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10分間のエース  作者: 橘西名
地区予選(決戦編)
238/305

63:エピローグ08 展望 下


 休憩時間の五分が既に過ぎており、揚羽は口早に続けた。



「切り替えは早い方が良い。特に滴は気負い過ぎてる」



 滴はすぐに「何を根拠に――」と言い返すが、滴の上辺だけの話に興味がない揚羽は構わず声を被せて遮った。



「試合の後、あなたがどんな顔をしているのか見たら――――無表情に泣いているんだもの。そんな奴は心がどっか病んでるか、誰かに対して強い負い目を感じているかのどっちかなのよ。あんたはその両方だから、早めに何かしないとこのまま潰れるわよ」


「……そんなこと」



 そう、そんなことは滴自身も分かっていた。


 悪夢の中にいるような気持ち悪さがずっと続いている。


 眼を閉じると今でも思い出されるのは試合終盤の彼女たちの姿だ。


 底を見せない去年のエースである揚羽は、試合の度に次々と新しい戦い方で今年の竹春高校を引っ張ってくれた。過去のしこりのせいで試合には積極的に出場しなかったが、彼女の支えがなければ竹春はもっと早くに敗退していただろう。



 途中退場した相手チームの子津は、足元がおぼつかなくても試合を通して一番の集中力を見せてきた。その人を前にしただけで、絶対的な敗北を突き付けられたような錯覚さえ感じた。


