た。
自動翻訳機と一緒に変声機も通しているように彼女の声で言う。
「興奮、した?」
「いやいやこっちの話。こう下を向いて絶壁かそうでないかに嬉々と感じるのは、持っている人には分からないのだよ」
千波は見せつけるように豊かな胸を張る。
それで絶壁の意味が分かったキアラは貧相な胸を揉んでみた。
これはこれで楽しくていつまでも続けられそうだ。
エッヘン、もみもみ。
エッヘン、もみもみ。
***
教室に他の生徒たちが戻ってくると二人のところへ別々に塊が出来た。
今時珍しくもない留学生も銀髪となると希少度が段違いに高いので、女子と一部の男子が群がっていた。その一部男子が胸目当てだと分かって女子たちは冷たい視線を送る。
「そんなわけ……ないだろ? なぁ、みんな!」
「そうだ、そんな下心見え見えの事をして青春を俺たちは無駄にしない!」
「うわっ、最低―」
熱い気持ちは煙たがられるだけで女子たちには伝わっていなかった。
そのときの千波は周りに合わせて優しく微笑む。
微妙な距離感の留学生を演じているようにも見えるが、本心はどうかわからない。
対極な位置にいる小さな少女は小学生にしても小さすぎる身体をなぜか男子にからかわれている。フランス人に女子のほとんどが集まった反動が悪い形で自分の身に降りかかっているようだ。
「おい、こいつ来る学校間違えてるんじゃないのか」
『いじめっ子のテンプレートみたいな人が来るのもこの学校じゃないだろ』とキアラは思う。
「このちんちくりんは初日から遅刻かよ! みっともない!」
『え? 制服の前ボタンを中途半端に外して着崩しがカッコいいと思っている人がみっともないよ』とキアラは思う。
「このツンデレ男子、最高デス」
「「なめてんの?」」
頭の中が残念なアニメオタクのキアラは、最初の試練に立たされている。
これが日本語を流暢に話せない外国人ならば、日本語の分からないキアラへの思いやりの中で少しずつ言葉を覚えただろう。
しかし不思議現象で日本語を自由に扱えるキアラは、アニメ世界と現実の区別がまだつかないうちから会話をしてしまった。
これはまずい。
主に本人、いや本体に対して。
そんなことも知らずハーレム状態の千波は、自分のピンチに気付かなかった。