62:エピローグ07 展望 上
竹春高校と霜月高校との準決勝戦から二日という日数が経過していた。
校舎の回りを見渡すとそれぞれのペースで走る彼女たちの姿があった。
先頭を栄子と三咲が走り、そのすぐ後ろに滴が続いている。少し遅れた位置にいる揚羽は隣を並走する愛数の背中を押して遅れを取り戻そうとしていた。
正門の脇に座って待っている来夏は、それぞれのタイムを周回ごとに記入していく。
タイムを見れば、大会前と比べても彼女たち全員の体力は格段に上がって来ている。
大会をほぼ固定メンバーで戦ってきたことで、普段なら周回遅れをしていた愛数がついてこられているのが何よりの証拠だ。
外周を五周走り、皆が揃ったところで体育館の方へ歩いていく。
愛数がまたぐちぐちと言っているが、辛くて死にそうな顔はしていないので本当にただ愚痴を言いたいだけのようだ。
体育館に戻るとそれぞれがバッグからタオルを取り出して顔を拭い、水分補給を済ませた。
滴が「五分だけ休憩」と言って、それぞれが思い思いの場所で休憩を取る。
その場で座り込んで休憩に入ったのは愛数と三咲だ。
「そういえば、あっちの方はどうだったの?」
「あっち……あぁ、柔道部の方なら問題ない。愛数如きが心配するもんじゃない」
「へぇへぇ、そうですか。それなら愛数の新必殺技は三咲には教えてやらないよ」
「……別にいいよ。どうせまだ完成していないだろし」
「ほんとっ、負けず嫌いだなぁ!」
「――先輩への口のきき方がなってないんじゃないか?」
「さあ、もう五分たったかな。滴たちでも呼んで来るよ~」
「――待てよ。別に何もしないからここにいろ。そんでアイツらが話せる時間を作ってやれ」
立ち上がって外に出ようとする愛数の腕を掴み、三咲が引き留める。
その理由が愛数には分からなかった。
二人の位置から少し離れた校舎と体育館を繋ぐ昇降口に滴と揚羽がいた。
少し前まで栄子もここにいたが、飲み物が無くなったと言って自動販売機まで買いに行っている。
二人きりになると無駄話をするタイプじゃない揚羽は黙ってしまうため滴が話題を振った。
「先輩はどこでバスケを練習していたんですか?」
「バスケが出来るところならどこでもできたよ。たまに三人のいるブランクスに混ぜてもらったり、近くの大学に乗り込んだり」
「まるで道場破りみたいですね」
「……まぁ、否定はしないよ」
揚羽はドリンクを一飲みして、自分の過去話から他の話題に話を切り替えた。
「次の試合は前から――」
C、三咲。
PF、栄子。
SF、滴。
SG、愛数。
PG、揚羽。
揚羽が次の試合を想定したフォーメーションを突然言ってきたので、少しの間、滴は何を言っているのか分からなかった。
由那抜きで戦うときのフォーメーションだ。
「突然、次の試合なんて言うからびっくりしちゃいました。揚羽さんでも冗談を言うことがあるんですね」
揚羽は構わず話を続ける。
「三咲は試合後のケアをしっかりできるようになるのが前提として、ゴール下での仕事ももっと勉強すれば全国でも戦える。あれだけ身長があるのだからそれだけで有利。栄子は足以外にも武器が欲し所かな。霜月の人がやってたリバースショットとか、ジャンプシュートでも十分。愛数は戦術を覚えさせれば化けるかも」
「……揚羽さんは何をいっているんですか? 私には良く分かりません」
滴は地面を見つめたまま揚羽の話を聞いていた。
これは会話などではなく、ただ一方的に揚羽が滴に話をしている。
「滴――あなたは他の三人とは違って基礎はしっかりしているけど、自分の武器がない。全国レベルに近づきつつあるけど、全国トップクラスの選手と比べると数段劣っている」
「…………」
「だから、悩んでいるのよ。海の沖合に一人流されて自分の現在地が分からなくなっているような状態。だから遠くに見える救助船に全力で助けを求め、それが実らなかったら死んでしまってもしょうがないと心のどこかで思っている」
それは悪い意味で競い合う相手もいなくて入部当初から何でもやってきた滴のことを言っている。唯一同じバスケ経験者の人は滴とは別世界の住人だ。
試合でのポジションは固定されず、どのポジションも器用にこなしてきた。
それ故に自分というものが良く分からないまま成長してしまっているのが、可哀想なことに滴という全国レベル一歩手前の選手なのだ。
揚羽の時代のように自分の役割をきっちり把握して、徐々にレベルアップしていくなら順当に強くなれたと実感できるが、可もなく不可もなく総合力がアップした滴は、言い方は悪いが中途半端な選手になっている。
まぁ、そんな些細なことは彼女たちには意味のないことなのかもしれない。
だって…………。
次がラストエピソード……。