 勝負へ行こうとも思えない、身震いをしたのを今でも覚えている。


 1on1だけでなく、多人数を相手した時こそ発揮されるゲームコントロールは全国トップクラスといって差し支えなかった。



「揚羽さんには言われたくない」



 最後に、現竹春のエースで元千駄ヶ谷中学のエースでもある由那。


 彼女は赤坂戦のときよりも凄味を増したプレーを見せ、相手だけでなく自分たちも飲み込んでいった。


 完全に滴がフリーな状態であっても由那へパスを出した方が得点できる気がして、まるでブラックホールに吸い込まれるかのようにボールが彼女の下に集まった。


 滴が怖気づいた相手を前にしても対等以上の勝負を見せられて足が竦んだ。


 恐怖さえ感じた。これが彼女本来の実力。


 どうあがいたって――――絶対に――――敵わない。



「私はバスケを続けてます。先輩みたいに逃げてなんかない!」


「でも一度全部を捨てたからこそ強くなれたのかもしれないし、そうでないのかもしれない」



 去年の揚羽も敗北者だ。それも自らが強制退場して味方を混乱させて負けている。


 それが99%負けた原因であり、当時の仲間の実力不足なんて考えもせずに揚羽は自分を責めてバスケなんてもう二度とやらないと思っていた。


 しかしたった半年くらいするとまたやりたくなってる自分がいたという。


 良い反面教師がここにいるではないかと揚羽は思った。


 揚羽は滴へ向き合って盛大なお節介を掛けようとしている。


 後輩を思いやろうとすると、自然に優しい気持ちになるのだなと、このとき揚羽は思った。



「じゃあ遊びの勝負じゃなくて本気の真剣勝負であの子を倒してみなさい」



 揚羽は現竹春のエースを由那だと認めているが、一度だって揚羽自身が由那に敵わないなんてことは言っていない。むしろ白黒つけることに意味がないとさえ思っている。


 これが揚羽と同学年である赤坂高校の長岡や千駄ヶ谷の上園なら話は違う。


 もし勝負をする機会があれば、必ず揚羽は彼女たちに勝負を挑み、そして勝ちたいと思うはずだ。


 そしてそれが自然なことで、むしろそう思わないことの方が不自然なのだ。


 滴と由那の出会いは、一方的に好意を持ったという点で言えば、滴がバスケと由那に一目惚れしたときだろう。


 そのときに思ったのは自分と同い年で、同じくらいの背格好の子ということ。


 ただそれだけでその後の何年かを突き動かすだけの動機になるのだから、人間って良く分からない。



「あのね、声に出してハッキリ言わないと分からないの? ここ数か月間の記憶でも無くしているんじゃない?」



 そんなはずはない。滴は思い出の欠片を手探りで見つけ出して覗き込んだ。


 走馬灯のようにコンマ数秒の世界が頭の中を巡る。



 滴が初めて見た由那は、初めはただのクラスメートだった。


 しばらくするとバスケ部の部員の勧誘を始め、挫けそうになっている弱弱しい姿も覗き見てしまった。自分で立っていることもできなくなって幼馴染の男子の胸の中に顔を埋めるような年相応の女の子がそこにいた。


 絶対に勝てない相手と戦ったときは挑戦者として前を向いて立ち向かい、一度も後ろを振り返らなかった。


 単純に強いと思った。


 何もかもが違うとさえ思った。


 でもそうじゃなかったのだ。


 彼女の中学時代の同級生に会って、どんな時間を過ごしてきたのか垣間見ることが出来た。


 あの輝かしい功績からは想像できないくらい惨めな時間が彼女にもあった。


 そしてその頃から、一歩引いて考えるようになっていったのだ。



「最初は、自分と同じでちょっと強いくらいと思っていた時期もありました」



 近くまで来ていた栄子は場の雰囲気を感じて咄嗟に身を隠して滴の言葉に耳を傾けた。


 しかし栄子の耳に入ってきた滴の言葉は随分と期待はずれなものだった。



「私はこんなに身近なところで、勝負をする前から“負けた”って思っていたんですよ。でもそれは仕方がないじゃないですか――――」



 その言葉を聞いて隠れていた人たちが滴たちの前に姿を現す。


 ここは出てもいいと思い、両手にスポーツドリンクを抱えている栄子は漠然と言う。


 根拠の一つもない栄子らしい言葉だ。



「それは違う。次は“勝てる”って思って勝負した方が私は楽しい。うん、そう思う」



 休憩時間を過ぎても誰も戻らないため外へ出てきた二人は揚羽の後から顔を出した。


 外でのことは少しだけ聞こえて来ていた。



「うじうじ考えてないで勝負すればいいじゃん。そういう話でしょ?」


「まぁ、しばらくは時間もあることだし。そういうのは楽しそうだ」



 なんだかんだ集合したメンバーに言葉を失っていた滴だが、意外にもたったこれだけのことでやる気が出る不思議な気分。


 声に出して言わなくても滴の顔色と表情で周りは気付いたようだが、揚羽に思いのたけをぶつけるつもりでさらっと言っておく。



「ふんっ、私がバスケで由那を倒せばいいんでしょ。そういう流れみたいだから、載ってあげるわよ!」



 それが何に繋がるのかといえば、あらゆる物事に繋がっていくだろう。


 一緒の時間を過ごしていた彼女たちが本当の意味で仲間と呼び合うために、揚羽の誘いに踊らされる決意を滴はしたのだ。


 竹春の現状はエースを仲間の中で孤立させ、彼女だけが時計の針を止めたまま別世界に閉じ込められているようなもの。その彼女と再び一緒の時間を過ごしていけるように、新しい目標を持って彼女たちの夏は終わりと始まりを迎える。


 とりあえず滴は、由那が退院してくる前にとっておきの果たし状を用意して置くことにした。


 これほど友情や愛情が一杯に詰まった果し合いもなかなかない。



 こうして彼女たちの初めての公式戦は準決勝で霜月高校に敗退して一先ず終わりを迎える。



 しかし中学時代の上園青空が出来なかったこと。



 それを彼女たちはきっと容易に成し遂げてくれるだろう。



 なぜなら、それが彼女たちの強さであり魅力であり――――さらなる跳躍への光り輝く原石なのだ。


次回、新章突入!


決まっているのは滴たちの進化と新たなる挑戦者……の予定です。


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