04:嵐の前の静けさ
少し昔のことになる。
その試合は県予選突破を決める大事な試合だった。
チームの総合力では完全にこちらが勝っていたが、こちらの戦略が徹底的に研究されていて、試合の終盤で逆転を許していた。
県予選ではここ十年間負けたことがないのに、残り十数秒というところで逆転されていることでチーム内の空気は重かった。
最後のタイムアウトが終わり、逆転するためにチームは攻めたが、守りに徹した相手に隙などなかった。
ポイントガードからのパスを受けるためにフェイントを入れながら動き回るフォワードもゴールから離れたところでしかボールを受け取れない。
時間は残り五秒――。
そのときにはもう彼女の身体は勝手に動き出していた。
――――。
また例の悪夢を見ていた。
うとうとした数学の授業中に。
「やってくれたな、田崎。これで何度目だ。言ってみろ」
教師が教師らしからぬ発言をしているが、それも仕方がない。
初日の授業から集中力が切れると寝てしまう田崎由那は、既に教師たちから要注意人物に上げられている。
教師からすれば入学前の大神がしでかしたことよりも、今の由那の方が悪い生徒だった。
「……すみません。四回くらいでしょうか」
「五回目だ」
「それは多いんでしょうか?」
「五回中五回、百発百中、毎日熟睡だ」
それは多いとかそういうレベルじゃないね。
呼び出しもそろそろあるのかもしれないけど、今日は勘弁願いたい。
今日は秀人との予定があるのだ。
その日の昼休みに向った先は、新しいバスケ部員勧誘のため、運動神経抜群の二年生のいる男子柔道部。県下で彼女の相手を出来る女子がいないために男子の方へ顔を出しているようだが、傲慢な態度で周りとの溝ができてしまった人だと秀人が教えてくれた。
その人の弱みに付け込むのも悪いとは思ったが、女子バスケ部には時間がない。
ぜひともこの機会に仲間になって欲しい。
その人は臨戦態勢で由那の前で立っている。
「バスケって、身長や体格のサイズのスポーツって聞いてたけど。十本も連続得点できるようなものなの?」
山田三咲先輩は、秀人や大神よりも身長が高い百八十センチ後半。
彼女は遊びでバスケやサッカーなど他のスポーツも少しだけやったことがある程度で、今はほとんど覚えていないらしいけど、反応速度だけは即戦力の逸材。
この身長で反復横跳び十点満点は凄い。
「はい。それでも私は先輩から十本連続で点をとって、仲間になってもらわないといけないんです」
「いいよ。もし私が負けるようなことがあれば、仲間になってやらないこともない」
今の彼女はただの田崎由那で、どこの中学出身だとか元インターミドル最優秀プレイヤーだとか関係ない。
それでも無理なお願いを聞いてくれた幼馴染の皆のためにできる事は、この勝負に勝って仲間を作ることだ。