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10分間のエース  作者: 橘西名
地区予選(決戦編)
234/305

59:試合の行方


 由美は少なくなった試合時間を確認し心の中で静かに呟く。



『ドリブルだけは止められる。でもそれ以外は――』



 それを声に出してしまえば、弱気になっていると誰もが思うだろう。


 実際、コートに戻った由美は視線が定まらず、靄がかかったように狭まった視界ではパスに反応できない。


 もとより高さや速さがある選手でないため、相手の先を読んで反応することで全てを無力化している――いや、そうできていた。


 それに加え今年は制空に滅法強い二人がいるだけに鉄壁の守備陣形を敷いていたが、復帰直後の由美の状態が良かろうが悪かろうがこういう布陣を取る予定だったのだろう。


 やることは由美が下がる前までと同じで、由美を中心に前に二人後ろに二人。違うのは流れを断ち切るのが由美の一任していたものから、由美が止めきれないものを他が全力で止めるというもの。


 由美主導で動かした陣形じゃないが、少なからず由美以外の四人、ベンチにいる他のメンバー全員が彼女を支えるこの陣形に納得している。


 それを呑みこんでもう一度由美は口にする。


 今度はちゃんと声に出した。



「――私は目の前の勝負に集中する。他は任せてもいいんでしょう?」



 仲間に頼るということが、自分の弱さだと思う年相応の女の子だった頃の由美はもういない。


 今でもたまに心配性な一面を見せるが、試合中は安定して強く筋を通した彼女がいる。


 世代別代表のキャプテンを務め、高校女子バスケット界を背負っているということもあり、自分の不得意な点を取ることをお願いして不安になることはあっても、自分の決めたことに仲間が応えてくれたときに後悔することは絶対にない。



「頼りにしてるわ!」


「「おう!」」



 由美の表情が自然と試合を楽しむそれへと変化していた。





 愛数のパスが由那の下へ出される。


 球足の遅いパスをカットできると飛び込んできた出雲は、ボールが視界から一瞬で消えたと思ってしまうくらい綺麗に抜かれていた。


 何度もビデオで見た光景のはずなのに理性でどうにかできるものじゃない。


 マンマークしていた由美もフォローに行こうとするが出雲をスクリーン代わりにされて一気に距離を開けられてしまいそのまま点を許した。



「ごめん、由美」


「とりかえすだけ……」



 その声が掛かる前に霜月の全員が前線へ上がる。


 リードしているなら守りに徹するのが盤石でも、取られた点は取り返さなければならない。


 不用意に上がりすぎるのは愚策だが、あくまで守備の意識を持って上がるため直ぐに戻る準備はしている。


 形だけ見れば由美を残した攻撃特化型の陣形に見えるため竹春のマークはうまい具合に散っていた。





 ***

 滴に「残ってて」と言われた由那は先程の攻撃を思い返していた。


 前半以上の重圧をかけてくる霜月のマークは、正直に言って一人では躱せそうもない。


 愛数の機転によってその状況は秒刻みで様変わりしたからいいものの、もう次は同じ手を使えない。それでも竹春には、相手を利用して勝つというバスケを持つ揚羽がいて、その新時代のバスケは、由那にとっては今までにない感覚だった。


 それをベンチから見て由那が一段階上へ自分を引き上げる。




 彼女自身に自覚はないが、彼女の力は周りとの『同調』や頭の中の『高速処理』の優秀さにある。それを総称して由那の力は『攻撃のライズ』と言われている。


 試合にフル出場して発揮できる才能でもあるが、野球での投手におけるクローザーのように、ギリギリの緊張感と仲間からの期待を背負ったときには爆発的な力を発揮できるものだ。


 それを無意識に使っている由那は、次の攻撃で揚羽に『同調』して完全に近いパス(パーフェクトパスコース)を一段階上へ持って行く。



「――これが子津先輩の言っていたことかよ。ありえな――」



 ゴールへ飛んでくるボールを全て打ち落とそうとしていた冬宙が唖然と声を上げる。


 揚羽を起点にしたボールが、気が付いたら前線の由那へと渡っていたのだ。


 感覚としては先程の出雲と同じかそれ以上。


 パスが出されてからほぼノータイムで軌道を変えたボールが、ゴール下の選手の下まで吸い込まれていった。


 それをやってのけたのはここへ来て精度を増す佐須揚羽。


 それぞれの選手が持つ距離感やリズム、呼吸、視線までの全部を読み取ったかのようなこの試合一番のパスと、混戦するゴール下でも理解して動けたエースがいたからこそ始動と停止が一緒に来たような感覚にさせた。


 これを自然にできている由那が、中学時代の彼女に一番近いのが本当に怖い。


 揚羽の目指したバスケが決まれば、次の瞬間には霜月がカウンターで点を狙いに行く。


 守りに徹したところで、じわじわと首を絞められていくような感覚がくるのは分かっている。


 ――そうならないためにも彼女たちは足を止めなかった。


 ほとんどの選手が霜月側のコートにいるのなら、走力勝負でゴールに先についた方が勝ちだ。


 もちろんその勝負に出雲、月見のツートップは負けずに点を取って帰ってくる。


 早く追いつきたい竹春はシンプルにエースへ繋ごうとする。


 だがどうしても由那が後ろを向いた状態でしかボールを渡せず、ここは由美が意地を見せた。


 由那が強引に出したパスを他の選手が上手くフォローし竹春の攻撃を封じ込めるのは容易かった。竹春のエースは他の滴や揚羽と比べればパスセンスはない。ドリブルで相手を振り切れなければ御しやすい。


 ……ただ、そのドリブルを止めるのに多少大目のマークを付けた。


 やり過ぎなくらいのマークは由美の他に三人。個々の守備力が高いので普通ならありえないことだが、それをしてでも止めたことで点の取り合いになっていた流れを一度リセットした。


 更にカウンターを決めて突き放すと、次の時にはマークの偏りを見て揚羽が外に膨らんだ栄子を使う。しかしそこは走力の落ちた栄子に対し、体力の有り余っている冬宙が点を許さなかった。


 さらにカウンターで突き放そうとした矢先、流れを変える一撃が霜月を直撃する。


 攻撃に転じる隙に乗じて姿を消していた由那が冬宙の前に突如姿を現した。


 パスを出そうと振りかぶる手からボールを奪い取り単身ドリブルで進むと、距離を詰められる前にスリーポイントを意気揚々と決めて見せる。


「魅せてくれるじゃん」



 そういった攻防が続くため、両チームのどちらかが完全に流れを掴むということはなかった。



 この大会を通してもそうなのだが、流れを掴んだからといってそのチームが必ず勝ったかといえばそうでもない。


 奇跡的な逆転劇もあれば、そのまま追いつけず敗北するチームもあった。


 だからこそ彼女たちは試合が終わるまで全力で立ち向かい、試合に勝てば嬉しいし、負ければ涙を流して悲しむ。


 勝敗に関係なくその姿がキラキラ輝いて見えるのは錯覚などではなく、本当に彼女たちが輝いているからだと思う。



 竹春と霜月の残り数分となった試合は、試合を見た誰の記憶にも残るはずだ。



 心酔してしまうほど見惚れてしまう彼女たちの攻防は、永遠の時間のようにさえ感じられた。



 ――そして試合終了の笛が吹かれてからもしばらくの間はコート上の選手も観客の誰一人も動けなかった。



 こうして準決勝戦は終わった。


次はエピローグです

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